1999

~外れた予言~

八甲田山(4)

2007-01-28 03:32:24 | Weblog

(たまに別の場所で会合するって気は・・・)

監督に呼び出された忍者が切り出した。

(監督には全然ないのかな?)

監督の答えを知りながら忍者はからかい半分で聞いた。
監督は黙っていた。

(いや、いいよ、無理に答えなくて)

忍者は笑った。


監督と忍者と中将の三人が並んで座っていた。
場所がどこであるかはいうまでもない。

(命じられればベストを尽くす・・・)

中将が監督に話しかけた。

(ただそれだけだ、心の準備はできてる)

中将は落ち着いた口調でいった。


忍者は、
自分の服のボタンがひとつ取れ掛かってるのに気付き、
そのボタンを指でいじり始めた。

花形ダンサーがワイヤーで吊り上げられて、
しっかりとポーズを取りながら、
一階のステージから二階席の高さまで宙を舞ってきた。

忍者は取れ掛かったボタンをちぎって外し、
宙を舞って上がってきたそのダンサーを目掛けて、
ボタンを投げた。

一瞬、ダンサーは空中で姿勢を微妙に変え、
忍者が投げたボタンは外れた。

外れたボタンは遠くに飛んでいき、消えた。
物質世界のボタンではないので、
どうせ当たったとしてもダンサーはわからないはずだ。
敏感な者であれば何となくチクッとするかもしれないが。


(あ、あの子、よけたぞ!)

忍者は半分おどけるようにして悔しがった。

(違う、お前が下手で外しただけだ)

中将は忍者をバカにしながら笑った。

(き、貴様・・・)

監督は忍者を睨んだ。

(あ、ゴメン、あの子は・・・)

忍者は大事なことに気付き監督に詫びた。

(監督のお気に入りの子だったね)


この晩の本題は少女に関することのはずだった。
だが忍者のイタズラのせいで監督の機嫌が悪くなり、
しばらく沈黙が続いた。

忍者はいい年をした中年のくせに、
どこか子供じみたイタズラをするのが好きだ。
小細工を考えるのが職人的にうまいのは、
そういうイタズラ好きな面があるせいなのかもしれない。


(一晩じっくり考えてみたんだが・・・)

ようやく機嫌の直った監督が二人に語り出した。

(あの少女はどう考えても危険すぎる)

忍者と中将は黙って聞いていた。

(肉を滅ぼして現世的な意味で殺す必要がある)

監督の決意は固いようだった。

(生かしてはおけない)

淡々とした監督の話しぶりは逆に意志の強さをにじませた。

(魂のレベルで封じるだけでは心配だ)

あくまで力で押して肉体的な死を与えるということだ。

(この先の数十年間、少女が復活しない保証などない)

監督には、
自分が勢力を保っている間に決着を付けたいという気持ちが、
ありありと見受けられた。


(中将、200人を率いて力押しで少女を殺せ)

監督は中将にゴーサインを出した。

(忍者、中将たちが正面から攻める裏で・・・)

監督は忍者にも指示を出した。

(お前はお前のやり方で少女を抑えろ)

監督は、中将と忍者の両者に、
同時に別々の方法で少女を攻めるように命じた。

中将率いる200人が表からの正面攻撃。
忍者は裏から忍び寄る別働隊。


(中将、たとえ半数の100人が・・・)

監督は声を強めた。

(少女に返り討ちで殺されたとしても構わない)

監督は犠牲者をすでに覚悟していた。

(それでもいいから少女を殺せ)


忍者は少しつまらなさそうな顔をした。
中将たちが成功すれば自分の仕事はなくなってしまう。
そんな忍者に、
監督はまるでクギを刺すかのような面持ちで睨み付けた。
悔し紛れにボタンをダンサーに投げるなよといわんばかりに・・・


(200人のうちの約三分の一は・・・)

中将が監督に確認を入れた。

(いま終末組の掃討戦に従事してるところだが・・・)

終末組はあと一息で完全に制圧できる見込みがあった。

(彼らを掃討戦から引き抜いたその穴はどうする?)

