えりこのまったり日記

グダグダな日記や、詩的な短文、一次創作の書き物など。

あなたのいた場所に8話・離れた手

2019-10-03 23:28:35 | 書き物
年が明け、レコーディングの真っ最中に、ドラマのプロデューサーの坂本さんがスタジオに訪れた。
髪をシニヨンにまとめ、パンツスーツにヒール。
私から見たら、仕事の出来る大人の女性に見えた。
思わず、デニムのロングスカートにスニーカー、チェックのシャツの自分の姿が映った窓を眺めた。
24にもなってこれか…
ため息をついていたら、阿部さんと談笑していた坂本さんが近づいて来た。
「はじめまして、坂本です。レコーディング中にお邪魔してしまって、すみません」
「あ、河原です、はじめまして。どうぞゆっくり見ていってください」
なんだか気後れしてしまう…と思いながら挨拶したら、坂本さんがくしゃっと笑顔になった。
「洋子さん!私ずっとウイングスのファンなの!洋子さんの歌声が大好きで。こうして会えるなんてほんとに嬉しい」
両手を胸に当てて、頬を上気させた笑顔はさっきまでの山本さんとは、だいぶ違う顔。
カッコいい女性から、嬉しくてはしゃぐ可愛い人になってる。
こんなに喜んでくれるなんて。
しかも、私の歌声が好きって…
嬉しくて、私の頬も緩んだ。
「そんなに言って頂いて…嬉しいです。ありがとうございます」
「いえいえ。もうね、ほんとにただのファンなの、私」
そう言いながら、近くの椅子を示す。
笑顔のまま、少しだけ改まった顔になった。
「洋子さん、ストーリーを読んでくれたと思うけど…」
「あ、はいそれはもう去年のうちに読みました」
「私は原作のヒロインと洋子さんに、共通するものを感じていてね」
「共通するもの、ですか」
「そうなの。急な運命に立ち向かう強さを感じるの」
「…立ち向かう強さ…私にもあるんでしょうか」
確かに、達也がいなくなった後、私が私じゃないって位、全速力で走って来た。
でもそれは、皆が背中を押してくれたから。
「あったとしても、私1人での強さじゃないと思います…皆に背中を押して貰いましたから」
山本さんがキリッとプロデューサーの顔になった。
「ドラマのヒロインにも、背中を押してくれる仲間がいるのよ。そこもしっかり描くつもりなの。主題歌、本当に素晴らしくて、これから撮る画が浮かんだわ。洋子さんにも見て欲しいな」
「はい、楽しみにしてます」
「ありがとう」
レコーディングは終わった。
CDパッケージはほぼ決まっていて、後は細かいところを詰めて行く。
発売まで半年、タイアップとなるとプロモーションもまた違って来るみたいだ。
そんなことを考えていたら、達也のことを思い出した。
ヒロインの相手役で主題歌も担当すると、ネットニュースに出てた。
私がいる場所もここ2年で変わったけれど、達也はもっと変わった。
雑誌の紙面やテレビ画面で顔は見るけれど、近くで声は聞いてない。
こんな風に、変わっていく達也の側にいるのはつらいと思った。
だから別れたんだ。
会うこともなくなって、環境も変わって…
私の気持ちも別れた時とは変わってしまった気がする。
まだ達也のことを、こうして考えてしまうけれど。
また顔を会わせたら、どんな気持ちになるんだろう…
「洋子ちゃん、そろそろ行くよ」
深山くんに声を掛けられハッとした。
「…この後ってなんだっけ?」
まだ考え事が抜けきれなくて、つい聞いてしまった。
「MVの打ち合わせだよ。どうしたの、眠いの?」
「んー、大丈夫だよ、ごめん」
二人でバタバタと車に乗り込んだ。
達也とまた顔を合わせるなんてこと、ないに決まってる。


MVは、曲のイメージに合わせて、私のショットが差し込まれることになった。
押しきられてOKしたけど、さすがに撮影は恥ずかしかった。
でも、カメラマンやプロデューサーに色々注文をされて、無我夢中で捕ったのだ。
全て終わり、気が抜けてスタジオの外の休憩スペースに座って、ボーッとしていた。
「洋子ちゃん、お疲れ。まだ帰らないの」
高梨さんの声に、顔を上げる。
「あ、お疲れさまです。なんだか、ボーッとしてしまって…」
はい、と自販機のコーヒーを渡されて、初めて喉が乾いていたことに気づく。
「ありがとう…」
隣に座った高梨さんを見ると、うっすらと隈が見えた。
「高梨さん、睡眠時間取れてる?」
「ん?まあまあ取れてるよ。大丈夫、大丈夫」
「だったらいいけど…」
「洋子ちゃんこそ、ちゃんと眠れてる?」
「んー私も、まあまあかな…でも夕べは緊張して眠れなかった」
「緊張、してたよな…でも、あんなに恥ずかしがってたのに、洋子ちゃんすごいな」
「すごくなんか…カメラさんとか照明さんとかのお陰だから」
「そんな照れなくてもいいよ。洋子ちゃんがスイッチ入るの見て、成長したなーって皆で喜んでたんだから」
「え、そうだったの?」
「ボーカルを立てて一歩引いてコーラスしてた子が、真ん中でやる気を見せるようになったんだ。この2年ずっと見て来たんだから…なんか安心したよ」
「高梨さん…」
期待に応えようと、真ん中で歌うのに相応しくなりたいと、ずっと思ってた。
でも、なれてるのか不安だった…
「私、成長出来てる…?達也がいた場所にいてもいいくらいに」
「いてもいいなんて…もうあの場所は洋子ちゃんのものだよ」



