1999

~外れた予言~

忍者の少女封印(15)

2007-03-29 11:33:35 | Weblog

少女は自宅の自室で、
両手で両膝を抱えて丸くなって座っていた。
壁に腰を接して小さく縮こまっている。

とにかくボンヤリとしていた。
脱力しきっていた。
もう何もやる気が起こらない。

何日か学校も休んでいた。
退院後、まだ体調が回復しないという理由で。
実際いまは学校どころではない。


バサッ。

何かの物音がした。
机から何かが落ちた音だ。

少女が座っているすぐそばに机があった。
その机からノートが一冊床に落ちたようだ。
少女はなんとなく無意識に、
その、バサッと落ちたノートに目をやった。

ノートはページが開いていた。
そして、
ページ一杯にいろいろと書いてある。


少女はふと思い出した。
あのノートは確か、
入院直前に買ったノートなのでまだ使ってないはずだ。

まだ一度も使っていない。
まだ何も書いていない。

すべてのページが白紙のはずだった。
その白紙のはずのノートの開いたページに、
びっしりと何かが書いてある。


脱力しきって動く気力もなかったはずの少女は、
まるで吸い寄せられるかのように、
そのノートに四つん這いで近づいていった。

ノートを手にしてみた。
確かに字がたくさん書いてある。
それは、
明らかに少女の字ではなかった。

買ったばかりでまだ一度も使っていない、
すべてが白紙のはずの自分のノートに、
自分以外の誰かの字で、
ページ一杯に何かがびっしりと書き込んである。


パラパラとノートをめくってみた。
すると、
すべてのページにたくさん字が書いてあった。

何かの日記のようだ。
自分ではないほかの誰かが書いた日記のようだ。

それもひとりではない。
パラパラとノートをめくっていくと、
いろいろな違った人たちの字が書いてあった。

まるで日記の寄せ書きのようだ。
何人もの人が、
一冊のノートに日記を順番に書いたかのようだ。

ノートはすべて白紙のはずなのに!


少女は直感した。
脳の中で何かが広がった。一瞬でわかった。

これは・・・
私が殺した人たちの日記だ・・・

この前大勢で攻めてきた誰か・・・
きっとあの時の人たちの字・・・
あの人たちが生きていた頃に書いた日記・・・


少女は読むのが怖かった。
読んだらいけないとわかっていた。
それでも目はノートに釘付けになっていた。

開いたノートから目が離れない。

少女は、白紙のはずのノートに書き込まれている、
多くの人たちの日記を、
ブルブルと震えながら読み始めた。


忍者の少女封印(14)

2007-03-17 07:14:21 | Weblog

忍者は監督と会っていた。
霊体ではなく生身で。
ある雑誌が企画した対談のためである。

忍者は、
実生活で監督と会うのは初めてではなかったが、
それでもいままで、
ほんの数回しか会ったことはなかった。


忍者も監督も、日本では知名度が高い。
忍者はタレントとしてテレビに出ているし、
監督は「名監督」としてスポーツの分野では名高い。
一流選手を数多く育てた実績があり、
采配の手腕以上に、優れた指導者として評価されている。

ちなみに、
草薙はクリエーターである。
世間的には無名に近いが、マニアの間では、
斬新な作品を生み出す革命児として熱狂的に支持されている。

鉄人はアスリートだ。
のちに彼は、日本を代表する選手として活躍する。
この頃はまだ誰にも知られてはいないが。


忍者と監督は、
表向きは雑誌の対談向けの会話をしていた。
しかしそれ以外に、
裏の仕事の話も当然のことながらやり取りしていた。

(監督、死神の女房子供をよく少女に会わせたね)

(ん? 何のことかな?)

(トボケたってわかるさ、あんなこと偶然のはずがない)

(・・・・・・)

(さすが出会い系操作オヤジだね)

(さぁて、どうだろうな)


監督は因果律操作に長けている。
人と人の出会い、恋愛や結婚の縁、経済的な運勢、仕事の運勢、
その他諸々の、
いわゆる「運命」などと一般にいわれるようなことを、
意図的に介入して変更するのが得意だ。

監督本人はトボケているが、
忍者は、ファミレスで少女が死神の妻子に、
ありえないような偶然でばったりと出会ったのは、
監督の仕向けた因果律操作によるものだと確信していた。


忍者はかなり昔、監督と争ったことがあった。
監督が自分と同じ生身の人間にすぎないと知った直後だ。
この野郎! いままで神様面しやがって!
と自信家で鼻っ柱の強い忍者は監督に反旗を翻した。

すると、
忍者のタレントとしての仕事はあっという間に来なくなった。
業界内でホサれたのである。
忍者は、監督に逆らうとどれほど困ることになるか実感し、
それ以降は監督に争いを挑むことはしなくなった。


(それより忍者よ、少女が泣き崩れたスキに・・・)

(・・・・・・)

(次の仕込みは済ませたんだろう?)

(もちろん)

(どんな仕込みを少女に仕掛けたんだ?)

(次の実弾は・・・)

(・・・・・・)

(中将の魂)

(何?)

(中将の魂、そして死んだ仲間たちの魂)

(魂?)

監督は忍者のいう「魂」の意味がわからず、
よりわかりやすい説明を求めた。


(監督、この仕事に入ろうとした頃に・・・)

(・・・・・・)

(どんな気持ちだった?)

(・・・・・・)

(自分の命を捨てる覚悟とかしたでしょ?)

(さあ、30年近く昔のことだから覚えてない)

(いや、覚えてるはず)

(・・・・・・)

(俺は15年くらい前のことだけど覚えてる)

(忍者、何がいいたいんだ?)

(要するに、この仕事を始めた頃はみんな・・・)

(・・・・・・)

(自分の命を捨てる覚悟をしてるはずなんだよ)

(・・・・・・)

(そういうもんでしょ)

(・・・・・・)

(でね、自分の命を投げ出してまで働くからには・・・)

(・・・・・・)

(それほど覚悟をするくらいの、何か動機があるもんだ)

(・・・・・・)

(覚悟を決めたきっかけや理由が、必ずみんなにある)

(・・・・・・)

(絶対にそうだ、そうじゃないと続けられないから)

(・・・・・・)

(俺にはあったし、監督にも30年前にはあったはずだ)

(・・・・・・)

(死んだみんなにも全員にあったはずなんだ)

(・・・・・・)

(命を捨てる覚悟でこの仕事をするようになった動機が)

(・・・・・・)

(でなかったらこんな仕事できっこない)

(・・・・・・)


監督は、その命を捨てる覚悟やその動機が、
忍者のいう「魂」と関係があるのか、尋ねた。

(監督、その通りだよ)

(・・・・・・)

(俺がさっきいった魂とはそういうことだ)

(・・・・・・)

(中将はこの世界に入った頃、日記を書いてたみたいだ)

(日記?)

