診察室でのひとり言

日常の診察室で遭遇する疑問、難問、奇問を思いつくままに書き記したひとり言

騒がしい世の中 ― ゴルフでストレス発散!

2023年11月12日 | ブログ

早いもので今年も残すところ 1 ヶ月半ほどとなってきた。11 月なのに暖かい(暑い)といっていたら、昨日、今日は 12 月並みの寒さ。春以来、初めて寒いと感じた。コロナが再度大流行したかと思えば、嬉しそうにマスコミ報道は息を吹き返したかのように騒ぎ立て、今度はインフルエンザが大流行となると同じように騒ぎ立てる。コロナは減少傾向にあるものの、まだ流行しているというのにその話題は全くなしである。それに流され、視聴者はコロナは落ち着いたと勘違いしている。重症化することのないオミクロンコロナやインフルエンザを  3 年前の新型コロナの出現の時(重症化しやすかった)のように報道するバカバカしいマスコミと、真に受けて大騒ぎしている多数の国民には、もうブレーキをかけることもできない状況にきている。新型コロナが出現する前、毎年のように風邪をひいたりインフルエンザに罹ったりとしてきた我々は、そのこと忘れて風邪をひくのも恐れているという有様である。物事を自分で考えず、人任せの人間がこんなに多いのかと呆れかえり、怒りにも似た感覚である。『 7 回目のコロナワクチンを予約しています 』 とか『 既に接種しました 』という患者さんからの発言には『 そうですか 』としか言いようがない。『 7 回目のワクチン接種はどうすればいいですか 』と聞かれることもあるが、このような人には何をアドバイスしても、結局は 7  回目のワクチン接種を受けるので、『 どちらでもいいんじゃないですか 』と答えるようにしている。以前のブログにも記したが、すり込み現象によりコロナワクチン接種の効果はほとんどなく、メリットはないと判断するべきである。短い間隔で同じようなワクチンを繰り返し接種すれば、医学的には人体の免疫に負荷をかけ悪影響(免疫力低下)につながると考えられている。しかし、このようなワクチン接種は世界的に未曾有の経験であり、この免疫力低下がどの程度持続するのか、あるいはこの先数年続くのか、数年先に更に悪化してくるのかということは誰にも知る由もない。免疫力が低下すれば様々な感染症に罹りやすくなったり、ガンなどの悪性疾患に罹りやすくなるわけであるが、今の時点では断言できるわけでもなく、誰にもわからない。数年 ~ 10 年ほど先に何らかの傾向が見えてくるかもしれない(当然、何も起こらないことも十分あり得る)。

 さて私事、今年もストレス発散にゴルフに励んできたが、慢性の首痛や肩痛、腰痛に悩まされながら頑張ってきた。長時間椅子に座り、前かがみになって血圧を測ったり、聴診をしたり、心エコーをしたりと姿勢の悪さが影響しているのは自覚しているが、こればかりは職業病としか言いようがない。ゴルフをされる人ならお分かりであろうが、パットの時にカップからボールのラインを左右に首を回して読むのであるが、少し回すだけでも首には激痛が走り、十分ラインを確認することができない。私は現在、北六甲カントリー倶楽部をホームコースにしているが、2 年前に倶楽部競技で知り合った Y さんとその友人達とラウンドすることが多くなってきた。この Y さんは私より 8 つ歳は若いのだが、ゴルフを一緒に回る上では非常に心地よい人で、かつ腕前はプロ級のハンディ 1 である( 私は ハンディ 9 )。私にとっては、ゴルフの神様の様な人で、私の下手なショットやミスにも温かい言葉をかけて下さり、時々アドバイスを頂きながらラウンドしている。1 年少し前に 30 ~ 50 cm の超ショートパットが全く打てない パターイップス になり悩んでいた時にも、同じ悩みを経験したという Y さんに中尺パターを勧められ、Yさんの愛用されていた 1 本を譲り受けた。そのお蔭か、今年は倶楽部競技で 2 回 Best 10 に入り、1 回は 3 位になった。今年のハイスコアーは何年振りかの自己タイ記録の 76( 37 / 39 )を出すことができ、80 以下も 5 回出すことができた。当然、調子悪い時もあり、諦めず投げ出さないゴルフのご指導も頂いている。ゴルフって、思い通りにならないことの方が多く、なのでまた行こうと思うのでしょうね。


なぜ、高等学校の授業料無償化

2023年09月19日 | ブログ

診察中、ブログを愛読していただいている何人もの患者さんからそろそろ新しい記事を書いて欲しいとの依頼がある。今、充電中などと返事はするが、相変わらず世間に立腹することがテーマになってしまう。それでもいいとの後押しを頂いて、久しぶりに記事を書いてみようと思い、まずは高等学校授業料の無償化について私見を記してみた。こういった記事は反論したくなる人も多いであろうからお許し頂きたい。

