1999

~外れた予言~

忍者の少女封印(5)

2007-03-04 18:07:04 | Weblog

少女はまどろみの中、夢を見ていた。
見知らぬ母親と男の子の夢だ。
二人とも寄り添って大声で泣いている。

少女にとって、
今まで一度も会ったことのない二人だった。
どちらも涙と鼻水で顔中がグチャグチャになっていた。

抱き合ってひたすら泣いている。
まるでこの世の終わりでも来たかのように。
泣き止む素振りはまったくない。

二人は誰かを叫ぶように呼んでいた。
「あなた」「パパ」とそれぞれ繰り返し口にした。
母親にとっては夫、男の子にとっては父親、
二人にとってなくてはならない大事な人だったようだ。


二人の泣き声が一面に響いていた。
時にすするような嗚咽となり、
また時折は、場を引き裂くような絶叫となった。
二人の服は涙でビショビショになっていた。

少女は無言で二人を見ていた。
立ちすくむようにその場から動けなかった。


ふと、母親が少女の方を見た。
母親は少女を恨むような目で見つめた。
そして母親は言葉を発した。

「お願い・・・あの人を返して・・・」

さらに言葉を重ねる。

「お願い・・・私たちに・・・あの人を返して・・・」

言葉は段々と強さを増していく。

「返して! あの人をすぐに返して!」


あの人?
少女には心当たりがなかった。
と、その瞬間、
少女の頭の中で電光のようにひらめくものがあった。

あ・・・ひょっとして・・・
まさか・・・


「返して!! 今すぐ返して!!」

母親は力の限り絶叫した。

「うあああああああああああああああ・・・!!」

男の子は両目を固く閉じて顔を上げて泣き叫んだ。


あ・・・あ・・・
あの時の・・・あの時の・・・

少女は心が震えるような思いがした。
「邪神の総大将」の家族だ。
あの時の「邪神の総大将」もきっと生身の人間で、
奥さんとかわいい子供がいたんだ・・・

あ・・・あ・・・

少女は絶句していた。
絶句しながら立ち位置から一歩も動けなかった。

そんな・・・そんなそんな・・・

私をそんな目でみないで!!


少女は掛け布団を手で跳ね飛ばして、
両目を大きく見開いた。

自分の部屋にいた。ベッドの上だ。
時刻はまだ夜中のようだ。

夢だった。怖い夢だった。

もう見たくない。こんな夢はもう見たくない。
でも、
同じ夢をこれから繰り返し見るようになったら、
自分はどうしたらいいのだろう・・・


その後、少女は朝まで起きていた。
再び眠るのが怖かったからだ。


忍者の少女封印(4)

2007-03-03 14:52:47 | Weblog

夜の海、夜の夜景。
横浜の名所、夜の山下公園である。

草薙、鉄人、そして忍者の三人が、
港をすぐ眼下に望む公園のベンチに座りながら、
それぞれの近況報告をしていた。

無論、通りすがる人たちに、
彼らの姿は視えない。


(どうもいるみたいなんだよ)

草薙がつぶやいていた。

(多分、どこかにいる)

話を聞く鉄人は仏頂面をしている。

(いや、間違いなく潜んでるな)

忍者は聞きながら隣りのベンチのアベックを気にしている。


草薙がいいたいことは、
つまりはこういうことだ。

終末組のトップレベルの実力者の中で、
まだ監督たちの陣営が認識していない誰かが、
おそらくどこかに存在するようだと。

これまで終末組の主力は、
その全員を捕捉して叩いたはずではあったが、
どうもまだ監督たちに見つけられていない、
無傷で温存されている強力な戦力が、
巧妙に隠れながら活動しているようだと。


(問題はだな・・・)

草薙はさらにいう。

(その潜んでいる敵がいま何をしてるかということだ)

話を聞く鉄人は腕を組んでいる。

(俺らの知らないところで絶対に動いてるな)

聞き役に飽きてきた忍者は髪をかきむしった。


(何を根拠にそんなことを?)

忍者が草薙に尋ねた。

(いや、根拠なんてない、そんな気がするだけだよ)

草薙は忍者に答えた。


(ん?)

三人はほぼ同時に異変に感づいた。

(なんか囲まれてるな)

忍者がまったく慌てない様子で話した。

(わざわざ目立つ場所で集まった甲斐があった)

草薙は笑っていた。

(どれくらいいるかね?)

忍者は周りを見渡しながらいった。

(まだ10人くらいだが、きっとこれから増えるさ)

草薙は楽しそうだった。


三人が座るベンチの周囲を、
黒い影のような何かが、遠巻きに囲んでいた。


(俺がやる、二人とも黙って座ってろよ)

草薙はそういうとスッと立ち上がった。

立ち上がった瞬間、草薙の姿は変わっていた。
全裸の女性の姿である。
跳んだ。


(あのさ、どうしてアイツは・・・)

ベンチに残された忍者は鉄人に向かっていった。

(戦うときはいつも全裸女になるんだよ)

忍者は笑いを隠しきれなかった。

(知らねぇよ、草薙の趣味なんだろ)

鉄人も苦笑いしていた。


全裸の女が飛び跳ねながら次々と黒い影を倒していく。
回し蹴りを多用している。
黒い影は粉々に吹き飛んでいく。

格闘する全裸女は、
黒いブーツだけ履いていた。
その姿で飛び跳ねながら黒い影を蹴り殺していった。

黒い影がどんどんと増えていった。
夜の山下公園で舞踏するように戦う全裸女を取り囲むように。


(なんでいつも黒ブーツなんだよ)

