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The Wonder Years 【医療・介護・訃報・葬儀】

医療・介護・葬儀ニュースを発信するお役立ちブログ(後身医療/訪問介護/老人ホーム/葬儀社/お葬式)

絆くれた娘

2011-10-22 | 印象的な話
 染色体異常の難病「18トリソミー」の子どもたちと生きる家族らを追い、命の尊厳を問うドキュメンタリー映画「うまれる」(豪田トモ監督)の上映会が、11月23日に中土佐町久礼の町民交流会館で開かれる。同じ難病と闘い、8月に2歳で亡くなった同町の田井絆乃(はん・な)ちゃんの家族が「地元でも病気のこと、絆乃が一生懸命生きたことを知って欲しい」と企画した。

 18トリソミーは18番目の染色体が1本多いことが原因で、1年後の生存率が数%とされる難病。絆乃ちゃんは生後1年間を病院で、1年間を自宅で過ごした。

 母親の美穂さん(27)は「絆乃はただ自分の人生を一生懸命生き抜いた。私の自慢の娘」といとおしむ。

 美穂さんは夫の友さん(32)とともに毎日、病院に通った。一日一日を大切に過ごすようになり、ブログに絆乃ちゃんとの日々をつづった。

 「あなたのママになれて本当によかった。ちゃんと心からそう思えるよ」

 無理といわれた在宅療養も多くの人の助けで実現し、絆乃ちゃんは自宅で家族と過ごした。美穂さんは「『生きよう』というパワーがすごくて、こんなに小さいのに、どうしてそんな力があるのだろうと、娘から感じた」と話す。

 今年7月末、高知市内の上映会で、夫妻は美穂さんの姉のセラピスト浜田夕佳さん(32)と一緒に「うまれる」をみた。美穂さんは同じ病気の子の姿を見ると泣いてしまうのではないかと身構えたが、心から共感した。「きれいなことだけではなく、人の痛みや悲しみをありのまま描いている。それでいて、あたたかい気持ちになった」と浜田さん。3人で話し合い、「地元の人にもこの映画を見てもらいたい。絆乃の病気を知ってほしい」と上映会を企画することにした。

 しかし、絆乃ちゃんは約2週間後に急逝。葬儀の夜、浜田さんが上映会の実行委員長を引き受けた。町職員労組も支援してくれた。

 美穂さんは「18トリソミーという病気をネットなどで調べると、残酷なことばかりが書かれている。しかし家に帰って元気に過ごしている子もいるし、いろんなことができるようになった子もいる。もっと希望があることを知ってほしい」と話す。前売り券は一般800円、中・高校生400円、小学生以下無料。問い合わせは中土佐町職員労組(0889・52・3280)へ。(釘田寿一)


http://mytown.asahi.com/kochi/news.php?k_id=40000001110220003

貧しくても正直に。ごみ置き場で拾った2500万円相当を警察に届けた青年。(タイ)

2011-10-18 | 印象的な話
今月6日、タイ東北部ブリーラム県にて、ダイヤモンドや金など総額1000万バーツ(約2500万円)相当の宝飾品が、誤ってゴミとして捨てられてしまうという騒ぎが発生した。

ゴミとして宝飾品を出してしまったのは、ブリーラム市内の宝飾店「ペート・クンルアン」。親類の葬儀のため数日家を空けることになった店主は、万が一泥棒が入ってきてもその目をごまかせるようにと、高価な宝飾品をビニール袋に詰めゴミ箱に入れておいた。そして数日後、葬儀を終えた店主は店を開けて、お手伝いさんに掃除をするよう指示。その際、何も知らないお手伝いさんが誤って宝飾品を捨ててしまったのだ。その総額なんと1000万バーツ(約2500万円)以上である。

宝飾品が捨てられてしまったことを知り驚愕した店主は、すぐに店の前のゴミ置き場を確認したがすでに無く、そのため市内のゴミ集積場に車を走らせ場内で1時間以上探し回った。結局宝飾品を見つけ出すことはできず、警察に届け出たのである。

