キャッシュレス。
電子マネーやクレジットカードなど、色々な場所でキャッシュレスが進んでる。
電車の乗るのもICOCAやPITAPA。
本屋ものをを買うのもネット通販でクレジット。
コンビニでもスーパーでも電子マネーなどがどんどん普及してる。
たかがキャッシュレス、たかがデジタル化。
それはそれでいいんだけど、その一方でどんどんコミュニケーション(対話)がなくなっていく。
「いよ、そこのねぇさん、今日はいい鯛が入ってるよ」
『あら、美味しそうねぇ』
「今朝港に上がった鯛だから、刺身はもちろん、焼いても美味しいよ」
『じゃぁお作りにしようかしら。おろしてくださる?』
「へい、三枚にして。柵でいいですか?アラはどうします?」
『どう使えばいい?』
「皮は炙って肴のあてに、中骨は吸い物に、頭はカブト煮なんかに使えますよ」
『じゃぁ、お願い』
なんてのは昔の魚屋のの軒先で当たり前に交わされてた会話だが、今のスーパーでは無い。
ただ切り身にパックされて売られてる。アラはアラでパックされてる。
もちろんちょっとマシなスーパーでは「調理します」って頼めばやってくれる。俺はなるべくこれを利用する。だけどそこにはほとんど会話は無いのよね。
かといって昔ながらの商店街の個人店の魚屋さんってのも見なくなったし、あったとしても愛想悪かったりね。
そんな中、東京・日本橋に現金が使えないレストランがオープンしたらしい。
この店は、現金は使えず会計は、クレジットカードか電子マネーでのみという、完全キャッシュレスなレストラン。
ファミレスのロイヤルホストなどを展開する、ロイヤルホールディングスが作った、このキャッシュレスレストランは、外食産業の人手不足が深刻化する中、現金管理(やりとり)の手間を省くことで、店舗運営効率化につなげる狙いがあるそうだ。
ファミレスや外食産業は、注文も画面タッチとか、会計も端末で行うなど作業効率を意識したことをやっている。
人件費は接客業の最大のネックだ。
この人件費を安く抑えるためにバイトやパートでまかなっているが、最近の学生はファミレスのウェイターやウェイトレスは嫌みたい。居酒屋でも以前は学生のバイトがいっぱいいたが、最近は結構高額で募集しても来ないって知り合いの焼鳥屋もぼやいてた。チェーン店ではおっさん(左遷かリタイヤ)とか、ハンバーガショップデモも昼間はおばさんばっかりだ。コンビニは外国人研修生とか多い。
それに伴いどんどん接客の質はヤバくなってる。
それでもちょっとでも安く、ちょっとでも作業効率とかを考える。
利益とか人件費とか、飲食店を始め接客業は経営維持のために考えなきゃいけないんだろうけど、同じ接客業に携わる者として、この風潮はなんか嫌。
お水はセルフってなってるだけで「手抜きだなぁ」って思う。おしぼりとお水は来客のコンディションみたり、一息ついてもらうために出すものだ。
食券購入の店なんて問題外。特に初めて行ったラーメン屋でいきなり食券販売機って。何がおすすめで何が売りなのかさえわからん。そんな手間を省いてどうする気だ?
技術(味・テクニック)、環境(店舗の雰囲気や立地)そして接客はサービス業の三大要素だ。
美容室でも、飲食店でもこれは一緒だ。
何年修行したとかどこどこの店に勤めてたなんて関係ない。
料亭料理なんて大衆食堂では通用しないし、逆に居酒屋料理では会席割烹では通用しない。でも、お客様主体で合わせるよって引き出しがいっぱいある職人あらどのような店でもどんな値段でも対応できる。これが技術だ。一番大事だが、実はこれは3割くらいしかウェイトを占めない。
バブルの頃、大理石やコンクリ打ち出しのモダンな居酒屋とか麺(うどん、そば)の店ができた。
照明も暗かった。テーブルの上だけとか、洒落たキャンドルライトとか。でもね、料理が全然美味しそうに見えないのよ。食品サンプル食ってるみたい。
今そんな店がほとんど潰れてなくなってるのを見ればわかると思うけど、視覚って大事なのよね。
焼鳥屋でジャズ、ラーメン屋でアジアンミュージック、蕎麦屋でヒップホップ。こんなふざけてるのかマジなのかわからん店も多かった。そしてこれらもことごとく潰れた。五感・五覚(視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚)ってのを無視した、個人趣味の押し付けの店は飽きられる。
これが環境だ。これが3割だ。
店側はお客様と会話(接客)して好みを探す。それもさりげない会話の中から引き出すのが一流だ。
「何が好きですか?」とか「今日はどうしましょう」ってサンプル見せてるようではダメだ。これはまだアマチュアな接客。「お嫌いなもの、苦手なものはありますか」からか、日常会話の中から希望、要望、潜在願望まで引き出せてこそプロだ。
もちろん威勢のいいおばちゃん、愛想は悪いが目利きは優れてる店主、可愛く明るい店員、言葉はぶっきらぼうだが楽しませてくれるイケメン店員。
それらひっくるめて、これが接客だ。これが3割。
残りの1割は?