(知ってた?)

(・・・・・・)

(最近中将の家をいろいろ調べてて見つけた)

(忍者よ、死んだ仲間の家捜しか)

(少女への仕込みのネタを探してたんだ、仕方ないだろ)

(・・・・・・)

(でね、中将のその古い日記には・・・)

(・・・・・・)

(中将がこの仕事を始めた頃の気持ちが書いてあった)

(・・・・・・)

(読んでみて胸が熱くなった)

(・・・・・・)

(あれは魂の日記だよ)

(・・・・・・)

(中将だけじゃない、死んだ連中の中にはほかにも・・・)

(・・・・・・)

(魂の日記みたいなのを書き残してた奴が結構いたんだ)

(手間ヒマ掛けてあちこち家捜ししたんだな)

(だから仕方なかったんだよ、ネタ探しのためなんだから)

(まあ、いい)


監督はようやく理解した。
つまりは、
死んだ仲間たちの「決死の覚悟」や「捨て身の動機」を、
忍者が、少女の心の中に仕掛けていくつもりなのだと。

いや、少女が泣き崩れて心のガードが弱くなった時点から、
それはすでに始まっているということなのだろう。
いかにも忍者の仕事らしいと監督は感じた。

それと同時に、
あらゆる手段を使って少女の心を徹底的に抑えていく、
そういう固い決意が忍者の中にあることを、
監督は察知した。


二人の対談は終わった。

監督と離れた後に、
忍者はふと自分の右手の手の平にある古傷を、
思い出すようにじっと見つめた。

かつて忍者が、
愛する妻に刃物で切り付けられた切り傷の跡だった。

忘れもしない。
忍者が中将と争った時のことだった。
中将の操心術によって心をハッキングされた忍者の愛妻が、
忍者の度重なる浮気に対して発狂したかのように激怒し、
包丁を持って忍者の腹を刺そうとしたのだ。

とっさに身をかわした忍者が、
包丁を持つ妻の両手を何とかつかんで、
手で刃物を払い飛ばした時にできた切り傷の跡だった。


忍者の妻がこのような行動を取ったのは、
後にも先にもこの一度だけだった。
まるで何かに取り憑かれたかのように怖い目をしていた。

中将との争いさえなければ、
このようなことは決してなかったに違いない、
忍者はいまでもそう思っている。

この世で最も愛する者に刃物で刺されそうになった、
その時の恐怖を、忍者はいまでも忘れていない。
決して忘れることなどできない。
だからこそ、
中将とはその後も関係がうまくいかなかったし、
遺恨のような感情がないといえばウソになる。


今回、死んだ中将の昔の日記を読んで、
忍者は複雑な気持ちになった。
自分とは不仲だった男の日記で、忍者は目頭を熱くした。

そしてその日記の内容を利用して、
これから少女の心をさらに崩そうと目論んでいる。
中将の死を決してムダにはしない、という強い気持ちと共に。


中将よ・・・
この傷が形見になってしまったな・・・

忍者は右手の古傷をじっと見つめながら、
心の中でそっとつぶやいた。


忍者の少女封印(13)

2007-03-16 02:23:16 | Weblog

少女はファミレスにいた。
退院して数日後のある週末のことだ。
病院には2週間近く入院していた。

ひとりでファミレスにいた。
大好きなパフェをゆっくりと食べていた。
一口ずつ味わいながら。

入院中は食べたいものが食べれなかった。
退院したら絶対に美味しいパフェを食べてやると、
少女は心に決めていた。


その少女のいるファミレスに別の客が入ってきた。
二人連れの客だった。
その二人は、少女の席のすぐ近く、
少女のほんの目の前に見える席に座った。
向かい合わずに同じ側に並んで、二人は座った。

少女はその二人の客の顔を見て、
スプーンを持つ手が止まった。
手だけではない。全身の動きが止まった。


少女は、
その二人連れの客に見覚えがあった。

本当なら見覚えがあるはずはないのだ。
少女にとってその二人は、
完全に初対面であり、何の関係もない他人なのだから。

それでも少女には、
すぐ近くに座ったその二人の客に見覚えがあった。


ひとりの女性とひとりの男の子だった。
女性はきっと、その男の子の母親なのだろう。
男の子はおそらく、小学生なのだろう。

少女は呆然としていた。
口はだらしなく開いたまま閉まらず、
目はうつろになった。


あ、あ・・・
まさか・・・そんな・・・

あ、でもきっと・・・
間違いない・・・きっと間違いない・・・


その母親と男の子は、
少女がこれまで毎晩夢の中で何度も見てきた、
あの、母親と男の子にそっくりだった。

別人には思えなかった。
どうみても夢の中の、あの親子だ。
毎晩毎晩、激しく泣き続けるあの親子だ。
あの人を返して! と少女を責める悪夢の中の登場人物だ。


ああ・・・
どうしよう・・・どうしたらいいの・・・

すぐにファミレスから一目散に逃げ出したくなった。
もう一分一秒さえも、
この親子の近くにはいられない、辛くて直視できない、
そんな泣きそうな気持ちになった。

動けなかった。
大好きなパフェも、食べかけのままで放っておいて、
全力で走って逃げたくなっているのに、
体が固まって動けない。


お願い・・・泣かないで・・・
お願いだからここで泣かないで・・・

少女は心の中で繰り返し懇願した。
いま、
自分の目の前で現実にこの二人に泣かれてしまったら、
きっと自分も耐えられずに泣き崩れてしまうだろう。

泣かないで・・・泣かないで・・・
お願い・・・私の前で泣かないで・・・お願いだから・・・


幸い母親と男の子は明るい表情だった。
二人とも楽しそうに話しながらメニューを見ている。
さあ、何食べる?
うーんとねー、どれにしようかな?
などと二人で言葉を交わしているのだろう。
笑っていた。
二人とも笑っていた。


そのまま・・・そのまま笑ってて・・・
ずっと笑っていて・・・
辛いことは何も思い出さなくていいから・・・
お願いだから、二人ともそのまま笑っていて・・・

少女は天にも祈らんばかりだった。
心の中で繰り返し繰り返し、
目の前の親子への切ない祈りの言葉を送っていた。
自分の目の前で、いまこの場で二人が泣かないように。


ありえない・・・
どうして・・・こんな・・・
信じられない・・・

普通に考えたらありえないことだった。
この日本の中で、この東京の中で、
これだけ多くの人がいろんなところにいる中で、
自分とこの親子が、
まさに狙って図ったようにひとつのファミレスで、
ばったりタイミングよく出会ってしまうなんて。


偶然・・・?
偶然のはずだけど・・・
本当に偶然なの・・・?

