児童文学作家を目指す日々 ver2

もう子供じゃない20代が作家を目指します。ちょっとしたお話しと日記をマイペースに更新する予定です。

電話タイム

2016-03-26 | 物語 (電車で読める程度)


「ウチな、金持ちになりたかった」

地味でダサい彼女はそう言った。
僕は少し警戒する。

「金持ち?」

「うん。ほんで、むっちゃすごい人になりたかった」

「お金持ちなら充分すごい人だと思うけど」

「ううん。そうじゃなくって、なんか壮絶なストーリーの果てに自分の望むものをつかみとった人。なんか深みがあるやん。人として」

寝る前のいつもの電話。僕らは遠距離恋愛だ。最初、薄給な僕に対しての当てつけかと身構えたがどうやらそうではないらしい。彼女の馬鹿っぽい口調にも慣れてきたが、内心呆れた。

「あんまり話がみえないんだけど…」

「別になんもないよ。ただ、そんな人になりたかったなって」

「でも、大変だよ。そういう人達は人並み以上の苦労をして結果を出したんだろうから」

「知ってる」

彼女の声は明瞭だった。

「なにか、欠陥があればよかったのかもしれない」

「どういうこと?」

「例えば生まれつき何かが不自由だったりとか。そうすればそれは強烈な個性でしょ」

「その考え方は…例え話でも僕は好きじゃない」

「そうだね、ごめん」

本当に彼女の言いたいことがわからなかった。いったい今の話のどこに別れる理由があるんだろうか。ただ彼女が少し病んでいる。それだけのことだろ。

いつもの電話の時間。風呂から上がったとき着信ではなく、一通のメッセージが彼女から届いていた。

「別れよう」


卒業直前に付き合った彼女とは、僕の単身赴任以降会う機会がぱたりと減った。
かわりにこうしていつも夜に電話する習慣がついた。
「おはよう」も「おやすみ」も「もしもし」だって毎日かわりばんこだ。
なのに、今日に限って僕は昨日と連続で電話することになった。
いつもより少し遅く、彼女に電話したのだった。
正直そろそろ潮時かと思った。
「お金持ち」「すごい人」どちらも今の僕らには関係ないはずのもので、これからもおそらく無縁であると思われるものだ。
それを彼女が欲しがる時点ですでに僕らの歩幅は狂ってしまったんだろう。
携帯から聞こえる彼女の子どもっぽい声も今は少し鼻についた。

「ウチな、怖いねん」

黙る。ただし電話はまだ切らなかった。

「このまま無色透明になって、いつか消えてしまうんじゃないかって。」

くだらない話だ。僕は別れる際の注意事項を確認しながら、模範解答の作成にとりかかる。

「考え過ぎだって」

「でも、だって……だってこのままじゃ…ウチ、教科書に載らへんやん!!」

「へ?」

一瞬の疑問の後、僕は大笑いしてしまった。あんまりに可笑しくて隣りが壁をどついた音も聞こえなかった。

「うははは。いや、ありえへんやろ。教科書に?あははは」

「なんで笑うんよぉ、もしも!もしかしたらの話やんか?」

「うははは」

よじれたお腹がようやく元に戻る頃、僕はさっきまでのことは全部吹き飛んでしまっていた。かわりにこの子のことが堪らなく愛しい。

「やっぱり可愛いな」

僕はなんの脈絡もなく言った。
本当はもっとそれらしい励ましの言葉とかあったかもしれない。それこそ、お金持ちでも、努力をしても忘れられてしまう人なんてごまんといる。それに教科書に載ってる人達だってまさか自分がとは思っていなかっただろう。でも、彼女にそれを言ってもあんまりに伝わらないような気がする。

「君だってほら、関西弁。でちゃってますよ?」

「は?でてないし。そんなアホっぽい言葉話せません」

「ふふ、アホって言う時点でもう、少しでてるやん」

「はぁ?でてへんし!」

「「あははは」」





お金はあった方がいいし、
すごい人生はそれだけ人を成長させるんだとおもう。

彼女の不安は僕だって同じだ。

けれど

それでも














教科書に載らないふたりの
電話タイムは明日も続く。




【おわり】

ふたりはふたたび

2016-03-16 | 物語 (電車で読める程度)

「ねぇ、髪切った?」

「あぁ、いや。切ってない。」

「あんたさぁ、ホントに無口だねぇ。もっとシャキッとしなさいよ。」

「あぁそうだな。」

背を丸めてカウンターに座る男に店の女将は呆れた。

「あんた、そんなんじゃいつまで経っても言えやしないよ。」

「わかってる。だから…」

男はうどんを啜るとポケットから小銭を取り出した。

「まったく…毎度あり。あんたしっかりしなさいね。」

「あぁ。」


カラン。

男は店を出て、表通りに出た。

道を挟んだ向こうには広い緑地公園。
どうやらさっきまでの雨は止んだようだった。
ボロいうどん屋の隣りにはコンビニ。
若いサラリーマンが悔しそうに新品のビニール傘を開けていた。

