ワンマンライブの後、裕子から連絡が来なくなった。
俺からメールをしても、既読にならない。
いそうな時間に電話をしても、出ない。
あの時、久しぶりに会えたライブの夜。
取材があるからと、慌ただしく行ってしまったきりだ。
…1度だけ、電話が繋がったけれど。
「裕子、聞いてる?」と話し掛けても無言のまま。
俺、何かしたかな。
ワンマンライブの後、途中で帰ってしまったけど、何か引っ掛かっているのか。
「ごめんね」とだけ聞こえて、切れてしまった。
こんなことで終わりたくなかったから、出来れば直接会いに行きたかった。
でも、そのあとどんどん余裕が無くなってしまった…
今までと規模の大きい方と、ライブハウスを掛け持ちしだしたから。
でも…
無理にでも時間を作って、会いには行けたはずだ。
なのに俺は、裕子は就活中だとか、忙しくて余裕が無いとか、そんな言い訳を並べて行かなかった。
その時の俺の頭の中は、インディーズレーベルからCDを出す話でいっぱいだったからだ。
それは、年を越した頃に持ち上がった話。
規模の大きいライブハウスのマネージャーの紹介で、インディーズレーベルの人に会った。
俺の集客が見込めるから、と言われた。
少し躊躇ったけれど…
やっぱり、CDは出したい。
そのうち、メジャーと契約したいと思ってはいたけれど。
それの第一歩になるなら、気合いを入れて取り組んでみようと思った。
ミュージシャン、スタジオの手配。
ジャケットの依頼、そして枚数をどうするか。
やること、そしてお金がかかることが山ほどあった。
事務所にも所属してないから、やらなきゃいけない雑多なことは多かった。
そこは、ライブハウスのマネージャーに聞いたり、レーベルの担当者と詰めて行った。
インディーズで活動してる人たちは、みんなこれをやってるのか。
曲作りもあるし、いつものライブもこなさなければならない。
俺はCD発売に向けてのあれこれに没頭し、裕子のことを頭から閉め出していた。
忘れたわけじゃないし、時々ふっと思い出すこともある。
そんな時も、敢えて考えないようにした。
そして、俺からも連絡を取ることをしなくなっていった…
ようやくCDの発売日が決まったのは、1年後。
23歳になった年だった…
大学も途中で辞めて音楽活動に本腰を入れ、キャパの大きなライブハウスで、ライブをこなす。
インディーズからCDを出した夏の頃には、『インディーズでの期待の新人』の特集で、音楽雑誌に載ったりもした。
まだまだ、小さなものだったけれど。
CDは、ライブによく来てくれる固定の客が、まず買ってくれた。
ライブをこなしていくうちに、より多くの枚数が売れて行くようになった。
最初のプレス分が売り切れた頃には、より取材が来るようになっていた。
そんなとき、ライブが終わった後に楽屋にマネージャーが訪ねて来た。
「樹、ちょっと話があるんだけど」
「ちょうど着替えたところです。どうぞ」
マネージャーがパイプ椅子に座ると、俺の向かいに座る。
「樹さあ、そろそろ事務所に所属する気はないか」
「事務所、ですか…」
「その方がメジャーとの契約もしやすいよ」
「メジャーですか?まだ、インディーズから出したばかりだし、俺には早いんじゃ」
「そんなことはない。インディーズとは言え、樹の売り上げはかなりいい。メジャーレーベルと契約出来るだけの力はあるよ」
「そう言われると嬉しいけど…事務所ってどうしたら」
「実は、音楽事務所の大手がライブを聞きたいって言って来たんだ」
マネージャーが言った事務所の名前は、誰もが知ってる音楽事務所だった。
そんな所から、俺に?
