江戸前ラノベ支店

わたくし江戸まさひろの小説の置き場です。
ここで公開した作品を、後日「小説家になろう」で公開する場合もあります。

斬竜剣3、キャラクター表。

2014年09月30日 01時21分20秒 | 斬竜剣
 ここでは『斬竜剣3』の登場キャラクターの顔イラストを公開します。

     

 右端上から     ●リザン・ベーオルフ・ベルヒルデ ●ルーフ・ジグ・ブリーイッド ●ベルヒルデ・アースガル
 中央から上から   ●ベーオルフ ●シグルーン・アースガル ●フラウヒルデ・アースガル
 左端上から     ●バルドル・アースガル ●ファーブ ●サラマンダー

 ……となります。
 なお、ホズや水竜(リヴァイアサン)などについては、次巻分にて公開。

 ちなみに、メインキャラの身長は……、

 ・ザン-171㎝
 ・ルーフ-157㎝
 ・ベルヒルデ-174㎝
 ・ベーオルフ-185㎝
 ・シグルーン-167㎝
 ・フラウヒルデ-177㎝
 ・カンヘル-202㎝
 ・リチャード-181㎝
 ・エキドナ-159㎝
 ・テュポーン-188㎝
 ・メリジューヌ-152㎝
 ・リヴァイアサン-233㎝
 ・カード-164㎝

 ……って感じ。ただし、変身するキャラについては実質的に自由自在です。
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斬竜剣3-第18回。

2014年09月29日 03時30分29秒 | 斬竜剣
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―終わり無き危機―

