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目 次。
-小さな王女様-
街の大通りに朱色が揺れる。その鮮やかな赤髪はすれ違う人々からの注目を集め、その持ち主の美貌に気付かせることとなった。20代半ばの美しい女である。
しかしその身は引き締まり、どことなく男性的な雰囲気を持っていた。それはかつて彼女が、傭兵という荒事に身を任せていた所為でもあるのだろう。
彼女の名はセシカ・カーマインと言う。
そんなセシカが次期女王とされるシグルーンによって登城を命じられたのは、アースガルが竜(ドラゴン)の襲撃を受けてから1年も経過していない時期であった。
不本意ながらも旧クラハサード帝国領からアースガルに訪れたセシカは、その国の有様を見て、不謹慎にも感動に似た想いすら抱いた。
アースガルの王城や城下町には、未だ竜の攻撃による傷痕が色濃く残っており、まだまだ復興半ばの状態であった。事件当時現場にいなかったセシカにも、竜の巨大な力を実感せざるを得ない。噂に聞く以上の力だ。
(あのベルヒルデがいてなお、これだけの被害が……)
辛うじて竜を撃退することには成功したようだが、その被った被害はかつての帝国との戦争で受けた物と比べると惨敗とも言える有様である。当然、死者も相当数出たと聞く。
それはもう、人間には手の届かない──大自然による災禍にも似た強大な力であった。だからこそセシカは、ある種の畏敬の念すら覚えたのである。
しかし、その竜の脅威に直接触れた者達には、そのような心の余裕は無い。竜への恐怖は呪いのように心に巣くい、それを忘れるには、まだまだ時間が足りなかった。
そしてそれ以上に民の心に昏(くら)い影を落としていたのは、竜との戦いの中で国王とベルヒルデを失い、結果として直系の王族が小さな少女しか残らなかったというこの国の現状である。
今のこの国は、精神的な支柱を失い、土台が揺らいでいるも同然だと言えた。
いつ国が滅びてもおかしくない──多くの民がそんな不安に脅え、未来の見えない生活に嘆いているのだ。
だからこそセシカは、何故自身がシグルーンに呼び出されたのかが分かるような気がした。しかし、正直言って気が進まないというのが本音だ。
「会いたくないなぁ……」
そんな重いつぶやきが、虚しく風に流されていく。
暫くしてアースガル城に辿り着いたセシカは、城の応接間に通された。王族が使用する割には豪華絢爛という印象は無く、むしろ質素であると感じた。近年の戦争や竜の襲撃に関する復興対策費など、数多の財政支出からくる国庫の逼迫が反映された結果なのではないかとセシカは推測する。
そんな応接室には既に彼女を迎え入れようと待機している人物がいた。
「ようこそ、セシカ・カーマイン様。遠いアースガルまでわざわざご足労いただきありがとうございました」
銀髪の少女がにこやかにセシカを出迎える。身長こそ子供とは言い難い背丈になりつつあるが、顔にはまだまだ幼さが残っていた。
「私が第2王女、シグルーン・アースガルです」
だが、この小さな少女が背負った物はあまりにも大きい。国一つを背負っているも同然の立場ながらも、それを感じさせない落ち着いた佇まいに、セシカは得心めいたものを感じる。
(なるほど……これがあのベルヒルデの妹……シグルーン王女か。確かに似ているかもしれない)
そんなことを思っている内に、自身が挨拶もせずに無言でシグルーンの顔を見つめているという無礼を働いていたことに気付いたセシカは、慌てて口を開いた。
「あ、ウチは……いえ、私はセシカ・カーマインです。以後お見知りおき下さい」
深々と頭を下げるセシカに対して、シグルーンは少し恐縮したような表情を浮かべる。
「ああ、普段通りでいいですよ。私の方があなたの半分以下の年下なのですから」
「いえ、王族の方に礼儀を尽くすのは、国民の義務ですし……」
「その王族がやめて下さいと言っているのです」
「はあ……なら仕方がねーです……」
あ、こいつは頑固者だなぁ?と感じたセシカは、あっさりと折れることにした。それに彼女自身も礼儀作法には疎い。だからこそ、これから切り出されるシグルーンの話が怖かった。
「それにこれから私の側で働いてもらうのですから、親しみという物がないと堅苦しいと思うのです」
(きた────っ!!)
シグルーンの言葉に、セシカの身体がビクン跳ねる。
「や……やっぱり仕官の話で……?」
「ええ、あなたに戦乙女騎士団(ワルキューレナイツ)の団長をお願いしたいのです」
そう告げるシグルーンの笑顔が、セシカには悪魔に見えた。
次回へ続く(※更新は不定期。更新した場合はここにリンクを張ります)。