またもや忍者と猫丸である。
二人の相性は抜群にいい。
忍者は、
監督や草薙や鉄人たちとは微妙な緊張関係にある。
中将との間にもそれはいえる。
これらの監督陣営の主力は、
全員が、本心では自分が一番だと思っている。
ライバル心の強烈さは、火花が散るかのようだ。
猫丸は違う。
第一線から身を引いているだけあって、
忍者の自尊心や競争心を巧みに受け止めることができる。
忍者が猫丸を信頼する理由だ。
二人は一つの部屋で、
同じ空気を共有しつつ息の合ったやり取りをする。
タバコを吸いながら。
(忍ちゃん、そろそろ中将が動き出すんだって?)
(え? 俺、それは知らない)
(知らないの? そうらしいよ)
(猫さん、なんで中将の動きなんて知ってるんだよ)
猫丸の仲間内での情報収集力は、
時として忍者を凌駕する。
ただのウワサ好きという話もある。
(忍ちゃん、中将とはまだギクシャクしてるの?)
(・・・・・・)
(もう何年も経ってるじゃんよ)
(・・・・・・)
忍者と中将は数年前に、
意見の食い違いから一時的に争ったことがある。
中将だけではない。
忍者は、監督や草薙や鉄人たちとも争ったことがある。
今は亡き死神とも。
だいたいは、
そのような内輪揉めの争いの結果で、
同じ陣営内での力の序列が決まっていく。
終末組でも実相は変わらない。
終末組の歴史は、内部抗争の歴史でもある。
一般に、
異能者の世界は力の世界である。
子供ばかりで大人がいない。
(忍ちゃんさ・・・)
(ん? 猫さん、何だい?)
(ちょっといいにくいんだけどさ)
(いや、かまわないよ、猫さん)
(うーん、じゃあいうけどね)
(うん)
(忍ちゃん、はっきりいって本音では・・・)
(・・・・・・)
(俺が世界を救ってやってるんだって思ってない?)
(・・・・・・)
(人類を救ってやってるのは俺だって思ってるでしょ)
(・・・・・・)
猫丸にしては鋭い切り込みだ。
猫丸以外のほかの誰かの言葉だったならば、
忍者は怒っていたかもしれない。
(忍ちゃん、どうよ?)
(・・・・・・)
(・・・・・・)
(そうかも知れないね)
(・・・・・・)
(というよりさ、猫さん)
(・・・・・・)
(そういう自負が俺の心をずっと支えてるんだよ)
(・・・・・・)
(それくらいの気持ちがないとやってられない)
(・・・・・・)
(猫さん、俺だけじゃなくてみんなそうだと思うよ)
(・・・・・・)
(猫さんも現場で体を張ってた頃はそうじゃなかったの?)
忍者は話の矛先を猫丸に向けた。
猫丸は、それを待ち構えていたかのような顔をした。
(忍ちゃん、その通りだよ)
(・・・・・・)
(俺もかつてはそう思ってた)
(・・・・・・)
(俺が陰で世界を支えてるんだって思ってた)
(だろ? 猫さんもそうだろ?)
(でもね、忍ちゃん)
(ん?)
(そういうのは驕った考えだと思うよ、違うかな?)
(・・・・・・)
(俺はいま引退してるからいえるのかもしれないけど・・・)
(・・・・・・)
(救ってやってるというのは、ちょっと違う気がするよ)
(・・・・・・)
(特に最近ね、いろいろ思うんだ、忍ちゃん)
(・・・・・・)
猫丸は、
自分が裏稼業に入る前のことを引き合いに出して、
忍者に話し始めた。
猫丸は若い年代の時期、
左翼系学生運動に没頭していた。情熱的に。
猫丸が学生だった1960年代は、
日本全国で学生運動が激しく展開されていた。
そういう時代だった。
日米安保に反対して大規模なデモが行われたり、
警察の機動隊とデモ学生たちが戦ったり、
いろんな大学の構内で、
若者たちがバリケードを築いて占拠したり、
とにかくそういう時代だった。
猫丸はかつてデモに参加中、
学生たちと警官隊の衝突のドサクサの中で、
頭部を強く打撲し意識不明に陥ったことがあった。
そして、
一時的な昏睡から戻った猫丸はその後、
それまでにはなかった異能が開花していったのだった。
学生運動の終焉後、
猫丸は自らの異能を磨くことに専念し始め、
その後かなり経ってから監督にスカウトされた。
その猫丸が忍者にいう。
(俺は昔、本気で日本は共産主義国になると信じてた)
(・・・・・・)
(忍ちゃんもわかるよね、そういう時代だった)
(・・・・・・)
(俺たちの力で日本を変えてやるって思ってた)
(・・・・・・)
(日本を救ってやるって思ってた)
(・・・・・・)
(でも、日本の政治や社会の体制は変わらなかった)
(・・・・・・)
(あとから振り返ってみてね)
(・・・・・・)
(結局、日本の体制があの頃変わらなかったのは・・・)
(・・・・・・)
(あの時代の日本人の大多数が・・・)
(・・・・・・)
(日本の共産化を望まなかったからじゃないかって・・・)
