えりこのまったり日記

グダグダな日記や、詩的な短文、一次創作の書き物など。

あなたの横顔5話

2018-10-08 22:20:52 | 書き物
ワンマンライブの後、私から連絡を取るのを止めてしまった。
しばらくの間、樹からメールが来たり電話が来たりしたけれど…
1回だけ、電話を取った。
「裕子、聞いてる?」
樹の声が聞こえた途端、樹から離れようと言う気持ちが、鈍りそうになる。
黙っているのがキツくて、涙が溢れた。
「…ごめんね」とだけ言って、切った。
まりちゃんの言ってた通りなんだ。
たぶん、これから樹の環境はどんどん変わって行く。
私がそばにいても、じゃまになるだけ。





それから1年。
就活も無事内定を貰えて終わった。
樹のライブを聞いていて、CDのジャケットのデザインをやりたいと思い、自分なりに勉強してた。
でも…樹と離れてから思い出すとつらくなってしまった。
それでも、どこか樹のいる世界に繋がっていたい。
結局、先輩がいたこともあって、大手の広告代理店を受けて、無事内定を取れた。
広告と言っても色々ある。
色々なパッケージデザインだけじゃなくて、ポスターなんかも。
だから、今まで勉強してきたことが、生かせるかもしれないと思った。
イラストを描くチャンスも、もしかしてあるかもしれない…
けれど、そんな私の甘い期待は、すぐに潰されてしまった。


広告と言っても、ピンからキリまで。
新人の私の仕事は、細かい雑誌の広告を手掛けている、先輩の助手。
先輩の前に準備万端整えておくこと。
手配や調達などの細かいことは、先にやっておくこと等々。
カメラマンの手配、スタジオの予約…
一日中バタバタと動いて、気がつくと電車が終わっていた。
そんな日々の中で、樹がインディーズからCDを出したことを知った。
夢への最初の一歩、か…
樹は確実に前に進んでる。
じゃあ、私は?
私の夢ってなんだっけ?
そんな自問自答を繰り返しても、ただ毎日の仕事をこなすだけで、日々が過ぎて行ってしまった。


仕事も2年目に入り、やや慣れて来たけれど…これでいいのかという気持ちが、なかなか拭えない。
やれることが増えても、まだまだ一人前には遠くて、覚えることだらけ。
樹のインディーズデビューを聞いてから、不安で押し潰されそうな気持ちになった。
どんどん樹が遠く離れて行く。
違う世界の人になって行く。
樹の今を知りたくて、音楽雑誌の樹の記事を探したりもした。
あれから、樹から目を逸らして来たのに。
インタビューを読むと、なりたい自分になるために、やるしかないという樹の言葉が、胸の奥に刺さった。
なりたい自分。
なりたかった自分。
そんなことを考え出した頃からまた、仕事の合間にグラフィックデザインの勉強を始めた。
勉強したからと言って、私にはまだ仕事の依頼なんて来る訳もない。
それでも…
そんな時、樹が事務所に所属したことを知った。
程なくして、メジャーへの移籍も。
25歳になる年だった。

夏に、メジャー移籍後初の樹のライブが行われることが発表された。
中規模のホールだから、今までのライブハウスよりキャパは大きくなる。
大手の事務所だからなのか、音楽雑誌での扱いも大きくなって、グラビアも飾るようになった。
部屋で1人、じっくり読んでみる。
グラビアの樹の目は、私が知ってる穏やかな樹じゃない気がした。
インタビューの内容も、初めから何かミュージシャンの型に当てはめられているようで…
こんなものなのかな、ミュージシャンとして売り出すということって。
樹はどう考えているんだろう。
…相変わらず、綺麗な横顔。
この頬に、この唇に、触れたのは何年前だろう…
樹から離れて初めて願った。
樹に会いたい。
あの歌を歌う樹にまた、会いたいと。



