えりこのまったり日記

グダグダな日記や、詩的な短文、一次創作の書き物など。

あなたの横顔6話

2018-10-08 22:23:59 | 書き物
裕子にチケットを渡したと高山さんに聞いたのは、ライブの前日だった。
「確かに渡したわよ。来るかどうかは裕子次第。ほんとはこんなこと、スタッフとしてはやっちゃダメなんだろうけど」
自虐的に笑った後は、サブマネージャーの顔に戻った。
「リハーサルの後に、取材があるのでホールから移動になります。時間が押すとマズイので、迅速にね。もちろん、ちゃんと誘導しますから」
「取材、ですか」
「もう、またって顔しちゃダメ。誰でも取材して貰えるわけじゃないのよ」
「グラビアもあるの?」
「もちろん。今回は有名なカメラマンが撮ってくれます」
「そういうの、苦手だ…」
「それも込みでプロモーションだと思って。それに…」
俺の肩をポンポン、と叩きにっこり笑う。
「ある程度売れたら、西山くんの好きなように出来るよ。稼げる人は大事にして貰えるの。今は折り合いをつけなきゃいけない時期」
「折り合い、か…」
「そうよ、ど真ん中に行くまでの辛抱よ。我慢しろとは言わない。折り合いをつけるのよ」
…なんだか、ストンと腑に落ちた。
好きにやるために、折り合いをつける。
俺にだって、出来るはずだ。



ライブの幕が上がった。
今までの倍のキャパシティーで、ベテランのバンドマンに囲まれて歌う。
プロデューサーに勧められて、変えられたアレンジ。
ギターではなくマイクで歌うスタイルの曲。
100%俺のやりたいようにはやれなかった。
それでも、今の俺の最高のパフォーマンスが出来たと思った。
それは、幕が下りた後でバンドメンバーに次々にハイタッチされて、実感したものだ。
楽屋に戻り汗を拭き、着替えて俺は待った。
上手くいったら、ここへ裕子を連れて来て貰うことになっていた。
一目でも会いたい。
顔を見て、声を聞きたい。
終演後の取材まで、30分ほどしかなかったが、高山さんが他のマネージャーには言わずに、聞き入れてくれた。
「西山くん?入るよ」
いきなり高山さんの声がして、ドキッとする。
ドアが開き、高山さんについて入って来たのは、裕子だった。
4年ぶりの裕子。
長かった髪は肩までになって、ふわっとカールしている。
裕子に、似合ってる。
「西山くん、申し訳ないんだけど5分で切り上げて。時間押してるから」
そう言って高山さんが出て行くと、俺は裕子に近づいた。
「…久しぶりだね。元気だった?」
「うん…今日は呼んでくれてありがとう」
俯いてしまった裕子の肩に、両手を置いた。
「俺を見て」
「私、あんなこと…したのに」
「一方的に連絡してくれなくなったこと?」
俺の手から逃げようと、後ずさる裕子の肩をぐっと掴む。
「そんなの…結局、俺だって会いに行かなかったし、連絡しなくなった…でも」
涙を溜めた裕子の目尻を、そっとぬぐってからようやく裕子を抱き締めた。
「今日はどうしても、聞いて貰いたかった。またこれから、会えなくなるかもしれないから」
「そう…だよね。だって、樹はもう」
「なつきちゃんに聞いた。売れたら、稼いだら、好きなようにやれるようになるって」
「そんなこと…出来るの」
「その言葉を信じて、やるしかない。裕子のことも音楽の仕事のことも、きっと俺のやりたいようにしてみせる。だから、、裕子」
「…なに?」
「そうなれたら。何もかも思うように出来るようになったら。俺のCDのジャケットを…俺の横顔を、描いてくれ」
その時、ドアの向こうから高山さんの声が聞こえた。
「もう時間よ。裕子、出て来て」
驚いた顔で俺を見上げる裕子に、4年ぶりのキスをしてから、ドアまで手を引いた。
「裕子、覚えてて。俺の言ったこと、叶えてくれ…いつになっても」
「…うん。私、やってみるから。待ってて」
小さな声で呟いて顔を上げた裕子が、ドアから出ていく。
俺は大きく息を吐いた。