警察はすぐに捜索を開始し、ゴミを集めている若い男性が防犯カメラに映っているのを発見した。しかし、画質が悪くどうしても人物を特定することができないでいた。そんなとき、ある男性が警察署に現れ落とし物として宝飾品を届け出たのである。

宝飾品を届け出た男性は、県内の大学に通うティンパットさん(21)。家が貧しい彼は、土・日、および学校の長期休みの際に、自転車で市内を回ってゴミを拾うアルバイトをしていた。今回の宝飾品はその時に拾ったのだという。

ティンパットさんは宝飾品について、当初は偽物だろうと考えていた。なにせ本物の宝飾品を捨てる人などいるはずがないからである。しかし、万が一と思って周りの人びとに聞いて回ったところ、どうも本物らしいということが分かった。そこで、すぐに警察署に届けたのだという。

店主は男性の正直な行動に感謝し、学費の援助金として1万バーツ(約2万5000円)を送った。また、警察の捜査協力に対しても謝礼金として10万バーツ(約25万円)を送ったのだった。ただ、1000万バーツの落とし物に対しては、あまりに謝礼金が少ないという批判の声がタイ国内でも挙がっている。

http://japan.techinsight.jp/2011/10/wakasone201110131450.html

「ニッポンの役に立ちたい」 もうひとつのトモダチ作戦

2011-08-09 | 印象的な話
 舞い上がる砂ぼこり、山積みのがれき、倒壊したままの家屋、異臭――。あの瞬間から5カ月がたった今も、津波の傷痕に苦しむ東日本大震災の被災地。復興の戦力となるボランティアの人数は5月のゴールデンウイーク以降、減少傾向にあるのが実情だ。そんな中、円高をものともせず、夏休みを利用して遠い日本にボランティアに来る外国人が増えている。民間レベルで続くもうひとつの「トモダチ作戦」を追った。

 東北地方で初めて世界文化遺産に登録された「平泉の文化遺産」(岩手県平泉町)からそう遠くない一ノ関駅から、緑と霧に覆われた山道を車で1時間ほど進むと、被災地支援のNGO(非政府組織)クラッシュジャパン(東京都東久留米市)の拠点「一関ベースキャンプ」がある。

 クラッシュジャパンは2004年の中越地震を機に設立されたキリスト教系の援助団体で、世界中からボランティアを受け入れて活動している。東日本大震災では、被災地に支援物資を供給しているほか、ボランティアを派遣するなどで救援活動を展開。一関のほか、仙台市や岩手県遠野市など合計5カ所に活動拠点を設けている。一関ベースキャンプは気仙沼市や陸前高田市などの被災地に車で約1時間の距離だ。

■被災地の光景にショック

 外国人ボランティアたちの朝は早い。毎朝午前6時前に起床。朝食を済ませ、9時前には被災地のボランティアセンターに出向く。近くの気仙沼市のボランティアセンターなどでは、毎日9時ごろに仕事の割り当てが決まるからだ。

 この日に彼らに割り振られた仕事は、津波の影響で2階部分の床下まで浸水したという家屋の清掃。大量に発生したハエが体にまとわりつくなか、マスクとゴーグルを着け、がれきが散乱する家の中に入る。

 「こんな光景は見たことがない。まるで、原爆が落とされた後のヒロシマのようだ」――。がれきの山となった気仙沼市の街並みを見ながら、カリフォルニア州サンディエゴの大学院生テイラー・イェンさん(23)は絶句した。

 現場に到着すると、車中では談笑していたボランティアたちの目つきも変わり、すぐさまスコップなどを手に取ってがれきの撤去作業や床磨きを始める。1つの作業が終わっても、すぐに次の作業を見つけて作業を続ける光景は午後3時まで続く。

■「日本行き」反対の家族を説得

 はるばる海を越えて奉仕する彼らを突き動かすものは何なのか――。カリフォルニア州フラートンの大学に通うベス・ワージントンさん(20)は「言語も文化も異なる日本は遠い存在。震災前は自分が日本を訪れるとは思ってもいなかった」と打ち明ける。しかし「震災のニュースを見て、心が動かされた。実際に被災地に行って、助けなくてはならないと感じた」と話す。