「ひょっとして、ケガで動けないのか?」
 ベーオルフはベルヒルデが重傷の所為で返答できないのだと勝手に納得した。まさかシカトを決め込まれているとは夢にも思わなかったであろう。だが、実際に彼女がかなりの重傷を負っていることは間違いなく、戦闘の疲労もあって暫くは起き上がれそうにもない。
「仕方ないな。ほれ、これをやるよ」
 ベーオルフは突っ伏したままのベルヒルデの前に、小さな小瓶をコトリと置く。彼女はわずかに顔を上げ、不審そうに小瓶を見遣った。
「…………何これ?」
「なんだ、ちゃんと口きけるじゃねえか。薬だよ、薬。それを飲めば、かなり楽になるはずだぜ」
「……………………」
 ベルヒルデは渋面として薬と睨めっこをしている。どうしてもその薬を口にすることに抵抗を感じるのだ。王族が故に、平時より暗殺の危険に晒されていた彼女は、『得体の知れない食物を口にしてはいけない。毒物が混入されている可能性がある』と、幼い頃から教え込まれていた。だが、もう背に腹はかえられない。
(……この際、仕方がないか……。いつまでも寝ている訳にはいかないものね)
 この薬が質の良い魔法薬ならば、立ち上がって歩き回れるくらいには回復できるはずだ。まあ、実はこの薬が眠り薬で飲んだら最後、完全に自由を奪われて拉致監禁、その上で口では言えないようないかがわしいことをされてしまう可能性も無きにしも非ずだが、この男ほどの能力があれば薬などという回りくどい真似をする必要もないだろうし、そもそも今のベルヒルデには何をされても抵抗出来るような余力も残っていないのだから、薬で動きを封じる必要も無い。
 それに命を救ってもらっておいて、なおその人物を疑うのはどう考えても失礼だった。それでもベルヒルデはたっぷり1分近い時間をかけ、色々と覚悟を決めた上でようやく薬に手を伸ばした。この獣のような用心深さが彼女を『銀狼姫』と呼ばせしめている要因の1つとなっている。一説によれば貴族の男達がどんなに恋のアプローチをしても、彼女は野性の狼のように心を許そうとしなかったらしく、それが故に狼に例えられるようになったという話もあるほどだ。
 ベルヒルデはおずおずと薬を口にした。銀狼姫の餌付けに成功した瞬間である。
「グッ……!?」
 ベルヒルデは慌てて口を両手で塞いだ。そんな彼女の顔は、紅潮しているのか蒼白となっているのか判断に苦しむような複雑な顔色――紫色に近い――をしている。
 そんなベルヒルデの様子を見たベーオルフは問う。
「『良薬、口に苦し』って言葉知っているよな?」
 ベルヒルデは涙目になりながらコクコクと頷く。
「なら、吐くなよ。効き目が無くなるからな。我慢して飲みこめ」
(そんなことを言われてもっ!)
 口の中の薬は、なかなか喉を通ろうとはしなかった。まるで身体が拒絶している――というか、実際にしているのだろう。それほどまでに凄まじい味であった。しかし、このまま口内にこの劇物を泳がせ続ければ、味を感じる味蕾細胞が死滅して味覚が駄目になってしまうという最悪の事態が想定される。
 だからベルヒルデは、ともすれば火蜥蜴との戦闘時よりも決死の想いで、無理やりに薬を飲み込んだ。
「――っ、何なのよこの無茶苦茶な味はっ!?  一瞬、お花畑が見えたわよ!?  なんか、亡くなった父様と母様もいたしっ!!」
「……臨死体験するほど不味いかあ? まあ、仕方がねーだろ。その薬は効能だけを追求した物らしいからな。味にまで手が回らなかったんだろ。その代わり効果は絶大だ。もうかなり良くなったはずだぜ?」
「馬鹿言わないでよ! いくら良薬だからって、そう簡単に傷が治っていたら、治癒魔法なんていらな………………治ってる?」
 ベルヒルデは傷の痛みがかなり薄らいでいることに気が付いた。腕の傷を確認してみると、完治こそしてはいないが、もはや重傷でもない。通常、薬よりもはるかに癒しの力がある治癒魔法でも、並みの魔法ではこれほど早く癒せるような傷ではなかったはずなのだが……。
「凄い! これなら、もう一戦くらいいけるかしら?」
「おいおい、いくらなんでも、もう戦うのはよしておけ。その薬、痛み止めの効果もあるから、自分で思っているよりも治っていないぞ、きっと」
「そうなの……? なんだぁ。でも、やっぱりまだ戦わなくちゃ。早く皆を助けに行かないと……」
「……俺が来たのは、お前のところで最後だぞ……」
「えっ? ってことは、他の竜はもうあなたに全部倒されているの? それじゃあ皆は無事なのね……?」
 一瞬、安堵しかけたベルヒルデであったが、ベーオルフの次の言葉が、彼女を絶望の谷底へと突き落とす。
「……半分以上…駄目だった……」
「え?」
「言い訳になるが……何故か邪竜の奴らがどうしても俺を城に入れようとしなかったんだ。結局、俺が城に入った頃には騎士達の半分以上駄目だった」
「そんな……っ!」
 ベルヒルデはワナワナと唇を震わせた。その表情は何処か茫然としている。
「……それでも数百人がかりとはいえ、中位の竜が4匹も倒されていた。それに避難していた住民には全く被害が出ていなかったみたいだしな。それだけに住民を守護していた騎士には、かなりの被害が出ていたみたいだが……。
 大したもんだよ……。正直、俺はもっと被害が大きいと思っていた。それこそ全滅に近いくらいにな……。この国の騎士達はよっぽど有能みたいだな……」
「当たり前よっ! 私の自慢の部下達だものっ!」
 うつむきつつ喚くベルヒルデのその声は、既に涙声だった。
「そうか……お前の部下か。それじゃあ、後で沢山褒めてやるんだな……。立派だったってさ……」
(褒めてあげたいわよ……。あなた達を私はの誇り思うって。でも……、でも死んじゃったら……!)
 騎士団の――特に戦乙女騎士団の者達の死がベルヒルデの上に重くのしかかってくる。戦いに死は付きものだ。それは彼女も理解している。しかし、頭で理解しているからといっても、どうしても感情では納得できないものが、耐えられないものがある。しかも今回の戦いの指揮を執り、騎士達を死地へ赴かせたのは彼女自身に他ならない。
 また、戦乙女騎士団の者達に至っては、彼女達が騎士を志し、戦いに身を投じるようになった切っ掛けはベルヒルデである。やはり自身の責任だろうと彼女は思う。彼女は母を失った時と同様に、再び自らを責めようとしていた。
