8月13日付けの米国の企業法務部門向け情報サイト「Find Law」で面白い記事「オーストラリア連邦裁判所は、中国・オーストラリア石油・ガス会社と同社の前会長Tianpeng Shao氏に有罪判決」を読んだ。また同時に8月24日付けの「D&O Diary blog」の記事を読んだ。 (注1)
特に後者のタイトルは「オーストラリアの裁判所により警告判断を受けた英語を読めずかつ理解できない会社の取締役の責任」というものであった。なお、被告の裁判での発言内容など判決内容の詳細は後者がより詳しいが、本ブログでは略す。
語学力に自信がない筆者としては、同裁判の意味するところは「奈辺にありや」といったところが当面の関心事であった。
ところが、この2つの記事をもとに事実関係や関係法さらに被告たる石油・ガス掘削会社の1人のトップ経営者の怠慢さらには同社の経営破綻という事実が見えてきた。
これらの問題の整理は、単に経営者の恣意的経営とEOR(注2)という石油開発先端技術の国際合弁会社の経営破綻問題に止まらない大きな国際エネルギー問題とも関係することといえる。
筆者の知識で、とてもこれらの問題をすべて網羅するのは困難であるが、少なくともわが国のメデイアが本格的に取り上げていない今、まとめてみる価値はあると考えた。
1.本裁判の概要
2016年8月12日、オーストラリア証券投資委員会(Australian Securities and Investments Commission:ASIC)は、オーストラリア連邦裁判所が「中国・オーストラリア石油・ガス会社(Sino Australia Oil and Gas Limited)(以下「サイノウ(Sino)」 (注3)という)および同社の前CEOである邵天鹏(Tianpeng Shao)氏(以下「Shao氏」という)がオーストラリア会社法(2001年「オーストラリア会社法」(以下「会社法」という))に違反したと判示した旨発表した。
2016.8.14 TheWest Australian 紙記事の写真:左がTianpeng Shao氏
2.事実関係・背景
(1)裁判事件の背景
Sinoは、中国内で石油とガス掘削サービスを提供する中国の子会社のオーストラリアの持株会社であった。Sinoの取締役会は、中国に居住する代表取締役、CEO及び取締役会議長である Shao氏とオーストラリア居住の非常勤取締役であるアンドリュー・フォークナー(Andrew Faulkner)とウェイン・ジョンソン(Wayne Johnson)の2人で構成されていた。
2013年2月28日に、Sinoはオーストラリア証券取引所(ASX)で公開公募(IPO) (注4)のために案内書を発行した。そして、全額払込済みの普通株を申し込むよう加入者に勧誘した。2013年4月に、Sinoは後継となる会社案内を発行した。そして、3つの補足案内はその後発行された。Shao氏は後継案内原稿に署名し、そして、取締役宣言は預け入れの前に各々の以降の案内文書に付随された。
2013年12月11日に、SainoはASXの公式リストに入れられて、IPOにより1280万豪ドルの増資を行ったと発表し、2013年12月12日にSino株式は、ASXの上にリストアップされた。
上場のまさに翌日、Shao氏は、中国内の銀行の預金口座にオーストラリアから約7500万豪ドルを起債資金をのほとんどすべてを純利益に移すべく、ジョンソン氏に対してその承認を求めた。これは、そのオーストラリア内のローカルアカウントに17万豪ドルのみ残すことを意味した。この点に関し、ジョンソン氏は拒絶した。
Shao氏は、後でその月の後半及び2014年1月の再度要請を繰り返した。ジョンソン氏とフォークナー氏がその協力を拒否したとき、Shao氏は取締役のイスを取り上げようとした。まもなく、ジュンソン氏らはコーポレートガバナンスに対する懸念から、オーストラリア証券投資委員会(ASIC)にこの問題を持ち込んだ。
2014年3月に、ASICは、Sino、Shao氏及びその他の人がIPOの手続きに入ることを制止する「差止命令」を得た。ASICも、その調査を開始した。
2014年4月1日に、Sinoは、2013年12月31日に終わる会計年度の間、8.4百万豪ドル(約6億5520万円)の税引後利益を発表した。これは、継続会社案内で示した13.6 百万豪ドル(約10億6080万円)の利益予想からの約40%の大幅な低下であった。
(2)ASICの調査と裁判所への申立
○ASICによる連邦裁判所への申立
2014年11月に、ASICはSinoとShao氏に対してそれが会社法違反の宣言を行うべく連邦裁判所に請願を起こした。ASICは、またSino に対する民事罰(civil penalty)を請求するとともにShao氏に対する「役員資格剥奪命令(disqualification order)」を求めた。
その後、2015年5月に、裁判所は暫定的な管財人を任命した。2016年3月に、裁判所はSinoの事業停止と管財人の任命を命じた。
3.裁判所の判決判断
その裁判の一部として、ASICはSinoが「会社法」に違反し、(1)その継続した開示義務を怠ったこと、(2)2013年にはその会社案内文において誤解を招きかつ不正な詐欺的声明を行ったと主張した。また、ASICは、Shao氏が中国人の取締役としての配慮と努力をもって適度な程度で行動することを行わず、また彼が継続した開示義務規定に違反したと主張した。
デーヴィス裁判官は、Sinoが会社法の674条(2)項 、728条(1)項(a)号、728条(1)項(b)号および728条(1)項(c)号、1041H条 に違反したと宣告した。そして、次のような事実を明らかにした。
①自社の持つ特許およびその中国に本拠をおく子会社が保有する特許に関して、その会社案文書において虚偽の説明を行った。