 ニューヨーク州バッファローの大学生フランク・アンさん(23)も「命を落とした人のことを考えると心が痛む。せっかくの夏休みを無駄にしてはいけない」とボランティアを決意した。

 外国人ボランティアの家族の多くは、福島第1原発の事故の影響を心配して、彼らの「日本行き」に当初は反対した。ただ、彼らの熱意を理解し、サポートに回ってくれた家族も多いという。

 米国からの場合、日本に来るための費用は1人当たり約4000ドル。学生たちは、知人に手紙を送って支援を募ったという。「自分の分も被災地のために働いてきて」と彼らを応援してくれる人も少なくないそうだ。彼らの滞在期間は約2~4週間。観光する予定はほとんどなく、ボランティア活動に終始して離日する。

■被災地で高い評価

 外国人ボランティアたちのまじめな仕事ぶりは、被災地でも高く評価されている。自宅の清掃を彼らに手伝ってもらったという気仙沼在住の小野寺由美子さんは最初、「なんでわざわざ日本まで来てくれたのだろう」と驚いたという。だが、彼らの働きぶりを見て「今までで一番、片付いた。本当にありがたい」と涙ぐみながら感謝の気持ちを表現する。「家がきれいに直ったら、遊びにきてほしいとみんなと約束した」

 午後5時。一関ベースに戻って来たボランティアたちの中に、リーダーとして学生たちを引き連れてカリフォルニア州サンノゼから来たビクター・クォンさん(57)がいた。「1軒1軒、助けていく。小さい努力かもしれないが、それが大きな被災地復興につながる。こういった支援をこれからも続けなくてはならない」と力を込める。ビクターさんは、来年もまたボランティアとして被災地に来る予定だ。

 米国は震災直後から米軍による「トモダチ作戦」を展開し、支援活動をおこなった。在日米大使館のカレン・ケリー報道官は「トモダチ作戦は終わったが、米国政府と米国人による支援は続く」と話す。これからボランティアに参加するという、サンモール・インターナショナルスクール(横浜市)で中高等部校長を務める米国人トレント・シトラノさんも「トモダチ作戦の精神は民間レベルに根付いている」と力を込める。

■ボランティアの1割超が外国人

 外国人ボランティアは、米国以外の世界各地からも日本に次々到着している。7月に岩手県大船渡市や陸前高田市で約2週間、ボランティア活動をした南アフリカの学生ら11人は、ケープタウンから約21時間かけて日本にやってきた。

 旅費は1人約2万ランド(約23万円)。リーダーのバーニー・トレプトウさん(32)によると「円高でコストも上昇、資金が集まらず来日を諦めかけたメンバーもいた」という。

 外務省によると、少なくとも16カ国43の非政府組織(NGO)団体がボランティア活動のために来日した。気仙沼市社会福祉協議会ボランティアセンターには、外国人のボランティアは毎日途切れることなく訪れ、全体の1割にものぼるという。「日本人は週末だけの活動が大半だが、外国人は長期滞在者が多いので助かる」(宮古市災害ボランティアセンター)という話も多く聞かれる。

 日本人のボランティアはどうだろうか。全国社会福祉協議会によると、東北3県のボランティア参加者の延べ人数はおよそ59万5000(7月24日時点)。ただ、阪神大震災で兵庫県が算出した発生4カ月時点でのボランティア参加者数に比べると半分程度だ。

 クラッシュジャパン本部で働く米国人ラモナ・ガーネットさん(41)は「東京は震災前と変わらない状況になりつつあるが、被災地のことを忘れてはダメ」と訴える。「愛の反対は憎しみではなく無関心」――。マザーテレサの言葉の意味は大きい。

http://www.nikkei.com/life/living/article/g=96958A90889DE1E1E6E2E2E0E2E2E2E1E2EAE0E2E3E3E2E2E2E2E2E2;p=9694E3E1E2EBE0E2E3E3E6E0E6E1