少女は母親と二人で、
リビングのソファに座りながらオヤツを食べていた。
なにげなくテレビを見ている。
テレビは何かのドラマをやっているようだった。
白衣を着た長身の男と小学生らしい男の子が、
テレビの画面には映っていた。
病院の庭らしいところで、
その白衣の男と男の子はベンチに座りながら、
並んでアイスキャンディを食べていた。
男はきっと医者なのだろう。
小学生低学年くらいの子供はどういう関係なのだろうか。
少女はなぜか魂を抜かれたかのように、
じっとテレビを眺めていた。
白衣の男と男の子の会話が自然に耳に入ってくる。
「学校は楽しいかい?」
「うん、楽しいよ」
「友だちはたくさんいるんだよね?」
「うん、たくさんいるよ」
「そうか」
「あのさ、ボクのお父さんのこと教えてよ」
「ああ、そうだね」
「ボクのお父さんはいつ目が覚めるの?」
「それがね・・・まだわからないんだ」
「早く目を覚まさせてよ!」
「・・・・・・」
二人はアイスキャンディを食べながら、
男の子の父親のことを話しているようだった。
「テレビとかよく見るかい?」
「うん、見るよ」
「そうか」
「この前ビックリしたんだ」
「なんで?」
「ニュースで飛行機が落ちたっていってた」
「飛行機が落ちたのか」
「あのさ、ちょっと聞いてもいい?」
「ああ、いいよ」
「お空は落ちてこないの?」
「え?」
「飛行機は時々落ちちゃうでしょ」
「うん」
「お空だっていつか落ちるかもしれないよ」
「んー」
「お空が落ちたら大変だよ」
「そうだね、大変だな」
「みんな死んじゃうかもしれないよ」
「そうだね」
「お空が飛行機みたいに落ちたらどうする?」
「いや、お空はきっと落ちないよ」
「どうして? 絶対に? ボクと約束できる?」
「よし、約束しよう」
「ホントに?」
「そのかわり君も約束してくれないかな」
「何を?」
「お父さんがこのまま目が覚めなかったとしても・・・」
「・・・・・・」
「絶対に泣かないこと」
「・・・・・・」
「お空が絶対に落ちてこないって約束してあげるから・・・」
「・・・・・・」
「君も泣かないで頑張るって約束してくれよ」
「・・・・・・」
少年は少し迷っていた。
しかし顔を上げて答えた。
「うん、わかった」
「お!」
「お父さんが目を覚まさなくても泣かない」
「よし!」
「ボク、がんばるよ」
「えらいぞ!」
「でも約束だよ、お空を落とさないでね」
「もちろんだ」
「お空が落ちそうになったら落ちないようにしてね」
「わかった」
「ボクもがんばるから」
少年はさらに自分の悩みを打ち明けた。
「まだあるんだ、あのさ」
「ん?」
「船ってたまに沈むでしょ?」
「ああ」
「地面は沈まないの?」
「今度は地面か!」
「ちゃんと答えてよ!」
「んー」
「だってさ地面が沈んだらみんな死んじゃうよ」
「そうだね」
「大変だよ! 地面が沈んだらどうするの?」
「あのね、沈まないよ」
「ホント? 絶対に? 約束してくれる?」
「ああ、いいよ」
「約束だよ、地面は沈まないんだね?」
「そのかわり君も約束してくれないかな?」
「何を?」
「もしずっとお父さんが目が覚めなくて・・・」
「・・・・・・」
「そのことで学校でイジメられても泣かないこと」
「・・・・・・」
「誰に何をいわれても泣かないで頑張ること」
「・・・・・・」
「約束してくれるよね」
「・・・・・・」
少年は困ったような顔をみせた。
「お父さんってこのまま目が覚めないの?」
「・・・・・・」
「はっきりいってよ!」
「まだわからないんだけど・・・」
「・・・・・・」
「このまま目が覚めないかもしれない」
「・・・・・・」
この時、少女と一緒にテレビを見ていた母親が、
キャハハハと声を出して笑った。
「思いっきりテレビって面白いよね~」
母親は少女に同意を求めるかのようにいった。
少女は息が止まるような思いがした。
「みのもんた最高♪」
母の明るい表情は、
テレビの会話とは明らかにそぐわない。
思いっきりテレビ・・・?