世帯年収の上限を撤廃し、全世帯の生徒が無償で高校に通学できるというシステム。なんだか大阪が初めての試みと得意がっている吉村知事。戦略会議では 「大阪の子供たちが所得や家庭の状況に左右されず、自分の可能性を追求できる社会を目指すべきだ。その大きな第一歩を踏み出せた」 と意気込んているようだ。 現行制度では世帯年収が 590 万円以下の子供は実質無料で高校に通うことができている。そもそも現行制度が出来上がった理由として、高等学校に行きたくても親の年収が低い子供は授業料を払うことができず、平等に教育を受けることができないという理由で立ち上がったシステムのようである。恐らく現実的には、志望した府立高校の受験失敗で滑り止めとした私立高校に入学する例が低所得世帯の場合の救済適応になるのではないだろうか。そういう家庭を救済する政策なのであろう。ならば、なぜ高所得世帯まで無償化にする必要があるのか非常に矛盾している。百歩譲って現行制度なら、知事の言い分も否定はしないが、親の所得が理由で平等な教育が受けられないというなら、高所得家庭を無償化にする必要はない。では、なぜ新制度にしようとしているのか。政治家とは自分が人気を得、自分の政党が人気を得ることを最優先に考え、その手段として国民、府民から集めた多大な税金を美辞麗句を並べて自分たちのために利用しているのである。今、参政権は 18 歳以上になった。これまでの選挙では、高齢者の投票率が圧倒的に高いので高齢者から人気を集めるために医療、介護、福祉といったところに重点を置いた政策が取られてきた。ある程度確立され、政党が変わっても大きく変化することがない。この高齢者層以外の年齢層から更に票を集めるためにはどうすればいいか。それが高校授業料の無償化という彼らの作戦である。この政策に喜びを感じるのは高校生ではなく、その親である中年層である。高校生の親の年齢層は凡そ 40 歳代 ~ 50 歳代であろう。590 万円以下の世帯所得制限による授業料無償の現行制度では、授業料を支払っている中~高所得世帯の中年層の親たちには不評なため、彼らからの票を集めることは困難なのである。よって所得制限を撤廃することで、さらに多くの中年層から人気を集め、票を集めることができるというカラクリである。全く幼稚な政策である。高校授業料無償化が成立すると、次は大学授業料の無償化も準備しているようであるが、これは投票権のある大学生( 18 歳 ~ 20 歳代)とその親( 40 歳代 ~ 60 歳代)からの票集めであろう。まとめると、高齢者以外の全年齢層( 30 歳代が抜けているが)から票を集めるために、授業料の無償化という偽善事業で我々から集めた税金を自分たちの人気のためにばらまいていくのである。細かくは調べていないが、この無償化に費やす補助金(ばらまき額)は府が持っている税総額のごく一部程度で、ビクともしない額らしい。それなら、税金をもっと安くするべきで、それは即ち府民全員に公平である。税というものに対して本末転倒である。


ブログ休養

2023年07月16日 | ブログ

長らくブログの更新をしてきませんでした。複数の原稿は書いてはいたのですが、殆ど全てが世の中を批判する内容ばかりで、読まれる方々には非常に不快な思いをさせてしまうだろうと投稿することは躊躇しています。オミクロン株に変異した約 2 年前でコロナ(重症、死亡の出現)は終わったものと判断していますが、相変わらずの状況です。権利に対しての男女平等が、いつのまにか生物としてのジェンダーレスを主張しだしたり、LGBT に対する一部の人間(マスコミを含む)の偏見を一方的に推進したり、金を出せば少子化は解消されるだろうという馬鹿げた方針、また人間本来の意味を失い、チャット GPT など AI に魂を奪われ喜んでいる人々。民主国家が正義だと平和ボケしている先進国が、間もなく覇権国家に滅ぼされてしまうであろう近い将来(既に民主国家の世界人口はたった 30 % に減少しています)。便利だ便利だといって、何重にもパスワードを設定させられ、非常に不便な現代。私が古臭い人間なのかもしれませんが、何もかも腹立たしく、賛成できる世の中ではないことに住みにくさ、生きにくさを強く感じています。何か、楽しいことを感じられるようなことがあれば、またブログを投稿しようと思います。閉鎖する訳ではありません。コロナ前のブログには、診療中の医療関連の記事が多いので、時間のある時に読み直して頂ければ何か参考になるのではと愚考致します。