仕事に1日走りまわった日も終わり、帰る支度をしている時だった。
知らないアドレスからメールが来ていた。
誰?
なぜ、私のアドレスを知ってるの。
開いてみると…なつき。
高校の時仲良くしていて、幼なじみでもあつた、高山なつきだった。
大学の時に1、2度会ったけれど、それからは会う機会がなかったのに、会いたいなんて今頃なんだろう…
翌日は特に用事も無かったし、久しぶりに会おうかな。
今、なつきはなんの仕事をしてるんだろう。
翌日、仕事が終わって待ち合わせのカフェに行く。
私もたまに利用する、居心地のいい店。
食事も出来るしお酒も飲める。
女性客が多いから、気楽に長居出来る店だ。
店の中に入って見渡すと、窓際の女性が手を振るのが見えた。
「待たせてごめんね」
「ううん、私もさっき来たとこ」
2人、ビールのグラスを合わせてから、近況を聞きあった。
「裕子、広告代理店なんだってね。ずいぶん忙しいんじゃないの」
「うん、まあね…でも、さすがに最近は終電で帰るのはしなくなったよ。それに、私はそんな花形部署じゃないもの」
「雑誌の広告?」
「うん。新人の頃からだから、慣れはしたけどね。締め切りがあるのが難点かなあ。なつきは?なんの仕事なの?」
「私?今、音楽事務所に勤めてる」
「音楽事務所?」
「そうよ、ミュージシャンのマネジメントが主な仕事」
「ミュージシャン…」
それを聞いたら、樹のことを思い出さずにいられない。
まさか…
「実は、この春から西山樹のサブマネージャーになったの」
「えっ…」
「私もビックリしたわ。まさか、西山くんがうちに入るなんて。インディーズでの噂は聞いてたけどね」
「そうだったの…」
樹が大手の事務所に所属したというのは、ネットニュースで読んだ。
そのとたんに、露出が増えたのは素人の私にだって分かる。
その樹のスタッフに、なつきがいるなんて。
「ねえ、裕子は今、西山くんに全然連絡取ってないの」
「取ってない…だってもう、別の世界の人じゃない。連絡なんて取ったってしょうがないよ」
「そんな風に思ってたんだ」
ボリュームのある美味しそうなサラダを、つつく気にもなれず、ついビールばかりを飲んでしまう。
アルコールがまわったせいもあって、なつきに聞かれるまま樹とのいきさつを、話してしまった。
「そのまりちゃんって人の言ってること、全く間違いでもないかもしれないけどさ」

話すにつれ、なつきもビールを空けるのが早くなった。
「それでも…どうするかは当人同士が決めることよね。余計なお世話だわ」
「でも実際、樹のファンは女性が多いんでしょ」
「そうだけど…だからと言って彼女がいたらダメとか…まあ、今はマズそうだけどねえ」
「そうなんだ」
「樹くんの見た目や雰囲気は、女性に受けちゃうからねえ。どうしても、女性受けのする売り出しかたになっちゃうのよ。彼氏感のあるグラビアとかね」
彼氏感、か…
樹は、すっかり「芸能人」にされてしまうのかな…
「でも、西山くんは言われるままにはなりたくないみたいだよ」
「…そうなの?」
「ここの所、よくそれを口にしてる。でも、新人だからなかなか思うようにはね」
…そうだったんだ。
華々しく見えても、そんな葛藤があるのね。
樹、焦れったいだろうな。
「それでね、話の流れで言っちゃうけど。夏のホールライブ、裕子に来て欲しいって」
「私に?…なんで?」
なつきが差し出したチケットの券面を、じっと見つめた。
「なんでって…裕子に今の姿を見せたいんでしょ」
「でも…私から連絡を切ってしまったのに」
「…そこはまあ、それでも来て欲しいってことよ」



なつきと別れ、無理やり渡された封筒を見つめた。
私だって、樹に会いたい。
樹の歌を聴きたい。
いいの、私が行っても。
速まる胸を押さえながら、夜の街に出た。
また樹に会えたら…一緒にいる頃の私に、戻れるのだろうか。
それとも、もう戻れないと思い知るのだろうか。














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