忍者はベンチごと球形の防御シールドを張りながらいった。

(知らねぇよ、だから趣味なんだろ)

防御シールドの中で鉄人が面倒くさそうに答えた。


全裸女が黒いブーツだけ履いて、
すさまじいスピードで跳び蹴りや回し蹴りを、
妖しげな舞を舞うかのようにくり出し、
黒い影はバタバタと吹き飛びながら倒れていった。

しかし、
それでも黒い影はその数を増やしていき、
全裸女に向かっていく。


鉄人と忍者が座るベンチをスッポリと覆う、
球形のシールドの前に黒い影の一人が立った。

(あ~あ、めんどくせぇ)

鉄人はいかにも面倒そうな表情で黒い影をにらんだ。
その直後、
地面から1メートルくらいの火の柱が豪快に吹き出し、
鉄人たちの目の前にいた黒い影は、
横浜の夜空、遥か高くどこまでも上空に吹き飛ばされた。


全裸女が宙に浮いた。

(あ、アレを出すみたいだな)

忍者が全裸女を見ながらいった。
忍者と鉄人の二人は、全裸格闘女の草薙が何をするのか、
だいたいの予想ができる。


数十人いた黒い影の全員、
一斉にその頭部が爆発して飛び散った。
その後、動く者はいなくなった。


(最初から頭ボーンってやればいいじゃないか)

忍者は両手を頭の上で組んで両足を伸ばしながら、
鉄人に笑って話した。

(だから知らねぇよ! 全部趣味なんだろ!)

鉄人は投げやりな口調で腕を組んだまま答えた。


忍者の少女封印(3)

2007-03-03 02:32:24 | Weblog

少女は横たわった男を見つめていた。
夢の中のことである。

少女は自宅の自室のベッドの上で、
眠りながら夢を見ていた。
時間は早朝だ。

横たわっている男には見覚えがある。
少女を道で待ち伏せしていた、あの男だ。

ぐったりと道に倒れている。
微動だにしない。

夢の中の少女は、
ゆっくりと男に近づいていった。
そして男の脇でしゃがんだ。

顔を覗き込んで見ようとした。
その時である。声がした。

「人殺し!」

少女の真後ろから子供の声がした。
驚いた少女が振り返ってみると、
そこには確かに子供が立っていた。

立っていたのは一人だけではなかった。
何人もいた。大勢いた。
知らない間に少女は囲まれていた。

少女をいつの間にか囲んだ人たちは、
みんな少女を責めるような目つきをしていた。

「人殺し!」

別の大人が叫んだ。
怒るような叫び声だった。

「人殺し!」

たくさんの人たちが一斉に叫びだした。
子供も大人も、男も女も、
少女に罵声を浴びせ始めた。

「人殺し!」「人殺し!」

「見ろ! 人殺しだ!」

「あいつが殺したんだ!」


少女は目を覚ました。
朝日で部屋はもう明るくなっていた。
ようやく夢だとわかった。

全身にあぶら汗をかいていた。
着ていたものもぐっしょりと濡れていた。


少女は高校に通う途中、
うつむきながら考えていた。

あの「地獄の使者」は生身の人間だった。
人間じゃない別の何かだと感じていたのに、
待ち伏せていた「地獄の使者」は人間だった。

まさか・・・
ひょっとしたら・・・

これまで自分を襲ってきた数々の悪霊や邪霊、
そしてあの「邪神の総大将」なども、
もしかしたらすべて、
その正体は生身の人間だったのかもしれない・・・

いや、そんなことはない・・・
きっと違う・・・

そんなバカなことがあってたまるものか・・・


少女は授業中もボンヤリとしていた。
元気がなかった。

集中できない頭のままで、
少女は斜め前の席を何となく見つめた。
その席は誰も座っていなかった。空席だった。

その空いた席の生徒は、入院中だった。
もう一ヶ月になる。

休み時間に些細なことで少女に悪態をついた、
ラグビー部の大男だった。
その男子生徒は、少女を怒らせた翌日に、
事故で重傷を負ったのだった。


私は全然悪くない!

少女は突然ひらめいた。
打ちひしがれていた気持ちに活が入った。

ラグビー部の大男が事故で大ケガをした時、
少女は明確な意志をもって、
その生徒の不幸を願っていた。そしてそれは現実化した。

少女は何ら罪悪感を抱かなかった。
自分を怒らせた男子生徒の方が悪いのだ。
少女はその時の気持ちを、
誰も座っていない空いた席を見ながら思い出した。


私は悪くない!
私を殺そうとした待ち伏せ男の方が悪い!

少女はひとつの確信を握った。
急に心に生気が戻ってきた。


(そうだ、君は悪くない)

声が聞こえた。脳内に響く声だ。
いままで一度も聞いたことのない声だった。

(君は正しい、自分に自信を持て)

少女はその声に意識を集中し、
神経と研ぎ澄ましてみた。

と、その瞬間、
少女の両耳にキーンと耳鳴りがして、
あたり一面が光に包まれた。

高校の教室で授業を受けていたはずなのに、
教室の風景も、教壇の先生も、ほかの生徒たちも、
すべて姿を消して、
まばゆい光だけが少女を取り巻いた。


男性が立っていた。

長身でスリムな体型、
細くて端正な顔、
クールな目、筋の通った鼻、
固く真一文字に閉じられた口。

誰だろう?
少女は緊張した。
少なくとも敵ではないようだ。

髪型がとても特徴的だった。
ライオンのたてがみのような髪だった。
獅子の髪の男。


(君は何も悪くない、気にするな)