やりたいようにやると言っても、なかなか一筋縄では行かない。
まずはアルバム製作で、俺に編曲させて貰えるよう、プロデューサーに交渉した。
返事は、まず依頼したアレンジャーに編曲してもらい、俺のは試しに聞いてから、と。
ライブハウス時代にやっていたように、自分のやり方で自分の曲を編曲したい。
バンドアレンジも、ライブハウス時代に覚えた。
自分の曲だからって、型に嵌めたアレンジはしたくない。
試行錯誤しながらも作り上げ、アレンジャーとプロデューサーに聞いてもらう。
結果、5曲分、俺の名前が編曲者としてクレジットされることになった。
MVの製作は、とにかく初めて。
だから、またプロデューサーに交渉した。
好きなミュージシャンのMVの監督に、依頼して欲しいと。
監督の演出や編集を見ながら、先ずはそれぞれを勉強する。
出来れば、セルフプロデュースをしたいと思っていたから。
まずは、自分を知って色々な世界を見て、選択して行かなければ。
…それには、ヒット曲が必要だと思った。



メジャーデビューのシングル1枚目は、CMタイアップが付いて、よく言う『スマッシュヒット』になった。
おかげで、デビュー作から歌番組に出演することが出来た。
…CMタイアップも、歌番組出演も、やっぱり事務所の規模がものを言ったものだ。
でも、1回ヒットしたからって、次も、またその次もヒットするかは分からない。
事務所は、ヒット曲を作れと言うけれど、それを意識したら厳しいと思った。
売れることと、やりたいこと…
上手くバランスを取って曲を作らないと。
後は、今どんな音楽が主流になっているか。
ちょうど今、俺の志向する音が受け入れられているようだ。
好きな洋楽を取り入れたビートの効いた音に、シンプルな日本語を合わせた俺の曲。
流行りの巡り合わせかもしれないが、ラッキーなことだと思った。
だから今は、とにかく好きな音を追及しよう、と決めた。
デビューして2年がたった頃。
4枚目のシングルが、あるゴールデンタイムのドラマの主題歌に採用された。
主役もヒロインも、今1番人気があると言われる2人。
評判の高い脚本家で、ヒット間違いないとの前評判のドラマ。
その主題歌に決まったと言うことで、あっという間に歌番組、雑誌やテレビの取材が決まった。
その頃には、チーフマネージャーになった高山さんが、詰まったスケジュールを捌いていた。
「西山くん、これがヒットしたら、きっとやり易くなるわ。そんな気がする。正念場よ」
俺も同じ気持ちだ。
だから、インタビューもグラビアも積極的に受けて、プロモーションに励んだ。
ドラマのタイアップ曲は、ドラマのヒットに乗って大ヒットした。
CDの売れにくい時代と言われる今、文句の付けようがない枚数。
ダウンロードも伸びて、曲もMVも賞を取れた。
その辺りから、プロデューサーも俺の言うことを、ほぼ認めてくれるようになった。
事務所の上の人からも、ああしろこうしろとは言われることは少なくなった。
自分のやりたい音を分かってくれる、バンドメンバー、スタッフ。
俺の言うことを聞いてくれて、でもアドバイスもくれる。
28歳を過ぎて、俺はようやく『やりたいようにやる自分』に、近づいたんだ。



裕子のことは…
あの再会の半年程後、広告代理店からデザイン事務所に移ったと聞いた。
音楽関係の仕事が多い事務所だと、高山さんが教えてくれた。
広告代理店での仕事が認められて、アシスタントからとは言え、最初から大きい仕事に関わっているそうだ。
「たまには知りたいでしょ、裕子のこと」
「そりゃ。知りたいよ。あんなこと頼んで、プレッシャーになってないかも気になるし。でも、いいの?事務所的に」
「まあ、近況を知るくらい、いいんじゃないの」
2年たつ頃には、製作に彼女の名前が出るようになった。
CDパッケージはもちろん、販促ポスターやグッズの製作まで。
幅広い音楽関係の仕事が、グラフィックデザイナーである岡本裕子の得意分野だと、言われるようになっていた。
彼女は、依頼された仕事をする時、アートディレクターを使うこともあるけれど、彼女自身がイラストを描くこともある。
彼女の名前が更に知れ渡ったのは、あるミュージシャンの大ヒットアルバムの、CDパッケージを手掛けたこと。
アルバムのヒットに加えて、ジャケットも賞を取ったのだ。


そのニュースを耳にした時、俺はやっとその時が来たと思った。
再び、裕子に俺の横顔を描いて貰う時が。














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