なるほどな・・・
死神は少女を覗きながら納得した。
許せない身近なことが覚醒のきっかけになる、
これは、よくあるパターンだ。
実生活において家庭や職場や学校などで、
何ら深刻な苦悩のない異能者が、
危険な破壊企図を持ったケースを死神は知らない。
すべてが許せなくなって目覚めようとする者は、
多くは、
家庭内で親から暴力を振るわれていたり、
自分の肉体を不特定多数の男たちに売っていたり、
職業に就けず自宅に引き籠もったままだったり、
要するに、
すべてをリセットしたくなるような個人的理由が必ずある。
意識の中では、
名目上は社会全般への厳しい批判が最上位であったとしても、
無意識的には、
例外なく個人的事情から生じるリセット願望が根底にある。
死神は、
そのような哀しきリセット願望者たちに、
精神的に潰すようなことをこれまで延々とやってきた。
鬼のような仕事だった。
相手を潰すためには何でもやった。
手段を選ばなかった。
潰す相手の親兄弟、恋人、子供、最愛のペット、
狙える対象はすべて狙った。
異能者自身の防御はみな固いので、
直接的に本人を狙っても効果は薄かったりする。
時間もかかるし緊急時は間に合わないと困る。
それで相手にとって重要な存在を攻撃対象にする。
また、
異能者は受けた攻撃を周囲に弾いたりするので、
実際問題として本人を狙っても周囲が被害を受ける。
妹か娘のように十年来かわいがってきたペットが死んで、
鬱になった相手もいたし、
大事な親友が突然飛び降り自殺をして、
ショックで鬱になった者もいた。
思念を武器として戦う者を、心を潰すことで倒す。
鬱にしたら勝ちで鬱にされたら負けだ。
小さな子供を手にかけたこともあった。
人としての感情を殺さないとできないことだった。
どこか矛盾している・・・
数え切れないくらいの多くの人たちを守るために、
ごく少数の弱い者を傷付けたり殺したりする。
守るために殺す?
死神は敵に対して正義を主張することはなかったし、
敵と議論して考えを正そうと思ったこともない。
いつも汚くて醜いことでドロドロに手を汚しているのに、
どうして正義を声高く口にできるだろうか?
自分や自分たちのやっていることで、
大きな恩恵を得る人たちが大勢いるのは確かなことだ。
しかし、
そのためにごく少数の被害者を生み出してしまっている。
「こんな邪悪に染まった世界をなぜ守る!」
「人類の救済を貴様はなぜ阻止するのだ!」
心の会話が可能な敵対者に、
死神は似たようなことを何度も飽きるほど叫ばれた。
死神はこれまで、
悪魔とか鬼とか邪霊などとよく罵られてきたし、
自分でもそう思う。
間違っても自分自身を神や仏とは思えないし、
口が裂けても正義の味方だともいえない。
死神は綺麗事が好きではない。
愛だの真実だの正義だの救済だの救世だの、
耳障りのいい綺麗事を歌のように歌いながら、
この世の無数の人間の命を奪おうとする者を多く見てきた。
反吐が出るような思いがした。
破壊と再生によって人類を救う?
見上げた信念だ。
だが現実に行う行為は大量殺人にほかならない。
そのことへの覚悟が本当にあるのか・・・
明るい未来にするために今生きている多くの人を殺す、
そういう信念の者たちが、
真っ先に自分の家族や恋人や親友を殺したのを、
死神は一度も見たことがない。
なぜできないのだろうか?
まさか自分や自分の周囲だけは、
死なないし殺さないつもりでいるのだろうか?
それどころか、
死神に身の回りの誰かを傷付けられただけで、
彼らの心は挫折してしまう。
その程度の軽くて浅い覚悟なら最初からやめとけ、
自分の最も大事な人間を一番最初に殺せる者だけが、
未来を救うための大量殺人に挑戦してくれ、
死神はいつもそのように感じていた。