その獅子髪の男は少女に話しかけた。
とても心地よい声だった。

(君はとても強い子だ、素晴らしい)

少女は獅子髪の男を見つめた。
獅子髪の男も少女を見つめた。

(これからも、誰にも負けちゃいけない)

獅子髪の男は微かに笑った。
その次の瞬間、男は消えた。光も消えた。


教室で授業が続いていた。
教壇で先生が黒板に字を書いている。
周りのクラスメートたちの様子も変わらない。

獅子髪の男の姿を視たのは、
少女ひとりだけのようだった。
声を聴いたのもそうだ。

少女は微笑んでいた。
獅子髪の男にまた会いたいと願いながら。


その晩、少女はまた夢を見た。
今度はある親子の夢だった。
ある母親とある男の子の夢を。

楽しい夢ではない。悪夢だ。


忍者の少女封印(2)

2007-02-20 21:35:30 | Weblog

忍者はあるテレビ局の中にいた。
控え室のような空間でタバコを吸っている。
彼の実生活における仕事は、芸能人だ。

ドアをノックする音がした。
忍者を呼ぶ声がする。
その、忍者にとってとても親しい人間を、
忍者は部屋に招き入れた。

忍者の控え室を訪れたのは男だった。
忍者同様に芸能関係者であり、
忍者とほぼ同年代の中年男であり、
そしてやはり異能の持ち主で忍者の裏の仲間でもあった。

仲間たちからは猫丸と呼ばれる男だった。


「な~んか、ひっさしぶりだよねぇ~」

猫丸は忍者に明るく切り出した。

「ああ、ちょっとだけ久しぶりだよね」

忍者は猫丸に返事をした。


二人はテーブルをはさんでそれぞれソファに座った。
どちらも若干、疲れた顔をしていた。
毎日、忙しくスケジュールに追われ、
視聴率の数字や視聴者の反応を常に意識し、
業界におけるさまざまな荒波の中を泳ぐように渡り抜き、
現在までの自分の地位を築いてきた。

疲れているヒマなどない。
前に進むのを少しでも休んだ者は、
あっという間に周囲から忘れ去られてしまう。

二人とも仕事中毒か仕事病のような、
異様な緊張の中で日常を過ごしていた。


この日の猫丸が、
芸能関係者としての話をしにきたのではないことは、
忍者には何となくわかった。

裏の仕事の話を二人でする時は、
忍者も猫丸も口からは言葉を発しない。


(で、どうなのよ、忍ちゃん)

猫丸はいつも忍者のことを忍ちゃんと呼んでいた。

(どうもこうもないよ、猫さん)

忍者は猫丸を猫さんと呼ぶのが普通だ。

(死神も教授も、それに念仏まで死んだって?)

(うん、猫さん、実はそうなんだ)

(そろそろ忍ちゃんが出動する番じゃないの~?)

(当たりだよ、俺の出番だ)

(忍ちゃんのことだから勝算はあるんだよね?)

(それがね~、うまくいくかどうか自信ないって)


忍者は草薙に劣らないほどの自信家である。
自信がない、などとは滅多にいわないなずなのだが、
相手が猫丸の時だけは少し違う。

忍者は猫丸を仲間の中では誰よりも信頼しているし、
他の者には決して表さないような弱みを見せるし、
猫丸にはよくグチをこぼす。

猫丸はかつては、
監督の下で戦闘要員として働いていた時期もあったが、
いまは第一線からは退いて、
アドバイザー的な役割を担っている。

というか、
ほとんど忍者専属の相談役かつグチの聞き役だった。


(その少女を崩すのに何を突破口にするの?)

(猫さん、問題はそこなんだよ)

(忍ちゃん、もうとっくに仕掛けてるんでしょ?)

(うん)

(いま何してるのか教えてよ)

(え? しょうがないなあ・・・)

二人は表向きは黙ったままタバコを吸っている。
だが、
表向きでない部分では活発にやり取りをしていた。


(まずね、猫さん)

(うんうん)

(少女はね、いままでね)

(うんうん、忍ちゃん早くいえって)

(猫さん、せかすなよ~)

忍者は黙ってタバコを吸いながら笑った。
猫丸も黙って座りながら笑った。
表面上は黙って向かい合っている二人は、
ほとんど同時に笑い合った。


(忍ちゃん、もったいぶってると怒るよ)

(わかった、いうから)

忍者は自分が少女について知っていることを、
猫丸に包み隠さずに話した。

いわく、
少女は監督やその仲間たちのことを、
生身の人間だとはまだ気付いていないこと、
邪霊や悪魔だと思っていること、
少女が異能戦に勝利し刺客を倒した時に、
相手の刺客が生身の人間として肉体的に殺されているのを、
少女が理解していないこと、
などである。


(それがね、念仏の登場で少女はショックを受けたんだよ)

(ん? 忍ちゃん、そりゃどうして?)