それが値段。
値段相応って言葉があるように、高いから美味いのは当たり前。安けりゃ不味いのも仕方ない。でも、「これでこの値段は安いぞ」とか、「えっ?思ったより安いな」と思わせたら価値は上がる。もちろん「さすがこの値段だけはある」って納得でも対価に見合ってる。「この値段でこれかよ」ならダメだ。
この値段=価値を設定さ得るのが上記3つの要素、接客・環境・技術だ。
何%引きとか、安いとか、値段だけでは消費者は定着しない。
ホットペッパーのクーポンで行く店よりも、誰かのオススメのお店に行った方が再来店率が高いのはそのせいだ。
キャシュレスで接客とか現金やり取りとか、一切省いた合理的な店。
そんな店もあってもいいと思うが、俺は行かない。行きたくもない。
顔も見ないで買える。声も出さないでいい。喋李かけられると煩わしい。スマホ見ながら黙々と食べる。食事なんてただの栄養補給だ。満足感得れて安けりゃいい。電子レンジでチンって便利だ。回転効率がいい。早いから、楽だから、本に載ってたから・・・。
こんな風潮が接客業をダメにしていってる気がする。
吉野家はなぜ券売機を導入しないのか。
安い、うまい、早い、なのにだ。
松屋もすき家もなか卯も券売機があるのに、吉野家はない。
その答えは、それが接客業=サービス業だからだ。
外食産業はちょっと原点を見直したほうがいいぞ。
電子マネーやクレジットカードなど、色々な場所でキャッシュレスが進んでる。
電車の乗るのもICOCAやPITAPA。
本屋ものをを買うのもネット通販でクレジット。
コンビニでもスーパーでも電子マネーなどがどんどん普及してる。
たかがキャッシュレス、たかがデジタル化。
それはそれでいいんだけど、その一方でどんどんコミュニケーション(対話)がなくなっていく。
「いよ、そこのねぇさん、今日はいい鯛が入ってるよ」
『あら、美味しそうねぇ』
「今朝港に上がった鯛だから、刺身はもちろん、焼いても美味しいよ」
『じゃぁお作りにしようかしら。おろしてくださる?』
「へい、三枚にして。柵でいいですか?アラはどうします?」
『どう使えばいい?』
「皮は炙って肴のあてに、中骨は吸い物に、頭はカブト煮なんかに使えますよ」
『じゃぁ、お願い』
なんてのは昔の魚屋のの軒先で当たり前に交わされてた会話だが、今のスーパーでは無い。
ただ切り身にパックされて売られてる。アラはアラでパックされてる。
もちろんちょっとマシなスーパーでは「調理します」って頼めばやってくれる。俺はなるべくこれを利用する。だけどそこにはほとんど会話は無いのよね。
かといって昔ながらの商店街の個人店の魚屋さんってのも見なくなったし、あったとしても愛想悪かったりね。
そんな中、東京・日本橋に現金が使えないレストランがオープンしたらしい。
この店は、現金は使えず会計は、クレジットカードか電子マネーでのみという、完全キャッシュレスなレストラン。
ファミレスのロイヤルホストなどを展開する、ロイヤルホールディングスが作った、このキャッシュレスレストランは、外食産業の人手不足が深刻化する中、現金管理(やりとり)の手間を省くことで、店舗運営効率化につなげる狙いがあるそうだ。
ファミレスや外食産業は、注文も画面タッチとか、会計も端末で行うなど作業効率を意識したことをやっている。
人件費は接客業の最大のネックだ。
この人件費を安く抑えるためにバイトやパートでまかなっているが、最近の学生はファミレスのウェイターやウェイトレスは嫌みたい。居酒屋でも以前は学生のバイトがいっぱいいたが、最近は結構高額で募集しても来ないって知り合いの焼鳥屋もぼやいてた。チェーン店ではおっさん(左遷かリタイヤ)とか、ハンバーガショップデモも昼間はおばさんばっかりだ。コンビニは外国人研修生とか多い。
それに伴いどんどん接客の質はヤバくなってる。
それでもちょっとでも安く、ちょっとでも作業効率とかを考える。
利益とか人件費とか、飲食店を始め接客業は経営維持のために考えなきゃいけないんだろうけど、同じ接客業に携わる者として、この風潮はなんか嫌。
お水はセルフってなってるだけで「手抜きだなぁ」って思う。おしぼりとお水は来客のコンディションみたり、一息ついてもらうために出すものだ。
食券購入の店なんて問題外。特に初めて行ったラーメン屋でいきなり食券販売機って。何がおすすめで何が売りなのかさえわからん。そんな手間を省いてどうする気だ?