達也は私を音楽の世界に引き入れて、曲を作ることを、コーラスでボーカルを引き立てることを教えてくれた。
ただピアノが弾けただけの私を、ずっと引っ張ってくれた。
達也がいなくなってからは、バンドメンバーが、私の背中を押してくれた。
躊躇いながら、手を伸ばして自分の力で飛び立とうとする私を。
この先、もっともっと高く翔べるようになれたとしたら、それは私1人の力じゃないんだ。
「そんな風に言って貰えてすごく嬉しい…ずっと、ここにいていいのか気になってたの。高梨さんが…みんながいてくれたから。私の背中を、みんなが押してくれたから、やって来られたんだと思う」
こんな話が出来たのは、初めてかもしれない。
夢中で走ってきて余裕なんか無かったから。
だからこそ、感謝してることをちゃんと伝えなきゃ…
気がついたら、高梨さんのニットの裾を、ぎゅっと握りしめてた。
高梨さんは少し意外そうな顔をしたけれど、笑顔を返してくれた。
「これからプロモーションだから、まだまだこれからだよ。眠れる時に寝るんだよ」
裾を握る私の手に軽く触れて、高梨さんは帰って行った。


7月、ドラマの放送初回日。
ちょうどスケジュールが空いていたその日、高梨さんのマンションに皆で集まった。
記念すべき初めてのタイアップを、皆で見ようということになったのだ。
コーヒーを飲みながらわいわい喋っていたのに、ドラマが始まったらみんな黙ってしまった。
劇団の看板役者の恋人を、脇の役で出演しながら支える主人公。
環境は違うのに、達也とは違うのに、達也と同じようなことを口にする、恋人。
ラスト、テレビドラマに出たいと告げられて、ショックを受けた所で曲が掛かった。
画面には『あなたのいた場所』のタイトルとウイングスのクレジット。
次回予告まで見終わって、はーっとため息が出た。
主人公の気持ちにはいりこんで見ていたら、曲が聴こえて来て…
画面には恋人の後ろ姿。
胸の中の何かがきゅっと音を立てた。
「洋子ちゃん、どうした…大丈夫か?」
高梨さんの声で我に返る。
え、と横を向いた途端滴が頬を伝い、ポトっと、落ちていった。
強がって閉じていた涙腺が、今は素直に開いたみたいだ。
私の中から滴と一緒に、何かが流れていった。
心配そうな顔の高梨さんに笑ってみせた。
「もう、大丈夫。なんかすっきりしちゃった」
「すっきり?」
高梨さんは不思議そうな顔をした。

劇団を去ることを恋人が彼女に告げた言葉は、達也が言った言葉ととても似てた。
画面越しに聞いて、初めて達也の口からバンドをやめると聞いた時を思い出してしまった。
でも…
ドラマの彼女は、私とは違ってた…
「私を置いていくの」
「夢を叶えたいからもう私はいらないのね」
「あなたのために、この劇団にいたの。あなたを、支えたいから」
「あなたと、ずっと一緒にいたいの…なんで分からないの!」
泣き叫びながら、言葉を叩きつける。
それは、本当は私が言いたかった言葉だった。
そうだ、ずっとモヤモヤしてたことはこれだったんだ。
達也にぶつけることなく、しまいこんだ言葉たち。
私は、自分の気持ちを、もっと達也にぶつけたかったんだ。
なんだか、ドラマの中の彼女が私の代わりに言ってくれたみたい。
不思議とすっきりした気持ち。
あの時、最後の別れの時。
黙って見送るしかないって思ってた。
有名になって変わって行く達也を、見たくなかったから。
私の知らない顔になっていく達也を。
でも、言いたかった言葉をしまいこむのは、思ってたよりしんどかった…


ただ、私が黙っていても達也に気持ちをぶつけても。
達也がいなくなることに変わりはなかっただろう。
だって、ドラマの彼と同じで達也には夢があったから。





























































最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。