(だってね、少女が念仏を殺したあの時・・・)

(うんうん)

(少女は初めて目の前で人間の敵を見たんだ、猫さん)


その通りなのだ。
それまでの少女は、肉眼では視えない敵を、
あくまで自分のイメージの中で戦って倒していた。

それが、生身の念仏が眼前に現れたことにより、
少女の心の中で、
戦いの意味合いが大きく変わろうとしていた。

少女はすぐ目の前にいる誰かを、
傷付けば赤い血が流れるような生身の人間を、
刺し殺したことも撃ち殺したことも、なかった。
生まれてこのかた、
他の人間を殴り倒したことさえないのである。
一度も。

それが、そのような少女が、
目の前の男を意図的に、明かな殺意をもって、
強い思念を行使して倒したのである。

少女にとって、
これがどれだけ衝撃的な体験だったか、
おそらく本人でなければ理解できないだろう。


(だからね・・・)

(・・・・・・)

(いま俺は、少女が心の中で念仏の苦しむ姿を・・・)

(・・・・・・)

(繰り返しイヤというほど思い返すように・・・)

(・・・・・・)

(少女の心に細工をしてるんだよ)

忍者は吸っていたタバコを灰皿に押し潰した。
猫丸のくわえていたタバコからは灰が服にポロッと落ちた。
猫丸は慌てて灰を手で払った。


(うっわ~、えげつないね~)

(・・・・・・)

(いかにも忍ちゃんらしいね)

(・・・・・・)

(さすが天才的業師!)

(あのね)

(少女を止められるのは忍ちゃんだけ!)

(別にこういうの好きでやってるワケじゃないから)


忍者はさらに説明した。
少女は念仏に心臓発作を起こさせた直後、
急いで早足で立ち去ったため、
念仏が道に横たわって絶命する瞬間を見ていないこと、
そして、
その念仏の死体となった姿を、
現在、少女の心の中にイメージ像として送り込んでいること、
それらを猫丸に明かした。


(俺はね、念仏の死をムダにはしないよ)

(・・・・・・)

(ひとりの人間が死ぬ場面を・・・)

(・・・・・・)

(少女の心から決して離れないようにして・・・)

(・・・・・・)

(その動揺を突破口にして少女を崩していく)

(・・・・・・)


猫丸は、すでに耳にしていた情報、
すなわち、
忍者と同時に中将も少女に対して仕掛けるらしいことを、
率直に確認してみた。

(そーなんだよ! 猫さん! あのウンコ監督がさ!)

(ははは)

(俺にだけじゃなくて中将にまで仕事を回して・・・)

(うんうん)

(どっちでもいいから、どっちかが成功しろって・・・)

(ほうほう)

(しゃあしゃあといいやがるワケだよ!)

(なるほどなるほど)

(猫さん、この話どう思うよ!)

忍者は新たに吸っていた二本目のタバコを、
いつの間にか噛み砕いていた。


(まあ、落ち着けよ、忍ちゃん)

(俺は面白くない!)

(それはわかるけどさ)

(だろ?)

(俺が監督の立場だったら同じ策をやっぱり取るかもよ)

(・・・・・・)

(忍ちゃんがもし監督だったとしたらどうよ?)

(・・・・・・)

(死神も念仏も死んで、もうこうなったらって思うだろ?)

(うん、まあそれは・・・)

(ここはひとつ、忍ちゃんは忍ちゃんで・・・)

(・・・・・・)

(自分の役割に撤して、自分の仕事に集中すればいいじゃない)

(・・・・・・)


忍者はこれまで多大な貢献をしてきた。
監督の指示を受け、さまざまな仕事を成功させ、
文句なしの主力中の主力として監督の陣営を支えてきた。
そしてその陰には猫丸のような存在もあった。


(で、次の手はどうするの?)

(うん、もう考えてある)

(お、いいね、俺にだけこっそり教えてよ、忍ちゃん!)

(念仏の絶命イメージの次はね・・・)

(・・・・・・)

(死神の奥さんと子供の番だよ)

(死神の?)

猫丸は今度は、
吸っていたタバコそのものをポトリと服の上に落とした。
猫丸はとっさに反応できず、タバコは転々として床に落ちた。


猫丸は知っていた。
死神の残された家族を覗いていたので知っていた。

世界で最も愛する夫を突如失った死神の妻が、
死神の急死の後どれだけ多くの涙を流したかを。
そして、
父親である死神を大好きでたまらなかった死神の子供が、
どれほど大きな泣き声で泣き続けたかを。


(そうだよ、猫さん、念仏の次は死神の妻子だ)

(・・・・・・)

(少女の心の中に、死神の女房子供の泣く姿を焼き付ける)

(・・・・・・)

(延々とだ、これからずっとだ)


忍者の少女封印(1)

2007-02-09 21:10:39 | Weblog

少女は登校前に朝食を食べていた。
自宅の台所。母親と二人で。

父親は去年から単身赴任のため遠方に別居中で、
少女は母親と二人で暮らしていた。
兄弟や姉妹はいない。


母親は食べながら左の胸、
正確にいうと左側胸部の一部を、右手で押さえていた。
辛そうに見える。

「お母さん、痛い?」

少女は母親を気遣って聞いてみた。
冷たそうだ、と同級生からいつも噂されてはいるが、
これくらいのことは口にすることはできる。

「ちょっと痛いけど、大丈夫」

母親は左胸を押さえながら答えた。
食事がなかなか進まない様子からは、
あまり大丈夫そうには見えない。

「この前、病院に行ったんだっけ?」

少女は母親に再び聞いた。
母親が左胸を押さえだしたのは先週からだった。
症状が気になった母親は病院で医師の診察を受けていた。

「心電図やレントゲン検査では異常はなかったし、
 症状からは肋間神経痛の可能性が高いって、
 循環器科の先生はいってた・・・」

母親は辛そうな表情のまま話した。

「一応は狭心症や不整脈がないか調べましょうって、
 それで外来検査をいくつか予約して来たんだけど・・・」

医師の説明によると、
心臓の発作ではなくて肋間神経痛ならば、
たとえ痛みは辛くても命に別状はないし心配ないそうだ。


少女は母親似だった。
外見が若い頃の母親にそっくりだとよくいわれる。
つまり、
母親も学生時代は周囲から敬遠されがちなタイプの、
冷たそうな雰囲気だったらしい。

朝の台所でテーブルをはさんで、
同級生の背筋をいつも凍らせている少女と、
同級生の背筋をかつて凍らせていたかもしれない母親とが、
暖かい朝食を前に二人向き合っている。