「しかしこの国にはいい騎士が揃そろっているな……。あいつらが竜相手にあれだけ戦えたのは、国と民を護る使命に信念と誇りを持っているからなんだろうな。そうじゃなきゃ、立場とか全部かなぐり捨ててでも逃げ出しているさ。やっぱ立派だよ……」
「う……ん……」
 ベーオルフのその言葉は、『騎士達は自らの意志で、自らの誇りの為に戦ったのだ。だからお前が責任を背負う必要はない』と、言っているようにベルヒルデには思えた。自らにとっての都合のいい解釈かもしれないが、それでも随分と救われた気がする。
「さ、いつまでも悲しんでないで元気だしな。いや……まあ、すぐには無理かもしれないけどさ。生き残った奴らも沢山いるんだ。死者に対してはもう想うことしかしてやれないけどさ、生きている奴には沢山してあげられることがある。死者の為に生者を蔑ろにしちゃいけないと思わないか?」
「……うん……そうだね。早く皆の所にいってあげなきゃ。救護とか沢山やることがあるものね……」
 ベルヒルデ指で涙を拭いつつ、はわずかに微笑んだ。ベーオルフの言うことは尤もだ。『死者の為に生者を蔑ろにしてはいけない』そのことに気付いたからこそ、母の死にひたすら悲しみ、自らを責め続けることを幼い頃の彼女はやめたのだ。
(そうだ。やれることがある内は悲しんでいる暇なんか無いんだ……!)
「ありがと、少し元気が出たわ。うん、そういえばまだ助けてもらったお礼もちゃんと言ってなかったわよね。アースガル神聖王国を代表して礼を言うわ。この恩にはどう報いたらいいのか分からないくらい……。いいえ、多分どんなことをしても報い切れないと思うわ」
「んー、別に礼なんて別にいいぜ? 俺だってやりたいようにやっただけだ。それに結構面白いものも見せてもらったしな。報いなんてそれで充分だ」
「面白いもの?」
(そんな面白いものなんてこの国にあったっけ?)と、ベルヒルデは怪訝そうに眉根をよせた。
「ああ、お前の戦いぶりは本当に凄かったわ。あれはちょっと他ではなかなか見られないだろうな」
「…………あなた、私が戦っているところを見ていたの? それならもっと早く助……け……に…………」
 ベルヒルデはその言葉の語尾をゴニョゴニョと有耶無耶にした。『助けて欲しかった』と言うのはなんとなく屈辱的に思えたのだ。それに、実際助けてもらいたかったかというと、そうでもなかったような気もする。
「あの時は助けなんか必要なかっただろ? 俺の見立てでは、火蜥蜴とお前のどちらが勝つかは五分五分だった。勝敗も決まっていない内に、しかもまだ勝機のある勝負を邪魔されたくはないだろう?」
「うん……まあね……」
 ちょっと戸惑い気味にベルヒルデは頷く。確かにベーオルフがもっと早く助けに入っていれば、彼女はあれほどの重傷を負う必要も無かったし、仲間の所へとすぐさま駆けつけることができた。だが、自分自身の力で戦いに決着をつけたいという想いも間違いなくあり、もしも全力を出し切らない内に横槍を入れられて不完全燃焼となっていたら、彼女は一生心にしこりを残したかもしれない。
「だろ? やっぱり戦士としての矜持(プライド)を持っている奴はそうだよな。それにお前って超一流の戦士だしさ。あの火蜥蜴は殆ど上位竜並みの能力を持っていたんだぜ? それと互角に戦うなんてやっぱ、すげーよ。あの火蜥蜴じゃねーけど、尊敬に値するな、お前のその強さは」
 そんな絶賛とも言えるベーオルフの言葉にベルヒルデは不機嫌そうな表情を作る。
「なんか……竜を一撃で倒す人に『凄い』とか言われても嫌味に聞こえちゃうな……」
「あ? 別に嫌味なんかじゃ無いぜ。確かに俺は竜をもあっさりと倒せるだけの能力がある。だけど俺の場合、力(パワー)に頼り過ぎているんだよな。多分……技術の面ではお前の足下にも及ばないだろうさ。お前の戦いぶりを見ていて自分の未熟さを痛感したよ。正直言って、技の指導を願いたいくらいだ。そうすれば俺はもっと強くなれるかもしれない」
「そんなこと……」
 さすがにベルヒルデもそこまで言われると悪い気はしない。思わず照れて頬を紅潮させた。それに山を吹き飛ばし、竜を一撃で倒すようなこの男が自身に技の指導を乞いたいと言う。これはちょっと痛快なことかもしれない。
(私の技と、この男の力が合わされば、一体どれほどの強さになるのかしらね……?)
 それを見たく無いと言えば嘘になる。
「そうね。あなたが本気ならば、その話、考えてあげてもいいわよ。助けられた恩も返さないといけないしね」
「おおっ、本当か!?」
 ベーオルフは本当に嬉しそうな表情を浮かべる。そんな彼に対してベルヒルデは、
(フフ……この人、ただ純粋に強くなりたいみたいね)
 と、好感を覚えた。それは彼女も同じように強さを求めたからこその、共感からくる物だったのかもしれない。
「まあ、その辺は後でじっくり話合いましょ。今は皆の様子を見に行きたいわ」
「ああ、そうしてやりな。他の連中もお前の無事を知ったら喜ぶだろうぜ。結構慕われているみたいだしな」
「えへへ……」
 ベルヒルデは小さく照れ笑いし、皆の元へと小走りに駆け出した。その瞬間――、
 ズゴオォォォォォォッ!!
「なっ!?」
 突然、辺りに爆音が響き渡る。それと同時に城を覆っていた結界が霧散した。
「お、王座の間が……!!」
 茫然とした顔で、王座の間があったはずの場所をベルヒルデは見上げた。結界が消失したのは結界装置の中枢たる王座の間に何かがあった為だろうと判断してのことだ。しかし、彼女の見上げたその先は、原形を留めぬほどに吹き飛んでいた。
「……しまった! こっちが本命だったのか。それじゃあ、あの水竜はあそこに……!?」
 ベーオルフが吐き捨てるように叫ぶ。しかし、ベルヒルデにはその声が殆ど聞こえていない。あまりの精神的衝撃によって、ただひたすらに呆然としている。
(お……王座の間が……。それじゃあ……あそこに居たはずの……)
 ようやく最悪の可能性に思考が追いついた瞬間、ベルヒルデは叫ばずにはいられなかった。
「兄様、シグルーンーっ!?」
 王座の間にいたはずの兄と妹を呼ぶその声は半ば絶叫であり、そんな彼女の声が響く中、2匹の竜が王座の間の跡に降り立とうとしている姿が見て取れた。