少女はいまさらながら、
一人の人間の命を奪うことの重大性を思い知らされた。
偶然のはずなのに偶然に思えない。
これは、
ひょっとしたら自分が生身の人間の命を奪ったことへの、
罰のようなものなのではないだろうか。


少女はこれまでの、
幾度にも及ぶ戦いを思い出した。
最初は邪霊や悪魔だと思って倒してきたのに、
あの「地獄の使者」との戦いから、
自分の中で戦いの意味合いが大きく変化してしまった。

自分が戦っている敵はみんな、
きっと全員が生身の人間なのではないだろうか。
自分と同様に不思議な力を持った人間たちが、
次々と、人間対人間の、
命を賭けた勝負を挑んで来ているのではないだろうか。

いままで自分が負けないで勝ってこられた陰で、
敗れて死んでいった人間が、
たくさんいるのではないだろうか。

こんな汚く醜い世界はすべて壊れてしまえばいい!
そう思い始めた直後から、
この一連の戦いは始まった。
つまり、自分を次から次へと襲ってくる相手は、
この現在の世界を、
必死で守ろうとしている人間たちなのではないだろうか。


胃潰瘍で吐血した先日の戦いでは、
正確にはわからないがきっと何十人、いや百人くらい、
一度に自分を攻めてきたように直感した。

そうすると、
ひょっとしたらその人数だけの人間を、
自分は殺してしまったことになるのではないだろうか。

自分が殺してしまった人間の数だけ、
この、いま目の前にいる親子のような、
大事な家族を失ってしまった人たちがいるのではないだろうか。


泣かないで・・・
お願いだから泣かないで・・・
二人ともこのまま笑っていて・・・
お願いだから・・・


母親と男の子のテーブルに、
注文した料理が、やがて届いた。
男の子はハンバーグランチとジュース、
母親はパスタとサラダとチョコレートパフェのようだった。
フライドポテトは二人で一緒に食べるつもりらしい。

母親の顔にも、男の子の顔にも、
食事を前にして幸せそうな表情が浮かんでいる。

少女の体はまだ固まっていた。
動けるようになったらすぐにでも店を出たいのに。


少女は不安だった。怖かった。
もしもこの男の子が突然、
父親のことを、何かのはずみで思い出してしまったら、
そしていきなり大声で泣き出してしまったら、
どうしたらいいのだろう。

怖い。すごく怖い。

どうかこのまま、
二人とも楽しそうに食事を食べていて欲しい。
何も思い出さないで。
辛いことは何も思い出さないで。
ひたすらハンバーグやジュースやパスタやポテトを、
幸せそうに食べたまま笑っていて。
お願いだから。


と、その瞬間、
あたり一面が光でいっぱいになった。
ファミレスの店内の光景も、親子の姿も消えた。
すべてを覆う真白い光だけが目の前に広がっていた。

そこに、あの人がいた。
獅子髪のあの人。頼もしくて心強いあの人。
流れるような言葉をかけてくれる、素敵なあの人。


(気持ちを強く持つんだ)

(・・・・・・)

(これくらいのことで負けたらいけない)

(・・・・・・)

(我々の使命はもっと遙かに大きい)

(・・・・・・)

(この星の人類全体の未来がかかっている)

(・・・・・・)

(すべてを作り直すためには犠牲が必要だ)

(・・・・・・)

(いま生きている人類のおよそ9割は、数年後に死ぬ)

(・・・・・・)

(しかしそれはあくまで肉体が滅ぶだけであって・・・)

(・・・・・・)

(魂としては浄化されて救済されるのだ)

(・・・・・・)

(いままで君が戦って死なせた者たちも・・・)

(・・・・・・)

(魂の浄化を君がしただけにすぎない)

(・・・・・・)

(だから気にしなくていい)

(・・・・・・)

(これから我々が進む道は・・・)

(・・・・・・)

(魂の救済の道なのだ)

(・・・・・・)

(この泥のような世界で汚れてしまった多くの魂を・・・)

(・・・・・・)

(救済して導かなくてはならない)

(・・・・・・)

(この星の人類が導かれるかどうかは・・・)

(・・・・・・)

(我々の強い意志と人類への深い愛によって決まる)

(・・・・・・)

(これが真実だ)

(・・・・・・)

(迷ってはいけない)

(・・・・・・)

(光の真実を信じなさい)

(・・・・・・)

(いいね、わかったね)

(はい)

(肉体が滅んだ邪悪な者の、残された家族の涙などに・・・)

(・・・・・・)

(心を惑わされてはいけない)

(・・・・・・)

(いずれ近いうちにその家族たちも救済するのだから)

(・・・・・・)

(いまの一時の感情など消した方がいい)

(・・・・・・)

(悲しむことはないし、迷うこともない)

(・・・・・・)

(いいね、わかったね)

(はい)

(私を信じてついて来なさい)

(はい)


少女は獅子髪の男に返事をしながら、
ふとあることに気付いた。

少女の目は、
獅子髪の男の斜め後方のずっと遠くに向けられた。
獅子髪の男も、
少女が自分ではなく自分の斜め後方を見つめだしたことに、
しっかりと感づいた。

少女はふと見つけてしまった。
このすべてが眩い光のみで輝く世界において、
自分と獅子髪の男のほかに、別の人間がいることを。

獅子髪の男の斜め後方のずっと離れた所に、
その第三者の別の人間は、スッと立っていた。


ひとりの全裸の女が立っていた。

黒いブーツを履いている。
身に着けているものはたったそれだけだ。


獅子髪の男が慌てて斜め後方を振り返った。
黒ブーツの全裸女の方向を。

獅子髪の男が明らかに動揺しながら振り返ったその時、
獅子髪の男の足元から突如、火柱が噴き上がった。
数メートル大の激しい火柱だ。何かの噴火のようだった。
ドドドドドドーッ! と凄まじい勢いで遙か上方まで噴いた。

獅子髪の男は、その火柱に足元から直撃された。


火柱が噴き止んだ後、
上に噴き飛ばされたのではないかと思われた獅子髪の男は、
なんと、上方には飛ばされずに、
かろうじてこらえるように少女の前に立っていた。

獅子髪の男は、全身がドロドロだった。
両腕がもげて消えていた。右足も大腿から下が無かった。
腹部からは内臓がこぼれ落ちていた。

そして獅子髪の男の顔も・・・


輝いていた一面の光は、突如消えた。
獅子髪の男や全裸女も一瞬で消えていた。

そこは、ファミレスの店内だった。
すぐ目の前で母親と男の子がパクパクと食事を食べている。
厳しい現実から白昼夢の中に逃避していたのに、
それを強引に元の現実に引き戻されたかのようだった。


少女は再び、
祈るような気持ちに戻ってしまった。

これまで毎晩ずっとうなされ続けた悪夢の数々を、
鮮明に、心の中で蘇らせてしまっていた。

泣かないで・・・
お願いだから泣かないで・・・


母親は男の子に、声を掛けたようだ。
おいしいね!
男の子はパクパク食べながら母親に答えたように見えた。
うん!

