えりこのまったり日記

グダグダな日記や、詩的な短文、一次創作の書き物など。

明日、浪漫亭で 6話

2020-07-11 17:28:00 | 書き物
- 6話 -
家に着いたら、気が抜けてしまってソファに座り込んだ。
明日は休みだから、急いで寝なくてもいい。
それより、色んなことがあり過ぎて眠れないかも。
…とにかく、お風呂で温まろう。
ゆっくりと立ち上がったら、はずみでスマホがソファから落ちた。
掴んだ手に着信の振動が伝わる。
「…もしもし?」
陽介さんのちょっと抑えた声が聞こえて来た。
「美海ちゃん?無事着いた?」
「さっき着きました…あの」
「ん?」
「ご馳走さまでした。私、ちゃんと言えなくて…ごめんなさい」
「そんなこと、気にしないでいいよ。ちゃんと気持ちは伝わったから。あの、俺の気持ちも伝わったかな」
「はい。ドキドキしたけど…嬉しかった」
電話なのに、まるで隣にいるみたいに感じる、陽介さんの声。
さっき囁かれた言葉を思い出して、頬が熱くなる。
「好きだよ」
まだ耳に残ってる。
そうだ、何を不安になってるんだろう。
ちゃんと気持ちを言葉にしてくれたのに。
私…陽介さんに会えてこんなに気持ちが昂ってる。
会う前よりずっと。
逢いたい。
また、逢いたい。
「次に逢えるの、楽しみにしてます」
「うん、俺も。楽しみにして撮影がんばるよ」
私も好きですって伝えたかった。
でも、恥ずかしくて言えなかった。
次に逢うときは、きっと…



「田中さん!」
ポン、と背中を叩かれて思わず振り向く。
いつも落ち着いてるゆり子ちゃんが、こんな酔ってるのは珍しいな…
「さっきの彼女さんに電話ですか?田中さん、マメなのね」
ニコニコしてるけど、頬が赤くてちよっと体がぐらぐらしてる?
「ゆり子ちゃん、ずいぶん飲んだの?さっきより酔ってない?」
「そんな酔って見えます?」
「いや、それが酔ってるって言うんじゃないの?珍しいよね、そんな…」
「私にだって、飲みたくなる時もありますよ…もうー田中さん、今日の飲み会来てくれないからー」
あれ?なんか絡み始めた。
もう帰ろう。
「ごめん、ごめん。俺もう帰るけど、ゆり子ちゃんもほどほどにね」
「はーい」
手をひらひらさせて柱により掛かってる彼女を見て心配になったけど、同席してる共演者がいるんだし…
明日から撮影は、大詰めだからな。
タクシーに乗ってからは、さっきの美海ちゃんの声を思い出していた。
とっさにストレートな言葉を告げてしまった。
美海ちゃんといると、なぜだか高校生みたいなことをしてしまう。
びっくりした後、恥ずかしがってたのが可愛かったな。
思い出すとつい、頬が緩む。
女性関係のことは、チーフマネージャーから気をつけろとさんざん言われてる。
用心しないといけないことは分かってるけど、美海ちゃんとのことは大切にしたいんだ。
撮影が終わったら、数日休みがある。
その時にまた美海ちゃんに逢いたい。
今度は部屋でのんびりしたい。


