忍者は監督と会っていた。
霊体ではなく生身で。
ある雑誌が企画した対談のためである。
忍者は、
実生活で監督と会うのは初めてではなかったが、
それでもいままで、
ほんの数回しか会ったことはなかった。
忍者も監督も、日本では知名度が高い。
忍者はタレントとしてテレビに出ているし、
監督は「名監督」としてスポーツの分野では名高い。
一流選手を数多く育てた実績があり、
采配の手腕以上に、優れた指導者として評価されている。
ちなみに、
草薙はクリエーターである。
世間的には無名に近いが、マニアの間では、
斬新な作品を生み出す革命児として熱狂的に支持されている。
鉄人はアスリートだ。
のちに彼は、日本を代表する選手として活躍する。
この頃はまだ誰にも知られてはいないが。
忍者と監督は、
表向きは雑誌の対談向けの会話をしていた。
しかしそれ以外に、
裏の仕事の話も当然のことながらやり取りしていた。
(監督、死神の女房子供をよく少女に会わせたね)
(ん? 何のことかな?)
(トボケたってわかるさ、あんなこと偶然のはずがない)
(・・・・・・)
(さすが出会い系操作オヤジだね)
(さぁて、どうだろうな)
監督は因果律操作に長けている。
人と人の出会い、恋愛や結婚の縁、経済的な運勢、仕事の運勢、
その他諸々の、
いわゆる「運命」などと一般にいわれるようなことを、
意図的に介入して変更するのが得意だ。
監督本人はトボケているが、
忍者は、ファミレスで少女が死神の妻子に、
ありえないような偶然でばったりと出会ったのは、
監督の仕向けた因果律操作によるものだと確信していた。
忍者はかなり昔、監督と争ったことがあった。
監督が自分と同じ生身の人間にすぎないと知った直後だ。
この野郎! いままで神様面しやがって!
と自信家で鼻っ柱の強い忍者は監督に反旗を翻した。
すると、
忍者のタレントとしての仕事はあっという間に来なくなった。
業界内でホサれたのである。
忍者は、監督に逆らうとどれほど困ることになるか実感し、
それ以降は監督に争いを挑むことはしなくなった。
(それより忍者よ、少女が泣き崩れたスキに・・・)
(・・・・・・)
(次の仕込みは済ませたんだろう?)
(もちろん)
(どんな仕込みを少女に仕掛けたんだ?)
(次の実弾は・・・)
(・・・・・・)
(中将の魂)
(何?)
(中将の魂、そして死んだ仲間たちの魂)
(魂?)
監督は忍者のいう「魂」の意味がわからず、
よりわかりやすい説明を求めた。
(監督、この仕事に入ろうとした頃に・・・)
(・・・・・・)
(どんな気持ちだった?)
(・・・・・・)
(自分の命を捨てる覚悟とかしたでしょ?)
(さあ、30年近く昔のことだから覚えてない)
(いや、覚えてるはず)
(・・・・・・)
(俺は15年くらい前のことだけど覚えてる)
(忍者、何がいいたいんだ?)
(要するに、この仕事を始めた頃はみんな・・・)
(・・・・・・)
(自分の命を捨てる覚悟をしてるはずなんだよ)
(・・・・・・)
(そういうもんでしょ)
(・・・・・・)
(でね、自分の命を投げ出してまで働くからには・・・)
(・・・・・・)
(それほど覚悟をするくらいの、何か動機があるもんだ)
(・・・・・・)
(覚悟を決めたきっかけや理由が、必ずみんなにある)
(・・・・・・)
(絶対にそうだ、そうじゃないと続けられないから)
(・・・・・・)
(俺にはあったし、監督にも30年前にはあったはずだ)
(・・・・・・)
(死んだみんなにも全員にあったはずなんだ)
(・・・・・・)
(命を捨てる覚悟でこの仕事をするようになった動機が)
(・・・・・・)
(でなかったらこんな仕事できっこない)
(・・・・・・)
監督は、その命を捨てる覚悟やその動機が、
忍者のいう「魂」と関係があるのか、尋ねた。
(監督、その通りだよ)
(・・・・・・)
(俺がさっきいった魂とはそういうことだ)
(・・・・・・)
(中将はこの世界に入った頃、日記を書いてたみたいだ)
(日記?)
(知ってた?)
(・・・・・・)
(最近中将の家をいろいろ調べてて見つけた)
(忍者よ、死んだ仲間の家捜しか)
(少女への仕込みのネタを探してたんだ、仕方ないだろ)
(・・・・・・)
(でね、中将のその古い日記には・・・)
(・・・・・・)
(中将がこの仕事を始めた頃の気持ちが書いてあった)
(・・・・・・)
(読んでみて胸が熱くなった)
(・・・・・・)
(あれは魂の日記だよ)
(・・・・・・)
(中将だけじゃない、死んだ連中の中にはほかにも・・・)
(・・・・・・)
(魂の日記みたいなのを書き残してた奴が結構いたんだ)
(手間ヒマ掛けてあちこち家捜ししたんだな)
(だから仕方なかったんだよ、ネタ探しのためなんだから)
(まあ、いい)
監督はようやく理解した。
つまりは、
死んだ仲間たちの「決死の覚悟」や「捨て身の動機」を、
忍者が、少女の心の中に仕掛けていくつもりなのだと。
いや、少女が泣き崩れて心のガードが弱くなった時点から、
それはすでに始まっているということなのだろう。
いかにも忍者の仕事らしいと監督は感じた。
それと同時に、
あらゆる手段を使って少女の心を徹底的に抑えていく、
そういう固い決意が忍者の中にあることを、
監督は察知した。
二人の対談は終わった。
監督と離れた後に、
忍者はふと自分の右手の手の平にある古傷を、
思い出すようにじっと見つめた。
かつて忍者が、
愛する妻に刃物で切り付けられた切り傷の跡だった。
忘れもしない。
忍者が中将と争った時のことだった。
中将の操心術によって心をハッキングされた忍者の愛妻が、
忍者の度重なる浮気に対して発狂したかのように激怒し、
包丁を持って忍者の腹を刺そうとしたのだ。
とっさに身をかわした忍者が、
包丁を持つ妻の両手を何とかつかんで、
手で刃物を払い飛ばした時にできた切り傷の跡だった。
忍者の妻がこのような行動を取ったのは、
後にも先にもこの一度だけだった。
まるで何かに取り憑かれたかのように怖い目をしていた。
中将との争いさえなければ、
このようなことは決してなかったに違いない、
忍者はいまでもそう思っている。
この世で最も愛する者に刃物で刺されそうになった、
その時の恐怖を、忍者はいまでも忘れていない。
決して忘れることなどできない。
だからこそ、
中将とはその後も関係がうまくいかなかったし、
遺恨のような感情がないといえばウソになる。
今回、死んだ中将の昔の日記を読んで、
忍者は複雑な気持ちになった。
自分とは不仲だった男の日記で、忍者は目頭を熱くした。
そしてその日記の内容を利用して、
これから少女の心をさらに崩そうと目論んでいる。
中将の死を決してムダにはしない、という強い気持ちと共に。
中将よ・・・
この傷が形見になってしまったな・・・
忍者は右手の古傷をじっと見つめながら、
心の中でそっとつぶやいた。