 この国を襲う危機は、未だ終わらない…………。

                                                  第4巻へと続く


 あとがきへ続く(※更新は不定期。更新した場合はここにリンクを張ります)。
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斬竜剣3-第17回。

2014年09月28日 02時13分27秒 | 斬竜剣
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 ベルヒルデは精神を集中させ、闘気を高めた。闘気とは主に肉体へ作用する力であり、身体のあらゆる部位から普段は使用していない潜在的な能力を引き出す効果がある。彼女は活性化させた闘気によって、身体能力を限界まで引き上げようとしていた。飛嚥凄轟斬華はそうすることで始めて発動出来る技である。
 だがしかし、ベルヒルデがこの技を生物に向けて使用したことは唯の1度も無い。それはこの技が敵を倒す為のものではなく、ましてや殺すためのものでもない――敵の肉体を完全に破壊する為の技だからである。
 おそらく普通の人間がこの技を受ければ、その肉体は微塵に消し飛ぶ。だが、どのような戦いの状況下にあろうとも、そこまでの威力がある技を繰り出し、敵の肉体を消滅に近いほど破壊する必要がどこにあろうか。ただ敵を倒すだけならば、剣をたったの一振りその身体に潜り込ませればそれだけで事足りる。
 だからベルヒルデは、この技を倒木などの無生物で軽く試し斬りした以外は使用したことが無い。彼女は剣を学ぶ者として、剣技の奥義中の奥義の1つに数えられるこの技を習得してみたものの、使いどころの無い無意味な技だと感じていた。
 しかし今、何の遠慮も無くその技が使える、使うに値する強敵が目の前にいる。これからベルヒルデが命を懸けて放つこの技がどれだけの威力を発揮するのか、それは彼女自身にも分からなかった。
(でも、これで分かる。私の本当の力が、強さの限界が!)
 ベルヒルデの口元には自然と笑みが浮かぶ。現状は絶望的なのかもしれない。今も沢山の仲間が命を落としているのかもしれない。だが彼女は今、剣士として最高の舞台を得ていた。全てを注ぎ込んで己の力の限界を試し、確認することができる。一生の内に何度もその機会を得られはしないであろう。おそらくこれから彼女が放つ技は、生涯最高の物となるに違いない。
「はあぁぁぁぁぁーっ!」
 ベルヒルデは闘気を更なる高みへと昇らせてゆく。
(皆ごめんね……。助けには行けそうも無い……。でも、これ以上皆には負担を増やさないから。絶対にここで、この竜を食い止めてみせるから……!)
 ベルヒルデは一瞬、仲間達に詫びた。だが、すぐに目の前の敵に集中する。それ以降の彼女の頭の中には『最高の技を放つ』――ただそれだけしかなかった。
 一方火蜥蜴は、急速に危機感を増大させていた。当初は『所詮、脆弱な人間の技だ』と侮(あなど)り、正面からその技を受け止めて耐え切って見せようと考えていた。しかし、今目の前の人間から感じられる闘気の充実具合を見る限り、これから放たれる技は人間のレベルを大きく超越しているのではないかと感じる。
(まともにこの技を食らえば、我とて無事では済まない……!?)
 最早、状況を静観視している場合ではなかった。火蜥蜴は迅速に攻撃呪文の詠唱を始める。
《炎よ、螺旋と舞え!》
 呪文は瞬時に完成した。尤も、本来はより大きな攻撃力を上乗せする為に、魔力を充填する為のタメが必要だ。だが、人間が相手ならば必要最低限の威力で充分にその生命を奪える。今はベルヒルデの攻撃を食い止める為に、彼女よりも先制して攻撃することの方が肝要であった。火蜥蜴はすぐさま呪文を発動させる。
《渦旋炎熱流(ゲイガ)!!》
 ベルヒルデの足下から炎が螺旋状に噴き出し、彼女の身を包み込む。いや、火蜥蜴の目には炎に包み込まれる前にその姿は消えた。消えたようにしか見えなかった。
《!?》
 ベルヒルデは火蜥蜴の目にも視認できないほどの神速で駆け、そして火蜥蜴目掛けて跳躍する。『飛嚥凄轟斬華』――その名の通り、ベルヒルデの身体は燕の如く滑らかに宙を滑り、そして抜刀よろしく振り抜いた剣先に遠心力と突進力、更に渾身の力と闘気の全てを乗せて火蜥蜴に叩きつけた。
 ズッ、ガアァァァァーッ!!
 最早、その技の炸裂によって生じた衝撃は爆発に近かった。周囲へと無数の血飛沫と肉片が飛び散るその様は、正に風に散らされた紅い華のようであった。
 だがベルヒルデもまた、自ら放ったはずの技の反動によって大きく弾き飛ばされていた。そんな彼女の手には『ラインの黄金』の姿は無い。技の威力に耐え切れず、粉々に砕け散ってしまっていたのだ。勿論それを手にしていた彼女の腕もズタズタとなり、腕を赤く染めていた。