「言っておくけど、聞いてくれたからって即契約になるわけじゃない。樹次第だからな」
「…分かりました」
大手の音楽事務所に所属したからって、すぐにホールでライブを、メジャーからCDを出せるわけじゃないことは、知ってる。
でも、確実にきっかけにはなるってことは、分かる。
…前に進むしかないんだ。
いつ、音楽事務所の人が来たのかは、教えて貰えなかった。
でも、客席にいて席も立たない客は目立つから、見当はついた。
…いつものライブをすればいい。
そう自分に言い聞かせ、ギターを弾き、歌った。
客を煽り、乗せた。
ライブが終わった瞬間、その客たちはじっとステージを見つめていた。
半年後、インディーズで話題の西山樹、大手音楽事務所と契約、のニュースが音楽雑誌に載り、ネットニュースに流れた。
その半年後に、メジャーレーベルに移籍してメジャーデビュー。
春、4月。
俺は25歳になった。
2月、打ち合わせのために訪れた事務所で、意外な人に会った。
「西山くん、久しぶりだね」
長い髪を束ねて、黒のパンツスーツを着た女性。
…誰だろう。
「あの…お会いしたこと…?」
「あれ、分からない?私、なつき。裕子の友達の」
「あっ…」
俺とは高3の時だけクラスメイトだった、なつき。
高山なつきだ。
「高山さん…?なんでここに?」
「実は、私いま、ここの社員なの。たぶん、これからあなたの…ミュージシャン・西山樹のサブマネージャーになる」
「そうだったのか」
「こんな所で会うなんてね。うちの会社にとってあなたは、これから売り出す大切な人よ」
「それは、どうも」
「じゃ、打ち合わせの時に。私も同席するからよろしくお願いします」
長い打ち合わせを終えて、事務所を出た。
駅まで歩く間、気分転換にウィンドウを覗いてあるく。
自分には関係があるはずもないアクセサリーショップの前で、あるヘアアクセサリーに目が止まった。
何枚かの葉をコラージュした、グリーンのヘアピン。
…裕子がしてたのと似ている。
よくライブハウスに来てた頃。
「これ見て。葉っぱがたくさんついてて、樹って感じじゃない」
そんなことを言いながら、髪に止めていた。
今日は思いもよらず、裕子の友達に会った。
そして、このヘアピン…
こんなデザインのヘアピンは、量産されて出回っているのかもしれない。
でも、それで頭の隅に押し込めていた裕子の記憶が、溢れ出てきてしまった。
裕子…
裕子に会いたい。
連絡も取らず、記憶を押しやって思い出すことも止めていた。
そんな俺には、許されないかもしれないけれど。
メジャーデビューの記念ライブが、夏に中規模のホールで行われることが決まった。
裕子に聴いて欲しい。
裕子にのために、あの曲を歌いたい。
俺からメールをしても、既読にならない。
いそうな時間に電話をしても、出ない。
あの時、久しぶりに会えたライブの夜。
取材があるからと、慌ただしく行ってしまったきりだ。
…1度だけ、電話が繋がったけれど。
「裕子、聞いてる?」と話し掛けても無言のまま。
俺、何かしたかな。
ワンマンライブの後、途中で帰ってしまったけど、何か引っ掛かっているのか。
「ごめんね」とだけ聞こえて、切れてしまった。
こんなことで終わりたくなかったから、出来れば直接会いに行きたかった。
でも、そのあとどんどん余裕が無くなってしまった…
今までと規模の大きい方と、ライブハウスを掛け持ちしだしたから。
でも…
無理にでも時間を作って、会いには行けたはずだ。
なのに俺は、裕子は就活中だとか、忙しくて余裕が無いとか、そんな言い訳を並べて行かなかった。
その時の俺の頭の中は、インディーズレーベルからCDを出す話でいっぱいだったからだ。
それは、年を越した頃に持ち上がった話。
規模の大きいライブハウスのマネージャーの紹介で、インディーズレーベルの人に会った。
俺の集客が見込めるから、と言われた。
少し躊躇ったけれど…
やっぱり、CDは出したい。
そのうち、メジャーと契約したいと思ってはいたけれど。
それの第一歩になるなら、気合いを入れて取り組んでみようと思った。
ミュージシャン、スタジオの手配。
ジャケットの依頼、そして枚数をどうするか。
やること、そしてお金がかかることが山ほどあった。
事務所にも所属してないから、やらなきゃいけない雑多なことは多かった。
そこは、ライブハウスのマネージャーに聞いたり、レーベルの担当者と詰めて行った。
インディーズで活動してる人たちは、みんなこれをやってるのか。