「胸の痛みって・・・大変?」

少女は食べながらさらに母親に質問した。

「そうね、頭やおなかが痛い時も辛いけど、
 胸が苦しい時も独特の辛さなのよね、
 息をするだけでもすごく響くし、
 なんかこう、胸を何かで刺されたみたいな・・・」

母親は少女に懸命に答えた。

「あ、いま私に話してるだけでも苦しい?」

少女はふいに気付いて母親に確かめた。

「うん、話してるだけでも大変・・・
 でも・・・そんな気にしないでいいからね」

母親はいつも少女の味方だった。
親でもあり仲良しの友だちのようでもあった。

「話しかけてごめんなさい、
 痛みが落ち着くまで静かに休んでて」

少女は母親に声を掛けるのをやめた。
そして、黙々と朝食を食べることに専念した。


少女は母親の胸の辛さを目の当たりにしながら、
つい先日の、
身の毛のよだつような不気味な男を思い出した。

自分が高校から帰る途中の道で、
自分を狙って待ち伏せしていた恐ろしい男だ。

あの日少女は学校を出た直後に、
誰かに待ち伏せされてる、となぜか分かった。
ピンッと閃くような感じだった。

閃いた時、
待ち伏せの相手が生身の人間だとは思わなかった。
この世の者ではない「地獄の使者」だと思った。
自分の命を奪いに地獄からやって来た、
恐ろしい死刑執行人のような化け物だと感じた。

だから、
生身の人間が道に立っているのを見た瞬間、
少女は驚愕した。

嘘だろうと最初は心の中で否定したし、
信じたくもなかった。

しかし自分の中で強い直感が湧き上がり、
自分を殺しに来た「地獄の使者」は、
目の前に立っている現実の人間なのだと確信した。


ものすごく強烈な目をした、
震えるくらいに支配的な視線を発する、
いままで一度も会ったことのないような、
怖い男だった。

幾度も殺し合いの修羅場をくぐり抜いたかのような、
あたり一面を圧倒するくらいの気を放っていた。


危ない! 殺される!

少女は男と対峙しながら身の危険を感じた。
必死だった。
とにかく気持ちで負けたら終わりだと、
必死で睨み返した。


待ち伏せられている場所を避けようと思えば、
できたはずだった。
違う方向に走って逃げようと思えば、
逃げることはできたのだ。

しかし少女は、
あえて待ち伏せを知りながら向かっていった。

いま逃げてもいつか捕まる、
だから逃げることにきっと意味はない、
それよりも危険に立ち向かおう、戦ってみよう、
少女はそう決心した。

それでもいざ危険に身を晒してみると、
自分は無謀だったのではないかと後悔したくなる。
死ぬのかもしれない・・・
自分は今日この場で殺されて死んでしまうかもしれない・・・


私はまだ死にたくない!

天にも祈らんばかりの気持ちで、
不安や恐怖を振り払うかのように男と向き合った。


すると信じられない光景が。
なんと、殺し屋のようなその男は、
自分の目の前で、突如胸を押さえながら呻き出した。
低くこもるような、ぞっとする呻き声だった。

やがて男は、
ヨロヨロと力なく電信柱に抱きついて、
顔面が蒼白になった。

少女は慌ててその場から、
逃げるような早歩きで立ち去った。
恐ろしくてそこにとどまっていられなかった。


助かった、死ななくて済んだ、
自分はまだ生きていられるんだ、
少女は遠くに離れてから実感して脱力した。

負けなかった。
あの「地獄の使者」に負けなかった。


しかし、その日から、
少女の心の中では、
待ち伏せていたその男が消えなくなってしまった。

あの、生身の男が、
苦しそうに胸を押さえて悶える姿が、
少女の目に焼きついてしまった。

あの男の、
低くこもった自分を呪うかのような呻き声が、
少女の耳にこびり付いてしまった。


母親が左胸を右手を押さえる姿を見て、
少女は、
道で出会った男を回想せずにはいられなかった。

邪霊でも悪魔でも地獄の使者でもない、
ひとりの人間の、胸を押さえて呻き苦しむ様を、
ありありと絶対的なリアリティーをもって、
まるで永遠にあの瞬間が続くかのように、
自分の中で再現してしまっていた。

ひょっとして、
自分が死ぬまでこれから一生の間、
あの男の苦しむ姿が延々と再現されるのだろうか・・・

少女は無意識に青ざめた。


八甲田山(5)

2007-02-03 22:49:49 | Weblog

私は映画「八甲田山」のDVDを観ながら、
いろいろと考えていた。

210人中199人が死亡した青森連隊や、
少人数編成で踏破に成功した弘前連隊に相当する、
それに似たような人たちが、
1995年頃に裏の世界で実際にいたのではないのか?

かの寝たきり中年女性のいう、
仲間のほとんどが死ぬか廃人になってしまったという、
「最後の難関」というのが、
映画における冬の八甲田山のようなものではなかったのか?


