1月31日、筆者の手元に米国人権擁護団体であるEPICからこの問題に関する解説記事が届いた。この問題はロイターやBloomberg、Washingtonpost等が大きく取り上げているが、わが国のメディアでは読んだ記憶がない。
米国連邦財務省・内国歳入庁(IRS)は、税務記録にオンラインでアクセスするために、納税者に顔認識識別番号の提出を義務付ける予定である。IRSの政府の顔認識の使用の拡大は、論争を引き起こした。(注1)(注2)
IRS の“ID.me”の顔マッチング・システムを受託した会社は、最初は「1:1マッチング(照合)」のみが使用されると主張した。しかし、同社は後にこれらの主張を撤回し、特定の状況で「1:Nマッチング(識別)」を使用していることを認めた。(注3)(注4) IRSは、1:Nマッチング(識別)での認識の使用に対処できず、一般的に顔認識を使用する有意義な評価を欠いている ID.me サービスの使用に関するプライバシー影響評価(privacy impact assessment)を実施した。EPICは、米国の納税者にプライバシーに侵襲的な顔認識技術の使用に反対するために、他の公益団体・組織と協力しているという内容である。
なぜ、このような事態が起きてしまったのか、ID.meシステムが抱える問題の背景やこの問題の影響範囲、筆者が以前から意見交換している連邦議会上院財務委員会のロン・ワイデン(Ron Wyden)上院議員(民主党)の意見(注5)などにつき、解説を試みるものである。
1.ID.meのこれまでの経緯と問題点
Wikipedia が詳細に解説しているので、主要部を仮訳する。
ID.me(もともとは、軍人や退役軍人にデジタルID検証を提供)は、人々がオンラインで自分の法的アイデンティティを証明することを可能にするアメリカのオンライン・アイデンティティ・ネットワークである。ユーザーは、そのデジタル資格情報を使用して、政府のサービス、医療ログイン、または小売ブランドからの割引、金融にアクセスできる。 ID.me はバージニア州マクリーンに拠点を置いている。
COVID-19パンデミックによる景気後退をきっかけに、ID.me は失業保険請求者の身元を確認するために約30の州(Arizona, California, Colorado, Florida, Michigan, New York, and Texas)の失業者対策機関によって契約された。COVID-19不況の間、ID.meのいくつかの州での検証プロセスは、合法的に失業者の多くが彼らの利益にアクセスするのを妨げる長い遅延をもたらした。
2021年11月、内国歳入庁は、2022年夏までに旧ログイン・システムを ID.me に置き換えるとともに、現在のログイン・システムを第三者の検証システムに置き換える計画を発表した。しかし、関係する多くの研究者は、正確性の証拠の欠如、黒い肌やトランスジェンダーの人々が自分の情報にアクセスするのを妨げる偽陰性(false negatives)、第三者が納税者になりすまして税務情報にアクセスできるようにする偽陽性、政府とその請負業者への生体情報の提供を拒否する市民の権利について懸念を提起した。2022年1月28日、IRSの親機関である米国財務省は、プライバシーに関する懸念から代替システム案を検討する可能性があると発表した。
ID.me は、数多くのID検証製品を提供している。「高度なレベル保証」の身元確認のため、運転免許証、パスポート、社会保障番号などの個人データを検証する。 ユーザーは、ID.me 写真アプリを使用して、自分の携帯電話でビデオの自撮りを取る必要がある。ID.me この情報を通じてユーザーを確認できない場合、ユーザーは"信頼できる審判"ビデオ通話に話すように指示される。 ID.me は、このビデオコール・ラインの長い遅延のために論争を巻き起こした。
個人識別システムの一環として、写真や身分証明書など、幅広い個人情報を収集している。 同社は、信頼できると考える多くの「政府機関、通信ネットワーク、金融機関」、その他の企業に情報を送信して、情報を検証する。 同社は、インターネットプロトコルアドレスと一意のデバイス識別子を非個人を特定できるものとして扱い、場所、職業、言語、ID.me で閲覧したページのリスト、および ID.me 使用前後に訪問されたURLとともに、第三者に公開する。(以下、略す。)
2.米国財務省は、IRSオンライン・アクセスのためにID.meバイオメトリクス認証の代替システム案の動きと検討問題
Biometric Update .com「US Treasury considers alternatives to ID.me biometrics for IRS online access」の概要を仮訳する。
ID.meがオンライン納税申告のために提供しているIRSの契約は、顔認識と生体認証の使用に基づいて論争を引き起こし続けており、代替案の身元確認手段の検索を促している。
Bloombergが報じた財務省当局者のコメントによると、現在、米国財務省はオンラインサービスへのアクセスを確保するための代替システム案を検討している。
財務省の広報担当者はBloombergに、近代化のための資金が不足しているため、IRSは不正アクセスから納税者のアカウントを保護するため、外部機能に依存していると語った。また財務省当局者は、IRSはすべての納税者データを保護し、ID.meはデータを第三者に開示することを法的に禁じられているとも述べた。
ID.meは、以前にParavisionの生体認証とiProovのライブネス検出の使用につきを開示したが、現在はAmazon Rekognition(注5)を使用して不正防止のための1対多の生体認証を実行していると述べている。詐欺チェックプロセスの結果、自撮り写真の0.1%未満が潜在的に詐欺であるとフラグが立てられていると同社は述べている。
同社の声明によると、「生体情報が政府機関と共有されるのは、政府機関に関連付けられたアカウントに関連する明らかな詐欺や個人情報の盗難があった場合のみです」とのことである。