曲作りもあるし、いつものライブもこなさなければならない。
俺はCD発売に向けてのあれこれに没頭し、裕子のことを頭から閉め出していた。
忘れたわけじゃないし、時々ふっと思い出すこともある。
そんな時も、敢えて考えないようにした。
そして、俺からも連絡を取ることをしなくなっていった…
ようやくCDの発売日が決まったのは、1年後。
23歳になった年だった…
大学も途中で辞めて音楽活動に本腰を入れ、キャパの大きなライブハウスで、ライブをこなす。
インディーズからCDを出した夏の頃には、『インディーズでの期待の新人』の特集で、音楽雑誌に載ったりもした。
まだまだ、小さなものだったけれど。
CDは、ライブによく来てくれる固定の客が、まず買ってくれた。
ライブをこなしていくうちに、より多くの枚数が売れて行くようになった。
最初のプレス分が売り切れた頃には、より取材が来るようになっていた。
そんなとき、ライブが終わった後に楽屋にマネージャーが訪ねて来た。
「樹、ちょっと話があるんだけど」
「ちょうど着替えたところです。どうぞ」
マネージャーがパイプ椅子に座ると、俺の向かいに座る。
「樹さあ、そろそろ事務所に所属する気はないか」
「事務所、ですか…」
「その方がメジャーとの契約もしやすいよ」
「メジャーですか?まだ、インディーズから出したばかりだし、俺には早いんじゃ」
「そんなことはない。インディーズとは言え、樹の売り上げはかなりいい。メジャーレーベルと契約出来るだけの力はあるよ」
「そう言われると嬉しいけど…事務所ってどうしたら」
「実は、音楽事務所の大手がライブを聞きたいって言って来たんだ」
マネージャーが言った事務所の名前は、誰もが知ってる音楽事務所だった。
そんな所から、俺に?
「言っておくけど、聞いてくれたからって即契約になるわけじゃない。樹次第だからな」
「…分かりました」
大手の音楽事務所に所属したからって、すぐにホールでライブを、メジャーからCDを出せるわけじゃないことは、知ってる。
でも、確実にきっかけにはなるってことは、分かる。
…前に進むしかないんだ。
いつ、音楽事務所の人が来たのかは、教えて貰えなかった。
でも、客席にいて席も立たない客は目立つから、見当はついた。
…いつものライブをすればいい。
そう自分に言い聞かせ、ギターを弾き、歌った。
客を煽り、乗せた。
ライブが終わった瞬間、その客たちはじっとステージを見つめていた。
半年後、インディーズで話題の西山樹、大手音楽事務所と契約、のニュースが音楽雑誌に載り、ネットニュースに流れた。
その半年後に、メジャーレーベルに移籍してメジャーデビュー。
春、4月。
俺は25歳になった。
2月、打ち合わせのために訪れた事務所で、意外な人に会った。
「西山くん、久しぶりだね」
長い髪を束ねて、黒のパンツスーツを着た女性。
…誰だろう。
「あの…お会いしたこと…?」
「あれ、分からない?私、なつき。裕子の友達の」
「あっ…」
俺とは高3の時だけクラスメイトだった、なつき。
高山なつきだ。
「高山さん…?なんでここに?」
「実は、私いま、ここの社員なの。たぶん、これからあなたの…ミュージシャン・西山樹のサブマネージャーになる」
「そうだったのか」
「こんな所で会うなんてね。うちの会社にとってあなたは、これから売り出す大切な人よ」
「それは、どうも」
「じゃ、打ち合わせの時に。私も同席するからよろしくお願いします」
長い打ち合わせを終えて、事務所を出た。
駅まで歩く間、気分転換にウィンドウを覗いてあるく。
自分には関係があるはずもないアクセサリーショップの前で、あるヘアアクセサリーに目が止まった。
何枚かの葉をコラージュした、グリーンのヘアピン。
…裕子がしてたのと似ている。
よくライブハウスに来てた頃。
「これ見て。葉っぱがたくさんついてて、樹って感じじゃない」
そんなことを言いながら、髪に止めていた。
今日は思いもよらず、裕子の友達に会った。
そして、このヘアピン…
こんなデザインのヘアピンは、量産されて出回っているのかもしれない。
でも、それで頭の隅に押し込めていた裕子の記憶が、溢れ出てきてしまった。
裕子…
裕子に会いたい。
連絡も取らず、記憶を押しやって思い出すことも止めていた。
そんな俺には、許されないかもしれないけれど。
メジャーデビューの記念ライブが、夏に中規模のホールで行われることが決まった。
裕子に聴いて欲しい。
裕子にのために、あの曲を歌いたい。