 また、限界以上の力を出した為に身体中の筋肉組織にも深刻なダメージを受けていた。もはや武器も無ければ、倒れ臥したままで立ち上がることも困難なほどその肉体は傷ついている。戦うことなど不可能だった。いや、一生かけてもその傷を完全に回復できるかどうかも怪しい状態だった。少なくとも早急に治癒魔法を施さなければ、腕に機能障害が確実に残るであろう。
 つまり、この時点でベルヒルデの『敗北』は決した。
 火蜥蜴はまだ生きていた。彼の受けた傷は決して浅くはない。胸部の皮膚と肉と更には肋骨の一部までもが吹き飛び、傷ついた内蔵を露出させている。また、首や頭部の一部も似たような状態になっていた。これでは如何に竜の再生能力を以てしても、その傷を完全に癒すことは難しいかもしれない。そして、その傷が元で命を落とすことも充分に有り得る。
 だが、それはまだまだ先の話だ。今現在はまだ再生能力が生きており、その傷を癒し続けている。この再生能力を使い果たし、その上でまだ致命傷を癒し切れなかった時に初めて火蜥蜴は生命の危機に陥る。それまでは戦闘が可能であり、今のベルヒルデにトドメを刺すことは造作も無い。
《クオォォ……。人間如きが、こ、ここまで……。これが変形前の身体であったのならば、ひとたまりも無かったやもしれぬ……。
 さ、先ほどは『称賛に値する』などと貴様の能力を評したが……訂正しよう。その強さは『尊敬』に値する……! ……おそらく、永い人間の歴史の上でも貴様を上回る者は数人とおるまい……。
 ククククク……実に面白く、希有なものを見せてもらった。思っていたよりもはるかに楽しめた。今日の戦いは我が生が続く限り憶えておこう。そのことを貴様は誇りに思いながら逝くがよい!》
 火蜥蜴の口腔から光が漏れだした。そこには凄まじい熱量が集中している。
 火炎息――。今までの突発的な炎の放射とは違う。ベルヒルデがまともに動けないのをいいことに、火蜥蜴は時間をかけて莫大な量の熱エネルギーを生成していた。
 おそらく一度(ひとたび)火炎息を吐き出せば、この船着き場の空間内は全て炎に包まれるであろう。そうなれば最早ベルヒルデには逃げようが無い。
 しかし、それでもベルヒルデは立ち上がる。最後の最期まで可能性がある限り諦めない。それが彼女の信条だ。とは言え、彼女は立ち上がるだけで精一杯だった。再び倒れそうになるのを必死で堪える。
「クッ……。さ、さすがに……弱気になっちゃいそうだわ……。もう……駄目かしら……?」
 ベルヒルデの目に悔し涙が滲んでいた。もうすぐ彼女は命を失うことになるであろう。だが、それが悔しいのではない。戦いの中に身を置く以上、いずれは自身に死が訪れることを覚悟していた。ただ、もう誰も救えなくなることが悔しいのだ。
 このままこの火蜥蜴を野放しにすれば、未だに竜と戦っているだろう騎士達や、避難している城下の住民、そして兄や妹――それらの人々にも自身と同じ運命が訪れるのかもしれない。そう思うとベルヒルデは目の前が暗くなるのを感じた。
 そんなベルヒルデの様子に、火蜥蜴はその爬虫類的で表情が乏しいはずの顔に、確かな笑みを浮かべた。それは勝利を確信したが故なのか、彼女の悔しがる姿が純粋に楽しいのか、それともこれから始まるであろう新たな殺戮への期待と喜びに震えているが故なのか……。いずれにせよ、彼女はその笑みに吐き気を催した。彼女がこれほどまでに悪意に満ちた笑みを見たのは生まれて初めてだ。
《さあ、もうそろそろ死ぬか? なに、貴様の素晴らしい戦い振りに免じて、苦しまず一瞬で終わらせてやる。慈悲深いであろう? クックックック……》
(何が慈悲深いよ、このトカゲ……。神様か何かにでもなったつもりかしら?)
 ドンっ!!
 ベルヒルデが口の中で毒づいた瞬間、火蜥蜴は大砲の発射音が如き爆音を発し、火炎息を吐き出した。
 灼熱の炎は線を描き、ベルヒルデ目掛け突き進む。彼女にはその炎の動きが緩慢に見えた。どうやら脳内の色々な物質が大量に分泌されているらしい。が、全く有り難くない。これが五体満足な状態ならば、炎をかわすことに大いに役立ち、水路に飛び込むなどすればまだ辛うじて生き残れる可能性が出てくる。
 だが現状では、その身体は全く動かず、『頭に直撃』なコースを辿ってじわじわと迫り来る炎を見続けることしかできなかった。
 それどころか、なにやら過去の楽しかった思い出とかが走馬灯のようにベルヒルデの脳裏に閃いた。
(いやああああぁ~っ、走馬灯なんて縁起でもないもの見たくない~っ!)
 さすがのベルヒルデも悲鳴を上げかけたその時、彼女の視界を何か黒い影が遮る。炎の動きが緩慢に見えているにも関わらず、その影だけはかなりのスピードで動いているように見えた。
(えあ?)
 影は手にしていた人の身の丈ほどもある大剣で火蜥蜴の火炎息を弾き、霧散させる。そしてそのまま火蜥蜴に向けて疾走し、剣を勢い良く振った。
 ザゴン!
 と、とても斬撃から生じたとは思えない音が轟く。
(なあっ!?)
 たったの剣の一振りで、火蜥蜴は脳天から真っ二つに裂けた。もはや再生能力も関係無い。どう見ても即死であった。