しっかり者の中将は確かめるべきことを確かめた。

(それはだな・・・)

監督は、忍者の手先指先を見張りながら中将に答えた。

(草薙と鉄人を対終末組に専念させる)

監督の答えを聞いて中将は安心したような表情をみせた。

(あの二人ならほかの者の数十人分の働きはできる)

監督もあらゆる成功を確信しながら言葉を発していた。


次の刺客が決まった。
中将率いる200人、そして忍者。


八甲田山(3)

2007-01-27 20:20:02 | Weblog

日本映画「八甲田山」。
1977年に公開。
監督は森谷司郎、主演は高倉健、北大路欣也。

1902年の1月、吹雪と極寒の八甲田山で、
日本陸軍による雪中行軍の演習中に、
青森連隊所属部隊が遭難し210人中199人が死亡した。

当時日本は北の大国ロシアとの戦争が予想され、
そのために本州で最も冬の寒さが厳しい青森県の八甲田山で、
陸軍による冬季雪中行軍が行われたのだった。

日本の冬山遭難事件としては最大最悪の遭難事件だ。

この八甲田山雪中行軍遭難事件という史実に基づいて書かれた、
新田次郎の「八甲田山死の彷徨」という小説を、
実際に真冬の八甲田山でロケを敢行し映画化したのが、
「八甲田山」という映画なのである。


八甲田山を氷点下数十度の寒さの中を歩いて踏破しようと、
二つの部隊が別々の所から別々のルートで出発した。

弘前連隊所属の部隊と、青森連隊所属の部隊。
人数の規模も行軍のやり方も違うこの二つの部隊が、
それぞれ独自に八甲田山に挑んだ。

弘前連隊所属の部隊は、27人という少人数編成で、
地元民を先頭に誘導させながら、遭難者も死亡者も出さず、
吹雪の八甲田山を無事に踏破成功する。

それに対して青森連隊所属の部隊は、
210人という大人数で地元民の誘導も利用せず、
指揮系統の乱れや寒冷地対策の不十分さなどもあり、
なんと初日から遭難してしまう。

結局、救援隊に救助されて生還できたのは11人で、
その内で五体満足に助かったのは、わずか3人の将校のみ。
残りの生存者はみな凍傷のため四肢を切断され、
かろうじて凍死を免れたにすぎない。

11人以外の199人は、
ほぼ全員が遭難中の凍死でごく一部は救出後死亡である。


私はこの「八甲田山」の映画を、
DVDを借りてきて自宅で観たのだった。

210人という人数が妙に私の頭の中で引っかかった。
まるでどこかで聞いたような話ではないか。


八甲田山(2)

2007-01-20 17:09:02 | Weblog

例によって例のショーパブで、
タダ見の集団が二階席に陣取っていた。

男二人と女一人の三人。
草薙と魔女と、あともうひとりの男。


(監督が久々に怒り狂ってるな)

草薙が笑いながらいった。

(ねぇねぇ、あのエロオヤジってさ・・・)

魔女がワクワクしながら話す。

(天使のことお気に入りだったんじゃないの~?)

魔女はキャッキャと騒ぎ出した。

(天使まで殺されて激怒してるんでしょう?)

天使は念仏と共に二人揃って少女に倒されていた。

(しかし、雷オヤジがいくら怒っても・・・)

草薙は監督のことを雷オヤジと表現した。

(ひとかどの相手には雷なんて当たらんけどね)


この夜、東京の空を雷雲が覆っていた。
稲妻が雷鳴とともに連発して地上に落ちていた。
それも東京のどこかの一帯に、ほぼ集中していた。

(当たらないはずよ、頭の中がエロで一杯だから)

魔女は久々に怒った監督が楽しいらしい。

(コケ脅しにはなるかも知れないがな)

草薙は監督にはどこか冷淡だ。


(おい中将、なんで黙ってるんだよ)

草薙がもうひとりの男に話を振った。
その男のことを、草薙は中将と呼んだ。

(ん? ああ・・・)

中将と呼ばれた男は生返事をした。

(いいたいことはわかってるよ)

草薙は少々ムッとしている中将に話した。

(仲間が次々に殺されているのになんで・・・)

草薙は微笑みながら続ける。

(お前たちは笑っていられるんだって・・・)

実際、草薙と魔女には深刻な表情はまったくない。

(中将はそういいたいんだろう?)


