1999

~外れた予言~

少女対死神(5)

2006-11-30 04:52:27 | Weblog

なるほどな・・・

死神は少女を覗きながら納得した。
許せない身近なことが覚醒のきっかけになる、
これは、よくあるパターンだ。

実生活において家庭や職場や学校などで、
何ら深刻な苦悩のない異能者が、
危険な破壊企図を持ったケースを死神は知らない。

すべてが許せなくなって目覚めようとする者は、
多くは、
家庭内で親から暴力を振るわれていたり、
自分の肉体を不特定多数の男たちに売っていたり、
職業に就けず自宅に引き籠もったままだったり、
要するに、
すべてをリセットしたくなるような個人的理由が必ずある。

意識の中では、
名目上は社会全般への厳しい批判が最上位であったとしても、
無意識的には、
例外なく個人的事情から生じるリセット願望が根底にある。


死神は、
そのような哀しきリセット願望者たちに、
精神的に潰すようなことをこれまで延々とやってきた。

鬼のような仕事だった。

相手を潰すためには何でもやった。
手段を選ばなかった。
潰す相手の親兄弟、恋人、子供、最愛のペット、
狙える対象はすべて狙った。

異能者自身の防御はみな固いので、
直接的に本人を狙っても効果は薄かったりする。
時間もかかるし緊急時は間に合わないと困る。
それで相手にとって重要な存在を攻撃対象にする。
また、
異能者は受けた攻撃を周囲に弾いたりするので、
実際問題として本人を狙っても周囲が被害を受ける。

妹か娘のように十年来かわいがってきたペットが死んで、
鬱になった相手もいたし、
大事な親友が突然飛び降り自殺をして、
ショックで鬱になった者もいた。

思念を武器として戦う者を、心を潰すことで倒す。
鬱にしたら勝ちで鬱にされたら負けだ。

小さな子供を手にかけたこともあった。
人としての感情を殺さないとできないことだった。


どこか矛盾している・・・
数え切れないくらいの多くの人たちを守るために、
ごく少数の弱い者を傷付けたり殺したりする。

守るために殺す?

死神は敵に対して正義を主張することはなかったし、
敵と議論して考えを正そうと思ったこともない。

いつも汚くて醜いことでドロドロに手を汚しているのに、
どうして正義を声高く口にできるだろうか?

自分や自分たちのやっていることで、
大きな恩恵を得る人たちが大勢いるのは確かなことだ。
しかし、
そのためにごく少数の被害者を生み出してしまっている。


「こんな邪悪に染まった世界をなぜ守る!」
「人類の救済を貴様はなぜ阻止するのだ!」

心の会話が可能な敵対者に、
死神は似たようなことを何度も飽きるほど叫ばれた。

死神はこれまで、
悪魔とか鬼とか邪霊などとよく罵られてきたし、
自分でもそう思う。

間違っても自分自身を神や仏とは思えないし、
口が裂けても正義の味方だともいえない。

死神は綺麗事が好きではない。
愛だの真実だの正義だの救済だの救世だの、
耳障りのいい綺麗事を歌のように歌いながら、
この世の無数の人間の命を奪おうとする者を多く見てきた。

反吐が出るような思いがした。


破壊と再生によって人類を救う?
見上げた信念だ。
だが現実に行う行為は大量殺人にほかならない。
そのことへの覚悟が本当にあるのか・・・

明るい未来にするために今生きている多くの人を殺す、
そういう信念の者たちが、
真っ先に自分の家族や恋人や親友を殺したのを、
死神は一度も見たことがない。

なぜできないのだろうか?

まさか自分や自分の周囲だけは、
死なないし殺さないつもりでいるのだろうか?

