えりこのまったり日記

グダグダな日記や、詩的な短文、一次創作の書き物など。

明日、浪漫亭で 9話

2020-07-15 21:38:00 | 書き物
- 9話 -
仕事が終わって、従業員用の出口から外にでた。
ひんやりした風が首筋を撫でて、襟元を寄せる。
彼とあの個室の店で逢った時は、まだ少し暑さが残っていたのに、もう11月も終わり。
そろそろ、冬の気配を感じ始める頃だ。
あれからは、前よりもマメに連絡をくれるようになった。
無理して連絡して欲しい訳じゃなかったけど、声が聞けたり今何をしてるか教えてくれるのは嬉しい。
今日は、ドラマの撮休日だから会わないかとメッセージが来たのは夕べ。
10月から始まったドラマの撮影で、ずっと会えないでいたから、会えるのはあれ以来だった。
あの時はまだ夏の装いで、今はもう冬の服。
前に好きだと言ってくれたカットソーワンピース。
落ち着いたワインカラーも似合うって言ってくれた。
覚えていてくれるかな…
久しぶりに彼と会えると思うと、更に足取りが軽くなる。
けど…
気になってることがある。
一昨日に写真週刊誌に出た、彼の先輩の写真。
芸能人じゃない、一般のお相手とのツーショット。
不倫でもなんでもない、付き合ってる2人の画像なら気にしないでいいのかなって思ってたのに。
事務所が対応に追われてるって、スマホのニュースアプリで見た。
俳優さんに彼女がいたらダメなの?
もしかして…
いけない、こんな後ろ向きじゃ。
私これから、彼と会えるんだよ。
こんなこと考えられないくらい、嬉しいんだから。
その嬉しさに、ポツッと黒い染みが付いたまま、待ち合わせ場所に急ぐ。

待ち合わせは、オフィス街にあるチェーン店のコーヒーショップ。
そんな、人目のある所でいいの?って聞いたけど、大丈夫大丈夫と笑ってた。
さすがに食事するお店は、ドラマで共演してる俳優さんに教えてもらったとか…
なんだか不思議。
彼は俳優仲間の噂話なんてしないし、私もそんなこと興味はないもの。
だから、たまによく知ってる俳優さんの名前が、彼の口から出てくると驚いてしまう。
それは、先輩だったり仲のいい共演者だったりするのだけど。
待ち合わせのお店に近づいたら、通りに向いてる席にキャップを目深に被った彼が見えた。
ちょうど顔を上げた時に目が合うと、肘をついて耳の横で掌をひらひらと振ってる。
その瞬間、目の端にチカッと眩しい光が見えた…気がした。
え…なに、今の?
キョロキョロと周りを見渡したけれど、何も無かったみたいに、さっきと同じ景色が見えるだけ。
不思議に思いながら、コーヒーショップに近づくと入り口から彼が出て来た。
こげ茶のブルゾンに黒のカットソーとスキニーパンツ。
…また、痩せたみたい。
ドラマの撮影がハードなんだろうな。
パッと私の手を取って、ニコッと笑顔になった彼に胸の奥がきゅっとなった。
手を繋いだまま、歩きながら思い出してた。
さっきのは、なんだったんだろう…


久々に会えた彼女の手をぎゅっと握ると、照れた顔で微笑んだ。
今のドラマの役は気に入っているけど…今日撮休になって良かった。
でないと、年末まで会えないところだったんだから。
俳優仲間に聞いた店は、意外にも繁華街の通りから一本入った場所にあった。
人の多い繁華街の中にも、結構隠れ家的なお店はあるんだな。
こじんまりしたドアを開けると、低く音楽が鳴ってる。
案内されたのは、カーテンで仕切られたテーブル席だった。
「隠れ家イタリアンだって」
受け売りだけどね、と彼女に告げる。
他の客がいない所では、人の目を気にしなくて済むから気が楽だ。
久しぶりなせいだからか、彼女が甘えた笑顔になってるのが可愛かった。
「何飲む?アルコールは何でもあるみたいだよ」
リストにずらりと並ぶ高級ワイン。
「たまになんだから、飲みたいのを飲もう」
2人ともそんなに強くないから、ボトルを開ける頃には頬がほんのり赤く染まった。
「ちょっと酔ったかも」
そう言う彼女の手を取りながら、考えていた。
ついこの間、事務所の先輩の三浦さんが写真週刊誌に撮られた。
付き合ってる一般の女性と、2人でマンションから出てくる所を張られたんだ。
今、事務所が対応に追われてるけど…
高橋くんから今朝聞いた話では、相手の女性のプライバシーがネットで晒されてるらしい。
三浦さんへのストーカーまがいの追っかけの仕業って噂もある。
この話、彼女にした方がいいのかしない方がいいのか。
するとしても、どこまでしたらいいんだろう。
ヘタに全部話すと、彼女が怯えてしまうかもしれない。
どうしよう…

