1999

~外れた予言~

忍者の少女封印(6)

2007-03-08 03:34:34 | Weblog

またもや忍者と猫丸である。
二人の相性は抜群にいい。

忍者は、
監督や草薙や鉄人たちとは微妙な緊張関係にある。
中将との間にもそれはいえる。

これらの監督陣営の主力は、
全員が、本心では自分が一番だと思っている。
ライバル心の強烈さは、火花が散るかのようだ。

猫丸は違う。
第一線から身を引いているだけあって、
忍者の自尊心や競争心を巧みに受け止めることができる。
忍者が猫丸を信頼する理由だ。


二人は一つの部屋で、
同じ空気を共有しつつ息の合ったやり取りをする。
タバコを吸いながら。

(忍ちゃん、そろそろ中将が動き出すんだって?)

(え? 俺、それは知らない)

(知らないの? そうらしいよ)

(猫さん、なんで中将の動きなんて知ってるんだよ)

猫丸の仲間内での情報収集力は、
時として忍者を凌駕する。
ただのウワサ好きという話もある。


(忍ちゃん、中将とはまだギクシャクしてるの?)

(・・・・・・)

(もう何年も経ってるじゃんよ)

(・・・・・・)

忍者と中将は数年前に、
意見の食い違いから一時的に争ったことがある。

中将だけではない。
忍者は、監督や草薙や鉄人たちとも争ったことがある。
今は亡き死神とも。

だいたいは、
そのような内輪揉めの争いの結果で、
同じ陣営内での力の序列が決まっていく。

終末組でも実相は変わらない。
終末組の歴史は、内部抗争の歴史でもある。

一般に、
異能者の世界は力の世界である。
子供ばかりで大人がいない。


(忍ちゃんさ・・・)

(ん? 猫さん、何だい?)

(ちょっといいにくいんだけどさ)

(いや、かまわないよ、猫さん)

(うーん、じゃあいうけどね)

(うん)

(忍ちゃん、はっきりいって本音では・・・)

(・・・・・・)

(俺が世界を救ってやってるんだって思ってない?)

(・・・・・・)

(人類を救ってやってるのは俺だって思ってるでしょ)

(・・・・・・)

猫丸にしては鋭い切り込みだ。
猫丸以外のほかの誰かの言葉だったならば、
忍者は怒っていたかもしれない。


(忍ちゃん、どうよ?)

(・・・・・・)

(・・・・・・)

(そうかも知れないね)

(・・・・・・)

(というよりさ、猫さん)

(・・・・・・)

(そういう自負が俺の心をずっと支えてるんだよ)

(・・・・・・)

(それくらいの気持ちがないとやってられない)

(・・・・・・)

(猫さん、俺だけじゃなくてみんなそうだと思うよ)

(・・・・・・)

(猫さんも現場で体を張ってた頃はそうじゃなかったの?)

忍者は話の矛先を猫丸に向けた。
猫丸は、それを待ち構えていたかのような顔をした。


(忍ちゃん、その通りだよ)

(・・・・・・)

(俺もかつてはそう思ってた)

(・・・・・・)

(俺が陰で世界を支えてるんだって思ってた)

(だろ? 猫さんもそうだろ?)

(でもね、忍ちゃん)

(ん?)

(そういうのは驕った考えだと思うよ、違うかな?)

(・・・・・・)

(俺はいま引退してるからいえるのかもしれないけど・・・)

(・・・・・・)

(救ってやってるというのは、ちょっと違う気がするよ)

(・・・・・・)

(特に最近ね、いろいろ思うんだ、忍ちゃん)

(・・・・・・)


猫丸は、
自分が裏稼業に入る前のことを引き合いに出して、
忍者に話し始めた。

猫丸は若い年代の時期、
左翼系学生運動に没頭していた。情熱的に。
猫丸が学生だった1960年代は、
日本全国で学生運動が激しく展開されていた。
そういう時代だった。

日米安保に反対して大規模なデモが行われたり、
警察の機動隊とデモ学生たちが戦ったり、
いろんな大学の構内で、
若者たちがバリケードを築いて占拠したり、
とにかくそういう時代だった。

猫丸はかつてデモに参加中、
学生たちと警官隊の衝突のドサクサの中で、
頭部を強く打撲し意識不明に陥ったことがあった。
そして、
一時的な昏睡から戻った猫丸はその後、
それまでにはなかった異能が開花していったのだった。

学生運動の終焉後、
猫丸は自らの異能を磨くことに専念し始め、
その後かなり経ってから監督にスカウトされた。


その猫丸が忍者にいう。

(俺は昔、本気で日本は共産主義国になると信じてた)

(・・・・・・)

(忍ちゃんもわかるよね、そういう時代だった)

(・・・・・・)

(俺たちの力で日本を変えてやるって思ってた)

(・・・・・・)

(日本を救ってやるって思ってた)

(・・・・・・)

(でも、日本の政治や社会の体制は変わらなかった)

(・・・・・・)

(あとから振り返ってみてね)

(・・・・・・)

(結局、日本の体制があの頃変わらなかったのは・・・)

