1999

~外れた予言~

忍者の少女封印(2)

2007-02-20 21:35:30 | Weblog

忍者はあるテレビ局の中にいた。
控え室のような空間でタバコを吸っている。
彼の実生活における仕事は、芸能人だ。

ドアをノックする音がした。
忍者を呼ぶ声がする。
その、忍者にとってとても親しい人間を、
忍者は部屋に招き入れた。

忍者の控え室を訪れたのは男だった。
忍者同様に芸能関係者であり、
忍者とほぼ同年代の中年男であり、
そしてやはり異能の持ち主で忍者の裏の仲間でもあった。

仲間たちからは猫丸と呼ばれる男だった。


「な~んか、ひっさしぶりだよねぇ~」

猫丸は忍者に明るく切り出した。

「ああ、ちょっとだけ久しぶりだよね」

忍者は猫丸に返事をした。


二人はテーブルをはさんでそれぞれソファに座った。
どちらも若干、疲れた顔をしていた。
毎日、忙しくスケジュールに追われ、
視聴率の数字や視聴者の反応を常に意識し、
業界におけるさまざまな荒波の中を泳ぐように渡り抜き、
現在までの自分の地位を築いてきた。

疲れているヒマなどない。
前に進むのを少しでも休んだ者は、
あっという間に周囲から忘れ去られてしまう。

二人とも仕事中毒か仕事病のような、
異様な緊張の中で日常を過ごしていた。


この日の猫丸が、
芸能関係者としての話をしにきたのではないことは、
忍者には何となくわかった。

裏の仕事の話を二人でする時は、
忍者も猫丸も口からは言葉を発しない。


(で、どうなのよ、忍ちゃん)

猫丸はいつも忍者のことを忍ちゃんと呼んでいた。

(どうもこうもないよ、猫さん)

忍者は猫丸を猫さんと呼ぶのが普通だ。

(死神も教授も、それに念仏まで死んだって?)

(うん、猫さん、実はそうなんだ)

(そろそろ忍ちゃんが出動する番じゃないの~?)

(当たりだよ、俺の出番だ)

(忍ちゃんのことだから勝算はあるんだよね?)

(それがね~、うまくいくかどうか自信ないって)


忍者は草薙に劣らないほどの自信家である。
自信がない、などとは滅多にいわないなずなのだが、
相手が猫丸の時だけは少し違う。

忍者は猫丸を仲間の中では誰よりも信頼しているし、
他の者には決して表さないような弱みを見せるし、
猫丸にはよくグチをこぼす。

猫丸はかつては、
監督の下で戦闘要員として働いていた時期もあったが、
いまは第一線からは退いて、
アドバイザー的な役割を担っている。

というか、
ほとんど忍者専属の相談役かつグチの聞き役だった。


(その少女を崩すのに何を突破口にするの?)

(猫さん、問題はそこなんだよ)

(忍ちゃん、もうとっくに仕掛けてるんでしょ?)

(うん)

(いま何してるのか教えてよ)

(え? しょうがないなあ・・・)

二人は表向きは黙ったままタバコを吸っている。
だが、
表向きでない部分では活発にやり取りをしていた。


(まずね、猫さん)

(うんうん)

(少女はね、いままでね)

(うんうん、忍ちゃん早くいえって)

(猫さん、せかすなよ~)

忍者は黙ってタバコを吸いながら笑った。
猫丸も黙って座りながら笑った。
表面上は黙って向かい合っている二人は、
ほとんど同時に笑い合った。


(忍ちゃん、もったいぶってると怒るよ)

(わかった、いうから)

忍者は自分が少女について知っていることを、
猫丸に包み隠さずに話した。

いわく、
少女は監督やその仲間たちのことを、
生身の人間だとはまだ気付いていないこと、
邪霊や悪魔だと思っていること、
少女が異能戦に勝利し刺客を倒した時に、
相手の刺客が生身の人間として肉体的に殺されているのを、
少女が理解していないこと、
などである。


(それがね、念仏の登場で少女はショックを受けたんだよ)

(ん? 忍ちゃん、そりゃどうして?)