撮影は詰まったスケジュールの中で、ギリギリではあったけど、滞りなく終わった。
オールアップです!と声が掛かり、一人一人花束が渡される。
主演の俺は最後で、皆が一際大きな拍手をくれた。
3日後。
最終回の放送があった日に、打ち上げが行われた。
ドラマ制作のテレビ局がよく使う店を借り切ったのだ。
都心の繁華街にあるようには見えない、周りにどっしりして塀があるイタリアンの店。
だから、張り込んだ芸能記者からは見づらくなっているのだ。
まあでも、ドラマの打ち上げなだけで、撮られちゃ困ることなんてないけどな。
そこでの1次会は皆大人しく、和やかに終わった。
この間の飲み会で酔っ払ってたゆり子ちゃんも、今日はいつもの落ち着いた彼女。
でも…すっかり撮影が終わったのに、どこか寂しそうに見える。
二次会のカフェのパーティールームでも、ぽつんと座っていたから気になっていた。
話しかけようかと思っても、色んな人から声を掛けられあちこちで挨拶して。
気付いたらお開きの声。
マネージャーが車をまわしてくれるというから、カフェの入り口前の広いスペースで待つことにした。
結局、ゆり子ちゃんと話は出来なかったな…
今回、すごく相性のいい芝居が出来たから、お礼を言いたかったのに。
そんなことを考えていると、「田中さん」と名前を呼ばれた。
「ゆり子ちゃん」
振り向くと、ゆり子ちゃんが立っていた。
「田中さん、3ヶ月間ありがとうございました」
にっこり笑ってはいるけど、顔色が悪いな…
「こちらこそありがとう。ゆり子ちゃんと芝居が出来てすごく楽しかったよ」
俺を見上げてた顔が、ばっと笑顔になる。
でも、口を開こうとした瞬間に目を瞑って、足元がぐらついた。
「えっ…ちょっと、大丈夫?」
俺に縋り付くみたいにつかまってるから、酔ってるんだと思った。
だから、彼女の両手を取って立たせようとしたけど…
「あっ」
支えきれなくて危うく倒れ込むのを、ギリギリで抱きとめる。
「…ごめんなさい」
俺の腕を掴み、ようやくしっかりと立ち上がった彼女。
やっぱり、さっき様子を見れば良かった。
「誰か、マネージャーさん呼んで下さい」
ちゃんと立ってはいるけど、よろよろしながらも俺の腕に掴まる彼女を見た。
顔色が白くなってるじゃないか。
「ごめんなさい…ずっと眠れなくて、体調が悪かったんですけど、クランクアップまでは大丈夫だったのに…撮影が終わって気が抜けちゃったのかも」
「いいよ、何も言わなくて。気持ち悪くない?」
「田中さん!すみません!」
彼女のマネージャーが走って来るのが見えた。
その時、彼女が俺の腕をさらにぎゅうっと掴んだ。
驚いて見ると、俺をじっと見つめる瞳が溢れそうなほど潤んでいた。
「久しぶりにお仕事出来て嬉しかったの。だから、終わってしまうのがすごく寂しい…」
「ゆり子ちゃん、ありがとう。俺も寂し…」
「私…田中さんに言いたいことが…」
被さるように言葉を投げる彼女を、思わず二度見した。
俺の腕を掴んだまま、瞬きをするとぽたっと落ちた滴。
どうしたんだ、いきなり、こんな…
駆けつけたマネージャーが、引き剥がすように彼女を連れて行き、バタバタとタクシーに乗せた。
それから俺に丁寧に挨拶をして帰って行った。
呆然としていると、高橋くんの声が聞こえた。
「田中さん、車まわしました。乗って下さい」
車の中でゆり子ちゃんのあの言葉を思い出していた。
いけない…
もう、過ぎたことなんだから気にしていてもしょうがない。
たぶん、疲れていたんだ。
ゆり子ちゃんとは、また別の何かの仕事で会える。
その時にでも何だったのか聞けばいい。
切り替えて、美海ちゃんのことを考えよう。
今日帰ったら連絡しようか。
一応この辺りでって伝えておいたから、大丈夫かな。
2日後の金曜日。
そうだ、部屋の掃除をしっかりしておかないと。




久しぶりの田中さんからの電話。
彼の声で美海ちゃん、と呼ばれて嬉しくてくすぐったくて。
声を聞いただけなのに、繋いだ手の温もりや…耳元で声を聞いた時の跳ねた胸を思い出してた。
「話したいことはいっぱいあるけど…顔を見ながら話したいんだ。
今日はもう遅いから、これでね。
金曜日楽しみにしてるから」
「私も…」
切った後、ちょっと後悔した。
また好きって言えなかった。
前の…彼とは強引さに押されて、私の気持ちがついて来たら彼が心変わりしちゃった…
なし崩しじゃなくて、好きになったってこと。
小さなことかもしれないけれど、ちゃんと伝えなくちゃ。



金曜日は朝から雨だった。
3月も終わりだけれど、今日の雨は冷たい…
でも、夜には会えると思うとお天気なんて気にならない。
雨の割にはお客様がたてこんで、バタバタしてしまった午前中。
お昼は交替のため、14時になったらロッカーに向かった。
裏にまわると、入れ替わりで店舗に向かう都がいた。
「お疲れさま」
そう言ってすれ違うのはいつものことだけど…
「お疲れさま、ねえ、見た?」
珍しく都が話しかけて来た。
思わず立ち止まって都の顔を見る。
「見たって、何を?」
「やだ、知らないの?雑誌コーナー行ってないんだ」
なんだかちょっとバカにされてる?
何?雑誌コーナーに何かあるっていうの?
数歩近づいて私の腕をなだめるみたいに軽く叩く。
「田中陽介さん。共演した女優さんが彼女だったみたいね。私、てっきりあなたと何かあるのかと…残念だったわね」
都の背中を立ったままボーッと見ていた。
何が起こったの?
雑誌?
芸能ニュース?
ロッカー室でもどかしくバッグからスマホを取り出す。
ニュースサイトを見たら、スクロールする必要もなかった。
トップ画面に暗めの画像。
キャプションには、『打ち上げで盛り上がった2人』とか『抱き合い見つめ合う』とか…
画像には、確かにお互いに手をまわしあって見つめ合ってる…ように見えた。
あの時。
あのお店で見た岩田さんを思い出した。
固まって目が泳いでいたら、新着メッセージに気がついた。
陽介さんからだ…
『ごめん、たぶん芸能ニュースを見たと思う。悪いけど場所を変えていいかな。
仕事終わったら迎えに行くから待ってて』
指定された場所は、店舗の裏口のすぐ近く。
陽介さんを疑いたくない。
でも…
あの綺麗な人に見つめられて告白されたら?
そんなネガティブなことばかり考えて、午後の仕事をこなした。



