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児童文学作家を目指す日々 ver2

もう子供じゃない20代が作家を目指します。ちょっとしたお話しと日記をマイペースに更新する予定です。

箪笥

2025-06-06 | 物語 (電車で読める程度)
涼しげな春夜に彼は帰れるはずもない故郷に思いを馳せた。

「明後日、お引っ越しなんだ。」

「たしか明日は箪笥を運ぶ。」

「だからもうあの箪笥には会えないんだ。」


ふと彼をみた。怪物が姫に焦がれて歌う情熱的なバラード。あるいは藍色の塊だ。

窓辺は暗かった。彼以外になにも映ってなんかいなかった。

彼が木っ恥ずかしそうに布団に隠れてひゃーと声をだす。幼くて、純粋で不安定だ。

卑怯者、だと私は彼に言ってやりたかった。今さら自己満足のために振りかざしてやりたかった。

けれども、それはそれとして。
彼の友達のようなその箪笥に会いたかった。

彼のこれまでを聞いてみたかった。





それ以上彼はなにも言わなかった。


【おわり】





ソメイヨシノ

2025-04-11 | 物語 (電車で読める程度)
桜は60年
父も母も60年

胸がしめつけられた。


枝先に花咲かない姿に。


【おわり】

Excel色の絵画

2025-04-01 | 物語 (電車で読める程度)
表で見て愕然とした。
人生なんてあっという間だ。
それまでに後悔なく納得して終われるだろうか。

我が子といっしょにしたいこと。
両親といっしょにしたいこと。
愛する人といっしょにしたいこと。
親愛なる我が身ひとつでしたいこと。

それらをはっきりさせなければ
手遅れになる。

耳を済ませば深緑の碧にて白馬がないた。


【おわり】

めざめた

2025-03-29 | 物語 (電車で読める程度)
胸焼けと朝焼け

もうどうにかなってしまいそうだった。

おめでとう、という昇進

おめでとう、という誕生

おめでとう、という傷心

なにも書けない。
どうせ書けない。

どうせ何者にもなれない。

つまらない人間だとつくづくおもった。

その一方で我が子らにとっては唯一なのだと奮い立たせた。


奇跡も痛みも胸いっぱいにつまらせて

どこか遠くへいってしまおう。


そんな3月だった。



【おわり】



その後

2025-03-01 | 物語 (電車で読める程度)
「覚えてますか。」
「覚えてるよ。」
「おれ、ここでバイトしてるんすよ。」

そのやり取りにどんな価値があるのか私にはわからなかった。

ただ店の奥に隠れる彼は私とは目が合わなかった。
580円が私から今彼にできるせめてものエールだ。
このパスタも彼が作ってくれたものかもしれない。言葉はない。彼とのやり取りを思い出そうとしてあまり浮かばなかった。

それでも彼のおかげだという人もいた。友人は多いのだろう。人間の感情をようやく掴みかけているらしい。

笑顔で話すウェイターの先で彼はどんな顔でなにを話していたのだろう。

どうせなら幸せでいてほしい。


あるときの講義室で隻腕の教授が繰り返し話す姿が浮かんだ。
ここで咲かなくていい。私でなくていい。
種を撒いて、どこかで花がひらけばいい。

なら種を撒くにしろ、土を耕すにしろ
あるいは鍬の手入れをすることにしろ。なんでもよいではないか。
私でなくてもいい。
よかった。


それから新しい場所へ



【おわり】