俺的にバイト終わりのスポドリは最高だと思ってる。ペットボトルのフタを勢いよく開けて一気に喉に流しこむ。グレープフルーツ風の甘味料が疲れた体全身に行き渡るようだった。「んがぁー うめぇ。」さっきまで風船を配っていた可愛らしい着ぐるみとは似ても似つかないオッサン声で、この飲料水を讃える。
頭に巻いてたタオルを首にかけ、河原の草っぱらにどかりと腰を落とす。GWも終わり、いつも通りの慌ただしさにかえった日常。押並べてあちらこちらで見かけた「パパと息子のキャッチボール大会」も連休明けの今日はどこも開催されてはいないようだ。
ふぅーー っと長く細く息を吐く。それはちょっとした癖のようなものだった。部活に必死だった十代の頃の慣習。それは三十路をまたぎつつある今に至っても、続いていた。
5月の風は心地よい。でもそんな時、なぜだか訳もわからなく胸がいっぱいになってしまって、息苦しくなった。心はきっと幼いままなんだろう。と自己評価してみる。子どもの頃からちっともかしこくなってなんかいない。あの頃のまま、けれどあの頃の想いとか感傷はもう思い出せない。それがたまらなく不安で、何か大切なものを置き忘れているみたいですごくイヤだった。
右手で近くの雑草をぶちぶちと抜いてみる。下から名前もわからない小さな羽虫が出てきた。「夢を追いかけていた」というのはなにより自分への最大の自己弁護だ。それどころか、人並みの幸せですら俺には手の届かない夢のように思えた。いや、実は薄々は勘づいていたのかもしれない。「人並みの幸せ」なんてものは人並み程度の努力じゃ手に入れることは難しいってことに…。
ポケットに手をつっこむとバイトで余った風船の残りがあった。
キャッチボールをしてくれる相手のいない俺はこれを六畳一間の我が家にもって帰っても仕方がないわけで。
手にとった流れのままに俺はそいつを膨らませた。長く、細く、ゆっくりと息をそそぐ。音に込めた想いのように、俺はいくつも風船を膨らませた。
やがて 想いのすべてが ぷかぷかと浮かぶ頃、俺は風船まみれの変なオッサンになっていた。もし子ども達がいれば着ぐるみほどではないにしろ愛想よく配ったのだが、あいにく散歩中のおばあちゃんくらいしか辺りにはいない。
俺は河川敷の傾斜に背を預けて、そっと握っていた手を離した。
ふわり ふありと思い思いの方向へ放たれてゆく風船たち。
これはポイ捨てになるのだろうかとやや真剣に考えながら、風船たちの行く末を目で追う。
ひとつは風に煽られ上へ上へと舞い上がった。ひとつは地べたを這いずるように転げていった。ひとつは河に、ひとつは木々にそれぞれ落ちたり、ひっかかったりした。視界からどれも見えなくなってしまうまで、俺は切れ切れの雲を携えた空と対面していた。
ペットボトルは空っぽだ。わずかな飲み残しを光にかざすとキラキラと輝いていた。
俺は、ぼんやりとあの風船たちを探そうかと思った。
ちゃんと見つけれる自信はなかったけど、帰り道のついでに(案外以外な場所で)巡りあえたらいいなと思ったからだ。
【おわり】