えりこのまったり日記

グダグダな日記や、詩的な短文、一次創作の書き物など。

あなたのいた場所に9話・私の場所

2019-10-05 00:20:37 | 書き物
恋人がいなくなって、置いていかれた悔しさと、でもまだ恋人を想う気持ちを抱えて、舞台に打ち込む主人公。
見ていると胸が痛くて…でも必死に芝居に食らいつく彼女をいつしか応援していて。
恋人が、劇団を頼むと言って去って行く。
そんな恋人のため、劇団を維持しようと奔走する主人公。
初めは恋人のためだったけれど、だんだんとそれが彼女の生きる道になって行く…


最終回は、皆それぞれで見ることになった。
取材が押したから、帰ったら録画を見るつもりだった。
荷物を持って外に出ると、高梨さんが出口にいる。
「あ、やっと出てきた」
何だろう?
もしかしてタクシーを捕まえようとしてくれてる?
「洋子ちゃん、ドラマの最終回良かったら一緒に見ない?」
「え、いいの?今日は何か予定があったんじゃ…」
「いや、特にないけど…どうかな」
「これからお邪魔してもいいなら、一緒に見たい」
「じゃ、行こうか。タクシーも来たし」


皆と見た時と同じ、ソファに座って今夜は録画したものを見る。
でも、今日は二人だから横に並んで…
それは、なんだか不思議な気持ちだった。
二人並ぶと言っても、間には10センチほどの隙間。
触れそうで触れない距離。
考えてみれば、高梨さんの家に行ったことはあったけど、1人でなんて初めてだった。
いつもだったら、家に帰っていたかもしれない。
でも今日は…
達也との別れを追体験するような最終回、どんな気持ちになるにせよ、高梨さんに側にいて欲しいと思ったのだ。


最終回の、最後の場面。
彼女が女優としてステージのセンターに立つ。
カーテンコール、いつも思い出していた恋人の背中が消え、彼女が手を伸ばす。
『ここが私の場所』と呟いて。
そこではじめて、主題歌の2番がかかったのだ。
『あなたのいた場所』が『私の生きる場所』に変わる2番に。
ここは、自分でも思い入れのあるフレーズだった。
ここは私のもの!と心から歌ってる。
ふう、と息をついて、そのあとはエンディング…のはずだった。
それが…場面が変わって劇団の事務室。
長い付き合いである、劇団の演出家と恋人との会話。
今いなくなれば、劇団は危うくなる。
彼女の才能は分かるけれど、もう少しお前が育てなければ…
演出家がそう説得すると、彼はこう答えるのだ。
俺がいると彼女は自分を抑えて、俺を支えようとする。
彼女の才能は分かるんだろう?
俺がいたら、彼女の邪魔なんだよ…
俺がいない方がいいんだ。
きっぱりと言い切る彼に、演出家が驚く。
だから、いなくなるのか…?
画面が変わってまたステージの彼女。
誰もいなくなった客席を眺めて、ぽつりと呟く。
「どうか、あなたも幸せでいて…」


これは、何?…
まさか、こんな終わり方をするなんて。
どうしていいか分からなくて、横の高梨さんを見た。
だけど、高梨さんも何か考えこんだ顔をしてる。
いなくなることが、彼女のため?
「高梨さん…こんな、、こんな理由でって…」
「うん、ちょっと予想外だったね」
「彼女、本当に幸せだったのかな…ずっと一緒にいたかったはずなのに。それとも、彼の気持ちを分かっていたのかな…」
「幸せだったかどうかは、受け止め方次第じゃないのかな」
「受け止め方…」
自分だったら、どう受けとめるだろう。
自分だったら…彼の幸せを祈れるだろうか。
「もし、達也も…」
「達也がどんな気持ちだったかなんて、分からないよ、分かりようがない。それに…もういいじゃないか。どんな理由であれ、達也のいた場所で洋子ちゃんはしっかり立ってる。それが全てだよ」
「…そうか…そうよ、ね」
いつの間にか、10センチの距離が縮んでいた。
今見たものをどう受けとめようか、言葉を探しながら高梨の腕にすがりつく。
「洋子ちゃんは必死にあそこを自分のものにした。それは俺たちもウイングスのファンも、達也だって…分かってると思うよ」
「…うん。ありがとう」
小さく呟いたら、いつもみたいに私の肩にそっと触れてくれた。
こうして触れて貰うと、ぐらぐらと揺れていた気持ちも落ち着く。
達也がいなくなってからずっと、私はこうして支えて貰って来たんだ…
「さあ、そろそろ帰った方がいいんじゃないか。タクシー呼ぶから」
「うん。ありがとう、一緒にいてくれて」
「…いいんだ。俺も一緒にいたかったから」
え?
今、何て言ったの?
エレベーターに乗ってからチラッと高梨さんを見たけれど、いつもの穏やかな顔。
「じゃ、お休み。明日事務所で」
「お休みなさい」
…もしも、達也が私のためにウイングスを抜けたんだとしたら。
私が達也のいた場所に立ち続けることを、喜んでくれてるかな。
今日気づいたこと…許してもらえるかな。






