ベンガルのうた・内山眞理子 

内山眞理子の「ベンガルのうた」にようこそ。ここはエクタラ(歌びとバウルの一弦楽器)のひびく庭。どうぞ遊びにきてください。

わたしを愛するものたちは

2018-06-28 | Weblog

 

 

わたしを愛するものたちは

タゴール

 

 

この世界で

わたしを愛するものたちは

わたしをつかまえておこうとする

かたい縄でしばって。

あなたの愛はすべてにまさって大きく

あなたのやり方こそ新しい、

しばらず、すがたを見せず

あなたのしもべを放ちおく。

・・・

 

内山眞理子抄訳

 

 

 

 

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あなたといつも タゴール

2018-06-19 | Weblog

 

 

 

あなたといつも

タゴール

 

あなたといつも仲たがい

もう耐えられないーー

日に日に つみあがる

あまたの負い目。

みなが礼拝のため

晴れ着であなたのもとに来る、

わたしは粗末ななりで

誇りもなく 人目をさける。

 

心のいたみをわかってもらえるだろうか、

心は口をきけなくなった、

あなたに言葉ひとつ

語ろうとしない。

いま その心を退けないで

誇りなきものを すくいたまえ、

あなたの足もとで

永久(とわ)のつぐないをさせたまえ。

 

 

内山眞理子 試訳

 

 

 

 

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愛の手に タゴール

2018-06-18 | Weblog

 

 

愛の手に

タゴール

 

 

愛の手にゆだねようと

わたしは待ちつづけた、

時がすぎて日がくれた

あやまちを重ねつつ。

決まりごとという縄をかけようと

近づく者あれば わたしは逃げる

そのために罰をうけるなら

よろこんでうけよう。

愛の手にゆだねようと

わたしは待ちつづけた。

・・・

 

内山眞理子 抄訳

 

 

 

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妨げはきつく

2018-06-14 | Weblog

 

妨げはきつく

タゴール

 

妨げはきつく はなれたい

はなれようとすれば 痛みがうずく。

自由をえようと あなたに乞うのは

ひどく恥ずかしい。

わたしは知っている 

あなたは人生の至高の善 比類なき宝

それなのに ひびわれたものばかり家にあふれ

どれも捨てられない。

 

あなたをおおい隠す塵ほこりで心は

いくえにも押しころされる

身をつくしてそれらを憎むが

なおも それらを愛している。

・・・・・・

 

内山眞理子抄訳

 

 

 

 

 

 

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名をあなたが消し去りたまう日に

2018-06-13 | Weblog

 

名をあなたが消し去りたまう日に

タゴール

 

 

名をあなたが消し去りたまう日に

わたしは解きはなたれて生きる 主よーー

じぶんでつくる夢からはなれ

あなたのなかに生まれる。

み手でしるされた相をかくし

わが名の印をきざみつけ

なお生(よ)の日々がすぎゆくのか

この重い荷をせおって。

・・・・・・

 

 

内山眞理子 抄訳

 

 

 

 

 

 

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あなたの慈しみを

2018-06-11 | Weblog

 

 

あなたの慈しみを

タゴール

 

 

あなたの慈しみをねがうすべを

知らずとも 慈しみもて

あなたのみ足もとに

引きよせたまえ。

わたしは祈り堂をこしらえ

われを忘れてここちよく

花や果実をそなえては

幸(さき)はう祈りをささげるーー

その塵ほこりにまみれた遊び堂の

わたしを嫌って疎んじたまうな

慈しみもて 火の槍を投げよこし

目ざめさせたまえ。

・・・・・・

 

内山眞理子抄訳

 

*ベンガル語原典『ギーターンジャリ』から。英訳本にはありません。

 

 

 

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ワイダ監督の映画『コルチャック先生』

2018-06-10 | Weblog

 

映画『コルチャック先生』

アンジェイ・ワイダ監督

 

 

「20世紀が生んだ偉大な人道主義者

コルチャック先生の半生を、深い敬意と共に描く」

この映画は1990年のカンヌ国際映画祭で上映されました。

 

映画の後半部に、孤児たちがタゴールの劇『郵便局』を

練習するシーンがあります。短いけれど印象深いひとこまです。

つづいて、その夜でしょうか、孤児院で働く若い男性と女性が、

コルチャック先生の部屋をたずねてきます。

二人は「ぼくたち、結婚したいんです」と打ち明けます。

するとコルチャック先生がいいます。

 

「どんな助言も君たちには向かない。

言葉は貧しく力がない。

君たちに神を与えることはできない。

自らの心の中に見出さねばならない。

祖国も同じだ、君たちが探し出すべきものだ、

君たちの心と思想のなかに、ね。」

そして愛について、慈悲について、希望について語り、

コルチャック先生は二人を祝福するのです。

 

ワイダ監督はこの映画に、希望へのメッセージを込めました。

希望をもたらすすべての調和を、さいごにタゴールの

ヒューマニズムにゆだねた、

私にはそのように思えてなりません。

 