それどころか、
死神に身の回りの誰かを傷付けられただけで、
彼らの心は挫折してしまう。

その程度の軽くて浅い覚悟なら最初からやめとけ、
自分の最も大事な人間を一番最初に殺せる者だけが、
未来を救うための大量殺人に挑戦してくれ、
死神はいつもそのように感じていた。


少女対死神(4)

2006-11-29 03:19:56 | Weblog

少女の近辺には、
最近いろいろと異変があった。

少女自身には何もない。
少女の知っている人たちに、
好ましくない出来事が、とにかく目立っていた。

高校のクラスメートの中の、
普段、少女が比較的話をする同級生の何人かが、
入院したり体調を崩したりしていた。

少女の親戚で不幸があった。
少女の家の近所で脳卒中や癌になる人がいた。
少女の両親が最近ケンカばかりしていた。


狙われているのは・・・私だ・・・

少女はそう考えていた。
間違いないと思っていた。

人間ではない邪悪な者たちに狙われている・・・

少女は、
幼少時から同様なことを何度か経験していた。
だから決して怖くはなかった。

自分自身には何も害は及ばないとわかっているので、
とりあえずは安心ではあるのだが、
自分と関係のある人たちに不幸が生じるのは、
とても容認できなかった。


自分の周囲の人間の中で、
少女に対して敵対的な言動や態度を取った者が、
何らかの不幸にあうことはよくあった。

それについては、
少女はいつも自覚があった。
少女自身が、そう強く念じていたからだ。
自分が心の中で不愉快な相手の不幸を望めば、
それに相当する結果が現実に起こった。

だが、
最近の周囲の出来事については、
少女は、自分としては心当たりはなかった。
だから少なくとも自分のせいではない。


私ではない別の誰かが何か悪いことをしている・・・

少女は、それぞれの出来事が起こった際に、
攻撃的な邪悪な気配を、しっかりと感じていた。
何かそういう気配を感じた時は、
自分なりの対処をすることに決めている。
邪悪な気配を発する何かを退けるための対処である。

しかし最近の一連の異変は、
かつての経験に比べると明らかに件数が多い。
ひとつひとつ自分なりの対処で撃退していても、
次から次へと新手の攻撃者がやってくるような印象だ。


ひょっとしたら・・・邪魔されているのだろうか・・・

少女は、
これらの異変が連発する数週間前から、
自分の中で、ある種の変化を実感していた。

変化とは、例えていうと脱皮に似ていた。

自分の中で眠っていた何か大きな力が、
ようやく目覚めてこれから爆発的に膨張するかのような、
そんな実感があった。

爆発的な大きなエネルギーがである。

そのエネルギーが、
具体的にはどういう種類のものなのか、
それも少女にはわかっていた。

怒りだ。

それまで身近にいた腹の立つような者たちへの、
個人的な怒りとは、まったく違っていた。
もっと大きな対象へのもっと大きな怒りである。

世の中全体への怒りというべきか。


少女はとても怒っていた。
大きく目を見開いて怒ることを覚え始めていた。
なぜ世の中にはこんなにも、
悲しすぎるほど腹の立つことが多いのだろうか・・・

親が子を殺したり、子が親を殺したり、
金目当ての強盗があったり、放火事件があったり、
ひき逃げや通り魔殺人があったり。

政治家は不正ばかり働いていて信用できないし、
企業の経営者は社員を酷くこき使っているようだし、
官僚や役人は国民や市民のための公僕なのか疑わしいし、
警官や医者の不祥事は絶えないし、
ヤクザは理不尽な存在そのものに見えるし、
マスコミは下らない偏った情報を垂れ流しているようだし。

世界中のどこかでいつも戦争や紛争があって、
必ず子供や病人や老人など弱い者が殺されているし、
強い国は弱い国を軍事力で脅しているし、
豊かな国と貧しい国の差が大きすぎて、
毎日どこかで飢えて死ぬ子供たちが大勢いるし。

地球全体で人間があまりに増えすぎてしまい、
自然を破壊し、資源を浪費し、
自分たちの住んでいるこの大事な地球を、
ただ毒している害虫でしかないようにさえ思えた。
人間すべてが・・・


少女はうんざりしていた。
いっそすべてを壊してゼロからやり直すべきだ。
大半の人口をごっそり減らして、
都市も文明も破壊して、お金や富もなくしてしまって、
全部やり直した方がいい。