ドラマは、女性からの評判が良くて、視聴率も予想より高いものをキープして終わった。
そしてドラマの評判が上がるにつれ、ウイングスの曲の評判も上がって行った。
街でよく聞くようになり、CDの売り上げを伸ばして初めてトップテンに入った。
そのとき初めて、ゴールデンの歌番組の出演が決まった。
今まで深夜帯の歌番組に出ることはあったけれど、夜8時からの大がかりな歌番組に出るのは初めて。
それを聞いた深山くんは、もう興奮してる。
「今まで見るばっかりのあの番組に、俺たちが出るってすごくない?俺、初めて親にテレビ見てって言っちゃったよ」
「今まで言ってなかったの?」
「いやー深夜が多かったし親の知らない番組ばっかりだったしさあ」
「そうねえ、知らない番組言っても、何それって顔されるもの」
いつもとは違う衣装を用意して、もちろん歌うのはあのドラマの主題歌。
テレビ歌唱仕様のリハーサルもしなきゃいけない。
そんなことでバタバタしていたら、1か月後の放送日が近づいてきた。
数少ない生放送の番組、緊張感がだんだんと押し寄せて来る。
出演者が発表されたとき、ウイングスの画像も流れて、また皆で盛り上がった。
そして最後に紹介されたのは…達也だった。
出演していたドラマの主題歌。
ドラマでは、主人公の相手役で更に人気が出て、当分俳優業でやっていくのではと、噂になっていた。
達也と共演…
私たちの知名度が上がったから、実現したこと。
でもきっと、近くで言葉を交わすことなんて無い。
あったとしても、何を話せばいいのか…



放送日当日。
リハーサルもあるから、だいぶ早めに入った。
司会の方やスタッフの方、そして共演の方に挨拶をしてまわる。
テレビでしか見たことのない方から声を掛けて貰ったりして、私たちはかなりテンションが上がっていた。
正確には、私と深山くんが、だけど。

リハーサルもすべて終わり、休憩を取った後本番になる。
ウイングスで1つの楽屋になっていたから、皆で楽屋に向かった。
エレベーターを降りて、楽屋が並ぶ廊下に出ると、向こうから1人の人を囲むようにして、5、6人の人が歩いてきた。
真ん中にいるのは…達也だ。
近づいたら、お互いに通りやすいように端に寄った。
達也がパッと顔を上げた。
疲れた顔…
でも、笑顔で懐かしそうに私たちを見る。
「久しぶり。元気だった?」
「久しぶり。達也こそ元気か?ドラマ主題歌のヒット、おめでとう」
「ありがとう…うん、忙しいけど元気だよ。…曲聴けるの、楽しみにしてる」
高梨さんと言葉を交わしていたけど、最後の言葉は私を見ていた。
「ありがとう」
それだけ言うのが精一杯。
だって、久しぶりに顔を合わせた達也は、ずいぶんと痩せていて。
元気だとは言っていても、どう見ても目は赤い…
それでも、私の言葉を聞いてくしゃっとした笑顔になった。
「洋子は素晴らしいシンガーだよ…ね、高梨さん」
そう言うと、まわりの人たちが急かすように腕を引いた。
「じゃ…本番でまた、ね」
笑顔を向け歩き出すと、まわりにいた人たちも軽く頭を下げて、行ってしまった。
私たちも、少し先の楽屋に向かうため歩きだした。
すると、急に高梨さんが黙って戻って行く。
廊下の端で達也たちに追い付いて、声を掛けてる。
でも、すぐまた戻って来た。
「高梨さん、どうしたの?」
深山くんが訊ねると、「ああ、ちょっと、ね」
なんだか歯切れが悪い返事…
高梨さんらしくない。




















































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