泣かないで・・・泣かないで・・・
このまま楽しそうに食べていて・・・
お願い・・・


店内で大きな声が響いた。
少し離れた場所から、別の女の子が大きく声を出した。

「パパーッ!」

その女の子はきっと、
一緒に食事を食べていた父親を、
興奮のあまり呼んでしまったのだろう。

「パパありがとう!」「パパだーい好き!」

店内にその女の子の声はよく響いた。
固まったまま動けない少女の耳にも響いた。
そして間違いなく、
少女の目の前の席で母親と二人で食べている男の子の耳にも。


パパという言葉を耳にした男の子の顔色が、
明らかに変わった。

それまで楽しそうに嬉しそうに、
幸せそうに御馳走を食べていた男の子の顔が、
あっという間に変わっていった。

少女には、男の子の顔がなぜ変わったのか、
その理由が手に取るようにわかった。


いや・・・ダメ・・・
お願い・・・やめて・・・
泣かないで・・・お願いだから・・・

思い出さないで・・・
パパのことを思い出さないで・・・
やめて・・・いや・・・

お願いだから思い出さないで・・・
お願い・・・
泣かないで・・・私の前で泣かないで・・・

もう私・・・ずっと苦しんできたのよ・・・
これ以上私を苦しめないで・・・

お願い・・・


少女の願いは男の子には届かなかった。
男の子の顔が赤くなった。両目が潤んでいた。
口元が歪んでプルプルと震えだした。
鼻から鼻水がもう出始めている。

男の子の中で、悲しみが爆発した。


「うわあああああああああああああああああん!!」

男の子は座ったまま号泣した。
両目からは、
滝のような涙が溢れ、頬を川のように流れた。


「パパァァァァァァァーーーーーーーーーー!!!」

「あああああああああ・・・あっ・・・あっ・・・」

「うっ・・・うっ・・・うあ・・・うあぁ・・・あぁぁぁ・・・」

「うわあああああああああーーーーーーーーー!!」

「パパァァァァァァァーーーーーーーーーー!!!」

「パパァァァァァァァーーーーーーーーーー!!!」

「パパァァァァァァァーーーーーーーーーー!!!」

「うわあああああああああぁぁぁぁーーーー・・・・・・」


母親は男の子をなだめようとしていた。
しかし、その母親自身も、
すでに顔中を涙だらけにしていた。


「ダメよ・・・こんなところで泣かないで・・・
 うっ・・・うっ・・・
 ママだって泣きたいんだから・・・だから・・・だから・・・」


男の子と母親は、
二人で並んだまま、人目もはばからず激しく泣いた。
二人の涙は、決して止まることはなかった。
崩れるように泣いていた。泣き崩れていた。

男の子と母親は、
二人で寄り添って抱き合いながら、
呻くように、わめくように、叫ぶように、すするように、
泣いていた。


少女は、やっと体が動いた。
席を立って走ってトイレに向かった。
トイレの中に籠もり、少女も泣き崩れた。
少女も顔中が涙でグシャグシャに泣き濡れた。

この涙は、もう決して止まらないのかもしれない、
少女には偽りなくそう思えた。


忍者の少女封印(12)

2007-03-15 01:26:29 | Weblog

忍者は銀座にいた。
何人かのテレビ関係者と夜の銀座にいた。

したたかにアルコールに酔いつつ、
トイレに入ったところで監督から交信が来た。

こんなタイミングで!
などと思いながら忍者は用を足しつつ、
その監督からの連絡を確かめた。


監督の交信内容は、
中将たち200人のその後の結果についてだった。

忍者は、
中将たちが少女に敗れたことはすでに知っていた。
監督はさらに、中将たちの生身がどうなったか、
詳細に調べた結果を忍者に連絡したのだった。


200人のうちで、
五体満足に無傷で生還したのは神父と僧正の二人だけ。
あとの者の生身の肉体は、全員が脳出血。

およそ四割が急死。
三割が昏睡のままで現在も重態。
残りは手足の麻痺のため起立歩行が不可能に。
言葉を失った者も多数。

指揮を取った中将は死亡。


忍者はトイレの中で用を終えてから、
監督に返信した。

了解、とたった一言だけ。


忍者の少女封印(11)

2007-03-15 01:09:36 | Weblog

少女は入院していた。

少女は自宅で急に吐血した。
何の前触れもなく何回も口から血を吐いた。

病院で緊急内視鏡を受けたところ、
吐血の原因は出血性胃潰瘍とのことだった。
病院に駆け込んだその日にすぐ入院した。


数日間は絶食の上、ずっと点滴を受けた。
内視鏡による止血治療も功を奏し胃出血は治まった。
あとは胃にできた深く掘れたような潰瘍が、
じっくりと治癒していくのを待てばいい。

消化器内科の医師からは、
睡眠不足や疲労やストレスなどが、
胃潰瘍ができた原因としては無視できないといわれた。

制酸剤による薬物治療を、
今後何ヶ月も続けないといけないし、
それらの生活上の問題点も改善が必要とのことだった。


負けなかった・・・

少女は入院中、ベッドの中で何度もつぶやいた。
誰にも聞こえないような小さい声で。

勝った・・・
あんなにたくさん攻めてきたのに・・・

少女は自信を深めると共に、
あの獅子髪の男を、脳裏に浮かべた。

あなたがいてくれたから・・・
あなたにどこまでもついて行きたい・・・

すべて変えたい・・・
あなたと一緒に、この世界をすべて変えたい・・・


忍者の少女封印(10)

2007-03-12 01:00:12 | Weblog

中将は燃えていた。
全身が炎に焼かれ肉が焦げていた。

あたり一面、
仲間もみんな燃えていた。

全員、身動きができない。
指一本動かせない。
シールドさえ張れず姿も消せない。


炎の世界だった。
すべてが炎の世界だった。
炎以外には何もない、紅蓮の炎だけの世界だった。

その炎の世界で、
神父と僧正を除く、中将以下200人近い全員が、
肉をチリチリと焼かれながら熱さに苦悶していた。


序盤は中将の目論見どおりに進んでいた。
神父と僧正の張る巨大な球形シールドを出入り口として、
中将率いる200人が少女の世界に侵入した。

最初は赤い世界だった。
すべてが赤い世界。

最初に侵入した数人がまったく微動だにできず、
何ら能力を行使できない状態になったので、
解除屋を数十人投入し、
少女の赤い世界の内部設定を無効化させるよう試みた。

