えりこのまったり日記

グダグダな日記や、詩的な短文、一次創作の書き物など。

二人の距離・遠く離れた空

2017-12-08 07:01:31 | 書き物


いきなり決まった転勤だった。
バタバタと荷物を整理して、最後の日。
木曜の朝、がらんとした机に座る俺の元へ、後輩の女の子が挨拶に来てくれた。

「もう、1人でも大丈夫だね。後輩も出来たし」
そう声を掛けたけれど、彼女は黙ったままだ。
うっすらと涙を溜めて、見上げている。
新人の頃からよく知っている彼女の、久しぶりに見た少女の顔だった。
彼女の気持ちは、その目を見れば読み取ることは出来た。
けれど、遠い距離を乗り越える強い気持ちを、持てる自信か無かったんだ。
言葉をどう続けたらいいか分からなくて、外へ目をやるとどんよりとした空が見えた。

彼女から遠く離れた今、窓から見えるのは、
木々も、山並みも、真っ白に染まった景色だけ。
この空も、あの空に繋がってるのだろうか。ここにいない彼女を、想いながら見上げる空。
きみは、何を想っているんだろう。

先輩の異動が決まって、最後の日まであっという間だった。
すごく迷ったけれど、勇気を出して挨拶に行ったの。
「もう、会えないんですか」
ようやく言えたけれど、それだけで涙が出てしまった。
涙を堪えている私を、優しく見る眼鏡の奥の目が、忘れられなくて。
何を聞いても、どんなことでも、教えてくれた人。
いつも頼っていた大好きな先輩だった。
私の気持ちを、受け止めて欲しかったの。
例え、遠く離れるとしても。
受け止めてさえくれたら、どんな距離だって、乗り越えられるって思ったのに。
言葉が続かなくて外を見ると、ビルも、車の影も、冬の冷気に覆われてる。

今、窓から見えるのは、ひらひらと白い花が舞ってる景色。
寒い寒い季節の始まり、あなたのいない街で私はどうすればいいのかわからない。
遠く離れたあなたを、ずっと想ってるの。
あなたは、誰を想っているのかと。
このまま、離れてしまうのは嫌。
どうすれば、いいの。





異動後の初日の夜。
慌ただしく外回りをして、あっという間に1日は過ぎた。
その後、支社のみんなが地元のお馴染みの居酒屋で、歓迎会を開いてくれた。
去年入社した、と言う女の子もいた。
よろしくお願いしますと、挨拶に来てくれた姿を見て、彼女を思い出していた。
後輩のあの子を。
…どうしているかな。
明るい笑顔の子なのに、今思い出せるのは、涙ぐんでいる顔。
あのとき。
ぽってりと浮かんでいる涙を、拭ってやりたいと思いとっさに右手が動いていた。
自分の手が前に出ようとするのに驚いて、すぐに出しかかった手を引っ込めたけれど。

遅くにお開きになり、外へ出る。
固まった雪道をギシギシと音をさせながら、1人歩く。
すると、街頭に照らされた雪道に影が出来た。
さっきまで大勢でいたのに、もう、今は1人きり。
知らない街に来たのだと、思い知らされた。
引っ越したばかりの部屋に戻ると、部屋は冷えきっていた。
夜になって更に気温が下がったのだろう。
すぐ暖房をつけないと、いられないほど寒い。
この寒さにも、だんだんと慣れて行くのか…
部屋が暖まってから風呂に入り、ようやく落ち着いて座った。
そこで、スマホのメールに気づいた。

差出人には、松丘美幸とある。
後輩の子からだった。
「…どうして」
彼女は、俺の仕事用のアドレスしか知らないはずなのに。
メールを開いた。

「突然のメール、すみません…どうしても先輩にメールをしたくて。先輩の同期の沼田さんに、我が儘を言ってしまいました」
沼田から聞き出したのか。
あの、俯いている彼女からは想像出来なかった、強い意思を感じた。
「もし先輩が嫌でなければ、これからもメールしてもいいですか。時間のある時に読んで貰えれば、それでいいんです。どうしても、どうしても先輩とまだ繋がっていたい。」

…どうしたらいい?
彼女の泣き顔が、頭にチラついた。
さっき歩いたときの、街灯で出来た影に飲み込まれそうで、怖じ気づいている。
出来ることなら、俺だって彼女と繋がっていたい。
でも。
空は繋がっていても、遠く離れた距離は縮めようがないんだ。
中途半端なことはしないほうがいいと、決めたじゃないか。

メールありがとう。
こっちはすっかり雪景色です。
そちらでは、もう晴れているのかな。
もう、こんなに遠くなってしまったんだから、松丘さんも俺のことは気にしないで下さい。
空は繋がってるけれど、二人ともそれぞれの空があると思うから。
寒い日が続くけれど、元気で。





最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。