技術(味・テクニック)、環境(店舗の雰囲気や立地)そして接客はサービス業の三大要素だ。
美容室でも、飲食店でもこれは一緒だ。
何年修行したとかどこどこの店に勤めてたなんて関係ない。
料亭料理なんて大衆食堂では通用しないし、逆に居酒屋料理では会席割烹では通用しない。でも、お客様主体で合わせるよって引き出しがいっぱいある職人あらどのような店でもどんな値段でも対応できる。これが技術だ。一番大事だが、実はこれは3割くらいしかウェイトを占めない。
バブルの頃、大理石やコンクリ打ち出しのモダンな居酒屋とか麺(うどん、そば)の店ができた。
照明も暗かった。テーブルの上だけとか、洒落たキャンドルライトとか。でもね、料理が全然美味しそうに見えないのよ。食品サンプル食ってるみたい。
今そんな店がほとんど潰れてなくなってるのを見ればわかると思うけど、視覚って大事なのよね。
焼鳥屋でジャズ、ラーメン屋でアジアンミュージック、蕎麦屋でヒップホップ。こんなふざけてるのかマジなのかわからん店も多かった。そしてこれらもことごとく潰れた。五感・五覚(視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚)ってのを無視した、個人趣味の押し付けの店は飽きられる。
これが環境だ。これが3割だ。
店側はお客様と会話(接客)して好みを探す。それもさりげない会話の中から引き出すのが一流だ。
「何が好きですか?」とか「今日はどうしましょう」ってサンプル見せてるようではダメだ。これはまだアマチュアな接客。「お嫌いなもの、苦手なものはありますか」からか、日常会話の中から希望、要望、潜在願望まで引き出せてこそプロだ。
もちろん威勢のいいおばちゃん、愛想は悪いが目利きは優れてる店主、可愛く明るい店員、言葉はぶっきらぼうだが楽しませてくれるイケメン店員。
それらひっくるめて、これが接客だ。これが3割。
残りの1割は?
それが値段。
値段相応って言葉があるように、高いから美味いのは当たり前。安けりゃ不味いのも仕方ない。でも、「これでこの値段は安いぞ」とか、「えっ?思ったより安いな」と思わせたら価値は上がる。もちろん「さすがこの値段だけはある」って納得でも対価に見合ってる。「この値段でこれかよ」ならダメだ。
この値段=価値を設定さ得るのが上記3つの要素、接客・環境・技術だ。
何%引きとか、安いとか、値段だけでは消費者は定着しない。
ホットペッパーのクーポンで行く店よりも、誰かのオススメのお店に行った方が再来店率が高いのはそのせいだ。
キャシュレスで接客とか現金やり取りとか、一切省いた合理的な店。
そんな店もあってもいいと思うが、俺は行かない。行きたくもない。
顔も見ないで買える。声も出さないでいい。喋李かけられると煩わしい。スマホ見ながら黙々と食べる。食事なんてただの栄養補給だ。満足感得れて安けりゃいい。電子レンジでチンって便利だ。回転効率がいい。早いから、楽だから、本に載ってたから・・・。
こんな風潮が接客業をダメにしていってる気がする。
吉野家はなぜ券売機を導入しないのか。
安い、うまい、早い、なのにだ。
松屋もすき家もなか卯も券売機があるのに、吉野家はない。
その答えは、それが接客業=サービス業だからだ。
外食産業はちょっと原点を見直したほうがいいぞ。