少女はそう思うようになった。
以前は身の回りのことだけが悩み事だったのに。
自分は変わった。


全てを変えなければならない。

自分には他人にはない力がある。
自分は他の人間とは違う。
何も悩みもせず疑問も持たない大勢の者とは違う。
自分には・・・やるべきことがある。

自分が生まれてきたのは、
きっと、
全てをやり直すための大きな仕事を果たすために、
使命をもって生まれてきたのに違いない。

すべてを変える。
この腐りきった人間社会のすべてを。


少女をそこまで決心させるに至った、
ある決定的なきっかけが、ひとつあった。

少女は以前から、女性が、
欲望にくらんだ男たちにお金で肉体を買われることに、
嫌悪感を抱いていた。

それだけではなく、
女性が男性からただ性欲処理の道具のように扱われ、
そのような目で女性をみられることなども、
少女にとっては、同性として認めがたかった。

知識としては数年前からわかっていた。
でも、かつては自分からはどこか離れたところでの、
身近ではないことのように思っていた。

それがある日を境に、
どこか遠いところでの話ではなくなってしまったのだ。

それが少女を、決定的に、
世の中すべてへの怒りに目覚めさせてしまった。
それで何もかも許せなくなってしまった。


少女はある日、つい知ってしまったのだ。
自分の同級生のひとりの女の子が、もう何年も前から、
彼女の実の父親に、性のはけ口にされ続けていたことを。


少女対死神(3)

2006-11-26 08:19:49 | Weblog

そうか・・・割と美人なのか・・・

死神は少女を、
気付かれないように注意して覗きながらそう思った。
彼は冷血非情な殺し屋のように思われていたが、
美人には少し弱い。

これは・・・まずいな・・・

これから殺すか殺されるかの勝負をする相手に、
よけいな感情が邪魔するようでは、まずい。


死神は、教授が少女と戦ったのなら、
少女を探して覗くのは難しくないだろうと思っていた。
教授と自分には目に見えない連絡線のようなものがあり、
教授が強く関わった相手には、そこから辿ることができる。
たとえ教授が死んでいても。

教授を殺したのはこの少女で・・・間違いないな・・・

死神は、そう確信した。
教授を殺したのは、
この背の高い黒髪の近寄りがたいタイプの少女であると。


なんで監督には教授が死んだことがわかったんだろう・・・

これは少し死神を悩ませた。
お互いの心と心の通信機能については、
監督の方が上かもしれない、とは以前から感じていたが、
自分にも教授の死がピンと来てよさそうなものだ。

しかし・・・監督はどこか不気味な人だ・・・

死神はこれまでの監督と自分との付き合いを、
いろいろと思い出した。

8年前から現在まで続くこの仕事を一緒にやってきたのだが、
そのもっと前から、
監督とはずっと繋がりがあった。

最初は監督のことを生身の人間だとは思わなかった。
「神」だと思っていた。
監督がただの生身の人間だと気付いたのは、
なんと、ほんの3年前のことだ。

今現在、数百人いる仲間たちの中で、
監督のことを人間だと知っている者はとても少ない。
おそらく10~20人くらいだけではないだろうか。


監督には、どう考えても、
自分のことを意図的に「神」だと思わせている節がある。
きっとその方が仲間に指示を出しやすいのだろう。

監督が怒ると、
よくこちらの家のすぐ近くに雷が落ちたりする。
怒ったときだけでなく、
感激したときや驚いたときにも、よく雷を落とす。

それに監督は、相手の脳内に、
とてもおごそかで貫禄のある声を響かせることができる。
ほかの人間とは何か格が違うのではないかと、
思わず崇めてしまうような。


10年前に、
初めて監督の方から脳内に話しかけてきたとき、
死神は監督のことをいわゆる「神」なのではないか、
と思ってしまった。
そして、
外に出て夜空を見上げながら話しかけてみた。
あなたは本当に創造主たる神ですか、と。
すると、
信じがたいことに死神が見つめていた夜空の一点に、
流れ星がスーッと流れた。

それを見て死神は一発で信じてしまった。
本当に「創造主たる神」がいたのだと感激しながら。

監督はその10年前の流れ星の時から、
死神をいろいろと仕事に使うようになった。
死神には断る理由はなく、
ひとつひとつ感激しながら命じられるままに働いた。

最初の2年間は「封じ屋」として使われた。
危険な能力を目覚めさせようとしている人物を、
監督の指示通りに、
次々と死神は封じていった。


この世に「封じ屋」が必要とされる理由があった。

異能者は、能力を大きく開花させる際に、
この物質世界を破壊するような思念を出す傾向がある。
そしてそのような強力な思念は、
放置した場合、物質世界に奇妙な干渉をしてしまい、
ときに、地震や災害や紛争のきっかけになったりする。

