自慢じゃないけど、我慢強い私です。
妹sも、しっかり我慢強いけれど、条件などそろえば負けてない。
小学校中学年のころ、慣れれば誰でもできる三角頭立というので試されたとき、私以外の最長が2人くらいで、数分もいってないところ、私だけドクターストップの16分でした。
つまり、自分に何の得にもならないのに、自分の意志で どれだけ耐えられるかで、ダントツ(のバカ)だったわけ。
マラソンのタイムは 郷ひろみに まったく負けちゃってたけど。
それに昔から、遠慮上等、できる限り控えめにし、自分のことは極力我慢、正確にとらえたことだけを言おうとしている気質については、引けを取らないよう自己制御は毎度意識してました。
そのことを誤解させるようなことが起きるからギョッとしてたけど。
この基準をもって、私の言う「堪忍袋の緒が・・」とか「生きていたくもない」を推しはかっていただきたい。
それに私だって通常、あえてけむたがられたい、いやがられたいなんて思わない。
一刻も早く火の手を止めたい が一心だし、そう託されてます。
奈良には 飛火野(とびひの)という、奥の奥まで続く広大な場所がありました。
熊本にも不知火(しらぬい)という地帯があった。
どちらも火にまつわる地名だけれど、どうやらこの国土の無常の出来事を、瞬時に変えてしまう火という言葉で伝えているととれます。
「こちらと同じが 遠くあちらにも」を飛び火の現象と言っていたし、
「あれは、どうしてああなった?誰も知らぬ 不知火」のように伝わっています。
大ニュースでも、べつにニュースとして あがることもない。平成から現代にかけて、音に聞こえる聞こえない関係なく、大激変をしてしまったのを見過ごすのが当たり前になっているけれど、変化の限られた昔は 、昔からの地名に残して後世に伝えようとしていたんですね。
このもっとも大事な局面に、言い伝えの真意を受け止め、ふんばってください。
急降下を止めるのは、少人数ではムリですので。
先人たちは、第二次世界大戦に向かわせた原因が、せっかく教育を広めるべく用意していた教科書が 黒くつぶされた出来事 にあると見ていました。
大事な教育が狙われていることが重大なんだと。
平和、つまり悪影響に惑わされることなく ちゃんと生きていけるためには、正しい教育が無いと無理なのだと、悟られていてからの
教科書の黒塗り被害は、
(主犯特定せずとも、)だれもが 戦意高揚のため と受けとっていたことでもあります。
国民のほとんどが何もかも誤解させられて、大衆 自ら第二次世界大戦を招いてしまったことに。しかも、その後もほとんど、戦後の未成年者には理解されていなかったところ、
何とか憲法で必死に建て直し協力を得たけれど…
の その後。
教育は、私自身の知る歴史としては
小学校のあいだに、校長や教師など要人や有望な人が狙われ、中学では憲法教育が廃止になり、高校では日本史や世界史の授業に異変があり、わかりやすい生物の授業に中断があり、高3の3学期には物理も古文も数学も世界史も化学も、さらに倫理も、確かに教科書改ざんを見ました。大学の法学の授業は、終盤、何事か大事件があったと知らされました。
思えば、各種テレビの規定が破られ始め、
私の歩んできた足元から教育が崩れ落ちていたのに、つい、
まだ何とか先人頼りに 皆で問題にとりくんでいってもらえるだろうと楽観(したかった)…
甘すぎました。
「平和ではなくなる!」との のろしの合図を受けたことになるのは、思えば法学の授業の異変のあったあたりの時期。
やはり、戦争が何であるかを知っていた先人たちにすれば、せめて教育だけでも との思いがあったのでしょうけど、
この私も、自分が想像絶して さんざんな目に合うまで実体として理解できていなかった。
戦争のことを、各種聞かされると、幼少期から起こっていた避けられなく強烈な出来事の数々から、性質として ぜんぶ当てはまってきた私の経験です。
重要さ、何にも増しての真剣を、申し上げておきます。