そして、
仲間の多くの命を呑み込んだ「最後の難関」は、
最終的には見事にクリアーされたはずなのだ。

なぜなら、
私がいまこの文章を書いている21世紀初めの現在に至るまで、
地球の人類はとりあえずは壊滅的な破局など経験せずに、
なんとか存続しているからだ。


環境問題、人口問題、食糧問題、エネルギー問題・・・
地域間の激しい貧富の差により餓死する子供は毎日いるし、
新種の疫病はいつ世界中に蔓延するかわからないし、
中東各地での紛争は絶える兆しがないし、
宗教間ないし宗派間の対立や抗争は解決するようには見えないし、
そしていま私が暮らしているこの東京は、
いつ大地震で瓦解するかわからない。

問題山積のままではある。

しかし、しかしそれでも敢えていえば、
私たち地球の住人たちは、まだまだ滅ばずに済んでいる。

数多くの、生きる意志を持った人たちの暮らしは、
現在進行形で保たれたまま、
その生活の場となる「舞台」をいまだ取り上げられてはいない。

この世でもっと生きたいと強く願う人たちには、
そのチャンスは今後も残されている。


「最後の難関」をクリアーした人たちとは、
一体どんな人たちだったのだろう?

中年女性の印象的なセリフ、
「200人以上で8年がかりで破局を食い止めた」
もしこの言葉が本当だったとするなら、
食い止めた人たちは、
どんな気持ちで、どんな顔をしながら、
そのようなことを成し遂げたのだろうか?


私は最近、
子供の頃にワクワク胸をときめかせたある予言を、
しきりに思い出してしまうのだ。

大予言者といわれるかのノストラダムスの、
訳のわからない例の終末予言である。

1999年7の月・・・

実際にこの年のこの月には何も起こらなかったし、
どうせ何もないだろうと私は普通に生活していたのだが、
すべてが当たり前のように何の変化もなく、
1999年は平然と過ぎていった。

だが、
こういうことは考えられないだろうか。
何も起こらなかったのではなく、
何も起こらずに済むように陰で尽力した人たちがいて、
多くの人たちが何もなかったようにその後も生活できているのは、
その尽力した人たちの御陰なのかもしれない。

寝たきり中年女性やその仲間たちが、
1980年代終わりから1990年代半ばまで成し遂げた仕事とは、
ひょっとしたら、
ノストラダムスによって予言されていた、
1999年に起こるはずだった人類全体の破局を、
その前の段階で阻止するということだったのかもしれない。


「最後の難関」について、
私はもうインスピレーションを得ていた。

他人を納得させられる根拠は何もないのだが、
なんと、
たった一人の女子高生だったのではないだろうか。

驚くべきポテンシャルを秘めた最終兵器のような女子高生。
もしも完全に能力を開花させていたなら、
独力でこの世を破壊することすらできたかもしれない、
そんな女子高生。


踏破困難な八甲田山の如き「最後の難関」を克服した、
人類を破局から救った人物についても、
私の脳内ではやはりインスピレーションが浮かんでいた。

これも物的証拠などまったくないのだが、
悔しいことに、
小太りで背も高くなく二枚目でもなんでもない、
女好きでお金好きで酒好きで遊び好きの、
たった一人の中年男だったのではないだろうか。

しかし、その人物の御陰で、
日本の中年男を代表するかのようなその中年男の御陰で、
1999年に起こるはずだった人類の破局は、
見事に回避されたのではないか。そんな気がする。


八甲田山(4)

2007-01-28 03:32:24 | Weblog

(たまに別の場所で会合するって気は・・・)

監督に呼び出された忍者が切り出した。

(監督には全然ないのかな?)

監督の答えを知りながら忍者はからかい半分で聞いた。
監督は黙っていた。

(いや、いいよ、無理に答えなくて)

忍者は笑った。


監督と忍者と中将の三人が並んで座っていた。
場所がどこであるかはいうまでもない。

(命じられればベストを尽くす・・・)

中将が監督に話しかけた。

(ただそれだけだ、心の準備はできてる)

中将は落ち着いた口調でいった。


忍者は、
自分の服のボタンがひとつ取れ掛かってるのに気付き、
そのボタンを指でいじり始めた。

花形ダンサーがワイヤーで吊り上げられて、
しっかりとポーズを取りながら、
一階のステージから二階席の高さまで宙を舞ってきた。

忍者は取れ掛かったボタンをちぎって外し、
宙を舞って上がってきたそのダンサーを目掛けて、
ボタンを投げた。

一瞬、ダンサーは空中で姿勢を微妙に変え、
忍者が投げたボタンは外れた。

外れたボタンは遠くに飛んでいき、消えた。
物質世界のボタンではないので、
どうせ当たったとしてもダンサーはわからないはずだ。
敏感な者であれば何となくチクッとするかもしれないが。


(あ、あの子、よけたぞ!)

