えりこのまったり日記

グダグダな日記や、詩的な短文、一次創作の書き物など。

あなたの横顔4話

2018-10-08 20:23:37 | 書き物
ワンマンライブの後、裕子から連絡が来なくなった。
俺からメールをしても、既読にならない。
いそうな時間に電話をしても、出ない。
あの時、久しぶりに会えたライブの夜。
取材があるからと、慌ただしく行ってしまったきりだ。
…1度だけ、電話が繋がったけれど。
「裕子、聞いてる?」と話し掛けても無言のまま。
俺、何かしたかな。
ワンマンライブの後、途中で帰ってしまったけど、何か引っ掛かっているのか。
「ごめんね」とだけ聞こえて、切れてしまった。
こんなことで終わりたくなかったから、出来れば直接会いに行きたかった。
でも、そのあとどんどん余裕が無くなってしまった…
今までと規模の大きい方と、ライブハウスを掛け持ちしだしたから。
でも…
無理にでも時間を作って、会いには行けたはずだ。
なのに俺は、裕子は就活中だとか、忙しくて余裕が無いとか、そんな言い訳を並べて行かなかった。
その時の俺の頭の中は、インディーズレーベルからCDを出す話でいっぱいだったからだ。
それは、年を越した頃に持ち上がった話。
規模の大きいライブハウスのマネージャーの紹介で、インディーズレーベルの人に会った。
俺の集客が見込めるから、と言われた。
少し躊躇ったけれど…
やっぱり、CDは出したい。
そのうち、メジャーと契約したいと思ってはいたけれど。
それの第一歩になるなら、気合いを入れて取り組んでみようと思った。



ミュージシャン、スタジオの手配。
ジャケットの依頼、そして枚数をどうするか。
やること、そしてお金がかかることが山ほどあった。
事務所にも所属してないから、やらなきゃいけない雑多なことは多かった。
そこは、ライブハウスのマネージャーに聞いたり、レーベルの担当者と詰めて行った。
インディーズで活動してる人たちは、みんなこれをやってるのか。
曲作りもあるし、いつものライブもこなさなければならない。
俺はCD発売に向けてのあれこれに没頭し、裕子のことを頭から閉め出していた。
忘れたわけじゃないし、時々ふっと思い出すこともある。
そんな時も、敢えて考えないようにした。
そして、俺からも連絡を取ることをしなくなっていった…
ようやくCDの発売日が決まったのは、1年後。
23歳になった年だった…


大学も途中で辞めて音楽活動に本腰を入れ、キャパの大きなライブハウスで、ライブをこなす。
インディーズからCDを出した夏の頃には、『インディーズでの期待の新人』の特集で、音楽雑誌に載ったりもした。
まだまだ、小さなものだったけれど。
CDは、ライブによく来てくれる固定の客が、まず買ってくれた。
ライブをこなしていくうちに、より多くの枚数が売れて行くようになった。
最初のプレス分が売り切れた頃には、より取材が来るようになっていた。
そんなとき、ライブが終わった後に楽屋にマネージャーが訪ねて来た。
「樹、ちょっと話があるんだけど」
「ちょうど着替えたところです。どうぞ」
マネージャーがパイプ椅子に座ると、俺の向かいに座る。
「樹さあ、そろそろ事務所に所属する気はないか」
「事務所、ですか…」
「その方がメジャーとの契約もしやすいよ」
「メジャーですか?まだ、インディーズから出したばかりだし、俺には早いんじゃ」
「そんなことはない。インディーズとは言え、樹の売り上げはかなりいい。メジャーレーベルと契約出来るだけの力はあるよ」
「そう言われると嬉しいけど…事務所ってどうしたら」
「実は、音楽事務所の大手がライブを聞きたいって言って来たんだ」
マネージャーが言った事務所の名前は、誰もが知ってる音楽事務所だった。
そんな所から、俺に?
「言っておくけど、聞いてくれたからって即契約になるわけじゃない。樹次第だからな」
「…分かりました」
大手の音楽事務所に所属したからって、すぐにホールでライブを、メジャーからCDを出せるわけじゃないことは、知ってる。
でも、確実にきっかけにはなるってことは、分かる。
…前に進むしかないんだ。



いつ、音楽事務所の人が来たのかは、教えて貰えなかった。
でも、客席にいて席も立たない客は目立つから、見当はついた。
…いつものライブをすればいい。
そう自分に言い聞かせ、ギターを弾き、歌った。
客を煽り、乗せた。
ライブが終わった瞬間、その客たちはじっとステージを見つめていた。
半年後、インディーズで話題の西山樹、大手音楽事務所と契約、のニュースが音楽雑誌に載り、ネットニュースに流れた。
その半年後に、メジャーレーベルに移籍してメジャーデビュー。
春、4月。
俺は25歳になった。



2月、打ち合わせのために訪れた事務所で、意外な人に会った。
「西山くん、久しぶりだね」
長い髪を束ねて、黒のパンツスーツを着た女性。
…誰だろう。
「あの…お会いしたこと…?」
「あれ、分からない?私、なつき。裕子の友達の」
「あっ…」
俺とは高3の時だけクラスメイトだった、なつき。
高山なつきだ。
「高山さん…?なんでここに?」
「実は、私いま、ここの社員なの。たぶん、これからあなたの…ミュージシャン・西山樹のサブマネージャーになる」
「そうだったのか」
「こんな所で会うなんてね。うちの会社にとってあなたは、これから売り出す大切な人よ」
「それは、どうも」
「じゃ、打ち合わせの時に。私も同席するからよろしくお願いします」
長い打ち合わせを終えて、事務所を出た。
駅まで歩く間、気分転換にウィンドウを覗いてあるく。
自分には関係があるはずもないアクセサリーショップの前で、あるヘアアクセサリーに目が止まった。
何枚かの葉をコラージュした、グリーンのヘアピン。
…裕子がしてたのと似ている。
よくライブハウスに来てた頃。
「これ見て。葉っぱがたくさんついてて、樹って感じじゃない」
そんなことを言いながら、髪に止めていた。



今日は思いもよらず、裕子の友達に会った。
そして、このヘアピン…
こんなデザインのヘアピンは、量産されて出回っているのかもしれない。
でも、それで頭の隅に押し込めていた裕子の記憶が、溢れ出てきてしまった。
裕子…
裕子に会いたい。
連絡も取らず、記憶を押しやって思い出すことも止めていた。
そんな俺には、許されないかもしれないけれど。
メジャーデビューの記念ライブが、夏に中規模のホールで行われることが決まった。
裕子に聴いて欲しい。
裕子にのために、あの曲を歌いたい。








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