異能者、特に若い年代の者が、
突如として眠っていた力を目覚めさせるとき、
往々にして、
世の中の不正や汚さや醜さに対する強い怒りが、
その萌芽になることが多い。

そしてその社会の負の側面への大きな感情が、
この世への破壊的衝動へと結実してしまう。
哀しいことだが。

「この世なんて滅んでしまえ!」
「こんな薄汚い世界はいらない!」
「いっそ全部を壊してしまいたい!」


死神にも、
若い頃そうなりかけた時が少しだけあったので、
それは実感としてよく理解できる。

そして、そのような世の汚さや醜さを許せなくなった、
激烈な破壊者になりかけている者を、
誰かが封じなければいけない。

その「封じ屋」の役目を、
監督が死神に任せるようになったのが10年前のことであり、
監督との付き合いはそれから続いていたのだった。


監督が生身の人間だと初めてわかったときは、
死神は、驚きのあまり全身が脱力した。
それから監督がどのような人なのか、
じっと注意して覗くようになった。

監督は・・・
ごく当たり前の普通の人間だった。
神でもなんでもなかった。

実生活では多くの人間となんら変わらず、
人を騙すし浮気もするし女も買うし立ち小便もするし、
まったく普通の人間だった。

死神は、監督の正体と実態を知り、
ショックを受けるとともに失望した。

それでも監督の指示する仕事は続けていた。
仕事の内容については、
多くの人のために、とても重要で必要なものだと、
死神は考えていたからだ。


少女対死神(2)

2006-11-25 03:48:51 | Weblog

少女は不機嫌だった。
最近、自分を狙っている何かが、
明らかに複数、それもかなり相当数いると、
はっきりわかってきたからだ。

彼女には、それが確信できるほど感知できた。


少女は女子高生である。
背が高い。黒いストレートヘア。
顔は、どちらかといえば美人の部類に入る。

少女の外見は、
ちょっと氷のように冷たそうに見える。
実際、どうみても温かい性格とはいえない。

負けん気が強く、気性が激しい。
それでも、
とりあえず日常生活ではクールさを保っている。

男にモテそうだとはよくいわれるのだが、
なぜか、それほどモテない。
どちらかというと敬遠されるタイプだ。


少女を高校に入ってから知った同級生たちは、
少女のことを、少し恐れていた。
しかし、
少女をもっと前からよく知っている同級生たちは、
少女のことを、ありえないくらい恐れていた。

はっきりいうと、
少女を同じ人間とは思っていなかった。


少女に対して悪口をいったり意地悪をした者は、
ほとんど例外なく、
事故でケガをしたり、病気になったり、
家族に不幸が起こったりしていた。

どう考えても少女の呪いのせいだ、などと、
オカルト好きの女子生徒たちはウワサしていた。
そのうち、
ウワサすること自体が怖くなって、
口にすることさえなくなってしまった。

このように、
以前から少女のことをよく知る人たちはみな、
少女を、自分たちと同じ人間だとは思っていなかった。
心の底から。


少女には、
家族にも同級生にもいえない、ある秘密があった。
彼女は、ほかの人たちにはないような、
不思議な能力をたくさん持っていた。

彼女は、
その不思議な能力の多くをどのように使うのか、
どのような方向に大きく開花させるのか、
自分の意思によって、これから、
どのようにも自由に選ぶことができるはずだった。

誰にも邪魔をされなかったならば。


少女対死神(1)

2006-11-24 02:30:25 | Weblog

死神は考えていた。
これから少女を抑える前に、
いくつかの疑問について納得できる答えがほしい。

教授はどのような手口で殺されたのか、
殺したのは本当にその少女なのか、
少女の能力の特徴はどのようなものなのか、
そして、
教授が死んだことを監督は知ることができたのに、
なぜ自分は気付くことができなかったのか、
などの疑問である。


