えりこのまったり日記

グダグダな日記や、詩的な短文、一次創作の書き物など。

明日、浪漫亭で 5話

2020-07-10 08:10:00 | 書き物
- 5話 -

バスルームを出てリビングに戻ったら、ソファに沈み喉を潤した。
明日も迎えが来るのは早い。
のんびりするのもそこそこにしないと。
髪をざっと乾かして、スマホを掴んで寝室に行こうとした。
あれ…?
なんか画面が光ったような。
まさか、着信?
ベッドの上に座り画面を見るとやっぱり…
知らない番号…彼女なのか?
つい20分位前だ。
もう、寝てるかも。
いや。
イチかバチかだ。
画面をタップしてから呼び出すのを見つめた。
5回、6回…
やっぱり寝ちゃったか。
8回目の呼び出し音を聞いてから、画面に指を伸ばした時。
「もし…もし?」
彼女だ…!
「もしもし?もしかして小川さん?さっき電話くれた?」
「あ!はい。田中さんですか?ごめんなさい、こんな夜分なのに」
「大丈夫。さっき帰ったとこだから」
「さっき…やっぱり、お忙しいんですね。私…迷ったんですけど」
「いいんだ。俺がまた話したかったから。いきなりでごめん」
「ちょっと、びっくりしました…」
すぐにでも会いたいとこだけど、彼女はまだ戸惑っているようだし、何より俺のスケジュールが読めない。
今日は遅いし、少し話したらまたの約束を取り付けたい。
「色々話はしたいけど…びっくりさせたみたいだから」
彼女が倒れたカフェで、ずっと気になって見ていたこと。
1人だと思っていたら待ち合わせと分かってがっかりしたこと。
それでも、気になってたこと…
そんなことを、ときどき「はい」の小さな声を聞きながら話した。
「だから、きみがわざわざお礼を言いに来てくれて、すごく嬉しかったんだ」
「そうだったんですね…」
「あ、ごめん。こんなこと一方的に言って、嫌じゃないかな。嫌だったら…」
「嫌なんて…そんなこと無いです。あの…びっくりはしましたけど、こうして声を聞けて嬉しかったです」
「良かった〜」
最初は小さな声だったのが、だんだんハッキリ聞こえるようになった彼女の声。
緊張がほぐれてきたのか…
「だから…きみのことをもっと知りたい。出来れば会ってご飯でもどうかなって思ってるんだけど…」
彼女が少しの間、黙った。
「あの…いいんですか?」
「え?」
「今の田中さんがそんなこと…大丈夫なんですか」
「心配してくれてるの?」
「それは、だって…」
「嬉しいけど…確かにちょっと気をつけなきゃダメだけど。大丈夫。事務所にもきみにも、迷惑かけないようにするから」
また黙ってしまった。
やっぱり、俺の独りよがりなのかな。
「あのさ、、あの頃からきみのことを気になっていて…こうして再会出来て、いても立ってもいられなくて。きみのこと、好きになっちゃってたんだ。…でも、俺の独りよがりでしかなくて、きみが、受け止められないなら…」
「違うの、そうじゃなくて…」
諦めるしかないかと言った言葉に、電話の向こうの彼女の声が、応えてくれた。
「以前から田中さんのファンだったの。エッセイもお芝居も、グラビアも…。素敵な写真を見てドキドキしてた。でも、会いたいなんて思ったことは無かった。だって別の世界の人だもの」
「別の世界、か…」
「でも、今田中さんに会いたいって言われて…私もまた会いたいって思ったんです。だって、もう会えなくてなるのは嫌だって思ったから…」
途切れ途切れに、でも最後に嬉しいことを言ってくれた。
こんな風にドキドキするのは久しぶりだ。
「ありがとう。すごく嬉しい」
「いいえ…なんか一気に言っちゃいました。なんだか、恥ずかしい…」
どうしよう…
恥ずかしがってる彼女を想像すると、頬が緩んで自然と俺の熱も上がってしまう。
とにかく早く彼女に会いたくなった。
本当は、ドラマがオールアップしてからと思っていたけど。
「来週、木曜の午後は撮休なんだ。平日だけど、もし夜でも大丈夫なら…」
「木曜日なら大丈夫です。定時で終われると思います」
「じゃあ、来週の木曜日。店は俺が決めてもいいかな?何か苦手なものある?それか好きなものでも」
「なんでも好きですけど…和食が特に好きなんです」
「じゃあ和食にしようか」
「はい」
弾んだ返事が聞けて、高揚した気持ちのまま電話を切った。



おやすみなさいと電話を切って、スマホをテーブルに置いた。
どうしよう…約束しちゃった。
田中さんに…田中陽介さんに会うんだ。
しかも、2人きりで。
『好きになっちゃってた』
さっき聞いた田中さんの言葉が、田中さんの声で頭の中に響いた。
「は〜」
大きな声を出して溜息ついて。
そうでもしないと、今起きたことが自分の中で消化しきれない。
ファンだから、会うのはいけないと思いますって言うことは出来た。
でも田中さんの…彼の気持ちを聞いてしまったら、もう会えないって言えなくなっちゃった。
私、欲張りなのかな…
私が彼に恋愛感情があるかなんて、今は分からない。
ファンとしてのときめきと、恋をしたときめきってどう違うのかも。
だからまた顔を合わせて、確かめたいと思った。
自分の気持ちを。