中将に中将とアダ名を付けたのは、
草薙と鉄人の二人だった。
中将の本名の下の名前は忠道というのだが、
それを知った草薙と鉄人の二人が狂喜して中将と呼び始めた。

太平洋戦争の硫黄島守備隊を率いた、
あの栗林忠道中将にちなんでのことである。
草薙と鉄人は超のつくほどのミリオタだった。
三度の飯より軍事ネタが大好きなほどのミリタリーオタクである。


(しかし、あの少女を抑えるのに・・・)

草薙の顔が少し真剣になった。

(監督は次に誰を差し向けるかな?)

草薙は中将の顔を見た。

(忍者か中将のどちらかだろうね)

草薙の眼が輝きだした。

(小細工で柔らかく封じるなら忍者の人格精神操作・・・)

草薙の話を珍しく魔女も黙って聞いている。

(あくまで力押しでいくならマスハッカーの中将・・・)


マスハッカー・・・

目標とする人間の心に干渉して思うような行動を起こさせる、
ハッキングとはそういうものであるのだが、
ごく少数ながら、
一度に多くの人間をハッキングできる異能者も存在する。
同時に多数の相手の行動を操ることをマルチハッキングといい、
それができる異能者のことをマルチハッカーという。

数人程度のマルチハッキングができるものは割といる。
十人以上を一度に操れるハッカーは少ない。
数十人をマルチハッキングするとなるとかなり難しい。
ましてや数百人を同時に動かせる者となると、
このレベルのハッカーはかなり限られる。というかほとんどいない。

数百人以上のレベルのマルチハッキングができる、
世界でもごく稀少なマルチハッカーのことを、
マスハッカーと呼ぶ。


中将は、
まさにそのマスハッカーだった。
彼はなんと監督配下の200人を同時に操ることができた。

監督の指示を受けて働く仲間たちの中で、
監督が生身の人間だと知っているのはごく少数にすぎない。
ほとんどは、監督のことを、
神、天、創造主、大いなる意志、などと解釈している。

監督は意図的にそのように振る舞ってきたし、
事実その方が指示を出して動かしやすいのである。

そして「神のお告げ」や「天命」を授けて仲間を動かす。
具体的にどのように動かすか、その細かい部分については、
ハッキングを手段として用いる。
一度に多くを動かす場合、それはマルチハッキングとなる。


これまで終末組との異能戦争において、
200人規模で一斉に仲間を動員する場面が何回かあった。
その際に監督は、
実際の指揮は中将に任せていた。

中将はマスハッキングが得意なだけではなく、
戦術眼にとても優れていた。
状況によって手駒をどのように動かすか、
どのように連携させるか、どのようなプロセスで勝利するか、
中将にはそれがイメージできた。


監督が、少女の封印に中将を起用するということは、
それはつまり、
監督配下の200人を一斉に少女封じに投入することを意味する。

中将が200人を率いた場面というのは、
いつも多対多のときだった。
たった一人の相手に対して200人規模で攻撃したことはない。

だが、死神や念仏が倒されたいま、
それだけの数押しが少女に対しては必要だと、
今回監督は判断するかもしれない。


(さあ・・・)

草薙は改めて言葉を発した。

(次の刺客は忍者か中将か・・・)

中将はすでに意を決したような面持ちで微動だにしない。

(監督はどちらを選ぶかな?)