その試みは成功し、
侵入した仲間たちは少女の世界で動けるようになった。
それを確認した中将は、
一気に200人全員を少女の赤い世界に侵入させた。


組織的な爆破が始められた。
核爆発のようなすさまじい爆裂が、
赤い世界の内部のいたる所で繰り広げられた。

切り裂くことのできないものはないという、
天地をも斬れる剣を持つ仲間は、
少女の赤い世界を内部から切り裂きだした。

神父と僧正は神々しいまでの光を放ちながら、
その身を包む巨大な球形シールドを維持し、
全員の脱出口を確保していた。

中将の描いた通りの展開だった。


と、その時だ。

赤い世界が一瞬で炎の世界に変わった。
ほんの一瞬でだ。
あたり一面、すべてが燃えている世界だ。

中将たちは、
その炎の世界に変わったことに気付いたその時から、
自分たちの全身が燃えていることに驚いた。


中将は重要なことを知った。
神父と僧正の二人がいないのだ。

赤い世界が炎の世界に変わったその時から、
神父と僧正がいない。
従って、かれらが保持していた脱出口もない。

解除屋たちの解除能力は、
すでに奪われているようだった。
彼ら彼女らも、同様に身動きできないまま燃えていた。


甘かった・・・

中将は敗北を悟った。
現在の状況が意味することを、彼は推測できた。

これは、おそらく・・・
ディメンジョン・イン・ディメンジョンだ・・・

中将は、その豊富なキャリアの中で、
さまざまな知識を蓄積させていた。

自らが創造した異時空や異次元に敵を捕らえて入れた後に、
もしも敵がその世界に何らかの順応を示した場合、
その敵の順応力を奪うため、
その世界の中から、さらにもう一段別の世界に捕捉する。
そのような技術を、
ディメンジョン・イン・ディメンジョンというらしい。
中将はかつて噂として耳にしたことがある。


この少女は・・・
そこまでの使い手だったというのか・・・

中将は自分の見通しが不完全だったことを、
全身を焼かれながら悔やんだ。

少女の場合、
赤い世界に入れた敵が内部で順応をみせた時に、
きっと次の段階である炎の世界に放り込むのだろう。
そして炎の世界では、
赤い世界よりももっと過酷な内部設定が、
敵を制するために存在するのだろう。


さらにいえば、驚愕すべきことに、
この炎の世界では、
神父と僧正の二人はしっかりと除かれているのだ。
内部破壊の計画において、
シールド・マスターであるこの二人こそが、
実は要といえた。

その二人がきっちりと除かれている。

おそらく、
赤い世界から炎の世界に200人を捕捉する際、
少女にとって問題となるこの二人だけは赤い世界に残し、
それ以外の者を炎の世界に入れ直したのだろう。

神父と僧正がいないため、
中将たちは炎の世界から脱出ができない。


200人近い仲間たちの何人かが、
頭部がパァーンと破裂した。

その後も次々と周囲の仲間たちが、
全身を炎で焼かれながら、
風船が破れるように、いきなり頭部が破裂していった。


少女の力はオートと聞いて・・・
俺は油断してしまったのかもしれない・・・

中将はいまさらながら後悔した。
たとえオートの異能者であっても、
マニュアル並みに細かく相手に対応できる者は存在する。


中将が自分を責めている間にも、
次々と仲間たちの頭部が破裂していった。
壮絶で凄惨極まりない光景だった。

パァーン! パァーン!
これまで幾度も激戦をくぐり抜けて来た強者たちが、
次々と頭部を破裂させられていく。


中将はふと、忍者を思い出した。
数年前に忍者と争ったときのことをだ。

ひとつの意見の決定的な相違から、
ある日、中将と忍者は交戦状態となった。
監督やほかの主力メンバーは黙って観察していた。
どちらが勝つかみんな興味があったようだ。

中将は忍者の身近な人間、
つまり家族や友人や職場の人間たちを、
片っ端からマルチハッキングで操心して忍者に敵対させた。
忍者は徹底的に孤立させられ苦しんだ。

忍者は中将に対し精神操作を行い、
中将の心の中の暗い過去を掘り返した。

中将は、実生活では医者だった。
彼には救命できそうでできなかった多くの患者たち、
つまり、中将があとから振り返ってみて、
なぜ死なせてしまったのだろうと苦しむような、
多くの死者たちの記憶があった。

忍者は中将のその過去を蘇らせた。

中将と忍者はともに争いながら互いに苦しみ、
見るにみかねた猫丸の仲裁で和解した。


中将は忍者とはそれ以来、
監督の指揮下で同じ陣営にいながら、
疎遠な間柄となった。

しかし、
二人とも互いに相手の能力は高く評価していた。


あとは忍者に任せるしかないな・・・

中将は、
あの忍者ならきっと少女を封じることができると、
信じたい気持ちになった。
全身の肉を炎で焦がされながら、
忍者を信じるしか残された道はなかった。

仲間たちはさらに、
次々と、次々と頭部を破裂させられていった。
すでに過半数、いやもっと多くの者が、
首無しの火ダルマの姿を晒していた。


そろそろ俺の頭もパァーンといくかな・・・

中将は自分の行く末を、
不本意ながら受け入れざるを得なかった。

忍者、あとは頼んだぞ・・・

中将は祈るような気持ちで、
自分とは不仲だった忍者の成功を強く念じた。
そして心の中で叫んだ。


忍者!! 頼んだぞ!!

お前ならきっとできる!!!


忍者の少女封印(9)

2007-03-11 13:06:55 | Weblog

日曜の夜だった。
少女は不吉な予感がした。

大勢来る・・・
いままでにないくらい一度に大勢来る・・・

私の命を狙いに・・・


少女は落ち着いていた。
不思議と冷静さを保てた。

もう私はひとりじゃないから・・・

きっと大丈夫・・・
あの人が見守ってくれてるから・・・


私は・・・負けない・・・
きっと今度も負けない・・・

負けなければまた褒めてもらえる・・・
あの人に褒めてもらえる・・・

あの人に必ずまた会うんだ・・・
絶対に・・・


忍者の少女封印(8)

2007-03-10 07:10:23 | Weblog

忍者は自宅で風呂に入っていた。
湯船に漬かっているときに交信が入った。

ん・・・誰だろう?
監督や草薙だとイヤだな・・・
魔女あたりなら面白いんだけどな・・・

忍者は目を瞑って集中してみた。


(そっちの調子はどうだ?)

調子? 何の調子だよ・・・

(俺の方は準備がだいたい済んだ)

準備? 何の準備なんだ・・・

(そろそろ一斉に仕掛けるつもりだ)

ん? 中将か?

