1999

~外れた予言~

忍者の少女封印(14)

2007-03-17 07:14:21 | Weblog

忍者は監督と会っていた。
霊体ではなく生身で。
ある雑誌が企画した対談のためである。

忍者は、
実生活で監督と会うのは初めてではなかったが、
それでもいままで、
ほんの数回しか会ったことはなかった。


忍者も監督も、日本では知名度が高い。
忍者はタレントとしてテレビに出ているし、
監督は「名監督」としてスポーツの分野では名高い。
一流選手を数多く育てた実績があり、
采配の手腕以上に、優れた指導者として評価されている。

ちなみに、
草薙はクリエーターである。
世間的には無名に近いが、マニアの間では、
斬新な作品を生み出す革命児として熱狂的に支持されている。

鉄人はアスリートだ。
のちに彼は、日本を代表する選手として活躍する。
この頃はまだ誰にも知られてはいないが。


忍者と監督は、
表向きは雑誌の対談向けの会話をしていた。
しかしそれ以外に、
裏の仕事の話も当然のことながらやり取りしていた。

(監督、死神の女房子供をよく少女に会わせたね)

(ん? 何のことかな?)

(トボケたってわかるさ、あんなこと偶然のはずがない)

(・・・・・・)

(さすが出会い系操作オヤジだね)

(さぁて、どうだろうな)


監督は因果律操作に長けている。
人と人の出会い、恋愛や結婚の縁、経済的な運勢、仕事の運勢、
その他諸々の、
いわゆる「運命」などと一般にいわれるようなことを、
意図的に介入して変更するのが得意だ。

監督本人はトボケているが、
忍者は、ファミレスで少女が死神の妻子に、
ありえないような偶然でばったりと出会ったのは、
監督の仕向けた因果律操作によるものだと確信していた。


忍者はかなり昔、監督と争ったことがあった。
監督が自分と同じ生身の人間にすぎないと知った直後だ。
この野郎! いままで神様面しやがって!
と自信家で鼻っ柱の強い忍者は監督に反旗を翻した。

すると、
忍者のタレントとしての仕事はあっという間に来なくなった。
業界内でホサれたのである。
忍者は、監督に逆らうとどれほど困ることになるか実感し、
それ以降は監督に争いを挑むことはしなくなった。


(それより忍者よ、少女が泣き崩れたスキに・・・)

(・・・・・・)

(次の仕込みは済ませたんだろう?)

(もちろん)

(どんな仕込みを少女に仕掛けたんだ?)

(次の実弾は・・・)

(・・・・・・)

(中将の魂)

(何?)

(中将の魂、そして死んだ仲間たちの魂)

(魂?)

監督は忍者のいう「魂」の意味がわからず、
よりわかりやすい説明を求めた。


(監督、この仕事に入ろうとした頃に・・・)

(・・・・・・)

(どんな気持ちだった?)

(・・・・・・)

(自分の命を捨てる覚悟とかしたでしょ?)

(さあ、30年近く昔のことだから覚えてない)

(いや、覚えてるはず)

(・・・・・・)

(俺は15年くらい前のことだけど覚えてる)

(忍者、何がいいたいんだ?)

(要するに、この仕事を始めた頃はみんな・・・)

(・・・・・・)

(自分の命を捨てる覚悟をしてるはずなんだよ)

(・・・・・・)

(そういうもんでしょ)

(・・・・・・)

(でね、自分の命を投げ出してまで働くからには・・・)

(・・・・・・)

(それほど覚悟をするくらいの、何か動機があるもんだ)

(・・・・・・)

(覚悟を決めたきっかけや理由が、必ずみんなにある)

(・・・・・・)

(絶対にそうだ、そうじゃないと続けられないから)

(・・・・・・)

(俺にはあったし、監督にも30年前にはあったはずだ)

(・・・・・・)

(死んだみんなにも全員にあったはずなんだ)

(・・・・・・)

(命を捨てる覚悟でこの仕事をするようになった動機が)

(・・・・・・)

(でなかったらこんな仕事できっこない)

(・・・・・・)


監督は、その命を捨てる覚悟やその動機が、
忍者のいう「魂」と関係があるのか、尋ねた。

(監督、その通りだよ)

(・・・・・・)

(俺がさっきいった魂とはそういうことだ)

(・・・・・・)

(中将はこの世界に入った頃、日記を書いてたみたいだ)

(日記?)

(知ってた?)

(・・・・・・)

(最近中将の家をいろいろ調べてて見つけた)

(忍者よ、死んだ仲間の家捜しか)

(少女への仕込みのネタを探してたんだ、仕方ないだろ)

(・・・・・・)

(でね、中将のその古い日記には・・・)

(・・・・・・)

(中将がこの仕事を始めた頃の気持ちが書いてあった)

(・・・・・・)

(読んでみて胸が熱くなった)

(・・・・・・)

(あれは魂の日記だよ)

(・・・・・・)

(中将だけじゃない、死んだ連中の中にはほかにも・・・)

(・・・・・・)

(魂の日記みたいなのを書き残してた奴が結構いたんだ)

(手間ヒマ掛けてあちこち家捜ししたんだな)

(だから仕方なかったんだよ、ネタ探しのためなんだから)

(まあ、いい)


監督はようやく理解した。
つまりは、
死んだ仲間たちの「決死の覚悟」や「捨て身の動機」を、
忍者が、少女の心の中に仕掛けていくつもりなのだと。

いや、少女が泣き崩れて心のガードが弱くなった時点から、
それはすでに始まっているということなのだろう。
いかにも忍者の仕事らしいと監督は感じた。

それと同時に、
あらゆる手段を使って少女の心を徹底的に抑えていく、
そういう固い決意が忍者の中にあることを、
監督は察知した。


二人の対談は終わった。

監督と離れた後に、
忍者はふと自分の右手の手の平にある古傷を、
思い出すようにじっと見つめた。

かつて忍者が、
愛する妻に刃物で切り付けられた切り傷の跡だった。

忘れもしない。
忍者が中将と争った時のことだった。
中将の操心術によって心をハッキングされた忍者の愛妻が、
忍者の度重なる浮気に対して発狂したかのように激怒し、
包丁を持って忍者の腹を刺そうとしたのだ。

とっさに身をかわした忍者が、
包丁を持つ妻の両手を何とかつかんで、
手で刃物を払い飛ばした時にできた切り傷の跡だった。


忍者の妻がこのような行動を取ったのは、
後にも先にもこの一度だけだった。
まるで何かに取り憑かれたかのように怖い目をしていた。

中将との争いさえなければ、
このようなことは決してなかったに違いない、
忍者はいまでもそう思っている。

この世で最も愛する者に刃物で刺されそうになった、
その時の恐怖を、忍者はいまでも忘れていない。
決して忘れることなどできない。
だからこそ、
中将とはその後も関係がうまくいかなかったし、
遺恨のような感情がないといえばウソになる。


今回、死んだ中将の昔の日記を読んで、
忍者は複雑な気持ちになった。
自分とは不仲だった男の日記で、忍者は目頭を熱くした。

そしてその日記の内容を利用して、
これから少女の心をさらに崩そうと目論んでいる。
中将の死を決してムダにはしない、という強い気持ちと共に。


中将よ・・・
この傷が形見になってしまったな・・・

忍者は右手の古傷をじっと見つめながら、
心の中でそっとつぶやいた。