えりこのまったり日記

グダグダな日記や、詩的な短文、一次創作の書き物など。

あなたのいた場所に終・幸せに

2019-10-05 18:26:13 | 書き物
「達也、痩せてたね…人に囲まれてて、ザ・芸能人みたいだった」
深山くんがポツリと呟く。
「そうだな…でも疲れてたみたいだったな」
めずらしく原さんまで…
音楽活動の他に、俳優業にも本腰を入れ始めたらしいから、スケジュールも大変なんだろうな…
深山くんじゃないけれど、人に囲まれた達也を見たら、あれは達也と言う名のプロジェクトなんだと思った。
たくさんの人が関わる、ビッグプロジェクト。
大きな船に乗ったらもう、降りることは出来ない…
達也はその船に乗っちゃったんだ。
私が一緒にいられる世界じゃない。
こうなったら、達也は達也の、私は私の道を行くしかないんだ。
「深山くん、達也は私たちをバンドに引っ張ってくれたんじゃない。達也の幸せを、成功を祈ろうよ」
高校の時のバンド仲間から始まったウイングス。
その頃からのメンバーの深山くんは、そう言うと少し遠い目をした。
「そうだね、なんか…ずいぶん前のことのような気がするけど…」
高校の頃だから、6年。
もうなのか、まだなのか…
「あ、そう言えば。さっき、高梨さんどうしたの?戻って達也に声描けてたじゃない」
「…ああ、知り合いのミュージシャンの近況を教えたんだ」
知り合いのミュージシャン?
ちょっとした違和感は、また緊張して来たって言う深山くんと、口数の少ないはずの原さんの会話で消されてしまった…



ウイングスのベース、高梨修一は皆が話し込んでいるうちに、そっと楽屋を出た。
さっき、達也に『話がある』と伝えたからだ。
控え室のドアを開けると、もう達也が座っていた。
「達也、来てくれてありがとう。出番は先なのに、悪いな」
「…いや、それよりわざわざ高梨さんから話なんて、珍しいね。どうしたの?」
穏やかな笑顔を浮かべた達也は、修一を手招きした。
達也と並んで座ると、修一は低い声で訊ねた。
「単刀直入に言うけど…達也、洋子ちゃんをボーカルにする為にウイングスを抜けたのか?」
「…どうして今さらそんなことを?あのドラマを見たから?」
「それもある。でも、あのドラマのラストを見て、あり得るって思ったんだ、達也なら」
達也は、少し俯いて考え込んでいるように見えた。
でもすぐに顔を上げて、修一をまっすぐ見た。
「ちょっと、話を聞いてくれる?手短にするから」
「ああ」

高校1年の時、隣のクラスの子を好きになったんだ。
入り浸ってた軽音部の部室の隣が音楽室でね、たまにそこでピアノを弾いてた。
黒目がちのくりっとした瞳が可愛くて、俺を覚えて欲しくて…
ちょくちょく声を掛けてたら、彼女も俺を好きになってくれた。
…それが、洋子だよ。
ピアノ弾けるならと、バンド組む時に引き入れた。
その時、びっくりしたんだ。
だって何か弾いてみてって言ったら、ジャズピアノを弾いたんだよ。
それで、コーラスやってみたら低い声でゴスペルとか歌えちゃって…
曲を作るようになったら、ソウルの影響を受けてて。
洋子に聞いたら、ご両親が音楽好きで洋子に教えたらしい。


それでも、ウイングスのボーカルは俺だから、俺が歌いやすい曲を作ってくれた。
コーラスは、ボーカルがより引き立つように、高い声を出して。
アマチュアの頃は、それで良かったんだ。
でも…
インディーズからCDを出した頃から、これでいいのかって思い出した。
洋子を、『ウイングスのキーボード』に押し込めてていいのかって。
でも…洋子にさりげなくメインボーカルを振ってみても、私はキーボードとコーラスでいいって言う。
…洋子は、恋人でメインボーカルの俺を、立てようとしてくれるんだ。
そう感じた時からもやもやしだしたんだ。
そのもやもやをずっと抱えて、しばらくたって…そう、高梨さんたちが加入した頃。
俺は初めて自分の気持ちに気づいたんだ。
洋子に嫉妬してるってことを。


「嫉妬…?」
「そうだよ、俺には無い才能を持ってるのに、それをしまいこんで俺を持ち上げようとするんだから…なんでだよって思った」
「でも、達也だって…」
「俺?俺だって自分の声に多少は自信はあるけど…ありふれた声だよ。俺が注目されるのは、いつも見た目だけ」
「そんなことは無いだろう。楽器もほとんど弾けるし編曲のセンスもあるし」
「高梨さんだって、洋子とやってきて分かったよね?洋子の作曲のセンスが、俺には羨ましくてたまらなかったんだ」

…だから、ソロのオファーがあった時、バンドを離れようと思った。
ウイングスは、洋子が歌った方がいい。
バンドも洋子も好きだったけど、離れた方がきっと楽になれるって思った。