教授は肉体を滅ぼされた。
つまり、生身の人として活動停止に追い込まれた。
心臓発作とのことだ。たぶん急死だろう。

このことはかなり死神を驚かせた。
死神自身、これまで数え切れないほどの敵を封じてきたが、
目標とする相手の肉体を直接的に滅ぼして殺したことは、
あまりない。
正確にいえばほんの3~4人しかいない。

ほとんどは、
深刻な鬱病に追い込んで薬漬けにするとか、
重症のアレルギー疾患などで年中苦しむようにしてきた。
要するに、
精神的に十分な力を発揮できない状態にしてしまう。
思念を武器とする者の世界では、これで十分だ。
腕をもがれた剣士のようなものだからだ。


異能者同士の戦いにおいて、
通常は、
お互いの周囲で巻き添えとなって死ぬ人間は多い。
特に攻撃力に優れた者との争いだと、
バタバタと周囲の者をなぎ倒しながらやり合うものだ。

自分には何も害がなくても、
知人や友人、あるいは親戚や家族に、
病気や事故や金銭的困難やさまざまな不幸が起こったり、
実生活の職場で他の誰かが倒れたりする。

自分と何らかの繋がりのある誰かを犠牲にすることで、
異能者自身はのうのうと無事に済んでいる。
そういうものだ。

異能者の世界とは外道の世界である。

周囲に及ぼす被害を気にする者は残れない。
不幸を撒き散らすようなマネをしたくないのならば、
いっそのこと人との縁を絶って、
孤独にならないといけない。

防御とは、
広義の意味では自分の周囲の人間を守ることも含む。
例えば死神は、
自分以外にも妻子の防御はしっかりと行っている。


教授は、教授本人が直接殺された。

思念で戦う異能者本人が肉体を滅ぼされるというのは、
殺された異能者の防御力がよほど低かったか、
あるいは、
相手の攻撃力がよほど強すぎたか、そのどちらかだ。

教授は決して弱くはない。
いや、むしろ、
仲間の間では屈指の強さを誇っていた。
防御も下手ではなかったはずだ。

その教授が心臓発作で殺された。
殺した相手の攻撃力が飛び抜けていたと考えるべきだろう。


これから仕掛ける攻撃は、
しっかり下調べしてからでないといけない。
教授を倒したというその少女について。


白い死神(5)

2006-11-20 19:44:44 | Weblog

さらに数日後、
私は、脳出血後遺症で寝たきりの、
あの中年女性とのやり取りを思い出していた。

200人以上の仲間がいて、
無事に生き残ったのはたった一割だけ、
と中年女性はいっていた。

たった一割だけ。約20人。

それ以外の九割くらいの人たちは、
ことごとく死ぬか廃人になってしまったとのことだった。
その過程を想像するだけで、
私は身の毛がよだつような思いがした。

それも最後の難関で、
みんなバタバタとやられていった、
確かそんなような内容だった。

最後の難関?

ほとんどが殺されてしまうような、
それほど悲惨な最後の難関とは、
いったいどんなものだったのだろう。


私はこの一週間、
自分の頭を占拠してきた「白い死神」について、
まだ解釈の途中ではあったものの、
ひとつの結論を導き出していた。

「白い死神」とは、
あの妙な中年女性のかつての仲間たちの一員であり、
かつ、中心人物のひとりであったはずであると。

中年女性は、
この場で話すと長くなるから夢の中で見させてやる、
それをゆっくりと覚醒した意識で思い出せ、
と私にいった。

私はあれからこの時まで、
はっきりいって、そのような夢を見た覚えはない。
しかし、
自分で夢を覚えていないだけで、
実際にはいつの間にか見ているのかもしれない。

私がこの一週間くらいずっと、
どこでも見聞きしたことのない「白い死神」について、
いろいろとイメージが湧いているのは、
それを私が夢の中で見ているからなのかもしれない。


それにしても不思議だ。
中年女性の仲間はほかにも大勢いたはずなのに、
「白い死神」についてのみ、
これほど強烈にイメージしてしまうのはなぜだろう。

私はその理由についてなんとなく考えた。
おそらく、
あのケンカっ早い中年女性にとって、
ほかのどの仲間たちよりも、
「白い死神」を最も強烈に記憶しているからではないか。

あの怪しげな中年女性の記憶の中で、
多くの仲間がいて、多くの出来事があって、
そのなかでどの記憶よりも、
「白い死神」の記憶が、
飛び抜けて重要なものとして残されているのではないか。