従業員出口から出て数歩歩くと、スーツ姿の男の人が近づいて来た。
「小川さん、お久しぶりです。お迎えにあがりました」
「お久しぶりです…わざわざ、ありがとうございます」
私の職場で会った以来の、マネージャーの高橋さん。
にこやかな顔からは、どんな気持ちかなんて読めない。
でも…もしかしたら、今日みたいな日に陽介さんと私が会うことを、快く思っていないかもしれない…
少し離れた所に、黒いバンが停まっていた。
スライドドアを高橋さんが開けてくれると、後部座席には陽介さんがいた。
「乗って下さい」
言われるまま乗り込むと、陽介さんが私の手を取る。
隣に座ったら、黒いバンは静かに滑り出した。
私の手をぎゅっと握ったままの陽介さんを見上げる。
すると、「落ち着いて話せる場所に行くから…」
と、小さく呟いた。
私は何も言えなくて、陽介さんの肩に頭を乗せた。



しばらく走ったから、たぶん都心からは離れた場所。
車が停まって外に出ると、お城みたいな大きな邸宅の車寄せだった。
ドアマンがいるから、ホテルなのかな…
陽介さんの後ろについて入ると、2階の個室に案内された。
重いドアを開けると、広いリビング。
重厚な臙脂色のソファ、焦げ茶のテーブル。
奥に木目のドアがある。
ここは、客室みたい。
陽介さんに手を引かれ、2人がけのソファに座った。
クラシックだけれどシンプルな茶器で紅茶がサービスされて、ドアが閉まるとしん、と静かになった。
「美海ちゃん」
私の名前を呼ぶ彼の声。
数週間ぶりなのに、もっともっと長い時間みたいだった。
「写真、見た?」
「写真…?」
「週刊誌の…」
陽介さんと岩田さんが、抱き合って…
見つめ合ってる。
ように、見える写真。
思い出したら、鼻の奥がツンとする。
「見ました」
「その時のこと、聞いてくれる?」
「はい」
陽介さんが、両手で私の手を包んだ。
ここまで来る間、ずっと気持ちは揺れていた…