②暦年2013年の間の利益予測において、その継続会社案内の予想よりかなり少ないことを明らかにしなかった。
③その案内文書で、中国に本拠を置く中国子会社のただ1人の取締役のローン契約の存在を明らかにすることを怠った。
④それが中国をおさえると主張したサービス契約書の存在に関して、その会社案内書面において誤解を招くまた不正な詐欺的内容の声明を行った。および
⑤それが兌換紙幣(convertible notes)手続きにより合計310万ドル(約3億1310万円)の金額を受領したという主張に関して、誤解を招くまた不正な詐欺的内容の声明を行った。
⑥中国に本拠を置く子会社に関し、Sinoの監査役へ誤った情報を提供した。
○デーヴィス判事は、SHao氏は英語の読み書きができないことにもかかわらず、かつ完全な中国語の翻訳を得ることのないままで賛成を示す案内文書に関して承認したと次のように述べた。
「案内文書の各々につき締結責任者であるから取締役会長としてのShao氏につき、それは、それらの案内文書に含まれる情報が正確であることを確実とするために内容について完全かつ包括的に自分自身、案内文書について熟知していることを彼に要求された。最も基本的な意味で、署名していた文書の内容を理解することができたことを確実とすることに関するShao氏による怠慢は、彼の取締役としての任務の不履行である」
○ASIC委員であるジョン・プライス(John Price)氏は「正確でタイムリーな情報を提供することの重要性が我々の金融市場の中心にある。そして、それらの重要な原則がこの事件で破られた。これらの主義が我々の市場の健全性と効率を維持するために不可欠であると想定すれば、これは重要な決定である」と述べた。
John Price 氏
4.被告会社及びトップ経営者の破綻
2015年5月12日の中国ネット記事「澳大利亚最大中国上市公司进入破产程序」を仮訳しておく。
オーストラリアのメデイア”The Australian”は、5月11日のニュースでオーストラリア証券投資委員会(ASIC)がオーストラリアの「石油・ガス会社」(Sino:中国・オーストラリア石油・ガス会社)を調査し、CEOの破産が宣告された。同社はオーストラリア証券取引所(ASX)での中国最大の上場会社であったが、経営管理上の問題が発生し、会社が任意清算に入る旨宣告した。
ASXによって指名された同社の秘書アレックス・リッター(Eryn Kestel)は、「会社は資産と負債のバランスを取るため外部経営の力を取り込む努力を試みたが、CEO取締役にはその成功につき選択の余地はない。」と声明で述べた。
この石油・ガスの採掘サービス会社の創設者および主要株主である邵天鹏(Tianpeng Shao)が、2014年10月にCEOを辞任した。彼は現在、中国にいると考えられており、オーストラリアに戻る予定はない。2015年5月1日に後継のCEOである宗广斌(Guangbin Zong)は、個人的な理由のために辞任した。2013年12月12日にASXに上場後、邵天鹏はオーストラリアから中国銀行の口座に750万元(約1億1200万円)の送金を試みた。その後、同社に関し、ASIC調査では宗广斌のHSBC銀行の口座がオーストラリア連邦裁判所により凍結された。 2014年3月以来、会社は取引を禁止され、再びASXに上場するには再度登録料を支払わねばならない。
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(注1)”Sino”はラテン語のsinaである。連結形はsinoである。メリリアム・ウェブスター辞典の説明を見ておく。読み方は「サイノウ」である。
「Chinese :「中国の」または「中国と」米国(Chinese and)という場合にも用いる」
これで明らかなとおり、必ずしも差別語ではない。誤ったオンライン辞典は訂正すべきである。
(注2) EOR技術の関しては、JXホールディングスの説明がわかりやすい。
(注3) D&o Diaryのブログは、前書きで次の通り述べている
「我々のますますグローバル化する経済の中で、同時に多様化する取締役会のメンバーは、地理的で文化的な多様性をもたらす。しかし、多様な取締役が多くの理由から役立つと考える一方で、彼らは会社に対する義務から免除されるにちがいないという問題が生じる。
以下の投稿では、クライド&コー国際法律事務所(Clyde & Co. law firm)のシドニー事務所のクリストファー・スミス(Christopher Smith)は、オーストラリアの法廷(裁判所は会社の公式文書に署名した取締役は彼らの仕事上の責任を逃れるためには文書を読み、理解することが要件となると判示した)の投稿による面白い最近のケースを見てほしい。・・・ これまでにアジア太平洋地域からオーストラリアへの投資が増える時代の中で、最近のケースは、英語を読めないかまたは理解しないオーストラリアの会社の海外拠点の責任者が、彼らのオーストラリア人の共同取締役と同じ取締役としての責務に束縛されるというタイムリーな注目すべき問題として取り上げられた。」
(注4) 「IPOとは、「Initial(最初の)Public(公開の)Offering(売り物)」の略で、未上場企業が、新規に株式を証券取引所に上場し、投資家に株式を取得させることを言います。
株式上場に際し、通常は新たに株式が公募されたり、上場前に株主が保有している株式が売り出されます。これら株式を証券会社を通じて投資家へ配分することをIPOといいます。
企業にとっては上場することにより、直接金融市場から広く資金調達することが可能となり、また上場することで知名度が上がり、社会的な信用を高めることができるといったメリットがあります。」カブドットコム証券サイトの解説から引用
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