毎日仕事に追われて、時々会うことを思い出してるうち、木曜日が訪れた。
彼に教えられたお店は、なんとまゆみちゃんと食事をした個室のみの和食ダイニング。
受付で名前を言うと、すぐ個室に案内された。
引き戸を開けて入ると、まゆみちゃんと入った個室より広い。
広いテーブルに掘りごたつ。
コースターと割り箸が2つセットされてるから、彼と向かい合うことになるんだろう。
なんか、恥ずかしい…
コートを掛けて座ったら、引き戸を叩く音がしてから静かに開いた。
田中さんだ。
「遅くなってごめん。待った?」
「いいえ、私もちょうど今座ったらところです」
3週間ぶり?の田中さんは、ちょっとお疲れに見える。
そうだよね…
初めての主演ドラマ、撮影も大変そうだし色々と気を使うだろうし。
向い合って座ると、なんだか気恥ずかしくなって2人同時に笑ってしまった。
「この間の電話…中学生みたいな告白しちゃって。なんか照れるね」
「私も…自分の気持ちを言うの、苦手なのに。なんだか大胆になってました」
素直な気持ちを言い合ったら、緊張がだいぶ取れた気がする。
綺麗なお造りや温かいお鍋を食べながら、お互いの印象を話してお互いを知っていった。
お鍋やお皿が空になって、濃いバニラアイスを口に入れる頃には、私の口から出る言葉はずいぶんと砕けていて。
まあ、田中さんにみみちゃんて呼ばれて、「敬語はナシだからね」って言われたからだけど。
田中さんは色んな顔を私に見せてくれた。
グラビアやテレビ画面では見たことのない素の顔は、大人の男の人だったり少年みたいだったり。
美海ちゃん、と呼んでくれた時の低くて甘い声。
面白い話をした時のくしゃくしゃな笑顔。
「陽介さん」と呼んでといわれ、恥ずかしくて小さな声で呼ぶと嬉しそうに、でも照れながら「ありがとう」って言ってくれる。
色んな顔を目の前にするごとに、嬉しくてドキドキして…頬が熱くなった。
そして、私の気持ちは目の前の田中さんにまっすぐ向いて行った。
「俺の気持ち、受け止めて貰えそうかな?」
コーヒーを飲みながら、笑顔で言われてドキドキしながら、「…私で…いいなら」
小さな声で、ゆっくりと言葉にした。
「ありがとう」
田中…いえ、陽介さんの手がテーブル越しに私の手を包んだ。
「時間とか、自由がきかなくて申し訳ないけど…こんど、ドラマがオールアップしたら、俺の部屋に来てくれる?」
「陽介さんの…部屋?私が行ってもいいの?」
「もちろん。最近は寝に帰るみたいだし、オシャレでもなんでもないけど。普段の俺のこと、知って貰いたいから」




気づくともう0時をまわっていた。
「そろそろ、行こうか」
陽介さんに言われて立ち上がると、立ったまま私の手を取った。
「個室の外じゃ、手は繋げないから」
大きな掌でつつまれてじっと見てくるから、恥ずかしくて俯いてしまった。
どうしよう。
いきなりで顔を見られない。
でも、温かい…
美海ちゃん、と聞こえて顔を上げると目の前に陽介さんの顔。
耳元で囁かれた言葉にあ、と目を見開いてしまった。
そしてすぐに手が離れて引き戸が開いた。
今、耳たぶに陽介さんの唇が微かに触れた。
そして、低い声で囁かれた言葉。
引き戸が開いたまま、立ち止まって固まってしまった。
「美海ちゃん?」
声を掛けられてハッとする。
「私、ちょっと化粧室に…」
熱いままの頬を押さえて、奥に向かった。



ちょっと、と化粧室に彼女が行ってる間に会計を済ませた。
待ってる間にも、思い出すとニヤけてしまう。
なんなんだよ、あの陽介さんて。
自分の名前呼ばれてこんな萌えたの初めてだ。
「あれ?田中さんじゃないですか」
「え?」
振り向いたら…ゆり子ちゃん?
「どうしたの?…なんか、酔ってる?」
「どうしたのって。撮休だからみんなでご飯って言ってたでしょ。来ないなんてひどい!」
絡むように、俺の腕を掴んだ彼女。
けっこう、酔ってるな。
いつもの彼女なら、俺の腕にふれたりしない。
目が潤んでいて、いつもよりもっと綺麗だ。
こんなんされたら、男は誤解するぞ。
「誰か、待ってるんですか?彼女?」
「いや、まあ、ちょっと…」
言いながら個室の方をむくと、美海ちゃんが立っていた。



化粧室から戻ると、陽介さんが見えた。
近づきながら「よう…」まで口にして、5メートルくらいの距離で立ち止まった。
いきなり、横から女性が出てきて彼に話しかけたのだ。
酔ってるのか、腕を絡めながら見つめる目。
潤んでいて綺麗…
会話が途切れて、彼が気づいて私に駆け寄った。
その時、気づいた。
共演者の岩田さんだと。
岩田さんは、私と彼を交互に見て察してくれたようだった。
何も言わず、離れて行ったから。
「ごめんね、送れなくて。タクシー呼んだんだ。こっちだから」
手を振ってから、来ていたタクシーに乗り込んだ。
まだ胸がドキドキしていた。
岩田さんは…あの共演者の女優さんは、彼のことが好きなんだ。
チラッと見えた彼を見る瞳。
彼への気持ちが燃えてる瞳…
ただの勘だけど、当たってる気がする。
いいえ、違う。
勘なんかじゃない。
今見たことはこの間カフェで耳にしたことの、答え合わせだ。
岩田さんは、陽介さんのことが好き…
…これから、合流するの?
相手役だから、ああやって簡単に触れ合ったり出来るの?
ふと、思い出して耳たぶに触れた。
鼓動が速くなって胸の奥がじりじりする。
胸を右手で押さえて、動揺を鎮めようとした。
『伝えたらまずいかな』って言ってた。
岩田さんが陽介さんに告白したら…
どうなっちゃうんだろう。



































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