みのもんた・・・?
え・・・?
ドラマじゃないの・・・?
ひょっとして・・・
同じテレビ見ながら違うものを見てるの・・・?
私がいま見てるものって・・・
一体なんなの・・・?
少女はやがて理解した。
白紙のはずのノートに書いてあった日記と、
これも同じことなのだと。
あのノートの日記もきっと母には見えないのだと。
自分がいま見ているテレビの映像と会話は、
自分だけにしか見ることのできないものなのだと。
白衣の男と男の子の会話はまだ続いていた。
「お父さんは多分このまま目が覚めない」
「・・・・・・」
「約束だよ」
「・・・・・・」
「お父さんの目が覚めなくても・・・」
「・・・・・・」
「絶対に泣いちゃダメだ」
「・・・・・・」
「もし誰かにイジメられても・・・」
「・・・・・・」
「絶対に負けちゃダメだ」
二人ともアイスキャンディは、
全部食べ終えていた。
「うん、わかったよ」
「・・・・・・」
「ボク、がんばるよ」
「・・・・・・」
「でもその代わり、約束だからね」
「・・・・・・」
「お空が落ちないように・・・」
「・・・・・・」
「地面が沈まないように・・・」
「・・・・・・」
「これから頑張ってね」
「もちろん」
「ずっとだよ、ずっと頑張るんだよ」
「ああ、君もずっと頑張るんだぞ」
「うん、頑張るよ」
「約束だ」
「うん、約束だからね」
「二人の約束だ」
「あのさ、もし・・・」
「ん?」
「誰か悪いヤツがいて・・・」
「・・・・・・」
「お空を落とそうとしたり・・・」
「・・・・・・」
「地面を沈めようとしたら・・・」
「・・・・・・」
「どうするの?」
「そんなヤツ、やっつけてやるさ」
「ホントに?」
「本当だ、そんな悪いヤツみんなやっつけてやる」
「絶対だね?」
「ああ、そうだ」
「負けないでよ」
「負けないさ、どんな強いヤツが相手でも負けない」
「約束だよ!」
「ああ、約束だ」
もう、いやああああああああああああああああああ!!!
少女は突然叫んだ。
そして全力で走り出した。
リビングを出て玄関を出て家の外に。
もう、いやああああああああああああああああああ!!!
少女は外を走りながら、
何度も何度も叫んでいた。
もう、いやああああああああああああああああああ!!!
もう、いやああああああああああああああああああ!!!
もう、いやああああああああああああああああああ!!!
もう、いやああああああああああああああああああ!!!
少女はどこまでも走っていった。
母親がそのあとを追いかけているが追いつかない。
もう、いやああああああああああああああああああ!!!
もう、いやああああああああああああああああああ!!!
もう、いやああああああああああああああああああ!!!
もう、いやああああああああああああああああああ!!!
もう、いやああああああああああああああああああ!!!
もう、いやああああああああああああああああああ!!!
もう、いやああああああああああああああああああ!!!
もう、いやああああああああああああああああああ!!!
もう、いやああああああああああああああああああ!!!
もう、いやああああああああああああああああああ!!!
もう、いやああああああああああああああああああ!!!
もう、いやああああああああああああああああああ!!!
もう、いやああああああああああああああああああ!!!
もう、いやああああああああああああああああああ!!!
もう、いやああああああああああああああああああ!!!
もう、いやああああああああああああああああああ!!!
もう、いやああああああああああああああああああ!!!
もう、いやああああああああああああああああああ!!!
もう、いやああああああああああああああああああ!!!
もう、いやああああああああああああああああああ!!!
もう、いやああああああああああああああああああ!!!
もう、いやああああああああああああああああああ!!!
もう、いやああああああああああああああああああ!!!
もう、いやああああああああああああああああああ!!!
もう、いやああああああああああああああああああ!!!
もう、いやああああああああああああああああああ!!!