八甲田山(1)

2007-01-18 22:43:29 | Weblog

さて、
久々にこの物語の話し手としての「私」の登場である。

私は、脳出血後遺症の中年女性に会ってから、
これまで数々のインスピレーションが浮かんできて、
それらを少しずつ頭の中で整理していく作業をしていた。


そんなある日のことである。

私は急に、
不思議とも思えるような強迫観念にかられた。

映画を観ないといけない・・・

映画のタイトルは真っ先に頭に浮かんでいた。
かつて日本で制作された映画だ。
どんな内容の映画であるかも理解している。

あの映画をどうしてもみるべきだ・・・

この奇妙な義務感に近い感覚は、
まるで壊れたレコードのようにそのタイトルを、
私の脳内で延々と繰り返し浮かび上がらせる。

私はまだ、
そのタイトルの日本映画をしっかりと観たことはなかった。
だから今回初めて観ることになる。

私はレンタル屋にいって、
その日本映画のDVDを借りた。
いてもたってもいられずに借りに行った。


おそらく、
その映画には何か大きなヒントがあるはずなのだ。
私がいま脳内で解凍している途中の膨大な情報ソースの、
おそらくはキーポイントといえる部分について、
より鮮明にイメージできるようになるための、
そんなヒントがその映画の中に、きっとあるのだろう。

映画のタイトルは「八甲田山」という。


念仏と天使(14)

2007-01-07 22:12:29 | Weblog

道を歩いて近づいてきた女子高生がいた。
念仏はその女子高生を見つめた。

(その子よ!)

天使の声が念仏に教えた。
念仏はブツブツと念仏を唱えるのをやめた。

少女は念仏から4~5メートルくらい離れた所で、
ピタリと立ち止まった。
そして少女も念仏を見つめた。

少女と念仏の二人は、
立ち止まったままで目を合わせていた。

念仏は瞬時にわかった。

この子は・・・待ち伏せを知りながらここに来たのか・・・
俺がいるのを知ってて・・・わざわざ来たのか・・・

そうだった。
少女は待ち伏せをされているのを知りながら、
あえて念仏の目の前に現れたのだった。


(気をつけて! その子の目は・・・)

天使の声が途中で途絶えた。
念仏は気になって心の声で聞き返した。

目は? 目は何なんだ?
おい、どうした? なぜ急に黙るんだ?
何があった? 大丈夫か?

念仏の問いかけに天使の声からの返事は何もなかった。

こいつ・・・

念仏の中に少女への強烈な憎悪が噴出した。

許さない・・・


念仏はワッカを出そうとした。
ワッカは出なかった。

念仏はワッカを再び出そうとした。
ワッカはまたも出なかった。

念仏はワッカをあきらめずに出そうとした。
ワッカはまったく出なかった。

念仏はワッカをどうしても出さなければならなかった。
それでもワッカは出なかった。

今ここで、念仏はワッカで少女を殺さなくてはいけない。
天使の声の仇を討つために。

ワッカは出せなかった。


急に念仏は、胸全体が重苦しくなった。
いままで一度も経験したことのないような重苦しさだった。
表現できないような胸の苦しさだ。

念仏の息が荒くなった。
あえぐような呼吸になっている。
念仏の全身から冷や汗がドッと滝のように吹き出した。
顔が真っ青になっている。

唇が震えている。両手も震えている。
目がかすんできた。頭がフラフラする。

念仏はヨロヨロとすぐ近くの電信柱に抱きついた。
なんとか倒れないようにするために。


少女は無表情のままで念仏から目をそらし、
再び進行方向へ向かって歩き出した。
念仏のすぐ横を通って。

少女は無表情のままどんどんと歩いていく。
電信柱に抱きついている念仏から、どんどんと遠ざかっていく。


念仏は、
電信柱に抱きつきながら、薄らぎつつある意識の中で、
昔のことをふと思い出した。

最初に友だちを殺した時のことだ。
友だちが念仏の一番大事にしていたオモチャを壊した場面・・・
そしてそのことに対して激怒したかつての自分・・・

たったあれだけのことで・・・
どうして俺、あんなことしたんだろう・・・
殺すことなんてなかったのにな・・・
オモチャを壊されただけだったのに・・・

ごめんな・・・いまから俺もそっちにいくから・・・


念仏は電信柱に抱きつきながら、
立っていられなくなってガクッと膝をついた。
目の前がだんだんと暗くなってきた。

念仏は、天使の声のことを想った。

この数年間、ずっと会いたかった・・・
すごく会いたかった・・・どうしても会いたかった・・・
視えない、触れない、それでも会いたかった・・・
これから向こうにいけばやっと会えるかもしれない・・・