「だから抜けたのか。洋子ちゃんにメインボーカルをやらせるために?」
「…まあ、俺だってそれなりに自信はあったから、ソロでやりたい気持ちはあったよ。でも…とにかく楽になりたかったんだ」
「でも、いいのか。結局洋子ちゃんを手放すことになったのに」
「…いいんだ。今でも洋子のことは好きな気持ちはあるけど…ずっと一緒にいると、きっともっと苦しくなる。好きな子に嫉妬するなんてみっともないよね…みっともない自分でいたくないんだ。洋子には好きなように歌って欲しい。それを、見守れる人が側にいてくれたら…。洋子に必要なのは、俺みたいに何もかも抱えて教えるんじゃなくて、のびのびと自由にやらせて、大変な時に背中を押してくれる人なんだ…俺にはそれは出来ないから」
控え室の外がガヤガヤしだした。
「達也…話してくれてありがとう。でも、なんでそこまで俺に話してくれたんだ?」
「…なんでだろう?誰かに聞いて欲しかったのかも…高梨さんなら分かってくれるって思えたし。それに、高梨さんだったら、、」
そこまで言ったら、ドアが開いた。
…みんな、俺が先にいたので驚いてる。
達也が耳元で、誰にも言わないでねと、言って来た。
頷くとにっこりして、洋子ちゃんに声をかけた達也。
あんな言い方をしてたけど、1番本当の所はやっぱり洋子ちゃんを生かしたかったんだろう。
俺だってずっと音楽をやってるんだ、嫉妬する気持ちは分かるが…
たぶんもう、こういう共演の機会はなかなか無いだろう。
達也の笑顔は、少し寂しそうに見えた。
それは洋子ちゃんも感じたのか、泣きそうな目をしてる。
出番が来て呼ばれたら、振り切るように前を向いていた。
俺はそんな洋子ちゃんを引っ張るみたいに、声を掛けた。




生放送が始まり、番組タイトルコールとともに、私たちもステージに立ち、ラインナップに加わる。
1番最後に出て来て、大歓声に迎えられたのは達也。
余裕の表情で客席に手を振ってる。
確かにザ・芸能人だなあと思うけれど…
さっき見た疲れて目が赤い達也が、頭から離れなかった。
オープニングから一旦引っ込み、少し後の出番に備える。
ウイングスは5組出るうちの3組目。
ステージ裏の控え室に行くと、もう高梨さんが座ってる。
隣には、なぜか最後のはずの達也が…
どうして、もういるの?
もしかして、高梨さんと何か話をしたのかな…
そう思ったら、この間のドラマのラストを思い出した。
達也がウイングスを抜けた理由…
ソロになりたがってた達也が、オファーを受けたから?
…私にウイングスのボーカルをやらせるため?
達也がゆっくりと私に穏やかな笑顔を向けた。
達也の笑顔はウイングスにいた頃と何も変わらない。
…もう、考えるのは止そう。
ソロとして達也は評価されて、演技の世界に入って行った。
私はウイングスのボーカルとして、ここまでやってこられた。
どちらにしても、達也の希望を叶えられたんだ。
本当は、ずっと一緒にいたかった。
だって、大好きな、大事な人だったんだもの。
でも、一緒にいたらきっと私はボーカルをやろうなんて思わなかった。
だからきっと…



今となってはもう、歩く道が違ってしまった。
ここにいるみんなが、ウイングスだったと思うと、胸の奥がきゅっとする。
皆でバンドをしてた頃が懐かしくてしかたない。
たった、数年前のことなのに。
でも、もう戻れないんだ…
目尻が潤んできた私に向かって、達也が大きな声で言った。
「これからのウイングス、楽しみにしてるからね!」
頷いた拍子に、一筋だけ滴が零れて落ちた。
「ウイングスさん、お願いします!」
スタッフから声が掛かる。
「洋子ちゃん、いくよ!」
高梨さんに促されて、後ろを向かずに控え室を出た。
ステージに出ると、すでにバンドセットが組んである。
「お待たせしました、ウイングス、あなたのいた場所で!」
ドラムに、ギターに、そしてベースに支えられて、私の声が音に乗って飛び上がる。
あなたのいた場所にいま私は立ってる。
あなたの背中はもう遥か遠く、見えなくなってしまった…
あなたといられて幸せでした。
どうか、どうか…あなたの幸せを祈ってる。
私はこの場所で生きて行く。
大切な皆と一緒に。





プロローグ

5年後。
29歳になった私は、お正月早々空港にいた。
行く先はL.A。
レコーディングの為だ。
あれからウイングスは、ライブをメインにしながらも連ドラだけでなく、映画の主題歌も手掛けていた。
そして、私は今年からソロ活動を始める。
レコーディングはその第一歩。
航空会社のラウンジに座っていると、奥の方から大きな声が上がった。
女性客何人かが固まって、大型テレビを見てる。
画面に映ってるのは、達也…。
『結婚』の二文字が、テロップで流れてる。
そちらに背を向け、入り口に目を向けると待っていた人が入って来た。
目の前まで来ると、目を細めて私を見る。
「ごめん、ちょっと出掛けに手間取って。待った?」
「ううん、私が早く着き過ぎただけ。でも、そろそろ行こう」
立ち上り、振り返ってテレビを見る。
マイクを向けられて、笑顔で答えている達也がいた。
じっと見ていると、それを見てた人たちが、私を見て何か言い合ってる…
くるっと向きを変えて、歩きだした人の後を追った。
「修ちゃん、まって」
空いてる左手に手を通したら、ぎゅっと握り返した彼と目があった。
「L.Aは晴天だって」
「そっか、良かったな」
ずっと背中を押して支えてくれた人は、いつも通り優しい目を向けてくれた。












































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