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読書感想文的日記を書くことにしよう。

小室直樹を読む 「天皇」の原理を読む

2010-01-24 17:58:16 | 日記
第四章 救われる者と救われざる者
小室は前章で「予定説」を解説し、是非善悪は神が決める。神が決めたことが正しい。
 神は絶対である。まで述べてきました。

この章で、小室は最初に神の決めたことつまり「法」について解説します。

法は神が与える。逆に言えば神が与える以前に法は無い。

このことを踏まえたうえで、
小室は、神がモーセに与えた「十戒」を例に、それ以前とそれ以後について語ります。

「十戒」(法)を神が与えて以後は 
「姉妹を犯してはならぬ。お前の父の娘であろうと、母の娘であろうと、これを犯してはならぬ。 (レビ記第18章ー9)

となりましたが、この「十戒」以前において神はこのことについてなにも決めていません。
つまりそれ以前は姉妹との近親相姦も別に悪事でもなんでもなかった、ことになります。

事実旧約聖書では、イスラエル人の太祖アブラハムは、アブラハムの妹サラと堂々と結婚しています。

「あの女は実際のところ私の妹で、父の娘ですが母が違います。そして私の妻になりました。」 創世記 第20章ー12

このことを神も周囲の人も咎めてません。それどころか神はアブラハムとサラの子イサクにカナンの地を約束までもしています。

神はこのことについて肯定も否定もしていない。という事は、アブラハムとサラは結婚してもいいし、しなくてもいい。この場合結婚したというだけの事。

もう一例追加すると、これはもっと強烈・・・・ソドムとゴモラの話のなかにあります・・・
神はソドムの町を絶滅させましたが、そのソドムの住人の中で神は正しい人「ロト一家」を救うことにしました。ところが、ロトの妻はソドムの町を振り返ったので塩の柱になった・・・ロトは妻を失った・・・・

ここからがドッキリ、
  
ある日姉は妹にこういった、「お父さんは年寄りだし、この地のならわしでは私達と夫婦になる男はこの地にいない。さあおいで、お父さんにぶどう酒を飲ませ彼と一緒に寝ましょう。そうすればお父さんに子孫を残す事ができるでしょうから」・・・・

こうして出来た男子を、姉はモアブと名づけた・・・これ、モアブ人の先祖になった・・
妹も男子を産み、ベン・アンミンと名づけた・・・・これ、アンモン人の先祖になった・・
幸いあれ・・・

この二例のようにアブラハムもロトも神から別に罰を受けることなくかれら一族は繁栄した。

なぜか・・・十戒以前それは罪でもなかった 「正しくない事ではなかった」 から。

これが神は全てを決めるという意味です。

神が決める以前から「法」があるのではない。神が「法」を決める。

ここらが、「仏教」「儒教」と大いに違うところです。仏教では宇宙法則「仏法」は仏が出現する以前からあり、「仏」とはその「仏法」を悟ったものをいいます。
仏教の「法」は不磨の大典。悟りを開いて「仏」になっても、変更なんて出来ない。

ユダヤ教、キリスト教の「法」は神がきめる。変更なんかお茶の子さいさいへでもない。
神が決めたから正しい。
神の意思決定は自由である。これがユダヤ教、キリスト教の論理。

救われる者と救われざる者を決めるのも神の自由。
救われる者の条件は無い。「無条件」に救われる。

ではなぜ神は人を救うのか・・・・

なんのために救うのか・・・・・なぜ・・・