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後期高齢者医療制度 年金年引き3回目と、高村薫氏のエッセー

2008年08月15日 | 後期高齢者医療制度

今日は終戦記念日。オリンピックや、靖国参拝がマスコミを賑わすなか、ひっそり後期高齢者医療制度3回目の年金天引きが行われています。

世界に類をみない、年齢で差別する「後期高齢者医療制度」 直木賞作家の高村薫氏がエッセーで鋭い指摘をしています。優性思想、国民の選別・・・確かに。

やはり、後期高齢者医療制度は廃止させなきゃいけないと思うのです。

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「後期高齢者」とは何か。

大戦前夜のナチスによるユダヤ人隔離を思い出す高村薫(AERA 2008.5.5号 p94)  

 精神的に荒廃してゆく社会とはこういうことを言うのだろう。七十五歳以上の後期高齢者を、家族からも社会からも切り離し、専用の医療制度枠で一括する。ただでさえ体力も気力も理解力も低下している高齢者たちが、中身を読んでもさっぱり理解できない通知書を手に、役所や病院の窓口でおろおろする。四月に始まったこの光景を遠巻きに眺めながら、大戦前夜のナチスによるユダヤ人隔離のようだ、と思った。

 もとより年金生活を送る高齢者は生産性がなく、消費力もなく、病気と介護で金ばかりかかる。一律の国民皆保険制度では、若い世代の納めた保険料を高齢者たちが食い潰し、高齢者人口の増加による医療費の増大は天井知らずとなって、国の財政を圧迫する。こうなると長寿も程度もので、社会福祉費はなんとしても抑制する必要がある。依って、後期高齢者には自分たちが社会のお荷物であることを、そろそろ自覚してもらうほかなかろう――これが政治家と役人たちの本音なら、ほとんど優生思想というものであり、薄気味悪い末世を見る思いがする。

 現にこの新しい後期高齢者医療制度では、低所得者の経済的負担もさることながら、徐々に受けられる医療が制限されてくるだろうとも言われている。かかりつけ医に聴診器を当ててもらってすむ病気なら心配はないが、紹介状なしにはおいそれと病院へ行けなくなるらしいし、そうなると、十分な検査や治療を受ける機会が減り、手術や入院も減り、結果的にこれまでより短命となる高齢者が増えて、国や自治体の財政に貢献することになるのかもしれない。少子化により、百年後には総人口がいまの半分になるという予測には、こうした後期高齢者の早死にも含まれているのか、どうか。

 医療の進歩で、脳梗塞や心臓病や癌などもこれからますます治る病気になってゆく時代に背を向けて、後期高齢者医療制度が向かう先は、やはりゲットーのようなものだ、と思う。高度医療の恩恵を受けられるのは七十五歳未満の国民であり、それ以上の後期高齢者は開業医ですませよ。一昔前なら死んでいた年齢なのだから、これ以上の長寿は積極的には支持しない。入り口にはそんな告知板がかかっていそうである。

 さて、読者諸氏はこんな高齢者の未来を受け入れる覚悟はあるか。私にはない。医療の高度化や延命装置の進化を手放しで歓迎するわけではないし、生命につきものの寿命を直視する理性はもちたいと思うが、社会全体で高齢者や障害者を支える近代の福祉国家の理念を捨てるような勇気はない。また、労働力にならない人間を貶めるような空気に耐える自信もない。これは、生死より大事な人間の尊厳の問題である。国民皆保険制度というなら、本来は消費税で解決すべきところ、国は面倒な税制改革を先送りし、代わりに国民の選別に手をつけた。これこそ、この後期高齢者医療制度が、先進国のどこにも例がない所以である。

たかむら・かおる◆1953年、大阪生まれ。93年、『マークスの山』で直木賃。『レディ・ジョーカー』『晴子情歌』など。「新潮」で「太陽を曳く馬」を連載中。