忍者は半分おどけるようにして悔しがった。

(違う、お前が下手で外しただけだ)

中将は忍者をバカにしながら笑った。

(き、貴様・・・)

監督は忍者を睨んだ。

(あ、ゴメン、あの子は・・・)

忍者は大事なことに気付き監督に詫びた。

(監督のお気に入りの子だったね)


この晩の本題は少女に関することのはずだった。
だが忍者のイタズラのせいで監督の機嫌が悪くなり、
しばらく沈黙が続いた。

忍者はいい年をした中年のくせに、
どこか子供じみたイタズラをするのが好きだ。
小細工を考えるのが職人的にうまいのは、
そういうイタズラ好きな面があるせいなのかもしれない。


(一晩じっくり考えてみたんだが・・・)

ようやく機嫌の直った監督が二人に語り出した。

(あの少女はどう考えても危険すぎる)

忍者と中将は黙って聞いていた。

(肉を滅ぼして現世的な意味で殺す必要がある)

監督の決意は固いようだった。

(生かしてはおけない)

淡々とした監督の話しぶりは逆に意志の強さをにじませた。

(魂のレベルで封じるだけでは心配だ)

あくまで力で押して肉体的な死を与えるということだ。

(この先の数十年間、少女が復活しない保証などない)

監督には、
自分が勢力を保っている間に決着を付けたいという気持ちが、
ありありと見受けられた。


(中将、200人を率いて力押しで少女を殺せ)

監督は中将にゴーサインを出した。

(忍者、中将たちが正面から攻める裏で・・・)

監督は忍者にも指示を出した。

(お前はお前のやり方で少女を抑えろ)

監督は、中将と忍者の両者に、
同時に別々の方法で少女を攻めるように命じた。

中将率いる200人が表からの正面攻撃。
忍者は裏から忍び寄る別働隊。


(中将、たとえ半数の100人が・・・)

監督は声を強めた。

(少女に返り討ちで殺されたとしても構わない)

監督は犠牲者をすでに覚悟していた。

(それでもいいから少女を殺せ)


忍者は少しつまらなさそうな顔をした。
中将たちが成功すれば自分の仕事はなくなってしまう。
そんな忍者に、
監督はまるでクギを刺すかのような面持ちで睨み付けた。
悔し紛れにボタンをダンサーに投げるなよといわんばかりに・・・


(200人のうちの約三分の一は・・・)

中将が監督に確認を入れた。

(いま終末組の掃討戦に従事してるところだが・・・)

終末組はあと一息で完全に制圧できる見込みがあった。

(彼らを掃討戦から引き抜いたその穴はどうする?)

しっかり者の中将は確かめるべきことを確かめた。

(それはだな・・・)

監督は、忍者の手先指先を見張りながら中将に答えた。

(草薙と鉄人を対終末組に専念させる)

監督の答えを聞いて中将は安心したような表情をみせた。

(あの二人ならほかの者の数十人分の働きはできる)

監督もあらゆる成功を確信しながら言葉を発していた。


次の刺客が決まった。
中将率いる200人、そして忍者。


八甲田山(3)

2007-01-27 20:20:02 | Weblog

日本映画「八甲田山」。
1977年に公開。
監督は森谷司郎、主演は高倉健、北大路欣也。

1902年の1月、吹雪と極寒の八甲田山で、
日本陸軍による雪中行軍の演習中に、
青森連隊所属部隊が遭難し210人中199人が死亡した。

当時日本は北の大国ロシアとの戦争が予想され、
そのために本州で最も冬の寒さが厳しい青森県の八甲田山で、
陸軍による冬季雪中行軍が行われたのだった。

日本の冬山遭難事件としては最大最悪の遭難事件だ。

この八甲田山雪中行軍遭難事件という史実に基づいて書かれた、
新田次郎の「八甲田山死の彷徨」という小説を、
実際に真冬の八甲田山でロケを敢行し映画化したのが、
「八甲田山」という映画なのである。


八甲田山を氷点下数十度の寒さの中を歩いて踏破しようと、
二つの部隊が別々の所から別々のルートで出発した。

弘前連隊所属の部隊と、青森連隊所属の部隊。
人数の規模も行軍のやり方も違うこの二つの部隊が、
それぞれ独自に八甲田山に挑んだ。

弘前連隊所属の部隊は、27人という少人数編成で、
地元民を先頭に誘導させながら、遭難者も死亡者も出さず、
吹雪の八甲田山を無事に踏破成功する。

それに対して青森連隊所属の部隊は、
210人という大人数で地元民の誘導も利用せず、
指揮系統の乱れや寒冷地対策の不十分さなどもあり、
なんと初日から遭難してしまう。

結局、救援隊に救助されて生還できたのは11人で、
その内で五体満足に助かったのは、わずか3人の将校のみ。
残りの生存者はみな凍傷のため四肢を切断され、
かろうじて凍死を免れたにすぎない。

11人以外の199人は、
ほぼ全員が遭難中の凍死でごく一部は救出後死亡である。


私はこの「八甲田山」の映画を、
DVDを借りてきて自宅で観たのだった。

210人という人数が妙に私の頭の中で引っかかった。
まるでどこかで聞いたような話ではないか。


八甲田山(2)

2007-01-20 17:09:02 | Weblog

例によって例のショーパブで、
タダ見の集団が二階席に陣取っていた。

男二人と女一人の三人。
草薙と魔女と、あともうひとりの男。


(監督が久々に怒り狂ってるな)

草薙が笑いながらいった。

(ねぇねぇ、あのエロオヤジってさ・・・)

魔女がワクワクしながら話す。

(天使のことお気に入りだったんじゃないの~?)

魔女はキャッキャと騒ぎ出した。

(天使まで殺されて激怒してるんでしょう?)

