シャボン玉の詩

前へ前へと進んできたつもりでしたが、
今では過去の思い出に浸る時間も大切にしなければ、
と思っています。

禁煙録(思い出の日記より)

2017-11-25 09:24:54 | Weblog
煙草を止めたらその内きっといいことがある。
何しろ40年間、40本も吸い続けてきたじゃないか、
きっと体が見違えるように元気になる。
そう思って思い切って決断した。15年前のことである。
きっかけはある。
仕事上で親しかった友人が「退職して退屈だからタバコを止めたよ」と電話してきた。
これには仰天し、それなら俺もという気になった。
何しろ2人は酒も煙草も群を抜いての豪酒家、ヘビースモーカーであった。
煙をもうもうと燻らせ、コップ酒片手に
「酒と煙草は絶対にやめないぞ」
「男がやると決めた以上それを止めるなんて、そんな意志の弱い事でどうする」
などとほざいたものである。
そんな彼が「煙草を止めた」と電話してきたのである。負けてなるものかと思った。

禁煙して1ヶ月、体調が良くなるどころか「吸いたい、吸いたい」の、際限のない欲望に見舞われ、何事も手につかなくなった。例えば囲碁、読書、地図などでの旅行の計画。
「大丈夫だよ、3カ月もすれば慣れるさ」
そう言われて頑張ったが、それは真っ赤な嘘、症状は益々ひどくなる一方である。
それに身体の状態が良くなってきたとはとても思えない。
害あって益なしじゃないのか。何故斯様な苦しい目に逢わなければならないのかと思った。
6カ月後、迷いはピークに達した。
その気になればいつでも吸えるのに何故なんだ、そんな誘惑に駆られながらも折角ここまでやってきたではないか。挫折するは如何にも悔しいと思う気持が強くなってきたのである。
今思い起こせばこれがどうやら禁煙成功の兆候らしいのであった。

3年後の日記には、「こうして書いていても未だによよと手が震え、左手が煙草を探し求めている。空パイプを吸って耐えてはいるが、赤ちゃんの哺乳瓶ではあるまいし、
この滑稽な姿が恥ずかしい」と書いてある。
煙草を吸っている夢を見て「しまった」と思い飛び起きたことがある、とも書いてある。

15年後の今では反射的に煙草の煙を避けるようになっている。
それは結構だが7つもの病を抱え、その中でも重篤な病を2つもっている。
悉く酒と煙草に起因しているらしい。
彼も又「あの当時、ちょっとやりすぎたなあ」と言う。

然し、15年前のあの時、もしも禁煙していなければ今頃7回忌を迎えていることだろう。
遅きに失したとはいえ、先ずは上出来の決断であったと思っている。

曲りなりに命長らえて静かに余生を送っているのである。









子供は神様だ

2017-11-18 19:49:39 | Weblog
方向音痴、よく聞く言葉である。
かなりの確率でそのような人がいるに違いないと推察している。
が、僕のそれは多分群を抜いて、突出しているのではないかと思っている。
スーパーや百貨店、病院等でトイレを使うことがままある。
探し当ててて行くのは容易いが、出口が分らなくなり一瞬どぎまぎすることがある。
中の構造が直線的になっていない場合は間違いなくそうなる。
旅館やゴルフ場のお風呂を使うときだって気を付けなければならない。
入口は簡単に分るが、出口が分らなくなり慌てるときがある。
例を挙げればきりがないが、天下のイチローさんだって稀代の方向音痴と聞く。
しかしさすがのイチローさんだって僕のそれを見たら肝を潰すだろうと思う。
いっそ、新宿の構内で乗り換えの電車を探し当てる方が気が楽だ。
複雑で元々方向の感覚を必要としない所が余程動きやすい。
入口出口の標識、つまり丁寧な手引書がいたるところにあるからである。

先日、電車を使って初めての病院を訪れ、診察を受けた。
内視鏡検査や先生の診察で3時間近く耐え、漸く会計を済ませ颯爽と外に出た。
やれやれの気分でルンルンとしていたが、歩き始めて頭が真白になった。
駅へ向かう方向がまるで分らなくなったからである。
その病院は入口が道に面しておらず一寸くの字に曲がっていたのである。
入る時は何の問題もなく受付を済ませたのであるが、出た後、問題が起こった。
「あっ、又やったか」と思いつつ左へ行ったり右へ行ったり、慌てふためいた。

丁度その時小学3,4年生位の男の子3人がこちらに向かってくるのを見つけた。
胸をなで下ろし「すみません、駅へはどう行けばいいですか」と聞く。
一人の子供が懸命に説明し始めたが、たまりかねたのか突然僕の腕を掴んだ。
僕の顔付が全く理解していない様子にこれは駄目だと思ったのだろう。
僕の腕を持って100メートル位一緒に歩いた。
「あの向うの道を左に曲がって真っ直ぐです。すぐに駅ですから」
子供はそう言って大急ぎで皆の処へ引き返す。
僕は何度も「有難う」を繰り返す。