会いたい・・・


念仏は力尽きた。
電信柱から両手を離し、崩れるように地面に倒れた。

少女はすでに周辺からは姿を消していた。
周囲には通行人も車もない。
ただ念仏がぐったりと道に横たわっているだけだった。


念仏と天使(13)

2007-01-03 17:12:06 | Weblog

草薙と鉄人は、
霊体の姿で念仏の周辺にいた。

天使は、
ハンバーガー屋から念仏を外に誘導し、
念仏を目指す待ち伏せ地点に向けて歩かせている。

道を歩く念仏のすぐそばには、
霊体の天使が寄り添うように一緒に歩いている。
自分の足で。

生身の肉体では、車イス生活のまま、
自分の足では歩くことのできない天使が、
霊体の姿では自由に歩いている。

楽しそうに。念仏と二人で。


(さて、今日もサポートするか)

草薙が鉄人に話した。

(俺、このサポートつまらないから好きじゃない)

鉄人が返した。

(仕方ないだろ、念仏がワッカを出して・・・)

草薙もつまらないから好きではない様子だ。

(相手を消すところを誰かに見られたらマズい)


念仏が仕事をするときは、
いつも草薙、忍者、鉄人の三人は、
周囲をサポートする役割を果たしていた。

念仏がワッカを動かして敵の体をくぐらせる時、
敵の体は瞬時に消えてしまうのだが、
その瞬間を通行人などに見られると騒がれてしまうので、
念仏がワッカを出して仕事をする際には、
その周囲にほかの人間を近づけないようにする必要がある。

その役目を、
草薙、忍者、鉄人の三人がいつもしていた。

ちなみに念仏が出すワッカは、
普通は肉眼で視ることはできない。
扱う念仏自身と霊体の者たちをのぞけば。


忍者は少女を覗いて監視していた。
草薙と鉄人は霊体として念仏の近くにいた。
監督は霊体さえ飛ばさず遠くからその全体の様子を覗いていた。

年に数回の、
念仏を使って仕事をさせる時はいつも、
天使、百目、草薙、忍者、鉄人と何人もの人員を、
監督はサポート役として動員しているのだった。

念仏は、天使のことしか知らない。
監督、草薙、忍者、鉄人、百目などは存在自体知らない。
それに天使の声しか聞くこともできない。
ほかの誰か、監督や草薙や忍者たちの声は聞こえない。
念仏にとっては天使だけがすべてだ。


忍者から草薙に連絡があった。
少女はいつも通りの時刻に高校を出て、
いつも通りの道を通って、
念仏のいる方向に歩き出したところだと。

忍者は少女に捕捉されないように、
霊体の姿では近づかずに、ただ遠くから少女を覗いていた。
そしてその様子を草薙に連絡する。

草薙は鉄人に、
もうすぐだ、と告げた。
草薙と鉄人は二手に分かれた。

念仏は歩くのをやめ、ある地点で立ち止まっている。
そのすぐそばで天使も並んで立っている。
念仏はブツブツと念仏をずっと唱えている。

草薙と鉄人は、
それぞれ念仏をはさむような位置取りで、
数十メートル離れた地面に離れて立っていた。

ある瞬間、
二人は別々の場所にいながらまるで申し合わせたかのように、
ほぼ同時にフッと地面から霊体の姿を浮かせた。
さらに次の瞬間、
なんと二人とも地面から百メートルほど離れた空中に浮かんだ。
ほとんど瞬間的な移動だった。

その百メートルほど地面から上方の空中に浮かびながら、
草薙と鉄人は、
念仏の周囲を見下ろした。

草薙と鉄人には、
同時にいろいろなものが視えていた。
上空から地上を見下ろした俯瞰したヴィジョン、
念仏と天使が並んで立っているヴィジョン、
念仏の周囲の道路のいくつかと、
そこを歩く人たちや自転車に乗る人たちや走る車のヴィジョン、
それらが同時に二人には視えていた。


(よし、始めるぞ)

