政府は今年度、過去最多となる67回の国民保護訓練を実施する。半数以上がミサイルの飛来を想定したものだ。ただ、全国瞬時警報システム(Jアラート)が発令されたときに、身の安全を守る行動を取った人は1割にとどまるとの調査もあり、どう緊急時の避難につなげるかが問われている。(川畑仁志、橋爪新拓)
北朝鮮が弾道ミサイルを発射した4月13日朝。札幌市でもスマートフォンからJアラートの警報が鳴り響いた。地下鉄が止まった地下街では、多くの通勤客らが「また警報か」と語り、うんざりした表情で運行の再開を待った。屋外から地下へ避難を始める人はほとんど見られなかった。 「ミサイルの落下よりも、地下鉄の遅れを気にする人の方が多かった。市としても、危機感を持ってもらえないことを重く受け止めている」。市危機管理課の村瀬敬章課長はこう振り返る。 市は8月にミサイルの飛来を想定した避難訓練を実施する。参加者が屋外から地下街に避難する際に、周囲の人たちに「避難しましょう」と声をかけるように求め、危機意識の向上を目指すという。 村瀬課長は「訓練を積み重ねておかなければ、いざ落下してきたときに地下の狭い空間にいる人が一斉に動き、パニックも起きかねない。二次被害を防ぐためにも訓練を繰り返したい」と強調する。 国と自治体が共同で実施する国民保護訓練は、2005年度から始まった。当初はテロ事件や武装集団による攻撃を想定。対策本部を設置し、住民を避難させる手順を確認してきた。 16年度以降は、弾道ミサイルの落下に対応する訓練も行われるようになった。今年度は計67回が計画されており、ミサイルを想定した訓練はこのうち36回を占め、過去最多となる。 ただ、住民の危機意識を高めることは容易ではない。内閣官房の調査によると、昨年10月、北朝鮮のミサイルが青森県上空を通過しJアラートが発令されたケースでは、実際に避難行動を取った住民は約1割にとどまる。「避難が不要」と判断し、避難しなかった人も5割近くいた。 Jアラートを巡っては、これまで8回発令されたが、実際にミサイルが落下してきたことはない。飛行ルートとは関係ない地域に発射情報を出したトラブルもあった。 内閣官房の担当者は「今後もJアラートの精度と速報性を向上させる。より多くの自治体で訓練を実施し、住民に避難する際の具体的な手順や必要性について理解を深めてもらいたい」と語る。 国民保護行政に詳しい防衛大学校の宮坂直史教授(安全保障)は「危機管理では最悪を想定することが鉄則だ。次にJアラートが発令されたとき、ミサイルが落ちてこない保証はない。破片だけでも人的被害が出る恐れは十分にあり、可能な限り避難行動を取る必要がある」と指摘する。 宮坂氏は、危機意識を高めるためには被害を具体的にイメージできるようにする必要があるとし、「国や自治体は避難訓練で住民が集まった際に、ウクライナなど海外で発生した被害を学ぶ機会も設けるべきだ」と話す。 ■政府「近くの建物や地下街に避難を」 北朝鮮が弾道ミサイルを発射した場合、短時間で落下してくる可能性がある。政府は速やかに身の安全を確保する必要があると強調している。 屋外にいるケースでは、近くの建物や地下街に避難する。コンクリート造りなど頑丈な建物が望ましいが、木造住宅でも被害は軽減できるという。屋内では爆風による窓ガラスの破損に備え、できるだけ窓から離れる。 近くに建物がない場合は物陰に身を隠したり、地面に伏せたりして、落下物や破片から頭部を守る。 ◆全国瞬時警報システム(Jアラート)=弾道ミサイルが飛来する恐れがある場合に政府が発令し、避難を呼びかける仕組み。日本の領域に落下してくる可能性が高まると、警戒が必要な地域に住む人たちのスマホに「直ちに避難」などとメッセージが表示され、落下予想時刻や場所も通知する。被害が出る恐れがなくなった場合に解除される。
読売新聞
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