「工学部だから少ししか在籍していないです」 「恋人を獲得するのが大変だな」 「もともと男友達をつくるのも苦労するほうですから、恋人などなかなかのことです。それこそ孝夫さんに指導してもらわないと」 「佳恵さんまで叔父叔母の悪影響を受けて……。高明君、ぼくは三十になるまではだれかれとは付き合えないタイプだった。いまでもそうだが、恋人を自分からつくれるタイプでもなかった」 「孝夫さん、いま恋人をおつくりになったらお亡くなりになった奥さんとのあいだが難しくなりますよ」 「ワインの飲み過ぎ。高明君を見ているとぼくの若い頃を思い出す。そのうちにいい恋人と巡り逢うよ」 「それなら安心ですけど」 「きみたちのお爺ちゃんは、昔からぼくを女たらしだと誤解しているけどね、だけどぼくは違う。恋愛は合縁奇縁といって、この言葉わかる?つまり縁がなければ駄目だし、縁は意識して作れるものでない。気付いたときにお互いに離れられない、あるいは離れてはいけない強い何かを感じ合う交信。この交信を敏感にキャッチし合えるかだ。 計算したことはないけど、道を歩いたりしていて一日にどれだけの女性に逢うだろうか。ここから計算して一年では何人、五年で何人と計算して行けば、十年か十五年に一人くらいの割で合縁奇縁の女性に巡り逢う。一度高明君、大学のコンピューターで確率計算してみると面白いだろうね」 孝夫はワインの酔いに調子に乗りすぎたかな、とちらっと自省した。 「厳しい確率計算」 高明は黒目がちな眼を興味深そうに輝かせて言った。 「それも縁があるだけの合縁なら少しは確率が高くなるけど、ぼくの場合は奇縁としかいいようのないものだから、もっと低くなる」 「奇縁って?」 聡実が横から口を挟んだ。 「奇縁というのはちょっと難しいけど、思いがけない縁とでも言ったらいいかな」 「じゃお母さんは合縁でも奇縁でもないね。見合い結婚だから」 「結婚したのだから合縁だろうね。ぼくにはこの辺のことはわからないけど、人工的合縁?」 「面白い!人工的合縁なんて」 聡実はアハハと笑った。 「人工的合縁であなたたちのような子供がいるのよ」 佳恵はワインの酔いに、目蓋をうっすらと赤らめていた。 孝夫は子供たち二人が別な話題でおかしそうに話し合っているのを見届けてから、小声で、 「義典君は叔父の家に会社の帰路に寄っていたそうですね。昨夜叔母のいないときに、ちらっと叔父が言っていましたが、会社で疲れる、帰宅しても峰子さんとのあいだで疲れる、それでここに来ては母親と話し込んだり寝転んだりしてから帰ると。ぼくは信隆君の通夜の印象が強かったものだから、義典君も父親との和解にこころ配りをしているのだと嬉しく思っていたのですが、叔父の言葉のニュアンスでは、そうでもない気がしました」 孝夫は胸の裡にあるものを伝えた。 「どういうことです?」 「午前中に義典君のマンションに弔問に行き、峰子さんにお逢いしてなんとなく感じたことで根拠はありません。間違っているかもわかりませんが、どうも義典君は峰子さんにせっつかられて、家を建てる資金の捻出を計っていたのではないかと。先ず叔母を籠絡させて共同作戦で、叔父に出させる。 あなたと峰子さんを仲違いさせるような話で恐縮ですが、峰子さんには本家であるあなたたち家族に一物あるのかもと思います。若い頃はなかってもある時期から考え始めることがある、それが出てきたのではないかと。叔父のこころ配りが佳恵さん家族に傾きすぎているのを羨むというか。それでちくりちくりと義典君に圧力をかけていたのじゃないかな。それがしだいに義典君には重荷になってきた、叔父の家に逃避すると同時に、叔母に家を建てたい話をぼちぼちしていたのではないかと」 「そうでしょうか。私には峰子さんがそのような人だとは想像できませんわ」 「あなたにはぼくのような邪推は難しい。そこがあなたの人柄だと思っていますけど、叔父の言葉に何かあるなと感じるのです、叔父はこういった面に敏感な人ですから。母親に甘えて育った義典君は、狡猾な面とストレスに弱い面を性格的に持っていた気がします。 男のぼくから見れば四十八歳の今日まで、手狭な3LDKのマンション住まいが不思議。昨今は三十代でも住宅ローンを組んで新築に住むじゃないですか。マンションにしても、もっと広い3LDKとか。あのマンションは手狭な公団並でしたね。それをそうしなかったのは、父親の資金援助を当てにしていたのではないか。ぼくから見れば羨ましい話ですが、当てになる父親がいて。だけど男としては不甲斐ない」 「義典さんの住んでいるマンションと峰子さんからそこまで考えるなんて……」 「小野一族の人間関係に揉まれたぼくは、こういう邪推だけは鋭く働くのです。屈折しているところがあるのでしょ。でもぼくは妻によって少しはまともになりましたが」 「小野には私の想像もしなかったことがいろいろとあったのですね」 「こういう言い方は義典君の遺族には悪いですが、彼のおかげで正月早々あなたや子供さんと楽しいひとときを過ごせてよかった」 ★読者の皆様に感謝★ ★日々の読者! goo 131名 ameba 212名(gooは3週間の amebaは7日間の平均) ★日々の閲覧! goo 396 ameba 409(内26はケータイ) ★ameba小説部門 最高位 86/4849(11月1日) 連載中は執筆に専念するためコメントは【完】のところ以外では許可しておりません、あしからず。 最初から読まれるかたは以下より。 一章 ★この作品を読まれた方は『花の下にて春死なん――大山心中』も読まれています。 ★以下赤字をクリック! AMAZON 現代小説創作教室 連載予定の長編『花の下にて春死なん――大山心中』(原稿800枚)を縦組み編集中。こちらの読者の皆様にはこれで一足お先に読むことができます(あちこちで同じ事を書いてますが)。十二章あるうちの三章まで(原稿90枚)。文字の拡大は画面上の+をクリックしてください。しおり付。 あらゆる創作技法を駆使してます。なお私のこれまでの作品では禁じ手としてましたポルノグラフィ手法もワンシーンありますので、一部の女性読者に不快な思いを抱かせるかもしれませんが、ご了解願います。 『花の下にて春死なん――大山心中』 ★「現代小説」にクリックを是非! |