上院財務委員会のロン・ワイデン上院議員はBloombergに対し、連邦政府機関が使用する身元確認システムについてさらに情報を求めると語った。(注6)
ID.meは、IRSに加えて、社会保障局、退役軍人局、その他の5ダース以上の連邦機関、および30の州で使用されている。その中には、カリフォルニア州雇用開発局があり、州が疑わしいと見なした約27,000の医療提供者に関連する345,000の障害チェックにフラグを立てて一時停止した。 StateScoopによると、請求者とプロバイダーはIDの確認のためにID.meに照会され、27,000近くのうち485が正当な、またはID盗難の被害者であることが判明した。
バイオメトリクスやその他のアルゴリズム・システムにおける人口統計学的公平性の卓越した擁護者として名声を得たJoy Buolamwini氏は、アトランティック誌(The Atlantic:1857年にアメリカ合衆国マサチューセッツ州ボストンで創刊され、奴隷制廃止、教育、その他の当時の主要な政治問題に関する主要な作家の解説を掲載した文学および文化の解説雑誌)において、学術研究が「正確な用語を使用する」ことに失敗したと書いたときの例として、ID.meが「1:1マッチング(照合)」の検証と「1:Nマッチング(識別)」の関係を曖昧にし、引用に失敗したと書いている。
Buolamwini氏は、正確性(または「バイアス」)の人口統計上の違いが、コロラド州の個人が経験した問題を引用して、給付の遅延または拒否をもたらしたと主張している。同氏は、連邦政府と州政府は、オンラインの確定申告と失業手当のプロセスにID.meを使用するのをやめるべきと指摘する。
また、ID.meは、7000万人のデジタルIDユーザーの顧客体験を向上させるために採用しているため、自身の成功の犠牲になっている可能性もある。同社はまた、ビデオチャットの量の急増に対処するために750人の労働者を雇用する計画を発表した。
さらに、ID.meは、24時間年中無休でサポートを利用できるようにし、「後で戻ってくる」オプション、新しい言語のサポート、および専用のエスカレーションチームを立ち上げている。
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(注1) IRSの広報担当者によると、2022年の夏から、IRS.gov アカウントを持つユーザーは、簡単なユーザー名とパスワードでログインできなくなる。代わりに、政府の身分証明書、自撮り写真、請求書のコピーをバージニア州に拠点を置く身元確認会社ID.me、に提供し、身元を確認する必要がある。この問題は、しばしば筆者が引用してきた専門サイト「Krebs on Security」(注2)が最初に気づいたこの変更は、以前はユーザーが個人の生体認証データを提出せずにIRSアカウントにアクセスすることを可能にしていた内国歳入庁の大きな変化を示している。(2022.1.19 Gizmodoサイト「IRS Will Require Facial Recognition Scans to Access Your Taxes Online」から一部抜粋、仮訳。
(注2) 同サイトの解説を一部抜粋、仮訳する。
米国内国歳入庁 (IRS) で税務記録を管理するオンライン・アカウントを作成した場合、これらのログイン資格情報は2022年後半に機能しなくなる。同庁は、2022年の夏までに、irs.gov にログインする唯一の方法は、ID.me、すなわち申請者が請求書や身分証明書のコピーを提出することを要求するオンライン・アイデンティティ検証サービス、ならびにモバイルデバイスを介して自身の顔のライブ・ビデオ・フィードを介して行われることになると述べている。以下、略す)
(注3) 識別と照合
「識別」は、多くの対象者から特定の人を判定すること。 1:N認証(注2)とも呼ばれる。 一般的には、提示された生体データに対して、データベース上の全データと比較処理を行う。
「照合」は、指定された人に対し、その人かどうかを判定すること。 1:1認証とも呼ばれる。識別とは異なり、一般的には、対象者1人のデータとの比較処理を行う。
*モフィリア(Mofiria) 社(https://www.mofiria.com/biometrics-and-security-blog/biometrics/biometrics-terminology/)の解説から抜粋、仮訳。
(注4) 1:Nマッチング認証とは、認証端末上の顔情報を登録データベース上の複数人の顔情報を照合しユーザーを本人認証する方式。
(注5) Ron Wyden上院議員のツィート文
I’m very disturbed that Americans may have to submit to a facial recognition system, wait on hold for hours, or both, to access personal data on the IRS website. While e-filing returns remain unaffected, I’m pushing the IRS for greater transparency on this plan.
(注6) Amzon Rekognition :機械学習を使用して画像と動画の分析を自動化する。事前トレーニングされたカスタマイズ可能なコンピュータビジョン (CV) 機能を提供して、画像と動画から情報とインサイトを抽出する。Amazonの専用サイトを参照されたい。
(注7)ロン・ワイデン上院議員とジェフ・マークリー上院議員(民主党・オレゴン州)(Senator Jeff Merkley)はIRSの広範で継続的な処理バックログ(未処理分)の中で、オレゴン州と全国の納税者にペナルティ救済を提供するよう米国財務省と内国歳入庁(IRS)に要請するよう同僚議員に要請した。
2021年12月下旬現在、IRSは600万件の個人所得税申告書と230万件の修正された個人確定申告のバックログを持っており、納税者にペナルティ救済を提供するようIRSに要請するという。
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