私が台湾にいたのは10歳くらいの頃の3年間で、そのあいだの一時帰国になる熊本経験中が、1回めの熊本城お近づき1975年(昭和50年)頃
としますと、どうにも今時期を特定して思い出せない2回めの熊本城は、もう平成進んでたかで、20年くらいは間隔 開きます。あるいはもう、今世紀に入っているような感覚もあるので、四半世紀と言えるかも。
けっきょく、すでに大規模改ざん被害が出てしまっているらしい、とても悲観された方々にお会いすることになりました。
またこのときは、厳選された2ヵ所の観測だけです。
そのうちの一つ目をこの記事にします。
当時は、本丸にあたるところを一般公開していませんでした。
理由はたしか、最初は実務重要拠点だったからで、私がうかがっているその頃は別の理由と。(今からすれば、原子自動改ざんが起きていたことだったと、管理者の厳しい悲観の様子と、見る場所をかなり厳密に限られたことから推測できます。)
さて、困りますのは 表現です。
比肩なく唯一を、言葉にするのは難しい。
それを一部でもお伝えできればということで、がんばります。
記憶はいきなり本丸の玄関と言われるところから始まります。
「玄関というには?」と質問して「(日本語で)玄関としか言いようがないかな」と返ってきた記憶があり、タイトルもそうしました。
じっさい、単に大きさだけでエントランスと言うには不向きでした。
まあ、軽く言えば、お城のドヤ顔です。
玄関サイドは、大胆にして、黒い木のみを見せている壁面が 心しみ入るほどの無駄のない良きデザインと、非のうち所の無い 正確なつくり。
入り口はもちろん立派な扉だったのですが、日本の扉は総じて内側に開いていたことで、光が当たっていなかったからか詳細など記憶から逃げてしまっています、、、
ただ、見せようとしたのが扉ではないことを聞かされていて、極力見ないようにされた記憶があります。
私に見せようとしたのは、玄関というよりこういうところだけ…
絵にするのは無理があるようです といいますのは、「大きすぎて写真に収められない所」なので。当時のある場面をカメラでは無理な場所から眺めたと仮定したイラストです。細かくは難しいけどサイズ感と雰囲気は近づけようとしています。
中に入った所、指定された立ち位置地点から奥のほうに行ってみてよいかときくと、けっこう許可を迷われました。それくらい神経質な理由はもう複数考えられます。許可された範囲内で印象より広さがあることはわかりました。
イラストからわかるように高さがありますがこの中の天井はさらに高く見たこともないやわらかな闇ができています。
照明器具は使わないと言います。扉を開けたときに差し込む、外の光だけです。
静かに心がおちつく、やわらかな光のグラデーション、熱い地域でも涼しく過ごせたのもまた、よくわかります。
ここに使われている木は当時でもう生息していない木でした。黒いけれど、たしかもう希少だった黒檀(こくたん)でもなかったようです。
昔の日本の建築材料に使われる木は大黒柱に代表されるような年輪がしっかりつまった丈夫な気です。
熊本城に使われている木は、とんでもなく長い年月を経たからこその、太さと高さです。
当時現存していた九州の大木は小さい子供が13人手をつないで囲む太さ、それより大きな硬い木のようです。
この参考に(ついでに)、台湾の第二の高さの山(当時も富士山より高い)阿里山で、おなじく慎重に見ておくよう言われた大木を参考にしてください。
でもまあかなり不自由なPC画でも、景色知ってる方からみれば結構よくかけてます 自画自賛
今と違ってか、古来 年輪は気候安定的に年々正確 緻密な等間隔に形成、徐々に太くなっていくので、木も長生きするし、大きさはそれだけ木が長く地球を経験し、人間を見守ってきていたことになります。
人材や材料というのは、大事さや尊敬を示す材の字が使われています。
海も山も、昔の植物生物分布はもちろん、昭和の状態にもない地域が、見るからに多くなっていそうです。
ブログアップ、日を少しまたいでしまいました。すみません。
過去の記録物は人間の手(地球上)からすっかり奪われました。
出所確認とれないので過去記録は レッドカードです
ご自身のすべての記憶とひも付きではない出回りは、必ず危険情報が含まれます。その意味でも重要な歴史などからは、偽物に相当。責任をもってうのみにせず、お取扱いは極力ご注意ください。
今のところ当初から本当の記憶してきている者(ほぼ残存していないでしょう)からすると判定可能な場合が多いのです。 また、先人が対応策をとってあるところについて、重要なこの真実を、深い理解によって引き継いでください。
□ 日本国憲法は、自身の 道しるべ、ふるさと … 法の省エネ(憲法の考え方) ■ 日本国憲法は、永遠に理にかなう最高法規
■ 絶対、制度 を存在させてはいけない!