(一応、忍者にも一言いっておこうと思ってな)

中将だ・・・間違いない・・・


忍者の脳内に中将から交信が繋がれることは、
かなり珍しい。
これは忍者と中将の仲の疎遠さの現れでもある。

いや、
疎遠さというよりも仲の悪さというべきか。


(もうすぐ200人を動かして少女を抑える)

(・・・・・・)

(そういうことだ、じゃあな)

(待て、中将よ)

(・・・・・・)

(俺がとばっちりを絶対に食わない保証はないんで・・・)

(・・・・・・)

(俺にだけこっそり仕掛けの方法を教えてくれないか)

(・・・・・・)

忍者は、少女の近くには、
霊体も含めてまったく近寄らずにいたので、
実際には巻き添えになる危険は皆無といっていいのだが、
忍者には、
あの強力な少女に対しどのように力攻めが可能なのか、
純粋に興味があった。


(・・・・・・)

(おいっ)

(・・・・・・)

(中将、ちょっとくらいいいだろう?)

忍者は湯船の湯を両手ですくって、
顔を洗った。そしてタメ息をついた。
中将のケチンボめ・・・と。


(じゃあ、ちょっとだけな)

(ああ、頼むよ)

(忍者、その前にひとつだけ意見を聞きたい)

(ん? 何だ?)

(少女の能力はオートだと思うか?)

(中将、そのことについてはだな・・・)


オート・・・
一般に異能者の能力行使に関しては、
本人が意識的に操作しているか無意識に行っているか、
区別することができる。
意識的に能力操作することをマニュアルといい、
無意識のうちに済ませてしまうことをオートという。

例えばオートカウンターといえば、
誰かから遠隔攻撃があった際に、
それを無意識に跳ね返して敵にそのまま返すことをいう。

オートカウンター式の防御シールドを、
天然の防御能として元々備えている者もいるし、
意図的にオートカウンター式に張る異能者も多い。


中将は忍者に、
少女がやっていることはオートなのかと聞いた。
つまり、
少女のディメンジョン・アタックが、
本人の意識とは無関係に天然の攻撃能として行われているのか、
という意味で質問したのである。


(草薙の受け売りになってしまうんだが・・・)

(・・・・・・)

(中将よ、少女の力はすべてオートらしい)

(そうか、よかった)

中将はオートと聞いて喜んだ。
通常、相手の出方に細かく対応するには、
マニュアルの方が有利だからだ。
例外的に、
オートで柔軟な対応をこなしてしまう異能者もいるが。


(あの化け物のような少女を・・・)

(・・・・・・)

(一体どうやって正面から崩すんだ?)

(ああ)

(・・・・・・)

(忍者よ、いろいろ考えたぞ)

(・・・・・・)

(200人全員で少女の作る世界に飛び込んでみる)

(!!)

(少女の作る世界を中から破壊する)


「なに~っ!?」

忍者は風呂場で思わず肉声を上げてしまった。
あまりの驚きのため黙っていることができなかった。


(そ、そんなことできるのか~っ?)

(できると思えばきっとできる、違うか?)

(・・・・・・)

(少女の作る世界を破壊すれば・・・)

(・・・・・・)

(そのダメージはきっと少女の肉体に帰るはずだ)

(・・・・・・)

これはありうる話である。
霊体が受けたダメージは生身の肉体に反映しうる。
少女がオートで無意識に操っている世界が、
たとえそれが異時空や異次元であったとしても、
もしも内部から完全に破壊され尽くして消滅した場合、
少女の生身は無事では済まない可能性が高い。


(まず神父と僧正の二人を先行させて少女に捕捉させる)

(神父と僧正って確かシールド・マスターだよな?)

(そうだ)

(なんかドキドキしてきた)


シールド・マスター・・・
シールド張りに関して突出した異能者を、
よくこのように呼ぶ。

神父と僧正は、
実生活でそのまま神父であり僧正だ。
かたやカトリックの敬虔な神父、
かたや法力に定評のある高名な密教僧。

二人とも監督や中将が生身の人間だとは知らない。
二人の能力を監督や中将が利用している。


(少女の世界に・・・)

(・・・・・・)

(シールド状態のままの神父と僧正を飛び込ませる)

(・・・・・・)

(この二人のシールドはとても特殊で・・・)

(・・・・・・)

(複数の次元、複数の時空の間を・・・)

(・・・・・・)

(長時間、持続的に穴を開けるように接続することができる)

(・・・・・・)

(二人の開けた穴を突破口に200人同時に飛び込む)

(・・・・・・)

(200人の中には・・・)

(・・・・・・)

(ボマーが50人、リッパーが30人、溶解屋が10人いる)

(・・・・・・)

(解除屋の類も数十人規模でいる)

(・・・・・・)

(残りはそのサポートやガード役を果たす)

(・・・・・・)

(破壊後に下手すると全員が道連れになる恐れもあるが・・・)

(・・・・・・)

(神父と僧正のシールドをうまく脱出口にすればいい)

(・・・・・・)

(これで何とかなると思う)

(・・・・・・)

ボマーは爆破系アタッカー、リッパーは切り裂き屋、
溶解屋はそのまま溶かし屋のことである。

そして解除屋は、
相手の能力を減殺したり奪ったりするのだが、
おそらくは、少女の世界における、
トラップや内部設定を解除する役割なのだろう。


(おい中将、少女が作る世界を・・・)

(・・・・・・)

(ホントに中から壊せるのか?)

(やってみないとわからないが・・・)

(・・・・・・)

(やってみるしかないだろう)

(・・・・・・)

(死神も念仏も失敗したんだからな)

(・・・・・・)


忍者は興奮してきた。
うまくいけば本当に少女を倒せるかもしれない。
完膚無きまでに少女の世界を破壊して消去できれば、
生身の少女を殺せるかもしれない。

しかし失敗すれば、
おそらく200人は全滅するだろう。


(200人全員、一度に少女の世界に投入か?)

(ああ)

(外にある程度はバックアップ要員を残さないのか)

(正直いって・・・)

(・・・・・・)

(どれくらいの人数や戦力で内部破壊が可能なのか不明だ)

(・・・・・・)

(逐次投入はかえって失敗のリスクを上げるだろう)

(・・・・・・)

(使える人数を使えるだけ同時に使う)

(・・・・・・)

(しいていえばだな、バックアップ要員というのは・・・)

(・・・・・・)

(忍者、お前のことだぞ)

そうかもしれない、いわれてみればその通りだ、
忍者は中将に指摘されてそう納得した。


(中将、お前も一緒に中に入るのか?)