草薙は鉄人に合図を出した。
鉄人は返事はしなかった。それが鉄人の返事だった。


道を歩く中年男性がいた。
彼は急に忘れ物があることを思い出した。
どうしても今それを取りに戻らないといけないと思った。
その中年男性は180度歩く方向を変え、
歩いて来た道を戻り始めた。

道を歩く買い物帰りの主婦がいた。
彼女は夕食をこれから作るためのものを、
一品だけ買い忘れたことに突如気付いた。
それがないと子供の大好物を作れない。
その主婦は、その買い忘れた一品を買うために、
180度進行方向を変えてスーパーに戻り始めた。

自転車に乗る少年がいた。
彼はこれからゲームセンターにいくつもりだった。
しかし、ふと大好きなドーナツを食べたくなった。
どうしても今食べたい。
その少年は道角を曲がって方向を変えて、
ドーナツ屋に向かい始めた。


上空から見ると、
念仏の周囲では奇妙な現象が起こっていた。
歩行者も自転車も乗用車も大型車もすべて、
あたかも念仏が立っている地点を避けるかのように、
進行方向を変えていた。

念仏が少女を待ち受ける場所は、
念仏しかいなかった。
念仏がポツンと立っていた。
普通なら視ることのできない天使とともに・・・


(もうすぐだ、あと数分で少女が念仏のところに着く)

忍者が草薙に連絡を入れた。

(二人ともハッキングは上手くやってんだろうな?)

忍者が草薙を煽った。

(俺が上手くやらないわけないだろうが!)

草薙は忍者に答えた。

監督、草薙、忍者、鉄人の四人は、
優れたハッカーでもあった。
生身の人間の心に干渉していろいろな行動をさせるという、
心へのハッキングが得意だった。


(もうすぐ来るわよ!)

天使が念仏に少女の到着が近いことを教えた。
忍者からの連絡は天使にも届いていた。

(しっかりやってね!)

天使は念仏のそばから離れなかった。
天使は念仏の力を信頼していた。だから離れる必要はない。

あとそれから、
天使が念仏のそばから離れようとしない大きな理由としては、
天使は・・・念仏のことを・・・


(天使! もういい! そこから離れて身を隠せ!)

監督が天使に怒鳴るように急に指示を出した。

監督は遠方にいながら、
歩いて近づく少女を覗き、
草薙と鉄人のハッキングの仕事ぶりを覗き、
そして、
待ち伏せる念仏と天使を覗いていた。

天使がまったく念仏から離れようとしないのを見て、
監督は慌てて天使に連絡をいれたのだった。


(来た! 少女だ!)

忍者がその場にいた全員に少女の到着を伝えた。

天使は監督の指示を無視した。
彼女は念仏のすぐそばから離れようとはしなかった。


念仏と天使(12)

2007-01-03 02:13:43 | Weblog

電車の中で念仏がいつものように、
座りながらブツブツと念仏と唱えているのを、
となりに座りながら天使は横目でみていた。

ナムアミダブ・・・ナムアミダブ・・・

霊体を視ることのできない念仏は、
自分のすぐとなりに天使が座っているのを知らない。
ただ、どこそこの駅で降りろとか、
次の角を右に曲がれとか、
そういう天使の指示は脳内で聞こえていて、
その通りに念仏は動く。


天使は仲間のひとりである百目から、
少女の自宅や学校の正確な場所を聞いていた。

霊視ができる者や生霊を自在に扱える者でも、
正確な住所をズバリ当てられる者はほとんどいない。
遠隔戦では、
相手の正確な居場所がわからなくても、
相手を意識するだけでそこに行けるので、
戦う相手の住所を知る必要はまったくない。

しかし、念仏が近接戦をする場合、
相手の生身の肉体のところまで、
天使は、念仏の生身の肉体を誘導しないといけない。
そのためには詳しい住所まで知る必要がある。

百目は霊視した相手の住所まで詳細に知る能力を持つ、
とても貴重なタイプの霊視者だった。
天使は念仏を敵の居場所まで誘導するのに、
いつも百目から情報を聞いていた。