(だってね、少女が念仏を殺したあの時・・・)

(うんうん)

(少女は初めて目の前で人間の敵を見たんだ、猫さん)


その通りなのだ。
それまでの少女は、肉眼では視えない敵を、
あくまで自分のイメージの中で戦って倒していた。

それが、生身の念仏が眼前に現れたことにより、
少女の心の中で、
戦いの意味合いが大きく変わろうとしていた。

少女はすぐ目の前にいる誰かを、
傷付けば赤い血が流れるような生身の人間を、
刺し殺したことも撃ち殺したことも、なかった。
生まれてこのかた、
他の人間を殴り倒したことさえないのである。
一度も。

それが、そのような少女が、
目の前の男を意図的に、明かな殺意をもって、
強い思念を行使して倒したのである。

少女にとって、
これがどれだけ衝撃的な体験だったか、
おそらく本人でなければ理解できないだろう。


(だからね・・・)

(・・・・・・)

(いま俺は、少女が心の中で念仏の苦しむ姿を・・・)

(・・・・・・)

(繰り返しイヤというほど思い返すように・・・)

(・・・・・・)

(少女の心に細工をしてるんだよ)

忍者は吸っていたタバコを灰皿に押し潰した。
猫丸のくわえていたタバコからは灰が服にポロッと落ちた。
猫丸は慌てて灰を手で払った。


(うっわ~、えげつないね~)

(・・・・・・)

(いかにも忍ちゃんらしいね)

(・・・・・・)

(さすが天才的業師!)

(あのね)

(少女を止められるのは忍ちゃんだけ!)

(別にこういうの好きでやってるワケじゃないから)


忍者はさらに説明した。
少女は念仏に心臓発作を起こさせた直後、
急いで早足で立ち去ったため、
念仏が道に横たわって絶命する瞬間を見ていないこと、
そして、
その念仏の死体となった姿を、
現在、少女の心の中にイメージ像として送り込んでいること、
それらを猫丸に明かした。


(俺はね、念仏の死をムダにはしないよ)

(・・・・・・)

(ひとりの人間が死ぬ場面を・・・)

(・・・・・・)

(少女の心から決して離れないようにして・・・)

(・・・・・・)

(その動揺を突破口にして少女を崩していく)

(・・・・・・)


猫丸は、すでに耳にしていた情報、
すなわち、
忍者と同時に中将も少女に対して仕掛けるらしいことを、
率直に確認してみた。

(そーなんだよ! 猫さん! あのウンコ監督がさ!)

(ははは)

(俺にだけじゃなくて中将にまで仕事を回して・・・)

(うんうん)

(どっちでもいいから、どっちかが成功しろって・・・)

(ほうほう)

(しゃあしゃあといいやがるワケだよ!)

(なるほどなるほど)

(猫さん、この話どう思うよ!)

忍者は新たに吸っていた二本目のタバコを、
いつの間にか噛み砕いていた。


(まあ、落ち着けよ、忍ちゃん)

(俺は面白くない!)

(それはわかるけどさ)

(だろ?)

(俺が監督の立場だったら同じ策をやっぱり取るかもよ)

(・・・・・・)

(忍ちゃんがもし監督だったとしたらどうよ?)

(・・・・・・)

(死神も念仏も死んで、もうこうなったらって思うだろ?)

(うん、まあそれは・・・)

(ここはひとつ、忍ちゃんは忍ちゃんで・・・)

(・・・・・・)

(自分の役割に撤して、自分の仕事に集中すればいいじゃない)

(・・・・・・)


忍者はこれまで多大な貢献をしてきた。
監督の指示を受け、さまざまな仕事を成功させ、
文句なしの主力中の主力として監督の陣営を支えてきた。
そしてその陰には猫丸のような存在もあった。


(で、次の手はどうするの?)

(うん、もう考えてある)

(お、いいね、俺にだけこっそり教えてよ、忍ちゃん!)

(念仏の絶命イメージの次はね・・・)

(・・・・・・)

(死神の奥さんと子供の番だよ)

(死神の?)

猫丸は今度は、
吸っていたタバコそのものをポトリと服の上に落とした。
猫丸はとっさに反応できず、タバコは転々として床に落ちた。


猫丸は知っていた。
死神の残された家族を覗いていたので知っていた。

世界で最も愛する夫を突如失った死神の妻が、
死神の急死の後どれだけ多くの涙を流したかを。
そして、
父親である死神を大好きでたまらなかった死神の子供が、
どれほど大きな泣き声で泣き続けたかを。


(そうだよ、猫さん、念仏の次は死神の妻子だ)

(・・・・・・)

(少女の心の中に、死神の女房子供の泣く姿を焼き付ける)

(・・・・・・)

(延々とだ、これからずっとだ)


忍者の少女封印(1)