(・・・・・・)

(あの時代の日本人の大多数が・・・)

(・・・・・・)

(日本の共産化を望まなかったからじゃないかって・・・)

(・・・・・・)

(俺は思ってるんだよ)

(・・・・・・)

(若い世代の学生たちは変えてやるって信じてたけど・・・)

(・・・・・・)

(日本全体の、広い年代の多くの人たちは・・・)

(・・・・・・)

(変えなくていいって思ってたんだろうなってね)

(・・・・・・)

猫丸が忍者に長々と語るのは珍しい。
忍者が長々と聞き役に回るのも珍しい。


(忍ちゃん、結局さ)

(・・・・・・)

(世の中の動きってのは・・・)

(・・・・・・)

(より多くの人間の総意みたいなもので決まっていく・・・)

(・・・・・・)

(そんな気がするよ)

(・・・・・・)

(なんだか見えない多数決みたいだけどさ)

(・・・・・・)

(その多くの総意が少数意見よりもいいのか悪いのか・・・)

(・・・・・・)

(それはわからないけどね)

(・・・・・・)

(でも、みんなの本音で世の中が決まるってのは・・・)

(・・・・・・)

(うまくいかなかったとしても納得できることかもよ)

(・・・・・・)

二人は沈黙の中で会話を続けた。
タバコの煙が二人の体を包んでいた。


(忍ちゃん、俺たちがさ)

(・・・・・・)

(今まで何年もかけてやってきた仕事ってのは・・・)

(・・・・・・)

(世界中の多くの人たちが破局を望まなかったから・・・)

(・・・・・・)

(その大勢の人たちの無意識の力が集まって・・・)

(・・・・・・)

(俺たちを動かしたんじゃないかって思うんだ)

(・・・・・・)

(だから、俺たちが仕事をしながらね・・・)

(・・・・・・)

(世界を救ってやってるとか思っちゃうのは・・・)

(・・・・・・)

(なんか、おこがましいことだと感じるよ)

(・・・・・・)


忍者の心情は複雑だった。

世界中の人間は全員、
自分に100円ずつ金を払ってもいいはずだと、
忍者はブツブツと愚痴りたくなることもあった。
10円でも1円でもかまわないからと。

街で態度の悪い者を見ると、
貴様は誰のおかげでのうのうと生きていられるんだ、
などと怒鳴りたい気持ちになったりもした。

自分の裏の仕事を表の世間で口にしたならば、
必ず精神病者として扱われるのがわかっているので、
普段は誰にも何も話せないし、
どんなに困難なことを成し遂げても、
誰にも感謝もされなければ認めてもらうこともない。

だからこそ、
自負やプライドで自分の心を固めていないと、
続けていけないような側面があった。
俺がみんなを救ってやってるんだと・・・

でも猫丸は、
それは尊大な考えだという。
確かにおこがましいことかもしれない。

忍者は、
頭ではわかっても心では割り切れない自分を自覚した。


(忍ちゃん、終末組の連中を今までたくさん見ただろ?)

(うん)

(我こそは救世主って奴が山ほどいただろう?)

(うん)

(我こそは地球の覇者って奴がいただろう?)

(うん)

(人類を導いて救ってやるって奴が多かっただろう?)

(うん)

(忍ちゃん、連中を見てどう思った?)

(そりゃあ・・・)

(・・・・・・)

(ああいう風にはなりたくないと思ったさ、猫さん)

(だわな)

忍者は、猫丸がいわんとすることが理解できた。
十分に理解できた。


(忍ちゃん、ここだけの話だけどね)

(うん)

(監督や草薙が、神みたいに振る舞うのは・・・)

(・・・・・・)

(俺は嫌いだな)

(・・・・・・)

忍者はドキッとした。
監督や草薙と似たような部分が自分にもあったからだ。


(監督や草薙だけじゃないよ)

(・・・・・・)

(俺たちの仲間のほとんどに・・・)

(・・・・・・)

(そういうところが多少はあるね)

(・・・・・・)

(正直いって終末組のことを笑えない)

(・・・・・・)

(神だとか神の使いだとか天の代行者だとか・・・)

(・・・・・・)

(高いところから見下したような感じだ)

(・・・・・・)

確かに異能者の世界では、そういうタイプが多い。
自分は目覚めている、自分は悟っている、
社会の人間たちは愚鈍で何も考えていない、
そういってはばからない者が仲間にはたくさんいる。
この点では、
監督の陣営も終末組も大差がない。


(死神だけだったよ)

(・・・・・・)

(自分は鬼だ悪魔だって笑いながらいってたのは)

(・・・・・・)

(光だ愛だ真実だ天命だ神意だという奴は信用できないとか・・・)

(・・・・・・)

(救世だとか言い出したら人間終わりだっていってたのはさ)

(・・・・・・)

(最近、死神のいってたことがわかるようになったね)

(・・・・・・)


忍者は死神をふと思い出した。

死神は、
死神と仲間から呼ばれだした最初、イヤな顔をしていた。
自分には「死」のイメージはきっとよく似合う、
しかし自分は「神」ではない、と。