私は、
「白い死神」が自分の脳内に浮かぶ度に、
なにか付随する感情のようなものが漂っていることに、
うっすらと気付いていた。

多分、その感情は、
あのアクの強い中年女性が
「白い死神」に対して抱いていた感情であるのだろう。

頼もしさ、好意、憧れ、尊敬、ライバル心、嫉妬、
さらには・・・

深い悲しみ。


「白い死神」は生き残った一割だったのだろうか、
それとも、
死ぬか廃人になったそれ以外だったのだろうか。

私にはそれとなく察しがついていた。
中年女性の記憶における、
深い悲しみ・・・が何を意味しているのか、
ちょっと考えてみれば、それは容易にわかることだ。

「白い死神」が敗れてしまう最後の場面について、
私の脳内でなかなかイメージが浮かんでこない理由も、
私には見当がついた。
あの中年女性にとってあまりにも辛い出来事だったために、
きっと自分の記憶から、
何年も何年も、必死になって消そうとしたのだろう。


白い死神(4)

2006-11-19 17:06:03 | Weblog

色白の男は、監督と連絡を取りながら、
それまでの8年間を思い出していた。

色白の男や教授や監督たちは、
それまで何十年も続いていたある体制を崩した。
それも奇襲のような形で、
ある時期に突如として蜂起し一気呵成に崩した。

その後、
崩された側による反撃が始まった。
色白の男たちは、
その反撃を抑えるのに何年も時間を要した。
しかしそれもようやく下火になり、
趨勢がみえてきた・・・
この頃はちょうどそんな時だった。

色白の男とその仲間たちが行動を起こすまで、
世界は大きな勢力にずっとコントロールされていた。
彼らは、さまざまな国に大勢の有能な人員を擁し、
強力な異能を行使していた。

彼らの体制がほぼ確立したのは1945年のことだ。
確立させるために百年近い年月をかけていた。
いろんな年代に彼らは生き、
誰かが老いて退くとそれを埋めるように若い新人が加わり、
決して世代的に途切れることなく、
脈々と役割が引き継がれてきた。

彼らにはひとつの目指すプランがあった。
世界を大きく二分し、拮抗する強力な勢力同士を、
ある時期に全面的に武力衝突させて、
世界を灰燼と化す・・・

一度破壊してからすべてをやり直す。

そのための総仕上げを、
20世紀の終わりに行うはずだった。
誰にも邪魔されなければ。


色白の男や教授や監督たちは、
1980年代の終わり頃に、
それまで世界の体制を守ってきた勢力のスキを突いて、
彼らに攻撃を開始し、圧倒してダメージを負わせ、
ついには目をむくような鮮やかさで、
1945年以来40年以上続いた体制を崩壊させたのだった。

西側と東側・・・
アメリカを中心とする西側陣営と、
ソビエト連邦を中心とする東側陣営。
第二次世界大戦の後から世界は二つの陣営に別れて対立し、
ともに地球を何回でも荒廃させられるほどに核武装していた。

もしもどちらかが、
たった一発でも核ミサイルを発射したなら、
双方の陣営はそれぞれの多くの敵国の主要都市を、
一斉に報復合戦として核攻撃できるように常に準備していた。

危険極まりない一触即発の対立構造。

色白の男たちは、
あとほんの十年たらずというギリギリのタイミングで、
その対立構造を、
陰から堅固に維持していた異能者たちを掃討することによって、
城塞を崩すかのように打ち倒し、
世界を、人類を、全面核戦争から救った。
誰にも知られない方法でこっそりと・・・


最低の戦いだった。
ドロドロで薄汚くて陰惨で卑怯な戦いだった。

しかし色白の男はこう考えていた。
この世にもあの世にも綺麗な戦いなどない、
戦いとは、汚くて醜いものなのだと。

たとえ目的がどんなに崇高なものであっても、
実際にそれを達成するために戦いという手段を選ぶのなら、
それは、汚くて醜い道から逃げられないのだと。

色白の男は、
この異能者同士の大きな戦争の中で、
主力の中の主力だった。

味方の数よりも圧倒的に多い無数の敵を、
切り裂くようにこれまで倒してきた。


(死神よ、おまえの出番だ)

監督が色白の男に話しかけた。

(死神よ、少女を封じろ)

色白の男は、仲間からは死神と呼ばれていた。

(方法は任せる、頼んだぞ、死神!)


