児童文学作家を目指す日々 ver2

もう子供じゃない20代が作家を目指します。ちょっとしたお話しと日記をマイペースに更新する予定です。

近畿生存圏日記 10/29 …2

2021-10-29 | 物語 (電車で読める程度)
 ロジョーに聞いたことがある。医療センターを退職してから、どうしていたのかと。エリア3内では基本的に飢えによって終わることはない。自動販売機を押せば、缶に入った配給食がいつでも無料で手に入る。エリア3の中心の地下には原子力発電部があり、完全に自立した機械によって管理されている。無限の電力を受けて機械は、かつて人が行っていたあらゆる労働の代わりとなり、文明を延命させるための雑用を引き受けていた。配給食も工業野菜の栽培、加工から自動販売機への補充まで全て自走する機械によって成り立っていた。なにも明日の糧を得ることに憂慮しなくともよいのだ。ロジョーが言うには、郵便屋さんをしていたらしい。そこらのうちひしがれた人に声をかけては、どこへでも手紙を書いて届けてやると触れ回ったそうだ。ロジョーは読み書きが出来たため、大抵は代筆してやった。それをどうするのかと聞けば、適当な日に鉄橋の上からバラ撒いたそうだった。楽しい。それに喜ばれる。ロジョーの屈託ない笑顔をいつまでもみていたかったが、それは欺瞞だと水を差してしまった。ロジョーは構わず話し続けた。読み書きができる輩には英語で書くといって、いい感じにミミズ文字を走らせる。すると、いたく感心した様子で感謝されるのだという。趣味が悪い。しかし、ロジョーは特に悪びれた様子もなく布団に潜ってしまった。

ロジョーがなんのためにそんなことをしていたのか理解できなかったが、川に散る手紙は少し見てみたかったとおもった。











近畿生存圏日記 10/29

2021-10-29 | 物語 (電車で読める程度)
高架線の足元を影のように這う川はエリア3の血管とも言えるだろう。川は大型の積み荷を輸送するのに都合がよかった。
川には輸送船が浮かび、建築材を運んでいた。時折見える屋形船は卑猥な色香を漂わせていた。

東西南北の各駅間には資材置き場が設置されていた。武器庫も兼ねており、弾がなくなれば、好きなだけ持って、管理簿に記入すればいいらしい。これまで一度も使ったことはなかったが。

北北東資材庫に立ち寄ったのはロジョーから聞いた噂が理由だった。なんでも、前時代の国だか地方公共団体だかが、災害時に備えて医薬品の一部を北北東資材庫に一部保管しており、今もそのままなのだという。どう考えてもデマだと思った。そもそも北北東資材庫はエリア3が資材庫として死に体であった当時の鉄道会社から接収したただの駅である。保管できるスペースも限りがあり、あったとしても接収時に全てエリア3が回収しているだろう。
しかし、噂が立つ理由もある。前時代の医療機関等はすでに略奪の限りを尽くされているが、北北東資材庫に程近い総合医療センターはつい3年程前まで稼働していた。ひとつは人間による自治圏があり、持続可能な医療体制の維持を掲げていた。麻酔のない外科処置等、狂気の沙汰であったが、エリア3の人間は自ら命を絶つ以外に痛みから逃れるにはここしかなかった。北北東資材庫は北駅の管轄であるが、北北東資材庫の一部は総合医療センターの分室扱いとなっていた。各駅にて負傷者が出た場合、緊急列車によって搬送し、北北東資材庫にて処置を行うこととなっていた。当然南西側から運ばれる負傷者はトリアージによりそのほとんどをブラックとするため、実効性には疑問が残るものの、人類として救命活動を行うということに意義があるものなのだと今になっては評価できるものだった。

麻酔があるのなら、なによりだろう。
究極の安楽とも言われるほどである。
眠るようにそのまま終われるそうだ。
そもそもロジョー自身、元々は総合医療センターの看護助手であった。センターの封鎖前に退職し、今ではこの街に生きる立派な不眠者となった。その当人が分室が怪しいというのである。もちろんロジョーがその話を私にするということは当の昔にすでに探しつくし、諦めてしまったからだろう。今日の哨戒ルートは東駅から北東北資材庫までであったが、あえて北駅の北北東資材庫まで足を伸ばした。毎日人員が減る職場でいちいちそれを規律違反だと喚く輩はいなかった。
薄暗い世界のなかでも、一際陰気な北北東資材庫はぼやけたLEDに照らされていた。