彼女は、俺の目をちゃんと見ながら話を聞いてくれた。
ゆり子ちゃん(そう名前を呼んだ時少し身動ぎしたけれど)が、撮影の後半体調が悪かったこと。
打ち上げではなかなか話せなくて、最後の最後にお疲れさまと言い合えたこと。
ただ、その時に倒れそうになって助け起こしたこと…
全部本当のことだ。
週刊誌にはちょうどいい所を切り取られただけ。
だけど…ゆり子ちゃんの様子がおかしかったことは、美海ちゃんに言う必要は無いだろう。
「あんな写真見ちゃったら、嫌な気持ちになるんじゃないかって…誤解しちゃうんじゃないかって、それが気になって」
つい、語尾が小さくなってしまったら、彼女が俺の手をぎゅうっと握り返して来た。
「写真を見た時は、どうしていいか分からなかったけど…きっと、陽介さんがちゃんと話してくれるって信じてたから」
俯いてる頬が赤く染まってる。
もう、そんな顔見せられたら…
両手で彼女の頬を包む。
少し持ち上げた彼女の顔。
ゆっくり瞼を閉じるのを見てから、唇に触れた。
ゆっくりと顔を離してから、彼女を腕の中に閉じ込めた。
「美海ちゃんのこと、事務所に話したんだ」
「え…」
俺のシャツの背中を掴んでた彼女が、顔を上げた。
「今騒がれてるし、スケジュールも立て込んでるから、しばらく会わない方がいいんじゃないかって言われた」
「そう…ですか…」
また彼女を引き寄せて、腕の中に閉じ込める。
「でも…スケジュールが落ち着いたら、気をつければ好きにしていいって」
「ほんとうに…?好きにしていいの?」
「ほんとだよ」
彼女の腕を両手で掴んで、少し体を離して顔を見た。
潤んだ目が俺を見つめていた。
ほんとは、好きにしていいってことになるまで、だいぶ粘ったんだけど。
事務所的には今は彼女のことは、表に出して欲しくなさそうだった。
俺だって、彼女を変に晒すようなことはしたくない。
だから、慎重に行動するなら好きにしていいと。
でも、映画の撮影中は我慢して下さい、と真顔の高橋くんに釘を刺されたのだ。
「この後、映画の撮影が入ってる。それが終わったら秋から始まるドラマが決まってるんだ」
「そんな先まで…」
「秋からのドラマが終われば年末になるから、その頃にはきっと時間があると思うんだ。だから…」
「次に会えるのは、年末…?」
「ごめん、俺の仕事の都合でばかりで…一方的に待たせるなんて、我儘だよね」
「我儘なんて…ちょっとした遠距離だと思えばいいと思うの。新しいドラマで、また違う陽介さんが見られるのはすごく楽しみだから、嬉しい」
自分で言って照れたのか、頬を赤くしてから俯いて、俺の腕におでこをつけた。
なんだ、今の可愛いのは!
まだ現実的なことも言わなきゃいけないのに、すぐにまた彼女をぎゅっと抱きしめたくなる。
いや、まだ言っておかなくちゃいけないことがある。
ニュースで聞くより、俺の口から言いたい。
「実はもうすぐ発表になるけど…来年の4月からの朝ドラ出演が決まったんだ」
「えっ朝ドラってあの?私好きで毎日見てるんです。あれに出るの?」
「そう。この間の本のサイン会の辺りで、聞かされた。ヒロインの相手役でってことで」
「すごい!おめでとうございます」
自分のことみたいに頬を上気させて、喜んでくれてる。
それが嬉しくて、彼女の横髪をそっと撫でた。
「ありがとう、こんな喜んでくれて嬉しいよ。でも、撮影以外にに取材や番宣がありそうで、だから…」
「もっと、時間がなくなっちゃうのね…」
「…ごめん、後…」
「大丈夫!朝ドラに出る陽介さんを見られるんだから。会えるのを楽しみに見るから」
笑顔で言ってくれてるけど、なんとなく陰りも感じる。
でも、それを言ったってしょうがないんだろうな。
それに、もう一つ言っておかなきゃいけないことがある。
彼女がどう受け止めるか…
「美海ちゃん、その…朝ドラのヒロイン役の人なんだけど…岩田さんなんだ」
彼女の目が見開かれ、一瞬、固まった。
「そう、だったの」
「彼女は女優だから。俺をどんな目で見ようと、それは演技なんだから…心配しないでね」
俺の言葉に彼女が浮かべた笑顔は、さっきよりずっと弱々しかった。
無理させてると思うと、胸が痛い。
だからって、いま美海ちゃんを手放したくないんだ。
「言ってくれてありがとう。私、ちょっとは心配しちゃうかもしれない。でも、陽介さんが今言ってくれたんだもの…大丈夫」
「ありがとう…ごめん」
「ううん」
俺の胸に体を預ける彼女が愛おしくてしようがない。
彼女をぎゅうっと抱きしめて囁いた。
「まだ、時間はたっぷりあるよ。ここは食事も出来るんだ。しばらく会えないんだから、ゆっくりしよう」
「はい」
彼女の髪を撫でながらふと窓に目をやると、白く輝く月が見えた。
「月が…きれいだ」
顔を上げた彼女の目が潤んでる。
瞬きした瞳から一滴、ぽろっと落ちた。




彼の胸に体を預けたら、私と彼の鼓動が混ざり合った。
背中にまわった手のひらが暖かい。
ふと大きな窓に目を向けたら、カーテンの隙間からひときわ輝く満月が見える。
半年。
半年、相手役として一緒にいたら。
彼の気持ちがどうなるんだろう。
怖い。
岩田さんの相手役。
たぶん…恋人役。
岩田さんの恋する瞳に見つめられたら。
岩田さんが何か言ったのかも分からないのに、そんなことばかり考えてしまうのが、嫌だった。
あの写真を見た時、胸の奥がじりじりとひりついて苦しかった。
私は岩田さんに嫉妬していたのだ。
彼を他の誰にも取られたくない。
2人だけで会うのはまだ3回目だけれど、私は彼に恋してるんだ…
「月が…きれいだ」
思わず顔を上げて彼を見た。
じっと見つめられて瞬きをしたら、目尻から滴が落ちた。
「なんで、泣いてるの」
「嬉しくて…」


この時はただ思い詰めていて、彼の仕事のことをちゃんと分かってなかったのだ。
待つことがどんなに大変かってことも。




































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