     

 あまりのことに、ベルヒルデはヘナヘナと床にへたり込み、そのまま突っっ伏した。
(む……無茶苦茶だ……!)
「おいおい……大丈夫かぁ?」
 火蜥蜴の絶命を確認した後、心配そうに声をかけてきたのは、今朝がた湖で拾ってきた男――ベーオルフであった。
(わ……私が、命懸け倒せなかった奴を……あっさりと、い、一撃……で)
 ベルヒルデはなんだか悔しかったので、ベーオルフの呼びかけには暫く返事を返さないことを心に誓った。


 次回へ続く(※更新は不定期。更新した場合はここにリンクを張ります)。
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斬竜剣3-第16回。

2014年09月27日 02時42分18秒 | 斬竜剣
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―死  線―

《ギャアアアアアアーッ!!》
 船着き場には火蜥蜴の絶叫が響き渡った。
(よしっ! 致命傷だわ)
 ベルヒルデは確かな手応えを腕に感じた。おそらく剣先は竜の脳にまで達している。脳を破壊されて生きて行ける生物は存在しないはずであった。彼女は火蜥蜴の反撃があることに備えて素早く剣を引き抜くが、反撃はついぞ無かった。
「やった………」
 微笑もうとしたベルヒルデであったが、荒い呼吸がそれを許さなかった。今まで戦いに夢中で意識していなかった疲労感や緊迫感が、今更ながらに彼女を襲う。ドッドッドッと心臓の激しい鼓動もハッキリと聞こえたが、不快な感じはしなかった。
「竜に……勝てたんだ……!」
 ベルヒルデは今度こそ微笑みを浮かべた。正直、竜が生み出した湖を見た時は絶望的な気分になったが、今の戦いで必ずしも勝てない相手ばかりではないということが分かった。確かに強敵ではあるが勝ち目はある。
「でも……やっぱり他の所も心配ね……。ここはもう大丈夫かしら……? 他の所に援護に行った方が……」
 一瞬迷ったが、やはり他の騎士達の援護に回ろうと、ベルヒルデがその場を後にしかけたその時――、
(えっ!?)
 火蜥蜴はその長い首をもたげる。
「生きて……ええっ!?」
 致命傷に思われた火蜥蜴の左目の傷が、高速で塞がっていくのをベルヒルデは見た。竜の強靱な生命力が可能とした再生能力である。
「なんでっ!? なんであの傷で生きていられるのよ!? なんであの傷があんなに早く治って……!」
 ベルヒルデは狼狽する。だが次の瞬間、彼女は更に狼狽することとなった。
《素晴らしい……。脆弱な人間がこれほどまでの強さを得られるとはな。貴様のその強さ、称賛に値する……》
「言葉っ!?」
 竜が流暢に言葉を操る――それがベルヒルデには衝撃だった。
《貴様を相手に狂暴で低能な獣のふりをして遊ぶのは少々礼を欠いていたようだ。その能力(ちから)に敬意を表し我も全力で応えよう……!》
 バキン、と火蜥蜴はその身体から異音を発した。
(何……? 私……今まで何と戦っていたの……?)
 ベルヒルデの心に恐怖と絶望が這い上がってくる。今の今まで彼女が死闘を演じてきた相手は、ただ狂暴なだけの獣ではない。彼女は今それをハッキリと確信した。強靱な肉体を持ち、その上で人間以上の高い知能を有する、人間とは格が違い過ぎる超越者――。
 火蜥蜴はバキバキと骨が砕けるような異様な音を発しながら、その肉体を変形させてゆく。それはより巨大に膨れ、そして比較的滑らかであった皮膚はゴツゴツとした岩のように突出していった。また短かった手足も、より強靱で巨大なものへと変わっている。更に頭部の角も幾本か増えていた。
「化け物…………!!」
 ベルヒルデの言葉通り、蜥蜴じみた姿から正に怪物と言える姿へと火蜥蜴は変貌を遂げた。その姿は火炎竜(ファイアードラゴン)と呼ばれる上位竜族に酷似している。
 それもそのはず、この火蜥蜴は火炎竜になりかけていた。
 竜の能力はその年齢に比例して巨大なものとなってゆく。歳(よわい)を重ねれば重ねただけ、まるで上限が無いかのようにその能力は上昇してゆき、そしてその能力があまりにも巨大になり過ぎて肉体に過負荷をかけるようになると、竜はその能力に見合った強靱なものへと肉体を変質させ、上位の種族へと生まれ変わるのだ。
 それは時として数万年に渡る永き年月の間に幾度となく繰り返され、最終的に肉体の強化が追いつかなくなるほど巨大になり過ぎた能力によって、竜は身体を自壊させて急速に衰えてゆく。これが竜族にとっての老いである。
 勿論、年齢による能力増大の比率は種族差と個体差がある為、全ての竜がより高位の種族へと生まれ変わる訳ではないし、むしろ誕生時の種の形態のまま一生を終える者も少なくはない。
 しかしこの火蜥蜴は、明らかに自らの火蜥蜴としての限界の殻を破りつつある。おそらく彼は千年以上の齢を重ねているだろう。最早その能力は上位の竜に匹敵するものがあるのかもしれない。
「そんな……!」
 ベルヒルデは絶望した。いや、彼女自身はまだこの戦いを諦めてはいない。勝利を、生き延びる可能性を捨ててはいない。彼女はまだ余力を残して――全力を出し切ってはいなかった。
 だが、他の結界の穴を守護する者達はどうであろうか。その者達に襲いかかった竜が、今ベルヒルデの目の前にいる者と同レベルの実力を持っているとしたら――。
(誰も……生き残れない……?)
 半ば確信に近いその想いが、ベルヒルデの心を支配する。
(早く皆を助けに行かなくちゃ……! だけど……っ!!)
 ベルヒルデは今すぐにでも仲間の元へ駆け出したい衝動を必死で抑えつつ、火蜥蜴を見上げた。一見しただけで一筋縄ではいかない相手であることが分かる。彼女がその持てる力の全てを注(つ)ぎこんでも勝てるかどうか分からない。勝てたところで、仲間を助けに行く余力があるのかどうか――そのまま絶命するほどの重傷を負っしまっている可能性も高い。
 だが、ベルヒルデには戦う以外の道は残されていない。戦って勝利を得る。それが出来なければ誰も助けることは叶わない。彼女は『ラインの黄金』を構えた。
《ふむ……良い表情だ。決死の覚悟というものができたのかね?》
「……決死のつもりは無いわよ。仲間を助けに行けなくなるもの……」
(ふふ……。とは言え、命を惜しんで勝てる相手ではないのかもね……)
 最早笑うしかない状況であった。あまりにも絶望的な状況の所為か、既に死を恐れる感情などは麻痺しかけている。そうでなければとても戦えない。だが、そればかりでもないのかもしれない。ベルヒルデは不思議と心が昂揚するのを感じていた。
《我に勝つつもりかよ? まあ良い……少しだけ本気を出してやる。貴様は全力を以て応えるがいい!》