(・・・・・・)
(俺は思ってるんだよ)
(・・・・・・)
(若い世代の学生たちは変えてやるって信じてたけど・・・)
(・・・・・・)
(日本全体の、広い年代の多くの人たちは・・・)
(・・・・・・)
(変えなくていいって思ってたんだろうなってね)
(・・・・・・)
猫丸が忍者に長々と語るのは珍しい。
忍者が長々と聞き役に回るのも珍しい。
(忍ちゃん、結局さ)
(・・・・・・)
(世の中の動きってのは・・・)
(・・・・・・)
(より多くの人間の総意みたいなもので決まっていく・・・)
(・・・・・・)
(そんな気がするよ)
(・・・・・・)
(なんだか見えない多数決みたいだけどさ)
(・・・・・・)
(その多くの総意が少数意見よりもいいのか悪いのか・・・)
(・・・・・・)
(それはわからないけどね)
(・・・・・・)
(でも、みんなの本音で世の中が決まるってのは・・・)
(・・・・・・)
(うまくいかなかったとしても納得できることかもよ)
(・・・・・・)
二人は沈黙の中で会話を続けた。
タバコの煙が二人の体を包んでいた。
(忍ちゃん、俺たちがさ)
(・・・・・・)
(今まで何年もかけてやってきた仕事ってのは・・・)
(・・・・・・)
(世界中の多くの人たちが破局を望まなかったから・・・)
(・・・・・・)
(その大勢の人たちの無意識の力が集まって・・・)
(・・・・・・)
(俺たちを動かしたんじゃないかって思うんだ)
(・・・・・・)
(だから、俺たちが仕事をしながらね・・・)
(・・・・・・)
(世界を救ってやってるとか思っちゃうのは・・・)
(・・・・・・)
(なんか、おこがましいことだと感じるよ)
(・・・・・・)
忍者の心情は複雑だった。
世界中の人間は全員、
自分に100円ずつ金を払ってもいいはずだと、
忍者はブツブツと愚痴りたくなることもあった。
10円でも1円でもかまわないからと。
街で態度の悪い者を見ると、
貴様は誰のおかげでのうのうと生きていられるんだ、
などと怒鳴りたい気持ちになったりもした。
自分の裏の仕事を表の世間で口にしたならば、
必ず精神病者として扱われるのがわかっているので、
普段は誰にも何も話せないし、
どんなに困難なことを成し遂げても、
誰にも感謝もされなければ認めてもらうこともない。
だからこそ、
自負やプライドで自分の心を固めていないと、
続けていけないような側面があった。
俺がみんなを救ってやってるんだと・・・
でも猫丸は、
それは尊大な考えだという。
確かにおこがましいことかもしれない。
忍者は、
頭ではわかっても心では割り切れない自分を自覚した。
(忍ちゃん、終末組の連中を今までたくさん見ただろ?)
(うん)
(我こそは救世主って奴が山ほどいただろう?)
(うん)
(我こそは地球の覇者って奴がいただろう?)
(うん)
(人類を導いて救ってやるって奴が多かっただろう?)
(うん)
(忍ちゃん、連中を見てどう思った?)
(そりゃあ・・・)
(・・・・・・)
(ああいう風にはなりたくないと思ったさ、猫さん)
(だわな)
忍者は、猫丸がいわんとすることが理解できた。
十分に理解できた。
(忍ちゃん、ここだけの話だけどね)
(うん)
(監督や草薙が、神みたいに振る舞うのは・・・)
(・・・・・・)
(俺は嫌いだな)
(・・・・・・)
忍者はドキッとした。
監督や草薙と似たような部分が自分にもあったからだ。
(監督や草薙だけじゃないよ)
(・・・・・・)
(俺たちの仲間のほとんどに・・・)
(・・・・・・)
(そういうところが多少はあるね)
(・・・・・・)
(正直いって終末組のことを笑えない)
(・・・・・・)
(神だとか神の使いだとか天の代行者だとか・・・)
(・・・・・・)
(高いところから見下したような感じだ)
(・・・・・・)
確かに異能者の世界では、そういうタイプが多い。
自分は目覚めている、自分は悟っている、
社会の人間たちは愚鈍で何も考えていない、
そういってはばからない者が仲間にはたくさんいる。
この点では、
監督の陣営も終末組も大差がない。
(死神だけだったよ)
(・・・・・・)
(自分は鬼だ悪魔だって笑いながらいってたのは)
(・・・・・・)
(光だ愛だ真実だ天命だ神意だという奴は信用できないとか・・・)
(・・・・・・)
(救世だとか言い出したら人間終わりだっていってたのはさ)
(・・・・・・)
(最近、死神のいってたことがわかるようになったね)
(・・・・・・)
忍者は死神をふと思い出した。
死神は、
死神と仲間から呼ばれだした最初、イヤな顔をしていた。
自分には「死」のイメージはきっとよく似合う、
しかし自分は「神」ではない、と。