シャボン玉の詩

前へ前へと進んできたつもりでしたが、
今では過去の思い出に浸る時間も大切にしなければ、
と思っています。

思い出の道(18)

2019-01-22 15:04:33 | Weblog
月明かりの下でびゅんと風の吹く晩秋の道。
音のしないひどく静かな帰り道である。
カラン、カランと響く二人の足音だけが澄み渡った空気を裂く。
2人とも一言も発しない。
夫々が夫々に自分の置かれた立場とこれからのことを考えていたのであろうか。
それとも今の垣間見た現実を何度も何度も思い詰めていたのであろうか。
―――こんな家庭ってもう厭だ、と何度思ったことか。

父は反応しなかった。

4日目、学校から帰ってみると置手紙が置いてあって母はいなかった。
「しばらく留守にしますが、よろしく頼みます」と書いてあった。
宛先もなければ、いつまでの一言もない。
多分母は一寸働きに出たか、急な要件で止むを得ず出かけたものだろうと推測した。
僕は急に寂しくなってきた。さてどうしようかと考える。
父の帰りは恐らく夜中の2時か3時頃になるだろう。
朝は早く起きて御飯の準備もしなきゃいかんな、そうだ、父の分も要るな、などと考えながらとに角ご飯を炊く準備をし始めた。
僕は御飯も炊けるし、一通りのおかずも作れる。
胃を痛めて何もできなくなり丸くなって寝ている母代わりを何度も家事を務めた経験がある。
当面生活自体に困るようなことはないと思ったが1人ではやはり寂しくて怖い。

僕は母と父は一体どうなっているのであろうと少し真剣に考えるようになった。
母が居なくなって2日の日曜日、急に父が「うどんでも食べるか」と言い出した。
其処のうどん屋にはこの間見かけた割烹の女性が居た。
「我が息子だよ」と紹介されたが僕は何の挨拶もしなかった。余りの仏頂面に相手の女性もあっけにとられて「あ、そうね」と言ったきり押し黙った。
父は罰の悪そうな顔付で、それでも3人音を立ててうどんをすすった。

母が帰って来た日、父は久しぶりに8時ごろ帰宅した。

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