(もちろんだ)

(・・・・・・)

(俺はいつだって陣頭で指揮をとってきた)

(・・・・・・)

(200人を危険に曝して自分だけ後方でコソコソできるか)

(・・・・・・)

(俺は監督とは違う)


「あ~っはっはっはっは!!」

忍者は湯船に漬かりながら、
またしても声を口に出してしまった。
耐えきれないおかしさに爆笑が止まらなかった。


忍者の少女封印(7)

2007-03-09 02:35:29 | Weblog

少女は交差点で信号が変わるのを待ちながら、
じっと立っていた。

多くの自動車が少女の目の前を走り、
多くの歩行者が歩道を歩き、
そして少女の近くには、
信号待ちの人たちが数多く立っていた。

少女は街の風景を見ながら、
同時に別のものを凝視していた。
脳の中の残像。
道に倒れている男。そして母親と男の子。


少女は最近、寝不足だった。
眠ってしまうと夢でうなされてしまうので、
眠るのを避けていた。

それでも毎晩数時間は眠ってしまう。
そうすると、いつも同じような夢を見てしまう。
倒れてぐったり動かない男や、
号泣する親子の夢を。

日中もそれらの残像が、
脳に焼き付いて離れない。


信号待ちの少女の目の前が、
急に光に包まれた。

周囲の風景はすべて一瞬で消え、
一面、目も眩むような光だけになった。

獅子髪の男が、そこにいた。


(気にするな)

獅子髪の男は少女に話しかけた。

(君にはもっと大事なことがある)

獅子髪の男は強い光を発していた。
声が、まるで引き込まれるかのように響く。


(あなたは・・・誰?)

少女は獅子髪の男に、
思い切って話しかけてみた。

(私は、導きを役割とする者だ)

(導き?)

(そうだ、人類を明るい光へと導く者だ)

(人類?)

(そうだ、己の欲望に囚われた未熟な人類を・・・)

(・・・・・・)

(破壊と再生を通じて導かなくてはならない)

(・・・・・・)

(君も同じ意志を持つ同士だ、私はそれを知っている)

(・・・・・・)

(そうだろう?)

(は・・・い・・・)

(私には、いや我々には多くの同士がいる)

(・・・・・・)

(長い年月をかけて世界を救うための努力をしてきた)

(・・・・・・)

(闇に沈んでいる人類を光へと導くための努力だ)

(・・・・・・)

(しかし、その定められていたはずの導きへの道が・・・)

(・・・・・・)

(近年、大きく揺らいでいる)

(・・・・・・)

(我々を妨害する邪悪な愚か者の集団がいるのだ)

(・・・・・・)

(すでに多くの同士が倒され・・・)

(・・・・・・)

(世界を救うための大きな手立てを奪われてしまった)

(・・・・・・)

(このままでは約束された計画が崩れてしまう)

(・・・・・・)

(君の力をぜひ借りたい)

(え?)

(我々同士には君の力が必要だ)

(私が?)

(そうだ、君はまだ自分の力の大きさに気付いていない)

(・・・・・・)

(君には信じられないような大きな力が秘められている)

(・・・・・・)

(君の中に眠っている大きな力を目覚めさせ・・・)

(・・・・・・)

(愚か者共に奪われた手立ての代わりとしたい)

(・・・・・・)

(予定通りに世界が救われるかどうかは・・・)

(・・・・・・)

(これからの君にかかっている)

(そ、そんな・・・)

(本当だ、私を信じてほしい)

(・・・・・・)

(私と一緒に人類を真実の光へと導こう)

(・・・・・・)

(私を信じるんだ)


獅子髪の男は消えた。一面の光も消えた。
街の風景が戻った。

信号が変わった。
少女は軽快な足取りで横断歩道を渡り始めた。


忍者の少女封印(6)

2007-03-08 03:34:34 | Weblog

またもや忍者と猫丸である。
二人の相性は抜群にいい。

忍者は、
監督や草薙や鉄人たちとは微妙な緊張関係にある。
中将との間にもそれはいえる。

これらの監督陣営の主力は、
全員が、本心では自分が一番だと思っている。
ライバル心の強烈さは、火花が散るかのようだ。

猫丸は違う。
第一線から身を引いているだけあって、
忍者の自尊心や競争心を巧みに受け止めることができる。
忍者が猫丸を信頼する理由だ。


二人は一つの部屋で、
同じ空気を共有しつつ息の合ったやり取りをする。
タバコを吸いながら。

(忍ちゃん、そろそろ中将が動き出すんだって?)

(え? 俺、それは知らない)

(知らないの? そうらしいよ)

(猫さん、なんで中将の動きなんて知ってるんだよ)

猫丸の仲間内での情報収集力は、
時として忍者を凌駕する。
ただのウワサ好きという話もある。


(忍ちゃん、中将とはまだギクシャクしてるの?)

(・・・・・・)

(もう何年も経ってるじゃんよ)

(・・・・・・)

忍者と中将は数年前に、
意見の食い違いから一時的に争ったことがある。

中将だけではない。
忍者は、監督や草薙や鉄人たちとも争ったことがある。
今は亡き死神とも。

だいたいは、
そのような内輪揉めの争いの結果で、
同じ陣営内での力の序列が決まっていく。

終末組でも実相は変わらない。
終末組の歴史は、内部抗争の歴史でもある。

一般に、
異能者の世界は力の世界である。
子供ばかりで大人がいない。


(忍ちゃんさ・・・)

(ん? 猫さん、何だい?)

(ちょっといいにくいんだけどさ)

(いや、かまわないよ、猫さん)

(うーん、じゃあいうけどね)

(うん)

(忍ちゃん、はっきりいって本音では・・・)

(・・・・・・)

(俺が世界を救ってやってるんだって思ってない?)

(・・・・・・)

(人類を救ってやってるのは俺だって思ってるでしょ)

(・・・・・・)

猫丸にしては鋭い切り込みだ。
猫丸以外のほかの誰かの言葉だったならば、
忍者は怒っていたかもしれない。


(忍ちゃん、どうよ?)

(・・・・・・)

(・・・・・・)

(そうかも知れないね)

(・・・・・・)

(というよりさ、猫さん)

(・・・・・・)

(そういう自負が俺の心をずっと支えてるんだよ)

(・・・・・・)

(それくらいの気持ちがないとやってられない)

(・・・・・・)

(猫さん、俺だけじゃなくてみんなそうだと思うよ)

(・・・・・・)

(猫さんも現場で体を張ってた頃はそうじゃなかったの?)

忍者は話の矛先を猫丸に向けた。
猫丸は、それを待ち構えていたかのような顔をした。


(忍ちゃん、その通りだよ)

(・・・・・・)

(俺もかつてはそう思ってた)

(・・・・・・)

(俺が陰で世界を支えてるんだって思ってた)

(だろ? 猫さんもそうだろ?)

(でもね、忍ちゃん)

(ん?)

(そういうのは驕った考えだと思うよ、違うかな?)