***

当ブログ

タゴールの戯曲『郵便局』

いのちのつとめは タゴール

コルチャック先生とタゴールの戯曲『郵便局』

もあわせてご覧ください。

 

 

 

 

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コルチャック先生とタゴールの戯曲『郵便局』

2018-06-06 | Weblog

 

 

コルチャック先生とタゴール『郵便局』


コルチャック先生ことヤヌシュ・コルチャック(1878-1942)は、ポーランドのユダヤ人、医者で教育者として知られます。

ワルシャワに、戦争孤児たちを受け入れる寄宿学校をつくりました。

コルチャックがその生涯をつうじて、子供たちをどう愛したのか・・・

それを知るてがかりの一つとして、タゴールの戯曲『郵便局』があると思います。

1942年7月18日に、寄宿学校の子供たちが『郵便局』を上演しました。

当時、タゴールの作品はナチスの検閲で禁じられていましたが、コルチャックは敢えてそれをえらびました。

これは、コルチャック先生の子供たちへの贈り物だったのです。

 

では、岩波ジュニア新書『コルチャック先生』から引用させていただきます。

 

岩波ジュニア新書

『コルチャック先生』

近藤康子著

 

一時間の美しい物語を上演します。

一人の思想家、詩人がきっと崇高な魂の

感動を与えてくれるでしょう。

ご参加をお待ちいたします。

開演 1942年7月18日、土曜日

午後4時30分

孤児院長 ゴールドシュミット

J. コルチャック


これが、このときの招待状です。

「一人の思想家、詩人」とは、もちろんタゴールのことですね。

 

同書「第6章ワルシャワ・ゲットー」にはコルチャックの最後の日記があります。

日記最後の日付は8月4日。8月5日か6日に、コルチャックは子供たちとともに

死の収容所トレブリンカへ移送されました。

 

 

 

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いのちのつとめは タゴール

2018-06-04 | Weblog

 

 

いのちのつとめは

タゴール

 

 

いのちのつとめはすべて

終わったわけではなかった

わたしは知っている それでも

失われたのではなかったことを。

花は ひらくことなく

地におちた

河は 砂漠で

水のすじを消した

わたしは知っている それでも

失われたのではなかったことを。

・・・・・・

 

内山眞理子 試訳

 

 

* この詩はとてもよく知られた詩です。

次回は、本「コルチャック先生」をご紹介します。

ヤヌシュ・コルチャック(1878-1942)はポーランドのユダヤ人です。

ワルシャワに、戦災孤児たちを受け入れる寄宿学校をつくりました。

1942年7月18日に、寄宿学校の子供たちが、タゴールの戯曲「郵便局」を上演しています。

コルチャック先生の子供たちへの贈り物として、この戯曲がえらばれたのです。

それからまもなく8月6日に、コルチャック先生と孤児たち200名がトレブリンカヘ移送されました。

 

 

 

 

 

 

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タゴールの戯曲「郵便局」

2018-06-01 | Weblog


タゴールの戯曲「郵便局」

 

 

詩人タゴールは数多くの詩を書き、さらには歌もつくりました。

また、戯曲も書いていて、音楽劇の作品もたくさんあります。

 

ちいさな作品といえるかもしれませんが、戯曲「郵便局」という象徴的な作品があります。

登場人物も、人の世の営みを象徴するような人びとが出て来ます。

 

主人公は、オモルという坊やです。病気のために外に出ることを禁じられています。 

外に出られないオモルは、プロホリ(時まわり)が近くにまわって来るのを心まちにしています。

 

プロホリとは prahari、 銅鑼をたたいて時刻をしらせて回るひとでしょうか、番人とか見張り番の意味もあります。古い時間の単位プロホル prahar (約3時間)から。

 

ある日、オモルが「ねえ教えてよ。どういうわけであんたの銅鑼は鳴るの?」とききます。

時まわりが言います、

「みんなに、時はだれをも待たずに永遠にすぎさっていく、それを知らせるために銅鑼は鳴るんだよ」と。

 

オモルは Amal で、純粋な、無垢な、汚れをしらない、という意味ですね。

仕事がら時の流れをみんなに知らせる大人がいて、かたや、不治の病の幼い少年は、時が経つことに夢をたくしているのです。いつか時がくれば、外の世界へ出ていけると信じて。


プロホリ(時まわり)から、新しくできた郵便局のこと、郵便配達や手紙のことをオモルはおしえられます。郵便局は王さまのもので、いつかいい日にオモルにも手紙が来るだろうとプロホリ(時まわり)は言います。オモルは、王さまからの手紙を待ちこがれます。

 

*アポロン社刊『タゴール著作集1』を参考にしました。「時まわり」という訳語がちょっと謎めいて心をとらえます。

 次回の話題は本「コルチャック先生」になりますか・・・

 

 

 

 

 

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