男の息子は大学を出て、すでに家を出ていた。

「親として、当然のことをしたまでだ。」

また、男は今年度で定年となり、務め人としての役目も終えようとしていた。

「老兵は去るのみ ってか。」

春一番の雨は少し体に堪えた。

「ハッ、グション。」

くしゃみをした拍子に、あやうく今日が何日だったか忘れてしまいそうだった。

物忘れはまだないが、仕事をしていたころはあまり今日という日をわざわざ意識したりなんてしなかった。

なんだか落ち着かなくて爪先を睨んだ。

雨上がりのアスファルトがキラキラ光ってまぶしい。

緑地公園の中心、桜並木が続く先に小さな噴水があることを男は知っていた。

そこは家族でお花見に行ったところでもあったし、

息子のキャッチボールに付き合ってやった場所でもあったし、

息子と飲んだ後、語り合った場所でもあった。

そしてなにより、男の夢が散り、恋が芽吹いた場所でもあった。


「桜の花は残酷だ。春を知らせたまま、散ってゆく。」

そんな臭いセリフを言った気がする。今思い出しても恥ずかしい黒歴史だ。まだ男が若い頃だった。


同時に懐かしいやり取りが思い起こされた。

「そうね。だって桜の木の下には死体が埋まっているんでしょ。」

突然の声に、それが文学部ジョークであることを当時の男は気づく暇もなかった。

「えっ?」

「それ、何撮ってるの?」

「……………あぁ、いや。これは、その…」

顔が熱くなっていくのを青年は感じていた。慌てておいてあったカメラと脚立を片付けようとする。

「これ結構本格的なカメラだよね。1人みたいだけど、何か作ってるの?」

ずいぶんと小柄な女の子は、制服を着ていれば女子高生にも、ともすれば女子中学生にも見えるような出で立ちであった。

「………えっと。…その自主制作映画というか、その…。さっきのはセリフで、あの、ちがうんです。」

「ふーん。」

話も聞かずに女の子はカメラをじろじろと眺めると、

「面白そう。よかったら私も手伝っていい?」

そう言って、青年の返事もまたず、もともと居たのであろう噴水の裏側へと鞄を取りに戻っていった。
時計の針が正午に重なったとき、噴水から一斉に水が吹き出て、透明なベールが女の子を包んだ。

それはまるで、4年後の真っ白で繊細なウェディングドレスを思わせるようなものだった。




相変わらず男はボロいうどん屋の前だった。もういっそ、このまま家に帰ってしまおうかと思った。ジャケットに両手を突っ込み、顔をあげると緑地公園の空に虹がかかっていた。あれだけ渋っていた足が自然とそちらへと導かれる。

虹が見え隠れする桜並木は、とても良い構図で、絵になるなと男は内心思った。この画面を3秒ほどのカットインとして入れるだけでどれほど作品が豊かになるだろうか。男は片目をつむり、両手の人差し指と親指で四角形を作る。自分の目で形取ったすべてを指の隙間にはめ込んだ。


男の幼い頃の夢は映画監督だった。しかし人付き合いが苦手で大学のサークルには入れなかった。代わりに貯めたお金で買ったカメラを片手に、こっそりと作品を撮っていたりした。けれどもあの日、幼い夢は5月の桜のように散ってしまった。

もっと大きなものが芽吹いてしまったのだ。

 

 

噴水の音が聞こえた。どうやらモタモタしていたわりに、約束の時間には間に合ったようだ。
四角く切り取られた画面から桜の枝葉が消え、虹の全体が表れた。画面はゆっくりと下降し、噴水の前に立つひとりの女性を映しだす。


「何してるの?」

「あぁ、ちょっと虹を撮ってた。」

「ふふ、嘘。カメラもないのに?」

「…うん。」

「…そっか。」

初老の女性がいつかの時のように男を見上げた。

「それ、私も手伝っていい?」


虹が薄く消えていく。代わりに白髪の混じった低い頭に額を寄せた。


「…いや、いいんだ。」



男は静かに妻に向かって言った。




「もうずっと、この目に焼き映してきたからさ。」




【おわり】


小人さんと

2016-03-11 | 物語 (電車で読める程度)

小さなあなたがいました。

話す言葉はお互いに違いました。

例えば
私は赤くて甘くて、水水しぃ拳大の果実を「リンゴ」とよびましたが、
あなたは「ウァッポォ」とよびました。

私にはあなたの言葉が赤くて甘いそれを指すものだとわかりませんでしたし、あなたも私の言葉がそれだとはわかりませんでした。

私たちはお隣同士に座っているのに、お互いにその美味しさを言葉で伝え合うことができませんでした。


それに加え、もうひとつ厄介なことがありました。

どうやら私とあなたとでは時々世界がズレてしまうようです。

というよりも、

むしろ度々にしか私たちは同じ世界にいることができないようでした。

あなたは確かにここに、
私の隣りに座っているはずなのに
まるでどこか別の次元を悠々と散歩しているような…

そんな不思議な感覚にとらわれます。


ある日、あなたが寒そうに丸まっていたので、ブランケットをそっと肩にかけました。すると、とても恥ずかしそうにはにかみました。

それは同性のためか
はたまた年下にされたためか

けれどもあなたが「ふふ」と顔を埋めた瞬間、世界がピタリと噛み合った気がしました。

私の右手が北風のしっぽをつかむような、そんな一瞬でした。


だから私は何度でも次元を越えてあなたに会いに行こうとおもっています。

なるべく同じ世界であなたの隣りにいたいから。


【おわり】