(・・・・・・)

(俺はいま引退してるからいえるのかもしれないけど・・・)

(・・・・・・)

(救ってやってるというのは、ちょっと違う気がするよ)

(・・・・・・)

(特に最近ね、いろいろ思うんだ、忍ちゃん)

(・・・・・・)


猫丸は、
自分が裏稼業に入る前のことを引き合いに出して、
忍者に話し始めた。

猫丸は若い年代の時期、
左翼系学生運動に没頭していた。情熱的に。
猫丸が学生だった1960年代は、
日本全国で学生運動が激しく展開されていた。
そういう時代だった。

日米安保に反対して大規模なデモが行われたり、
警察の機動隊とデモ学生たちが戦ったり、
いろんな大学の構内で、
若者たちがバリケードを築いて占拠したり、
とにかくそういう時代だった。

猫丸はかつてデモに参加中、
学生たちと警官隊の衝突のドサクサの中で、
頭部を強く打撲し意識不明に陥ったことがあった。
そして、
一時的な昏睡から戻った猫丸はその後、
それまでにはなかった異能が開花していったのだった。

学生運動の終焉後、
猫丸は自らの異能を磨くことに専念し始め、
その後かなり経ってから監督にスカウトされた。


その猫丸が忍者にいう。

(俺は昔、本気で日本は共産主義国になると信じてた)

(・・・・・・)

(忍ちゃんもわかるよね、そういう時代だった)

(・・・・・・)

(俺たちの力で日本を変えてやるって思ってた)

(・・・・・・)

(日本を救ってやるって思ってた)

(・・・・・・)

(でも、日本の政治や社会の体制は変わらなかった)

(・・・・・・)

(あとから振り返ってみてね)

(・・・・・・)

(結局、日本の体制があの頃変わらなかったのは・・・)

(・・・・・・)

(あの時代の日本人の大多数が・・・)

(・・・・・・)

(日本の共産化を望まなかったからじゃないかって・・・)

(・・・・・・)

(俺は思ってるんだよ)

(・・・・・・)

(若い世代の学生たちは変えてやるって信じてたけど・・・)

(・・・・・・)

(日本全体の、広い年代の多くの人たちは・・・)

(・・・・・・)

(変えなくていいって思ってたんだろうなってね)

(・・・・・・)

猫丸が忍者に長々と語るのは珍しい。
忍者が長々と聞き役に回るのも珍しい。


(忍ちゃん、結局さ)

(・・・・・・)

(世の中の動きってのは・・・)

(・・・・・・)

(より多くの人間の総意みたいなもので決まっていく・・・)

(・・・・・・)

(そんな気がするよ)

(・・・・・・)

(なんだか見えない多数決みたいだけどさ)

(・・・・・・)

(その多くの総意が少数意見よりもいいのか悪いのか・・・)

(・・・・・・)

(それはわからないけどね)

(・・・・・・)

(でも、みんなの本音で世の中が決まるってのは・・・)

(・・・・・・)

(うまくいかなかったとしても納得できることかもよ)

(・・・・・・)

二人は沈黙の中で会話を続けた。
タバコの煙が二人の体を包んでいた。


(忍ちゃん、俺たちがさ)

(・・・・・・)

(今まで何年もかけてやってきた仕事ってのは・・・)

(・・・・・・)

(世界中の多くの人たちが破局を望まなかったから・・・)

(・・・・・・)

(その大勢の人たちの無意識の力が集まって・・・)

(・・・・・・)

(俺たちを動かしたんじゃないかって思うんだ)

(・・・・・・)

(だから、俺たちが仕事をしながらね・・・)

(・・・・・・)

(世界を救ってやってるとか思っちゃうのは・・・)

(・・・・・・)

(なんか、おこがましいことだと感じるよ)

(・・・・・・)


忍者の心情は複雑だった。

世界中の人間は全員、
自分に100円ずつ金を払ってもいいはずだと、
忍者はブツブツと愚痴りたくなることもあった。
10円でも1円でもかまわないからと。

街で態度の悪い者を見ると、
貴様は誰のおかげでのうのうと生きていられるんだ、
などと怒鳴りたい気持ちになったりもした。

自分の裏の仕事を表の世間で口にしたならば、
必ず精神病者として扱われるのがわかっているので、
普段は誰にも何も話せないし、
どんなに困難なことを成し遂げても、
誰にも感謝もされなければ認めてもらうこともない。

だからこそ、
自負やプライドで自分の心を固めていないと、
続けていけないような側面があった。
俺がみんなを救ってやってるんだと・・・

でも猫丸は、
それは尊大な考えだという。
確かにおこがましいことかもしれない。

忍者は、
頭ではわかっても心では割り切れない自分を自覚した。


(忍ちゃん、終末組の連中を今までたくさん見ただろ?)

(うん)

(我こそは救世主って奴が山ほどいただろう?)

(うん)

(我こそは地球の覇者って奴がいただろう?)

(うん)

(人類を導いて救ってやるって奴が多かっただろう?)

(うん)

(忍ちゃん、連中を見てどう思った?)

(そりゃあ・・・)

(・・・・・・)

(ああいう風にはなりたくないと思ったさ、猫さん)

(だわな)

忍者は、猫丸がいわんとすることが理解できた。
十分に理解できた。


(忍ちゃん、ここだけの話だけどね)

(うん)

(監督や草薙が、神みたいに振る舞うのは・・・)

(・・・・・・)

(俺は嫌いだな)

(・・・・・・)

忍者はドキッとした。
監督や草薙と似たような部分が自分にもあったからだ。


(監督や草薙だけじゃないよ)

(・・・・・・)

(俺たちの仲間のほとんどに・・・)

(・・・・・・)

(そういうところが多少はあるね)

(・・・・・・)

(正直いって終末組のことを笑えない)

(・・・・・・)

(神だとか神の使いだとか天の代行者だとか・・・)

(・・・・・・)

(高いところから見下したような感じだ)

(・・・・・・)

確かに異能者の世界では、そういうタイプが多い。
自分は目覚めている、自分は悟っている、
社会の人間たちは愚鈍で何も考えていない、
そういってはばからない者が仲間にはたくさんいる。
この点では、
監督の陣営も終末組も大差がない。


(死神だけだったよ)

(・・・・・・)

(自分は鬼だ悪魔だって笑いながらいってたのは)

(・・・・・・)

(光だ愛だ真実だ天命だ神意だという奴は信用できないとか・・・)

(・・・・・・)

(救世だとか言い出したら人間終わりだっていってたのはさ)

(・・・・・・)

(最近、死神のいってたことがわかるようになったね)

(・・・・・・)


忍者は死神をふと思い出した。

死神は、
死神と仲間から呼ばれだした最初、イヤな顔をしていた。
自分には「死」のイメージはきっとよく似合う、
しかし自分は「神」ではない、と。