白い死神(3)

2006-11-18 19:22:52 | Weblog

私はその後も「白い死神」が気になっていた。
何日間も。

私はネットで検索してみることにした。
「白い死神」のキーワードで。

ひとつひとつ検索にかかったサイトを見ていき、
あるサイトに私は釘付けになった。

白い死神、シモ・ヘイヘ。


シモ・ヘイヘ?
初めて聞く名前だった。
どうやら過去に実在した人間のようだ。
私はこの人物を説明する文章を読んで、戦慄した。

これは・・・はたして人間なのか?
とても私と同じ人間だったとは思えない。
信じられない。

「白い死神」とヘイヘに異名をつけて呼んだのは、
彼に多くの同胞を殺された敵方だったようだ。
地獄のような極寒の戦場に降り立った「白い死神」である。


以下、シモ・ヘイヘに関する記述を、
Wikipediaから要約して引用する。

シモ・ヘイヘ、1905年フィンランド生まれ。
フィンランド軍人。史上最高の狙撃手のひとり。
第二次世界大戦でソビエト赤軍と戦った。

ヘイヘは平均気温-20℃から-40℃という酷寒で、
公認記録505人のソビエト軍兵士を狙撃にて殺害、
ソビエト赤軍から「白い死神」と恐れられた。

特に有名なのが、4000名のソ連兵に対して、
ヘイヘを含むフィンランド兵わずか32人が迎撃した、
通称「キラー・ヒルの戦い」であり、
この防御戦によってついに終戦までフィンランドは、
コラー河付近の領土を赤軍から守り抜き、
のちに「コラー河の奇跡」と呼ばれた。

ヘイヘは旧式銃でなんとスコープを使わずに狙撃した。
スコープを使用しなかったのは、
光の反射で自らの位置を悟られないためだった。
彼は狙撃訓練でいとも簡単そうに、
150mの距離から一分間に16発の射的に成功した。
この速射能力と、
300m以内なら確実に頭部狙撃したという射撃精度が合わさり、
恐るべき効率で敵軍を蹂躙する「白い死神」が誕生した。
彼は、狙撃による505人の殺害を、
負傷するまでのわずか100日程度の短期間で行った。


ただただ恐ろしい。
こんな人間がかつてこの世に実在していたのかと、
私は絶句した。

私の中で数日前からイメージが浮かんでいた、
「白い死神」とまさに特徴が一致する。
しかし、
どこか違和感があった。何かが違う。
ピッタリと一致しているのに何かが違う。

私はこの数日間で、ある確信に至っていた。
「白い死神」はほんの十年前まで活動していた・・・はずだ。
この日本で。日本人として。

このシモ・ヘイヘは、
私の脳内に浮かんだ「白い死神」の特徴を、
さらに明確にするのにとても手助けになった。
私の気になっている人物も、
きっとシモ・ヘイヘのような史上最高のスナイパーで、
奇跡的な戦闘実績があるはずなのだ。

ただ違うのは、
ヘイヘのような昔の大戦時ではなく、現代が舞台であり、
使った武器は銃ではなくて、強い思念による・・・

いや、わからない。
正確なことは私にはまだわからない。


白い死神(2)

2006-11-18 02:38:20 | Weblog

1990年代の半ば、日本。
この頃、まだ色白の男は生きていた。

色白の男はとても色が白く、
幼少の時から、女のような肌だとよくいわれていた。
雪のように白いという形容さえ嘘には思えない、
そんな男だった。

若い頃はモテた。
40才代になってからもモテた。
既婚者だった。妻子がいた。
美人の妻には頭が上がらず、他の女性に接近されても、
あまり遊んだりはしない方だった。

サラリーマンだった。
職場での仕事ぶりはとても有能で、
上司からも部下からも、高い評価を受けていた。


彼にはある秘密があった。

家族にも同僚にも友人にも明かせない、
いや、決して明かすことのできない秘密だった。

色白の男は、
ほかの大勢の者にはない能力を数多くもっていた。
いわば異能者といえる類の人間だった。
しかも、
この時代におけるあらゆる異能者の中の、
トップランカーだった。
文字通り第一人者といえるほどの絶対的な存在だった。

