
「その『理趣経』というのはどういう内容の物ですか。釈経はお読みになった?」
「はい。だけど経文は実践が伴わないと悟りには近付けないでしょ」
「そりゃそうだ。真言は南無大師遍照金剛」
「それは高野山真言宗で、たとえば醍醐派は南無大師遍照金剛、南無聖宝尊師、南無神変大菩薩。御室派、智山派と少し違ってます」
「仏壇の前で南無大師遍照金剛と唱えますが、これは何なんですか。悟りの呪文?」
「空海の灌頂名を遍照金剛と言います。南無は仏を呼び出す掛け声のようなものです。南無阿弥陀仏、これは浄土宗。浄土宗は阿弥陀様に帰依していますでしょ」
「じゃあとくべつ悟りを開くお経とは言えない」
「そうでもないのですが……在家の人たちは南無大師遍照金剛と唱えることで、弘法大師に見守られていることになりますし」
「そういうものですか、なるほど。あ、どうぞ」
宮本は鶴の首を慶子に差し出した。
最初の仲居がすき焼きの一式を運んで来た。
「電熱のスイッチを点ますよって。その上にこのお鍋を。お鍋が熱うなったらこちらのお砂糖を薄く広げてから、霜降り肉を並べて焼いとくれやす。あとはこれをかけて焼いてから、肉を一枚食べとくれやす」
しばらく待つと、仲居は、はい、どうぞこの一枚を先に、と言った。急かされて二人は一切れを箸でつまんで口に。
「どうどす。美味しいですやろ。丹波・但馬で選りすぐったお肉ですよって」
「旨い」
と、宮本は感嘆の声を上げた。
「あとはこっちのお皿から葱、糸こんにゃく、豆腐などの具を入れ、普通のすき焼きのように肉と焼いて食べとくれなはれ」
仲居は熱気の中で額に汗した顔でひとしきり喋ると、そそくさと退出した。
「アハハ、なかなか熱心なひとだ。ゆっくりとやりましょう」
「そうですね」
「そうか。こっちのすき焼きは関西風なんですね」
「お肉を煮るのではなく、焼くというやり方です。お酒お注ぎします」
「どうも……何を話してたんだか」
宮本は一口でグラスを空けると、慶子の顔を見た。
「南無大師遍照金剛」
慶子は言ってから、おかしそうに笑った。
「『理趣経』の修行というか実践とは?」
「はい、これが大変なの。淫祠邪教めいてまして」
「ほう淫祠邪教」
「それで宮本さんにお訊ねしたいことがありますの。宮本さんは大脳生理学のほうは?」
「躁鬱とかパニック障害、その他の神経症にも関連しますので、一通りのことは承知してますが」
「私、『理趣経』の修行というのは、脳のホルモン分泌とかに関係があるのではないかと想像してるのです。当時の中国でも日本でもそうですが、出家者は苦痛にたえるとかの肉体を限界まで酷使する修行をやっていました。肉体に苦痛を与えると、反応は脳に帰って行くと思うのです。心なんて抽象的観念でしょ。苦痛だけでなく歓喜というものもある。法悦境とも表現しますが、性的なオルガスムスのことだと思います。『理趣経』第一段に法悦境と解釈できる項目が並んでいます。たとえば、男女交合の妙なる恍惚は清浄なる菩薩の境地である、とか」
「なかなかきわどい、しかし真実と考えられる言葉ですね」
「男女交合して悦なる快感を味わうことも清浄なる菩薩の境地である」
「ほう。たいした真実だ」
「そう思われます?」
「妻が死んでからこう思い当たるように。それまでは朴念仁でしたから。あなたはどうなんですか」
「私、二十八で結婚しましたが三十五歳のとき、夫の浮気で離婚しました。教え子の女子大生何人もに手を出していまして」
「そうですか……ご主人も大学の先生?」
「大学は違っていましたが」
「ちょっとひどいですね」
「一見男らしくハンサムで優しい雰囲気がありましたので、誘われると世間知らずに育った私までコロリと。ほんとにばかばかしい話なんです」
「いまはお一人で」
「そうです」
「ご主人の浮気のときは予知能力は働かなかった?」
「なぜか働きませんでした。離婚が不幸なことでなかったのかも」
「ははー、そういう解釈もできるのですね」
「だと思います」
「であなたは『理趣経』をどう見ているのですか」
宮本は肉と糸こんにゃくを口に入れてからたずねた。
「その前に、ですから歴史的に見ていろんなことが起こりました。もっとも代表的なのは真言立川流というのがあります」
「ほう」
「永久元年、一一一三年のことですが、醍醐山三宝院の開基勝覚の実弟である東院阿闍梨仁寛が、鳥羽天皇の暗殺を図り伊豆に流されました。伊豆で名を改めて真言の教えを流布していました。弟子に武蔵国立川の陰陽師、見蓮がいて、この人物が陰陽道と真言密教の教義を合わせて、真言立川流を広めました。高野山をはじめとして真言、天台の諸派・諸宗に多大な影響を与え、十二世紀から十三世紀、鎌倉前期ですが、かなりの勢いを見せました。禅宗の一部にまで影響を与えたんです」
「実際にあったことなんですね」
「南北朝時代に南朝の護持僧であった文観弘真が、後醍醐天皇に直伝し、真言立川流は隆盛を極めたんです。先程二つ挙げましたが『理趣経』の中の十七清浄句と言われた箇所を独自解釈し、また金剛界と胎蔵界の両部の大日如来を男女に見立て、理知不二イコール男女交合との解釈から、淫欲是道、煩悩即菩提として、セックスにおける快楽を追求することこそ、即身成仏の菩薩の境地であるという教えを説いたんです」
「性愛悟道の世界ですな」
「真言立川流は托枳尼天が本尊だけど、その後髑髏を祀って、呪法を行っていました。托枳尼は密教の訶利帝母、日蓮宗では鬼子母神と言ってますけど、狐。だから稲荷信仰とも関係が深いの。それに立川流が流行ったこの時代は天台密教でも本尊を魔多羅神として、秘儀的なセックスをし、オルガスムスに達した瞬間こそ即身成仏が約束されるという、玄旨帰命壇という教儀が説かれていました」
「天台でもね」
「そうです。写真で見ましたが、比叡山の西塔、常行堂にあります。本堂の裏に小さな祠があって、そのなかに魔多羅神は祀られてます。それと日光東照宮にも常行堂があって、魔多羅神は祀られてます。秘仏ですから一般のかたは観ることができませんが、魔多羅神の掛け軸は観ることができるようです」
「徳川家康の東照宮? ほほう東寺で観た魔多羅神が、比叡山と日光東照宮にも絡むということですね」
「掛け軸の魔多羅神を説明しますと、鼓を持った魔多羅神が中央の腰掛けに腰を下ろして、その前で二人の童子がおどけた恰好で踊っているのです。魔多羅神の顔は能面にある翁のように見えますが、なんか淫靡な微笑を浮かべているように見えます」
「淫靡な微笑ね」
「それに魔多羅神の頭上に北斗七星が描かれています」
「夜の踊りなのかな」
「よくわかりません」
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