ぎっくり腰

2023年06月04日 | ブログ

30 年ほど前に腰部椎間板ヘルニアを起こしてから、慢性の腰痛が始まり、10 年ほど前から頸筋から背部にかけての痛みが加わり、湿布が欠かせない生活をしている。コロナ前には約 1 年間、週 1 回のペースで鍼治療に通ったが症状の改善には至らず。昨年夏ごろから週 1 80 分のペースでストレッチに通っている。カチカチに収縮してしまった筋肉を、関節に負担が掛からないように引き延ばす施術である。『 イテテテテ・・ 』 となるような痛みを我慢しながらも、老化してきた筋肉をほぐし、伸ばすことで体は楽になる。しかし一週間ほど経つとまた、あちこちの痛みや凝りが出だしてくる。夏で約 1 年になるが、ストレッチは永遠に生活に取り込んでいかざるを得ないのかという結論に達している。とはいえ、昨日、診療を開始する直前に、突然の強い腰痛が発症。いつもの『 ぎっくり腰 』である。西欧では 『 魔女の一撃 』と言われるだけあって、突然腰から臀部に掛けてイナズマが走る。 1 年に 1 2 回は起こるので慣れてはいるが、骨盤にまで響く(圧し掛かる)痛みで非常に憂鬱になる。『 あ~あ、またか!』 という落胆した気持ちと、座っていることの苦痛で診察が始まった。こんな時に限って、高齢の患者さんが『 腰が痛いのがリハビリに行っても治らないんですが・・・ 』 と言われる。『 う~ん、年齢からして湿布で対処するしかないのではないですか 』 と流すが、治らないですよね。幸い、この日は土曜日で半ドン。午後の診察がなく家でゆっくりできたのがせめてもの救いだった。座ることが苦痛であり、椅子から立ち上がるのが非常に困難で、腰が伸びない。ゆっくり、ゆっくり腰を伸ばしてやっと真っ直ぐ立つことができる。初日は安静が大事だが、2日目となるとそこそこ動かないとだめなようで、昼から小梅と散歩に出かけた。心なしか、いつもグイグイ引っ張る小梅も遠慮気味に歩いているようだった。今週、ゴルフの予定があるのだが、どうにか間に合わせないとと医者の不養生である。寒い 1 3 月にもゴルフを欠かさずラウンドしてきたお陰か、4 月には春日台CCで自己タイ記録の 763739)で廻ることができ、先週の田辺CCで行われた医師会ゴルフ部のコンペでも 794138)のベスグロで廻ることができた。調子が出てきたこの時に一気にスコアーアップをと狙っていた矢先にぎっくり腰とはトホホである。肩も痛い、頸も痛い、背も痛い、腰も痛い。全身のイタイイタイ病との戦いである。


免疫の刷り込み(抗原原罪)・・・ワクチン追加接種の無用性

2023年04月29日 | 新型コロナウィルス

最近、診察中にコロナワクチンの 6 回目を接種したと得意気に話される高齢者の方がちょこちょこおられる。『 先生はもう、打たれましたか?』 と聞かれる。『 いえ、私は3回で終了しました。家族もそうしています。』 昨年 3 月までの分として、 8 億 8 千万本以上もアメリカとワクチンの契約をしてしまった日本は、今後も更に追加分の契約を結んでいるようである。次から次へ送ってこられるワクチンを廃棄するわけにもいかず(期限切れで廃棄した分は 30 %もあるようだが)、あの手この手で国民に接種させようとしている。赤ん坊~高齢者まで均等に接種したとしても一人 8 回は接種する計算になるが、当然子供や若者はその手には乗らない。そうすると高齢者はどれだけ打つように仕向けられるのか想像できる。最早、『 本当にワクチンは効果があるのか? 』 と国民は考えているのだろうか。高齢者施設での感染をできるだけ抑えようなどと最優先に何度もワクチン接種をしてきたにも関わらず、クラスター発生が後を絶たない。これだけでもワクチンの効果はないのではと疑うべきではないだろうか。実際、厚労省も昨年 10 月より開始したオミクロン BA 4、 5 対応の 2 価ワクチンを接種しても、オミクロンに対する抗体の出来は想像以上に少ないことを認めている。これは、免疫の刷り込み( 抗原原罪 )といって、ヒトの体が少し異なる変異株に遭遇すると、最初に病原体( あるいはワクチン )に対峙した際に引き起こした免疫反応が起こってしまうことが解ってきたようである。即ち、オミクロン株が進行している今、昨秋に承認されたオミクロン対応のワクチンを初めて打った人には、追加ワクチンの効果はあるが、既に何度も何度もワクチンを打っている人は、従来株対応のワクチンを初回から数回接種しているので、今更オミクロン対応のワクチンを何度打ち続けても効果は非常に低いということである。 5 回もワクチン接種したのに感染してしまった高齢者の方もそこそこおられる。それでもまだ接種をするというのだろうか。それ以上に、感染しても風邪程度の症状しかでないのに何を恐れているのかということの方が問題である。こんな状況で国はまだワクチン接種を勧め( アメリカと契約しすぎた )、ワクチン接種を協力している医療従事者がいる( そこそこの収益が得られる )ことは根底には見えない事実があるからであろう。一日も早くマスクを外し、風邪如きを怖がらない生活を取り戻すべきである。