(憲法下において、 制度は 憲法の凌駕、無視、違反になる。いかなるものにも制度はごはっと、認めてはいけない! 制度の字が出ていたら犯罪者側の改ざん由来で間違いありません。 )
■ すべての国民の互いの 日本国憲法の遵守言動が、例外なく必要不可欠
さもなくば、地獄の世、戦争状態と同じです
改竄(かいざん: 現在は原子操作されているもの)とは、たった1つでも想定外に事実根底を違えられ大規模、重大な影響を受けることを、改ざん方法の重篤さもあわせていう。 すでに注視させられるもの全般に及んでいます。
地球における高度原子改ざんと、脳作用のありようをしっかり考慮されないと、必ず冤罪を出し、大事を誤ります。 見える物事は、犯罪者の虚偽の可能性高く、常に自他の既成行為をはめてしまわないよう 厳重注意ください。
日本国憲法の発布直前までのじっさいの写真はごくわずかです。たとえば東京裁判といわれた時の撮影は1回のみであり、私はその写真を確認しています。授業で聞いたとおりすでに(裁判前から)囚人服を着せられた被告人 が、一面の白壁を後、長机を前に恐怖と諦めの面持ちで立たされて、その4.5mほど離れた写真左側にはアメリカの若い白人男性が白めのシャツのような服で姿勢を斜めに肘をつくようにして座っているだけの光景シンプルなもので、撮影位置は写真の右手前、被告人位置から10mほど手前の位置からです。
二・二六事件 の事実はこちら末文…見てるつもりは? 、生きていた伝承 またはなお、このブログでは第二次世界大戦後までに万人が認めている史実のみを扱うことで見極められたことのみを記しており、事実関係に間違いの無いよう、細心の注意をはらってきていることを約束します。その上でご確認などございましたら、コメントなどご連絡ください。
このブログで書こうとしてきている事実は、戦前から一貫しており、
後世継承を願っての違えてはならない絶滅危惧情報です。慎重なる必ずの確認、共有を、国民としての責任をもって お願い致します。
現代までに出回った ~症、~病、 ~障害 、そして制度ごと は、上記改ざんによって浮上した 違憲(偏見設け、実態真実ごまかし、伝達や発展の妨げetc.)言葉なので、業務取扱者はもちろん科学理論にのっとって廃止し、一般的にも今後はご注意ください。提言遅くなり申し訳ございません。
高齢になったからといって古来 人間の脳は衰えず病気にもなりません!
時代の証人者同士が、悪から被害を受け、何らかの伝達妨害が出るのが実態です。
こういった目的のおもな病気は昭和には脳いっ血(じつは遠隔攻撃)として現れますが、原因傾向推測が生理科学的に合わなくなったことが判明してきたため、
催眠術で嫌がらせをしパターンを増やして徐々に洗脳移行されてきたのが現代に聞かれるカテゴライズ(大くくり)名で、それは迷信!
脳機能はサンプリングできず証拠に残らないので これまでに科学実証は不可能(いっときTVでやってみせていたような頭にピンをさしても何もできませんし、画像には異常が現れ従来の一定傾向すら守られなかったためでしょう。)、
改ざん記述権威が牽引(けんいん)して次第に大衆洗脳されてきた偏見誘導言葉が現代に出てきた~症などです。
伝達理解不能ごとは、すべて悪の都合で被害者のせいにする表面化であり、物質異常があればなおのこと脳の原子改ざんで、機能性と関連ありません。
人本来のものや病気とは別ものなので、出かたが一定ではなく、進行したりもしません。
催眠術や改ざん被害が どれだけあるかということだけです。
これまで人より認知できた人、今後も認知ができる人を、認知症と呼ばないでください。
認知 は、脳の行為 。 (どういう事があったかをわかっておく など)
認知は、 機能なんかじゃありません。
発言や実態などが 改ざん記述物と異なるからといって、悪の改ざん記述をかばって人間を捨てるのはやめましょう。
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