それまで彼は、
多くの戦いを生き抜き、多くの敵を破っていた。
誰よりも多くの敵を。


ある日、連絡が彼に届いた。
電話でも手紙でもない、もっと違う手段での連絡だった。

(教授が死んだ)

誰からだろう?
色白の男は少しうつむいて集中した。

(知ってるか? 教授が殺された)

(今朝のことだ、あの教授が殺された)

教授という人物はよく知っていた。
別に大学の教授だというわけではないのだが、
とても知的で切れ者の、彼の仲間だった。

(封殺なんかじゃない、肉体そのものを滅ぼされた)

(心臓発作で死んだらしい)

連絡してきた相手が誰か、見当がついた。
監督だ。

(目覚めてはいけない少女が目覚めようとしている)

(これまで10人がその少女に殺された)

(10人全員が肉体を滅ぼされた)

(教授が10人目だ)

教授は実際は教授ではないが、
監督は実生活でも本当に監督らしい。
数多くいる仲間たちを取りまとめている人物だ。

しかし・・・
色白の男はとても気になった。
目覚めてはいけない少女?

(恐ろしい少女だ)

(たったひとりで世界に引導を渡せる少女だ)

(我々がこの8年間やってきたことを・・・)

(すべて無に戻せるほどの化け物だ)


この8年間やってきたこと・・・
色白の男は、
自分がしてきたことを思わず回想してしまった。
それは、
とても楽しい思い出とはいえないものだった。

彼のこれまでの8年間は、血塗られていた。
みんなそうだ。
教授の8年間も、監督の8年間も、
ほかの仲間たちの8年間も、
血まみれで、血で血を洗うような、
誰にもいえない、誰にも自慢できない、
そんな8年間だった。

たったひとつの目的のために、
色白の男も、教授も、監督も、みんなも、
薄汚くて暗い裏道を手を汚しながら通ってきたのだ。
たったひとつの目的のために。

世界を滅ぼさない。
ただそれだけのために。


白い死神(1)

2006-11-16 22:00:16 | Weblog

ある日、
私が本屋で立ち読みをしていた時のことだ。
何気なくあるひとつの言葉が浮かんだ。

白い死神。

最初、この言葉の意味は全くわからなかった。
そしてなぜ突然、何の脈絡もなく私の脳内で浮かんだのか、
その理由も理解できなかった。

本屋を出たあとも、
街を歩いているときも、
自宅に帰ってからも、
何度か私の脳の中で浮かんでは消えていた。

白い死神。

はて、これはどういう意味があるのだろう?
私は考え込んでしまった。


数日後、私の中でさらに変化が起こった。
いくつかの言葉がモザイク模様のように浮上した。
無敵、無敗、常勝、圧倒的、驚異、脅威、恐怖の的、畏敬の的・・・

これは・・・ひょっとしたら・・・
私は特に根拠もなく想像した。
「白い死神」にまつわる何かなのではないだろうかと。

もしかしたら、
周りから常に驚きをもって恐れられ、
「白い死神」と異名されるような誰かがいて、
その誰かについて、私の中で、
鮮烈なイメージが繰り返し浮かんでいるのではないだろうかと。


白い・・・死神・・・

私はいつのまにか、
つい、口に出してつぶやいてしまうようになっていた。
魔力の込められたような響きがあった。

白い・・・死神・・・?

一体どういう意味なのだろう。
無敵で無敗で常勝で圧倒的な人だったのだろうか、
昔どこかにいた人なのだろうか、
それとも今どこかにいる人なのだろうか、
どこの国のどの地方の人なのだろうか、
男なのか女なのか、
どんな顔でどんな体格の人なのだろうか、
そしてその人は、何を考え何を信じ何をした人なのだろうか、
あるいは、いま何かをしている人なのだろうか。

死神??

人間なのだろうか、それとも、
人間ではない別の何か・・・なのだろうか・・・


いくら考えても答えは出なかった。
数日後にさらなるイメージが湧いて出てくるまでは。