2007-02-09 21:10:39 | Weblog

少女は登校前に朝食を食べていた。
自宅の台所。母親と二人で。

父親は去年から単身赴任のため遠方に別居中で、
少女は母親と二人で暮らしていた。
兄弟や姉妹はいない。


母親は食べながら左の胸、
正確にいうと左側胸部の一部を、右手で押さえていた。
辛そうに見える。

「お母さん、痛い?」

少女は母親を気遣って聞いてみた。
冷たそうだ、と同級生からいつも噂されてはいるが、
これくらいのことは口にすることはできる。

「ちょっと痛いけど、大丈夫」

母親は左胸を押さえながら答えた。
食事がなかなか進まない様子からは、
あまり大丈夫そうには見えない。

「この前、病院に行ったんだっけ?」

少女は母親に再び聞いた。
母親が左胸を押さえだしたのは先週からだった。
症状が気になった母親は病院で医師の診察を受けていた。

「心電図やレントゲン検査では異常はなかったし、
 症状からは肋間神経痛の可能性が高いって、
 循環器科の先生はいってた・・・」

母親は辛そうな表情のまま話した。

「一応は狭心症や不整脈がないか調べましょうって、
 それで外来検査をいくつか予約して来たんだけど・・・」

医師の説明によると、
心臓の発作ではなくて肋間神経痛ならば、
たとえ痛みは辛くても命に別状はないし心配ないそうだ。


少女は母親似だった。
外見が若い頃の母親にそっくりだとよくいわれる。
つまり、
母親も学生時代は周囲から敬遠されがちなタイプの、
冷たそうな雰囲気だったらしい。

朝の台所でテーブルをはさんで、
同級生の背筋をいつも凍らせている少女と、
同級生の背筋をかつて凍らせていたかもしれない母親とが、
暖かい朝食を前に二人向き合っている。


「胸の痛みって・・・大変?」

少女は食べながらさらに母親に質問した。

「そうね、頭やおなかが痛い時も辛いけど、
 胸が苦しい時も独特の辛さなのよね、
 息をするだけでもすごく響くし、
 なんかこう、胸を何かで刺されたみたいな・・・」

母親は少女に懸命に答えた。

「あ、いま私に話してるだけでも苦しい?」

少女はふいに気付いて母親に確かめた。

「うん、話してるだけでも大変・・・
 でも・・・そんな気にしないでいいからね」

母親はいつも少女の味方だった。
親でもあり仲良しの友だちのようでもあった。

「話しかけてごめんなさい、
 痛みが落ち着くまで静かに休んでて」

少女は母親に声を掛けるのをやめた。
そして、黙々と朝食を食べることに専念した。


少女は母親の胸の辛さを目の当たりにしながら、
つい先日の、
身の毛のよだつような不気味な男を思い出した。

自分が高校から帰る途中の道で、
自分を狙って待ち伏せしていた恐ろしい男だ。

あの日少女は学校を出た直後に、
誰かに待ち伏せされてる、となぜか分かった。
ピンッと閃くような感じだった。

閃いた時、
待ち伏せの相手が生身の人間だとは思わなかった。
この世の者ではない「地獄の使者」だと思った。
自分の命を奪いに地獄からやって来た、
恐ろしい死刑執行人のような化け物だと感じた。

だから、
生身の人間が道に立っているのを見た瞬間、
少女は驚愕した。

嘘だろうと最初は心の中で否定したし、
信じたくもなかった。

しかし自分の中で強い直感が湧き上がり、
自分を殺しに来た「地獄の使者」は、
目の前に立っている現実の人間なのだと確信した。


ものすごく強烈な目をした、
震えるくらいに支配的な視線を発する、
いままで一度も会ったことのないような、
怖い男だった。

幾度も殺し合いの修羅場をくぐり抜いたかのような、
あたり一面を圧倒するくらいの気を放っていた。


危ない! 殺される!

少女は男と対峙しながら身の危険を感じた。
必死だった。
とにかく気持ちで負けたら終わりだと、
必死で睨み返した。


待ち伏せられている場所を避けようと思えば、
できたはずだった。
違う方向に走って逃げようと思えば、
逃げることはできたのだ。

しかし少女は、
あえて待ち伏せを知りながら向かっていった。

いま逃げてもいつか捕まる、
だから逃げることにきっと意味はない、
それよりも危険に立ち向かおう、戦ってみよう、
少女はそう決心した。

それでもいざ危険に身を晒してみると、
自分は無謀だったのではないかと後悔したくなる。
死ぬのかもしれない・・・
自分は今日この場で殺されて死んでしまうかもしれない・・・


私はまだ死にたくない!

天にも祈らんばかりの気持ちで、
不安や恐怖を振り払うかのように男と向き合った。


すると信じられない光景が。
なんと、殺し屋のようなその男は、
自分の目の前で、突如胸を押さえながら呻き出した。
低くこもるような、ぞっとする呻き声だった。

やがて男は、
ヨロヨロと力なく電信柱に抱きついて、
顔面が蒼白になった。

少女は慌ててその場から、
逃げるような早歩きで立ち去った。
恐ろしくてそこにとどまっていられなかった。


助かった、死ななくて済んだ、
自分はまだ生きていられるんだ、
少女は遠くに離れてから実感して脱力した。

負けなかった。
あの「地獄の使者」に負けなかった。


しかし、その日から、
少女の心の中では、
待ち伏せていたその男が消えなくなってしまった。

あの、生身の男が、
苦しそうに胸を押さえて悶える姿が、
少女の目に焼きついてしまった。

あの男の、
低くこもった自分を呪うかのような呻き声が、
少女の耳にこびり付いてしまった。


母親が左胸を右手を押さえる姿を見て、
少女は、
道で出会った男を回想せずにはいられなかった。

邪霊でも悪魔でも地獄の使者でもない、
ひとりの人間の、胸を押さえて呻き苦しむ様を、
ありありと絶対的なリアリティーをもって、
まるで永遠にあの瞬間が続くかのように、
自分の中で再現してしまっていた。