すぐに駅が見えてきた。
あの優しい子、本当に子どもは神様のごとくである。
有難いことだ、僕は胸を熱くして無事に我が家へ向かった。


勝負手

2017-11-11 09:13:51 | Weblog
決して大袈裟に言うつもりはないが、今日のゴルフプレーは勝負手みたいなものだ。
この胃痛がより悪化すればその時はその時、もしも良くなれば大いに結構。
半ばやけくその決断である。
2度目のこの胃潰瘍は今までの数多い病気の中でもダメ押し的に感じる。 
色々の病気を持ち、ただでさえ食には神経を使っているのに未だこの上に配慮が必要とは。
この頃少々疲れを感じてきているのである。
歳食えば忍耐力や闘病力を失ってくるのであろうか。
静かにリラックスして病気に対峙することが極めて大切なことは分っている。
然し我慢にも限度というものがあろう。
食事を取るのも恐る恐るで、尚カロリーや蛋白を計算しながら消化の良いものを探す。
それでもすぐに胃の調子を壊し、お粥や飴湯に切り替えるときも多い。
この頃食の楽しみは徐々に失せて、生きるための薬が如く味気ない方向に傾いている。
それでも味覚という微かな喜びを求めてソフトクリームなどを時に舐めてみる。
癒しのひと時である。

ところが今度の胃潰瘍にはほとほと呆れ果てた。
この10年間腎不全で暴飲暴食はおろか、酒やたばこも一切やらず、節制の毎日。
生活習慣は完璧、それなのに何故?と思う。
今やソフトクリームさえも冷たいからという理由で止めている。
食べたいものはあってもままならないところが悔しい。
医師の処方する薬に頼るしかないのであるが、結局また薬が増えた。
1日14種類、19錠の薬にプラス今度の薬である。
薬で体が壊れはしないかという心配も出てくる。
最小限のタンパクやカロリーを取らないと身体は急速に弱るだろう。

ストレスの塊は大きくなる一方である。
そして遂に昨日、堪忍袋の緒を切ってゴルフ場に向った。
ショートコースだからと言って馬鹿にしちゃいけないんだ。
カートが使えないから歩き放しで足痛く、1ホール毎に3分の休憩が必要になる。
約1時間半ひたすらにクラブを振り、ボールを追う。
ハアハア息切らしながら完走することだけを目標に何とか終わった。
胃痛は多少楽になり、腹は少し空いたかなと思うが実際には良くはなっていない。
この勝負手、不発には終わったようだが負けたわけではない。
いいじゃないですか、僅かでも気分変われば、と自問自答するが如何なものであろう。

どうもこうもあるものか、こうでもしなきゃやってられるかと開き直っている。

夢見る紅葉

2017-11-04 09:10:08 | Weblog
いよいよ待ちに待った紅葉の季節が来た。
去年は動脈硬化性閉塞症とかの病を発症し、歩けなくなり断念している。
今年こそは、と祈るような思いであった。
紅葉は山や里の景色の変化の中で最も美しい光景である。
山の上から順に木の葉が総天然色で変わっていく。
何という見事な季節の到来、圧倒される景観に心奪われるときなのです。
あの山は、森は、林は何故こうも美しく変化し私達を魅了するのでしょうか。
人間だけが全ての色を見分けることができると言うなら、これは奇蹟中の奇蹟です。
秋を告げる自然の営み、冬に備える木々。
それだけのことであれば総天然色の必然性はなく、真っ黒でも何でもよい筈でしょう。
ところが神は見事な色合いに変えていく遺伝子を与えた。
神は又、人間達にのみそれを息を呑んで見る事が出来る遺伝子を与えた。

僕は何よりもこの紅葉を眺めることが大好きなのです。
ひらひらと落ちる葉、その向こうの抜けるような青空、神秘の更に向うを感じるのです。
全てのものが脳から消え去り、ひたすらこの不思議な自然の中に溶け込む自分。
一昨年まで毎年この究極の喜びを味わってまいりました。

ところが、どうやら今回も雲行が怪しくなってきたのです。
胃潰瘍に襲われたようなのです。
10日前から胃が痛み、思い切って検査したら潰瘍ができていますと言う。
言うのは先生の仕事だから仕方ないが、言われる方はまさに地獄行きです。
この病気は治りにくい。
2度目だもの、この病気の大体のところは知っているのです。

いよいよ本格的に体全体が蝕まれてきたのでしょうか。
身体もそうですが、精神面に於いても歪みが出てきております。
大丈夫ですかと聞かれて、何の何のこれしきのこととは答えますが、心中はうつろです。

とに角、紅葉の壮大な景色を観たいのです。
紅葉を堪能できないなんてことになったらどうしよう。
来年がある、だなんて暢気なことを言っている場面じゃないのです。
僕の体は壊れかかっているのですから。
どうにかして10日間位で治したい。
さてどうでしょう、何か秘策が見つかればよいのですが。