江戸前ラノベ支店

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斬竜剣外伝・亡国の灯-第7回。

2015年11月19日 00時49分13秒 | 斬竜剣

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-闇の女王-

 レクリオはやむを得ず、サエンに続いて王の間へと踏み入った。そして慌てて扉を閉め、ドアの取っ手に自らの魔法の杖を閂(かんぬき)がわりにはめ込む。杖は彼女の魔力を高め、魔法の発動を補助する為の物だ。それが無くなれば彼女の魔法の効果は3割減にはなるだろうが、それでもスケルトンの大群に押し込まれるよりはマシである。
 尤も、数の力でスケルトンが強引に扉を破壊する可能性も否定できないが、知能を持たない彼らがそれ以外の手段でこの王の間に入り込むことも有り得ない。ここは扉と杖の頑丈さに期待するしか無かった。
 そして幸いなことに、今のところスケルトン達が扉を破ろうとする気配は無い。彼らにとっては、主(あるじ)が潜むこの王の間は神聖で不可侵な場所だとでもいうのだろうか。
 ならばこれで一難は去ったことになるが、この王の間の空気に触れ続けること自体がレクリオにとっては苦痛であった。居ても立ってもいられなくなるような感覚が体中を這いずり回り、ここに長時間留まれば、最低でも精神に異常を来すのではないかと思われた。そういう意味では危機はまだ続いているし、それは元凶を排除しない限り払拭されることもない。しかも、おそらくレクリオにはどうすることも出来ないだろう。
 つまり、全てはサエンに賭けなければならなかった。
 そのサエンはというと、怯えるレクリオとは対照的に、平然とかつゆっくりと玉座のある場所まで歩みを進める。そんな彼の前に待ちかまえていたのは──、
「……不敬な。我が国に何用ぞ?」
 何処か禍々しい衣装を纏った女であった。

     

 年齢はレクリオと大差ない30代のまだ若いと言える容貌をしていた。しかしその身に備わった威風は、もっと上の年代の者にも見える。だが、それも当然であろう。
「トスラック女王、ノルン・ダークか?」
「えっ」
 サエンの言葉にレクリオは耳を疑った。だが、その声に虚偽や冗談の色は見当たらない。では、目の前の女性は本当に女王だというのか。だとすれば、この国が滅びてからの15年間、彼女は全く年齢を重ねていないということなる。
 しかしノルン・ダークにはエルフなどの長命な種族の血が入っているようには見えない。となると、若さを維持している理由は──、
「まさかアンデッド(不死の怪物)……?」
 それぐらいしか考えられなかった。膨大な数のスケルトンを操っていたことを鑑みても、「死」に関わる魔術の力に長けていることは間違いないだろう。そしてその系統の術──俗に言うネクロマンサー(死霊術師)の究極の目的は、自らアンデッドと化して不死の生命を手に入れることであった。
 そんな術者の成れの果てで最も代表的な物に吸血鬼(ヴァンパイア)がある。人の血液を糧とし、吸血した相手を自らと同じ吸血鬼の下僕として操ることも出来る、非常に厄介な存在だ。伝染病の如き勢いで眷属を増やすその様は、人類の天敵と称しても過言ではない。
 事実、吸血鬼が原因で滅びた町や村の伝承は遠い過去から枚挙に遑(いとま)がない。しかも、強力な吸血鬼の個体は、この世で最強の生物とされる竜(ドラゴン)に匹敵する戦闘力を有しているとも言われている。
(それじゃあ……もしかしてこの国を滅ぼしたのは……!?)
 ノルン・ダークがアンデッド化する為の術の生け贄として国民を捧げたのか、それとも増殖した彼女の眷属によって国民が皆殺しにされたのか、その詳細こそ分からないが、そんな可能性に思い当たってレクリオは戦慄した。
 そしてサエンは、そんな化け物と独りで戦おうというのだろうか。少なくともレクリオには戦うつもりは毛頭ない。事実彼女は、自主的に部屋の隅へと避難し、魔力による防御障壁──所謂『結界』を形成している。
「が……頑張ってね」
 あなたが勝たないと私も死ぬから──そんな誠意は無いが必死な声援を背に受けて、サエンはノルン・ダークへと歩み寄っていく。
「何用と聞いている?」
 先程のサエンの呼び掛けを無視して、ノルン・ダークは再び問う。感情の籠もらない冷たい声音であった。
 それに対してサエンは、
「この国を貰い受けに来た」
 不敵に宣言した。
 その言葉に、ノルン・ダークの静かだった形相が一変する。それは、怒りであった。まさに憤怒の形相であった。幽鬼のように白い肌には変化こそ無いが、本来なら興奮から夕日に染まるが如き変貌を遂げていただろう──そんな顔である。
「この私の全てを奪おうと言うのか!?」
 ノルン・ダークの突き出された掌から電流が奔る。しかし、それはサエンに当たらなかった。いや、彼が信じ難いスピードで回避したのだ。
 だが、それでもノルン・ダークは電撃の術を連続して放った。それが無駄だと気付くまで何度も、何度でも、逆上した彼女は攻撃を繰り返すだろう。
「また、私から奪うのか!?」
(また……?)
 レクリオはその言葉に違和感を覚える。むしろノルン・ダークは奪った方ではなかったのか。その結果がこの国の有様なのでは──と。しかしそれならば、何故彼女はサエンの言葉にこれほど怒り狂っているのか、それが分からない。
 いずれにせよ、サエンはノルン・ダークの攻撃や言葉を意に介していないが如く、着実に剣での攻撃を可能にする為の間合いを詰めていった。そして、彼の剣が彼女を捉えようとしたその瞬間、
「もう何もくれてはやらぬ!」
 ノルン・ダークの全身が眩い光を放つ。彼女はその全身から電流を放出したのだ。まさに全方位へ向けての無差別攻撃であり、それは部屋の隅にいたレクリオにも及んだ。
「ひいいぃぃぃぃっ!?」
 勿論、あらかじめ結界で防御していた彼女に大事は無かったが、これではサエンにはかわしようがない。
 ──かのように思われた。
「甘ぇよ」
「なっ!?」
 しかしサエンは健在であり、そして彼が手にするその剣はノルン・ダークの右腕斬り飛ばす。
「がああぁっ!?」
 腕を切断された激痛からか、ノルン・ダークは床にうずくまった。ただ、その傷口からの出血は無く、やはり彼女が既に人間ではないことを物語っている。
「どうだ、当代随一と言われた鍛冶職人のバルカンに鍛えて貰った『破邪の剣(つるぎ)』の斬れ味は? こいつは魔法さえも斬り裂く」
「お……おのれ……!」
 怨嗟の念が籠もった視線でノルン・ダークはサエンを睨め上げた。ところが、それに対してサエンは哀れみの視線を彼女に向けている。
「いい加減、俺に全部を引き渡して眠れよ……。このサエン・バンカー・トスラックにな……」
「バ……バンカー……?」
 サエンの言葉に、ノルン・ダークの表情は驚愕の形で固まった。


 次回へ続く(※更新は不定期。更新した場合はここにリンクを張ります)。