ひょっとして、
自分が死ぬまでこれから一生の間、
あの男の苦しむ姿が延々と再現されるのだろうか・・・

少女は無意識に青ざめた。


八甲田山(5)

2007-02-03 22:49:49 | Weblog

私は映画「八甲田山」のDVDを観ながら、
いろいろと考えていた。

210人中199人が死亡した青森連隊や、
少人数編成で踏破に成功した弘前連隊に相当する、
それに似たような人たちが、
1995年頃に裏の世界で実際にいたのではないのか?

かの寝たきり中年女性のいう、
仲間のほとんどが死ぬか廃人になってしまったという、
「最後の難関」というのが、
映画における冬の八甲田山のようなものではなかったのか?


そして、
仲間の多くの命を呑み込んだ「最後の難関」は、
最終的には見事にクリアーされたはずなのだ。

なぜなら、
私がいまこの文章を書いている21世紀初めの現在に至るまで、
地球の人類はとりあえずは壊滅的な破局など経験せずに、
なんとか存続しているからだ。


環境問題、人口問題、食糧問題、エネルギー問題・・・
地域間の激しい貧富の差により餓死する子供は毎日いるし、
新種の疫病はいつ世界中に蔓延するかわからないし、
中東各地での紛争は絶える兆しがないし、
宗教間ないし宗派間の対立や抗争は解決するようには見えないし、
そしていま私が暮らしているこの東京は、
いつ大地震で瓦解するかわからない。

問題山積のままではある。

しかし、しかしそれでも敢えていえば、
私たち地球の住人たちは、まだまだ滅ばずに済んでいる。

数多くの、生きる意志を持った人たちの暮らしは、
現在進行形で保たれたまま、
その生活の場となる「舞台」をいまだ取り上げられてはいない。

この世でもっと生きたいと強く願う人たちには、
そのチャンスは今後も残されている。


「最後の難関」をクリアーした人たちとは、
一体どんな人たちだったのだろう?

中年女性の印象的なセリフ、
「200人以上で8年がかりで破局を食い止めた」
もしこの言葉が本当だったとするなら、
食い止めた人たちは、
どんな気持ちで、どんな顔をしながら、
そのようなことを成し遂げたのだろうか?


私は最近、
子供の頃にワクワク胸をときめかせたある予言を、
しきりに思い出してしまうのだ。

大予言者といわれるかのノストラダムスの、
訳のわからない例の終末予言である。

1999年7の月・・・

実際にこの年のこの月には何も起こらなかったし、
どうせ何もないだろうと私は普通に生活していたのだが、
すべてが当たり前のように何の変化もなく、
1999年は平然と過ぎていった。

だが、
こういうことは考えられないだろうか。
何も起こらなかったのではなく、
何も起こらずに済むように陰で尽力した人たちがいて、
多くの人たちが何もなかったようにその後も生活できているのは、
その尽力した人たちの御陰なのかもしれない。

寝たきり中年女性やその仲間たちが、
1980年代終わりから1990年代半ばまで成し遂げた仕事とは、
ひょっとしたら、
ノストラダムスによって予言されていた、
1999年に起こるはずだった人類全体の破局を、
その前の段階で阻止するということだったのかもしれない。


「最後の難関」について、
私はもうインスピレーションを得ていた。

他人を納得させられる根拠は何もないのだが、
なんと、
たった一人の女子高生だったのではないだろうか。

驚くべきポテンシャルを秘めた最終兵器のような女子高生。
もしも完全に能力を開花させていたなら、
独力でこの世を破壊することすらできたかもしれない、
そんな女子高生。


踏破困難な八甲田山の如き「最後の難関」を克服した、
人類を破局から救った人物についても、
私の脳内ではやはりインスピレーションが浮かんでいた。

これも物的証拠などまったくないのだが、
悔しいことに、
小太りで背も高くなく二枚目でもなんでもない、
女好きでお金好きで酒好きで遊び好きの、
たった一人の中年男だったのではないだろうか。

しかし、その人物の御陰で、
日本の中年男を代表するかのようなその中年男の御陰で、
1999年に起こるはずだった人類の破局は、
見事に回避されたのではないか。そんな気がする。