 火蜥蜴は唐突にベルヘルデ目掛けて突進を始めた。巨大化した肉体の所為か、明かに先ほどよりも動きが鈍い。しかしその巨体から発せられる圧倒的なまでの威圧感(プレッシャー)は、以前の数倍以上に膨れ上がっていた。おそらく、その巨体から繰り出される攻撃の全ては、まともに食らえば致命傷を免れないであろう。
 火蜥蜴が振り回した腕がベルヒルデを遅う――が、それは素早い彼女の動きを捉えられるほどの物ではなかった。しかしそれにも関わらず、彼女の身体はわずかによろめくこととなる。激しく振られた火蜥蜴の巨大な腕は風圧を生じさせ、彼女はそれに煽られたのだ。
(うわっ、ギリギリで避けちゃ駄目だわ!)
 それでも致命的なまでには体勢を崩さなかったベルヒルデは、すぐさま反撃に転じた。
「ハアッ!」
《グオッ!?》
 ベルヒルデの放った剣の一撃は火蜥蜴の皮膚を斬り裂いた。しかし、彼女がその為に支払った代償も只ではない。
「くうぅっ!」
 ベルヒルデの腕に衝撃が走る。硬質な竜の皮膚を手加減無しに斬りつけたのだ。その反動は凄まじいものであった。腕が痺れるどころではない。その衝撃により微細な血管が幾つも破裂し、内出血を起こしている。だが、そんなことを気にしてはいられない。そこまでしなければ、竜にダメージを与えることができないのだ。
 最早、五体満足で勝利できるような甘い状況ではない。腕の1、2本、いや持てる全てを捨ててまでして戦い、ようやく生(せい)だけが拾える――そんな状況であった。
 しかし、火蜥蜴はそんなベルヒルデの捨て身とも言える攻撃を嘲笑った。
《クククク……。素晴らしい。人間如きが我が身体を斬り裂くか。しかし、その程度ではまだまだ痒い》
 火蜥蜴の受けた傷は次々と再生し、塞がって行く。これではいくらベルヒルデが剣を振るおうとも切りが無かった。
「くっ!」
 さすがのベルヒルデも気勢を揺るがせた。その瞬間を狙い、火蜥蜴は大きく開らいた顎(あぎと)で彼女に襲いかかる。後方に跳躍してその攻撃をやりすごす彼女であったが、火蜥蜴は間断無く攻め続けた。
《火球撃(ヴィア)!!》
 火蜥蜴のその声と共に生じた数十個もの拳大の火球は、ベルヒルデ目掛けて宙(ちゅう)を疾駆する。彼女は迫り来る無数の火球を次々と剣で弾き飛ばした。しかし、それでも火球のいくつかは彼女の身体に命中する。
 いや、ベルヒルデが防御に徹していれば、火球の全てを防ぐことも不可能では無かっただろう。しかし、彼女は剣で火球を弾いた時の衝撃から、急所にさえ直撃しなければ致命傷にはならないだろうと判断し、ある試みの為に防御には徹せず、火球を命中するに任せた。
「行けぇ!」
《!?》
 ベルヒルデは火球の幾つかを火蜥蜴に向けて打ち返した。しかも正確に隙間――つまり、眼球を狙ってである。
 火球はベルヒルデの狙い通り、寸分のズレも無く火蜥蜴の両目直撃した。さすがにダメージは軽微であろうが、それでも一時的な視力の喪失は、この戦いの中にあっては大きな隙となる。
(今……だっ!)
 ベルヒルデの剣は、常軌を逸したスピードで無数の斬撃を繰り出した。『百花撩乱無間斬舞(ひゃっかりょうらんむげんざんぶ)』――これもまた、彼女が持つ奥義の1つである。それは火蜥蜴の肉体を一時も止まることなく、まるで舞うかのように間断無く斬り刻み続ける。辺りには火蜥蜴の血が散りゆく花弁のように舞い広がった。
《グアァァァァーッ!》
 火蜥蜴は堪らずに巨体を目茶苦茶に暴れさせた。それはそれだけで圧倒的な破壊を伴い、攻撃の為に密着していたベルヒルデの身体を大きく弾き飛ばした。
 だが、壁に激突して倒れたベルヒルデであったが、彼女はすぐさま起き上がる。
「……か、かすっただけでこのダメージはきついわね……!」
 胸に激痛を感じる。少なくとも肋骨にヒビくらいは入っているであろう。しかも、壁に衝突した際に打撲も何カ所か負っているようだ。それでもこのまま寝ていては、一方的に負ける。
 そう、一方的にだ。火蜥蜴はまたしても恐るべきスピードで今しがた受けた傷を再生させており、実質的に無傷であった。
《ククククク……正直、貴様がここまでやるとは思わなんだ。まだまだこの戦い、楽しませてくれるのかな? 次はどんな芸を見せてくれるのだ?》
 火蜥蜴はまだまだ余裕を見せていた。先ほどの傷は例え竜とて放っておけば致命傷となり得る。しかし、それすらもその再生能力は瞬時に癒してしまうのだ。これではベルヒルデがいくら技を繰り出そうとも切りが無い。
 いや、さすがに竜の再生能力にもいずれは限界が来る。だが、このままではベルヒルデの方が先に力尽きる、それは間違いない。事実、先ほどの攻撃でベルヒルデの腕の内出血は更に悪化しており、剣を持てなくなるのも時間の問題だった。常人ならばもう動かすことすら難しいかもしれない。
 それ以前に、剣の方が限界に近づきつつある。今まで刃こぼれ1つしたことの無い『ラインの黄金』の刃は、既にボロボロだった。
(やっぱり……一撃で倒さなくては駄目だ……)
 だが、ベルヒルデに残された手段は多くない。先ほどと同様に火蜥蜴の目に剣を突き入れる方法はもう使えないだろう。確かにあの方法は火蜥蜴にかなりのダメージを負わせたはずだ。しかし、だからこそ何度も同じ手を食らってはくれない。必ず警戒している。
 しかも火蜥蜴の身体は出現時と比べると1.5倍近く巨大化していた。頭部もまた然りで、おそらく肉の層は更に厚くなり、今度は剣が脳にまで届かない可能性が高い。届いたところでまた再生されては意味が無いのだ。
 結局のところ、ベルヒルデに選択できる手段は唯(ただ)1つ。自らの持つ最大最強の技を全身全霊を込めて叩きつける。それで火蜥蜴の命を再生させる間も無く断つことができれば彼女の勝ちだ。
「……次が最後の一撃だわ。これであなたを倒せても倒せなくても、たぶん私はもう戦えない……」
《ほう……? もう最後の悪足掻きに出るのか。まあ、いい。つまらぬ技を使って、我を失望させるなよ?》
「たぶん……つまらなくは無いわ!」
 ベルヒルデは剣を鞘に収めるような、奇妙な構えを取った。ただ、この構えから彼女が取る次の攻撃方法はある程度予想できる。剣を鞘に収めるような形に構えたのは、高速で踏みこむ――つまり走る時に剣が邪魔にならないようする為だ。そして斬撃を後方から前方へと大振りし、遠心力を、更には踏み込みの突進力を乗せて敵に叩き込む――そんな所だろう。
 それは技術も防御も殆ど関係無い、極シンプルな技である。そして捨て身に近いとも言える。だが、だからこそ絶大な威力を発揮し得るのだ。
「受けてみなさい、我が極限奥義……飛嚥凄轟斬華(ひえんせいごうざんか)!」
 