なにもかも忘れてしまいたい。そして、深く眠りたい。この世界で追及した幸福とは安息よりも安眠であるするとすれば、やはり人類は病んでいるんだろう。

資材庫は湿っぽく、少し扉をあけると大量の埃を浴びた。散々むせて息を整えているうちに萎えて、結局さっさと戻ってしまった。



近畿生存圏日記 10/27

2021-10-27 | 物語 (電車で読める程度)
探し物が見つからない時の苛立ちは、爛れた褥瘡のように醜くい。
良質かつ高価な睡眠導入剤であるハノンを探す彼とも彼女とも言える人物は整った顔立ちを台無しにしながら、何もない我が家のありとあらゆる物陰を引っ掻きまわしていた。おそらく先日一夜をともにしたようだが、まるで記憶はない。名前は特にないそうだが、ロジョーと名乗った。生まれた時、路上にいたからだそうだ。
ジメンと言わないので、恐らく中等教育を受けたものか、the・menはジェンダーを限定するために避けたのか。よくわからないが、まぁどうでもよかった。

暫くして諦めたのか、ロジョーは缶箱に入れていたなけなしの私の貯金をひっくり返し、適当な額を握りしめて出ていってしまった。ロジョーの華奢な背中を見送る。おそらく表通りの市場でハノンを買うんだろう。ないものは購入することが前時代は当たり前だったようである。つまり、なくさせて、売ることが上手い者ほど裕福であったのだ。それなら私の前世は商いの才があったのかもしれない。袖口に忍ばせた1シートのハノンをそっと地べたに置いた。
これがあればロジョーは私にとって心地よい嘘をほしいままに囁いてくれるかもしれない。けれども、それでは一滴も満たされなかった。窓を開け放つ。無機質な部屋に散らばった貨幣と転がった缶箱が唯一昨日と違った。美しいと思う前に鬱陶しいと思った。心がブレーキを踏んだのだ。変速ギアがシフトするように、切り替わってしまったのだ。



手近にあった昨日の配給食を口に含み、ハノンを飲む。もうなにも考えなくていい。


ロジョーの帰りを待つこともなく、私は浅い眠りを楽しんだ。



近畿生存圏日記 10/19

2021-10-19 | 物語 (電車で読める程度)
今日ははじめて予備の弾倉を全て使いきった。
やたらと多かった。蠢く亡者の群れにそれぞれ質問を投げ掛ける訳にはいかず、いつかの時と同じ方法が採られた。銃身がぶれないように押さえ込み、闇がより深いほうへ向けてただ引き金を固定する。

退勤時には数名の同僚が減っていた。銃口を咥えて、早期退職したようだった。もはや慢性的な抑鬱状態である人類のなかで、本当の意味で彼ら彼女らだけがまだまともだったのだ。
視界が狭まっていった。弾薬をバラバラと情けなくこぼしながらポケットをまさぐる。残りのリラを雑に噛み砕く。目に映るなにもかもは真っ白な光に包まれた。瞼の裏に透ける朝日のような気がした。東駅のホームにしゃがみこんで暫くうずくまった。自宅に帰ることがとんでもなく億劫になった。幸いにも同じ考えの輩がそこらで転がっているおかげで、同じ風景のなかによく馴染んだ。


気がついたときには最後の記憶にあるホームの片隅ではなく、環状線の内側、エリア内にあるホテルの一室にいた。カビ臭いダブルベッドのうえには自分と男とも女ともとれる人物が裸で寝息を立てていた。どうやら自分は無意識のまま徘徊し、この人物と出会い、ホテルへ行き、どちらかが料金を支払って、朝まで共に過ごしていたようだった。おかげで、熟睡感はなく、ひどい頭痛がした。




近畿生存圏日記 10/8

2021-10-08 | 物語 (電車で読める程度)
ねむたい囁きが止まらない。

柔らかい毛布にくるまっても

心がつっかえて、いつまでもこのままだった。

しにたい、しにたい

いつの間にかすり替えられた言葉に、
からめとられたい衝動に駆られた。


環状線の外縁。いつもの哨戒業務は、虚無であることを思い出すにはうってつけであった。

自動小銃が肩に食い込む。鉛を抱えて歩くこと自体が目的であるのだと言い聞かせなければ、今にもそれを道端に捨ててしまいそうだった。

かつて列車が走った枕木のうえに横たわれば、なにもかも終われた旧世界に思いを馳せる。明けない夜空に映る線路が卑しく這う。支給された携帯食を囓る。鬱陶しい食感で味はしなかった。これからどうすればいいんだろう。環状線の外側に蠢く要安眠者と稀に遭遇した。お決まりの定型文にて質問を行い、撃ち抜いた。


いくつも並んだコンクリート製の建物。そのうちのひとつ。4階の角にある四角形の部屋が自宅だった。何もない部屋。備品庫から譲り受けた布団と毛布、僅かな衣類。

希少となりつつあるリラを水道水で1錠服用する。少し眠れそうな気がした。


おやすみなさい。