天使は念仏と共に二人揃って少女に倒されていた。

(しかし、雷オヤジがいくら怒っても・・・)

草薙は監督のことを雷オヤジと表現した。

(ひとかどの相手には雷なんて当たらんけどね)


この夜、東京の空を雷雲が覆っていた。
稲妻が雷鳴とともに連発して地上に落ちていた。
それも東京のどこかの一帯に、ほぼ集中していた。

(当たらないはずよ、頭の中がエロで一杯だから)

魔女は久々に怒った監督が楽しいらしい。

(コケ脅しにはなるかも知れないがな)

草薙は監督にはどこか冷淡だ。


(おい中将、なんで黙ってるんだよ)

草薙がもうひとりの男に話を振った。
その男のことを、草薙は中将と呼んだ。

(ん? ああ・・・)

中将と呼ばれた男は生返事をした。

(いいたいことはわかってるよ)

草薙は少々ムッとしている中将に話した。

(仲間が次々に殺されているのになんで・・・)

草薙は微笑みながら続ける。

(お前たちは笑っていられるんだって・・・)

実際、草薙と魔女には深刻な表情はまったくない。

(中将はそういいたいんだろう?)


中将に中将とアダ名を付けたのは、
草薙と鉄人の二人だった。
中将の本名の下の名前は忠道というのだが、
それを知った草薙と鉄人の二人が狂喜して中将と呼び始めた。

太平洋戦争の硫黄島守備隊を率いた、
あの栗林忠道中将にちなんでのことである。
草薙と鉄人は超のつくほどのミリオタだった。
三度の飯より軍事ネタが大好きなほどのミリタリーオタクである。


(しかし、あの少女を抑えるのに・・・)

草薙の顔が少し真剣になった。

(監督は次に誰を差し向けるかな?)

草薙は中将の顔を見た。

(忍者か中将のどちらかだろうね)

草薙の眼が輝きだした。

(小細工で柔らかく封じるなら忍者の人格精神操作・・・)

草薙の話を珍しく魔女も黙って聞いている。

(あくまで力押しでいくならマスハッカーの中将・・・)


マスハッカー・・・

目標とする人間の心に干渉して思うような行動を起こさせる、
ハッキングとはそういうものであるのだが、
ごく少数ながら、
一度に多くの人間をハッキングできる異能者も存在する。
同時に多数の相手の行動を操ることをマルチハッキングといい、
それができる異能者のことをマルチハッカーという。

数人程度のマルチハッキングができるものは割といる。
十人以上を一度に操れるハッカーは少ない。
数十人をマルチハッキングするとなるとかなり難しい。
ましてや数百人を同時に動かせる者となると、
このレベルのハッカーはかなり限られる。というかほとんどいない。

数百人以上のレベルのマルチハッキングができる、
世界でもごく稀少なマルチハッカーのことを、
マスハッカーと呼ぶ。


中将は、
まさにそのマスハッカーだった。
彼はなんと監督配下の200人を同時に操ることができた。

監督の指示を受けて働く仲間たちの中で、
監督が生身の人間だと知っているのはごく少数にすぎない。
ほとんどは、監督のことを、
神、天、創造主、大いなる意志、などと解釈している。

監督は意図的にそのように振る舞ってきたし、
事実その方が指示を出して動かしやすいのである。

そして「神のお告げ」や「天命」を授けて仲間を動かす。
具体的にどのように動かすか、その細かい部分については、
ハッキングを手段として用いる。
一度に多くを動かす場合、それはマルチハッキングとなる。


これまで終末組との異能戦争において、
200人規模で一斉に仲間を動員する場面が何回かあった。
その際に監督は、
実際の指揮は中将に任せていた。

中将はマスハッキングが得意なだけではなく、
戦術眼にとても優れていた。
状況によって手駒をどのように動かすか、
どのように連携させるか、どのようなプロセスで勝利するか、
中将にはそれがイメージできた。


監督が、少女の封印に中将を起用するということは、
それはつまり、
監督配下の200人を一斉に少女封じに投入することを意味する。

中将が200人を率いた場面というのは、
いつも多対多のときだった。
たった一人の相手に対して200人規模で攻撃したことはない。

だが、死神や念仏が倒されたいま、
それだけの数押しが少女に対しては必要だと、
今回監督は判断するかもしれない。


(さあ・・・)

草薙は改めて言葉を発した。

(次の刺客は忍者か中将か・・・)

中将はすでに意を決したような面持ちで微動だにしない。

(監督はどちらを選ぶかな?)


八甲田山(1)

2007-01-18 22:43:29 | Weblog

さて、
久々にこの物語の話し手としての「私」の登場である。

私は、脳出血後遺症の中年女性に会ってから、
これまで数々のインスピレーションが浮かんできて、
それらを少しずつ頭の中で整理していく作業をしていた。


そんなある日のことである。

私は急に、
不思議とも思えるような強迫観念にかられた。

映画を観ないといけない・・・

映画のタイトルは真っ先に頭に浮かんでいた。
かつて日本で制作された映画だ。
どんな内容の映画であるかも理解している。

あの映画をどうしてもみるべきだ・・・

この奇妙な義務感に近い感覚は、
まるで壊れたレコードのようにそのタイトルを、
私の脳内で延々と繰り返し浮かび上がらせる。

私はまだ、
そのタイトルの日本映画をしっかりと観たことはなかった。
だから今回初めて観ることになる。

私はレンタル屋にいって、
その日本映画のDVDを借りた。
いてもたってもいられずに借りに行った。


おそらく、
その映画には何か大きなヒントがあるはずなのだ。
私がいま脳内で解凍している途中の膨大な情報ソースの、
おそらくはキーポイントといえる部分について、
より鮮明にイメージできるようになるための、
そんなヒントがその映画の中に、きっとあるのだろう。

映画のタイトルは「八甲田山」という。