喜多圭介のブログ

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八雲立つ……58

2008-11-14 13:42:13 | 八雲立つ……

孝夫は先頭に立って、三人を案内した。

予約席が枡席に枠で囲まれており、隣の枠内には恋人らしき男女が静かに座っていたが、ほかに客はいなく、オレンジ系の照明が灯った静かな雰囲気であった。大きなテーブル中央に暖色の灯とその周囲に黄色のカトレアの植わった小鉢が置いてあった。向かい側の二脚に高明、聡実が腰掛け、孝夫と佳恵が隣り合って座った。

おそらく二人の子供にしても、こういう席は久し振りなのであろう。まして突然現れた男が、自分たち三人家族の中に割り込んで、母親の横に座っているのを、二人とも浮き浮きした表情であったが、内心不思議がっているのであろう。

高三の聡実は、女の子だけに興味深そうに、母親と孝夫を当分に眺め、大きな瞳をきらきら輝かせていた。高明はにこやかな表情で、これからどんな展開になるのかとそれに関心ある顔だった。

孝夫は自分たちにも育ち盛りの娘二人を前にして、楽しく食卓を囲む時期があったことを、ちらっと脳裏に浮かべた。律子をふくめて女三人、その日の出来事を話ながら、よく笑う夕食であった。いつも律子が笑いを先導していた。きょうだいもなく一人娘で育った律子は、娘二人を妹のように思っていたのかもしれない。

高明は、今宵のために母親に買ってもらった、紺のワイシャツに、ネクタイを締め、若鹿のような雰囲気の青年らしいスーツ姿で、やや下から覗き込む視線で孝夫を見ていた。佳恵が言うように高明の清潔な表情のなかに、ややニヒルな影を人に与えるものがあったが、孝夫には好ましい青年に映った。高明の容貌を目前にすると、午前中に弔問したマンションで逢った義典の長男重成の、一見ピリピリした容貌がまたも気にかかった。

高明と重成がこれから先に、信和、芳信叔父のような、険悪な関係にならなければよいがと案じた。それは今後の信和叔父の、両家への種の蒔き方しだいのようにも思うし、配慮して種を蒔いてもうまく行かないかもしれないと、孝夫は宗教に凝りそうな峰子の蒼白い顔と、気むずかしい翳りのある重成の顔を思い浮かべた。このことはとりもなおさず、傍らに座っている快活な佳恵に、心労を生み出すことになる。小野家の今後は佳恵の肩にかかってくる。

孝夫はオーダーしたブルゴーニュの白を一口飲むと聡実に、
「大学は地元を志望しているの?」と訊ねた。
「それが地元を出て行きたくてうずうずしています。神話と宍道湖しかない古い街は嫌だとか言って」

佳恵は困ったような口調で話した。
「神話と宍道湖か……当たっていないことはないね。それで関西?」

孝夫は香里の顔を見て訊ねた。
「関西でも関東でもどっちでもいい。第一志望は京都」

聡実はややソプラノの澄んだ声で応えた。
「若いうちは大都会に出たほうがいいね。昼間この街をあちこち散策してみたけど、活気が見られなかった。正月のせいもあるのだろうけど」
「地元の私にもよそよそしい街になりましたよ。企業は少し増えたように思いますが、他所から派遣などで来られる方も多く、ローカルカラーっていうものが消えました」
「日本中ステレオタイプになってきますね」
「高明君は卒業したら地元に戻ってくるの?」
「東京で就職したいです」
「じゃあ二人とも地元にいなくなるのか。お母さん、淋しくなるね」

そう言ってから、孝夫はワイングラスを口元で傾けた。
「仕方ありませんわ」
「案外飲みやすいワインだな。あなたも空けてください、何杯でも注ぎますから」

孝夫が佳恵の顔を見てそう言うと、聡実が、
「お母さん、アルコール強い」とにこにこ顔で言った。
「えっ、そうなの」

孝夫が驚いた風におどけると、
「聡実、お母さんの秘密ばらしちゃって」

と聡実を睨み付け、
「飲みやすいですね、このワイン。おいしい」と言った。
「それはよかった」
「とてもまろやかな」
「お母さん、私もちょっと飲んでいい?」

聡実は好奇心旺盛な顔で言った。
「模擬受けてきたから、リラックスするのに一口、二口はいいかな」

孝夫は言った。


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