今回、天使は、
少女が高校から帰る途中を待ち伏せすることにしていた。
少女の高校の近くには高い建物がたくさんある。
転落死に見せかけるのはさほど難しくない。

電車から降りた念仏を駅の外の道を歩かせて、
天使は誘導していった。
歩きながらでも念仏はブツブツと念仏を唱えている。

ナムアミダブ・・・ナムアミダブ・・・

いつもブツブツしてまったくこの男は!
と毎度のこと天使は感じていた。
それを念仏に文句をいうと怒られるので、
天使は黙ってブツブツいわせることにしている。


二人は少女が高校から出てくるはずの時刻よりも、
早めにやってきた。
一時間ほどどこかで時間を潰す必要がある。

天使は、念仏をハンバーガー店に誘導した。
その店に入れと。
その意味を念仏も理解していた。いつものことだから。

またハンバーガー屋か! この女は!
などとは念仏は天使に向かっては決していわない。
天使が怒るからだ。
しかし、念仏が考えていることは天使には筒抜けだった。

倒すべき敵を待ち伏せるまでの間、
二人はだいたいいつもハンバーガー屋に寄っていた。
念仏はいつもハンバーガーを二つ買った。
コーラも二人前買った。

自分のハンバーガーとコーラを飲み食いしながら、
同じテーブルの自分の向かいの席に、
天使のためのハンバーガーとコーラを置くのだ。

霊体の天使は、念仏のその想像通りに、
同じテーブルの念仏の向かいの席に座っていた。
端からほかの人が見たら、
きっとそれは奇妙な光景に感じられたことだろう。


念仏は、年数回のみの仕事の時だけではなく、
日常生活のあらゆる場面において、
天使のための飲み物や食べ物を用意した。
念仏には、天使の姿など視えてはいないのに・・・

(仕方ないわね、食べてあげるからね!)

天使の口ぶりはいつもこうだった。
決して素直に感謝はしない。

姿の視えない天使のために並べる飲食物を、
念仏は「お供え」と呼んでいた。

(失礼ね! 私まだ死んでないんだから!)

天使はよく念仏に文句をいった。
念仏は天使に噛みつかれる度に、いつも微笑んだ。


(さあ、そろそろ店を出るわよ)

少女が下校する時間が近づいていた。
少女が高校を出てからいつも歩く道は決まっている。
そのことも天使は百目から聞いていた。
そのいつも通る道の途中で少女を待ち伏せる・・・

ブツブツと念仏を唱える念仏が。


念仏と天使(11)

2007-01-03 02:03:24 | Weblog

監督は、
出発前の天使にいくつか情報を教えた。

少女は、推定される攻撃特性からいうと、
ディメンジョン・アタッカーであると思われること、
そして破眼の持ち主である可能性が高いこと、
これらを、
監督は天使に十分留意するように話した。


ディメンジョン・アタッカーとは、
異次元や異時空を攻撃時に使うタイプの異能者のことだ。

監督の陣営における、
ディメンジョン・アタッカーの第一人者は死神だったが、
すでに少女に敗れている。

破眼に関していえば、
今回の刺客である念仏も破眼者である。
監督の陣営では、最強の破眼の持ち主だ。


(おそらく、少女が勝つか念仏が勝つかは・・・)

監督は自分の予想を話した。

(破眼の力が強い方がこの勝負は勝つだろう)

天使は黙って聞いていた。

(念仏は、ワッカさえ出せれば決して負けないはずだ)

監督は続ける。

(天使、お前は少女の近くまで念仏を誘導したら・・・)

天使はさらに黙って聞いている。

(お前自身が少女に捕捉されないように隠れていろ)

監督は指示の肝の部分をついに話した。

(もし念仏が敗れても、お前だけは生きて戻れ)


監督は、
非情の人なのか温情の人なのかよくわからない。
念仏が敗れた時に天使だけは助けたいということなのか、
それとも純粋に天使を戦力として温存したいのか、
どちらなのかよくわからない。

この指示を受けた天使にも監督の真意は不明だったし、
監督自身も、実は自分の真意が不明だった。

ひょっとしたら、
天使をかつて障害者にしたことを、
監督は無意識に引きずっているのかもしれない。