美味しいものを食べて、美味しいお酒を飲んで彼に少し甘えて。
彼と会う時はいつも時間が空いている。
だからか、余計ドキドキしてしまう。
別れる頃にやっと慣れてくる。
今日も、彼は優しかった。
色んな話をし合って笑った。
彼は私の知らない世界で生きてる。
エッセイを書いてる彼は、話していても楽しい。
ただ…
何か言いたそうなのに、言ってくれないように感じて。
彼の先輩のことで何かあるのかな。
気にしてくれてるなら、聞きたい。
どんなことでも。
でも、そろそろ帰る時間だ。
結局、話してくれないの?
「美海」
声を掛けられてハッとした。
立ち上がった彼が、私の手を引っ張った。
「こっち、おいで」
カーテンの反対側、壁際に置かれた大きな観葉植物の横で、引いた勢いで抱き寄せられた。
胸の音が煩い。
初めて触れたわけじゃないのに…
見上げると、すぐに目の前に彼の瞳。
珍しく強く手を引かれたのに、触れる唇は優しかった。
啄むように何度か触れた後、顔を少し離してじっと見つめてきた。
「美海に言っておきたいことがあるんだ」
「言っておきたいこと…?」
「美海も知ってると思うけど…三浦さんが週刊誌に載ったこと」
「知っては、いるけど…」
「そんなこと、自分の身には起きて欲しくないけど」
何を、言おうとしてるの?
もし、撮られてしまったら2人はどうなるの…
思わず彼の腕をぎゅっと掴んだ。
「もし撮られることがあっても、美海のことは絶対守るから…週刊誌のネタにされるようなことにはしないから」
「陽介さん…でも、事務所の人が」
「事務所にどう言われても、俺はそのつもりだから…ね、気にしないで欲しいんだ。
気になってるのは分かってるけど。俺を信じてて」
「ん…分かった。ありがとう」
事務所にどう言われてもって…
そんな風に言ってくれるなんて。
私、もしかして彼は事務所には逆らえないかもって思ってた?
不安になってたのって、彼を信じきれて無かったから?
それって、、、
「そろそろ、帰ろうか」
短いキスを唇に落として、彼が私の手を引いた。
「あのっごめんなさい、私」
思わず口をついて出た言葉。
「そんな風に言って貰えるなんて…だって、私…」
元カレにのこのこついて行ったのだって、覚えてるはずなのに。
壁に背を向けて、彼の手を握ったまま。
動けない私に彼が向き直った。
「美海がヤキモチ焼いたり、不安になったりするのって…俺のこと想ってくれてるからだって、分かってるよ。ちょっと能天気かもしれないけどね」
言いながら、くしゃっと笑った彼を見たら泣きそうになった。
「ほら、もう行こう」
空いてる手が伸びて、目尻に溜まった滴をぬぐってくれてから、カーテンを開けた。



彼が会計を済ませた後、手を繋いだまま店を出た。
2人で笑いながら喋っていて、周りには全く注意を払って無かった。
普通に店を訪れたカップルのように、私たちは店を出たのだ。
店の人に頼んでタクシーを呼んで貰っていたから、それに乗って帰るつもりだった。
2人でタクシーに乗るのは初めてだったから、嬉しくて。
なのに。
明らかにフラッシュだと分かるまぶしい光。
暗がりにいた、2人の男。
1人は大きなカメラを手にしていた。
至近距離ではないけれど、待ち構えて撮られたのだ。
まさか…
待ち合わせの前に感じた光ってこれなの?
呆然とカメラを見たら、彼が私の前に立って言った。
「あのタクシーに乗って帰るんだ」
緊迫した表情。
それを見たら、今私たちがどんな状況になっているか私にも分かった。
運の良いことに、タクシーは私たちのすぐ近くに停まっていてくれた。
飛び込むように乗り込んだら、すぐに走り出した。
後部座席で振り返ると、彼が2人の男と何かを話してるのが見えた。
1人で大丈夫なの?
高橋さんに連絡しなくても、いいのかな…
迷った末、高橋さんにメッセージを入れた。
ありがとうございますとだけの返事。
その夜は、気になってしようがなくて、悶々として眠れなかった。



「本当にごめん。俺、油断してた」
いつもの車の後部座席で、はーっとため息をつく。
「高橋くんが来てくれて、ほんと助かったわ」
「それは、彼女さんに感謝した方がいいと思いますよ」
「そっか…そうだな」
美海と一緒にいるときに、アポもなく取材させてくれなんて。
事務所で対応するから、記事は出さないでくれと念を押したし、一般人の彼女の写真を撮るなとも言っておいたけど…
一応雑誌の名前を聞いて名刺を貰ったから、明日チーフマネージャーに言っておかないと。
…俺はともかく、美海を追いかけまわされたくない。
「やっぱり、当分会うなとか言われちゃうもの?」
ポケットからスマホを取り出して、眺めながらそんなことを口にした。
三浦さんは彼女と会えなくなって、破局とか書かれたんだよな…
破局のきっかけは、あること無いこと書かれたことなのに。
「それは…どうでしょうね」
「そもそも彼女と会っててたことが、スキャンダルになるのか?」
「まあ、イメージを壊すようなお相手だと、なるかもしれませんね。でも、小川さんならそんな心配はないと思いますけど…」
「そうだよな?」
「それでも…チーフマネージャー次第でしょうね」
「そうか…」
自宅に着いたら、もう24時をまわっていた。
今夜は美海には連絡出来ないな。
メッセージだけ、入れておこう。



朝起きたら、彼からメッセージが入ってた。


心配しないで、美海のことちゃんと守るから。
また、連絡する。


大丈夫なのかな。
私を守ろうとして、事務所とトラブルになったりしないの?
…でも、いくら心配しても私に出来ることは何もない。
三浦さんの時みたいに、私のことも書かれちゃうの?
あの時、私だったら耐えられないと思ってた。
その上、陽介さんとも会えなくなるとか…
分からない。
こんな時どうなるかなんて、私には分からない。
不安な気持ちを持て余して、また布団に潜り込んだ。

























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