 次回へ続く(※更新は不定期。更新した場合はここにリンクを張ります)。
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斬竜剣3-第15回。

2014年09月26日 01時58分38秒 | 斬竜剣
 ※最初(もしくは他の回)から読みたい人はカテゴリーの目次か、右のリンクをご利用下さい→目 次


「ガッ……!」
 火蜥蜴の尾の直撃を受けたベルヒルデの身体は大きく弾かれ、軽く10m以上飛ばされた。如何に彼女の体重が軽かったにせよ、その身体にどれほどの衝撃が叩き込まれたのかは想像に難くない。
 しかし、ベルヒルデはさほど体勢を崩すことなく床に着地する。どうやらさほど大きなダメージを受けてはいないらしい。とは言え、先ほどホズに施された防御魔法が無ければ、今の一撃で終わっていた可能性は否定できなかった。
「~っ! 女の子のお腹なか狙うなんて、赤ちゃんが産めない身体になったらどうしてくれるのよっ!!」
 そんな憤りの念を込めて、ベルヒルデは火蜥蜴目掛けて再度『烈風刃』を放つ。しかもそれは1発だけにとどまらない。2発、3発……と、止まることを知らぬかのように彼女は『烈風刃』を放ち続けた。まさに衝撃波の散弾である。
 だが、ベルヒルデが『烈風刃』を何発撃ち込んだところで火蜥蜴にはさほど効いてはいないだろう。だからと言って、彼女は怒りに我を忘れて効果の薄い攻撃を繰り返している訳ではなかった。これで火蜥蜴に有効なダメージを与えられるとは彼女も思ってはいない。
 そう、これは牽制であった。火蜥蜴が先ほどのスピードで間断なく襲いかかってこられては、さすがのベルヒルデも勝ち目が薄い。取り敢えずはこの『烈風刃』の連続攻撃で、彼女が手強い敵であると火蜥蜴に認識させることが出来ればいいのだ。そうすれば、火蜥蜴の動きも多少は慎重に――つまりは攻撃を繰り出す間隔も緩やかになるはずだ。
 無論、火蜥蜴がベルヒルデのことを強敵と認めれば、それだけ強力な攻撃を繰り出してくる可能性も高くはなるが……。
《ゴアァッ!!》
 火蜥蜴は『烈風刃』による衝撃波の嵐をさすがに鬱陶しく感じたのか、ベルヒルデ目掛けて火炎息(ファイアーブレス)を吐き出した。灼熱の熱線がベルヒルデを襲う――が、
「うわっっ!!」
 どんなに強力な攻撃でも回避できる範囲内であれば問題は無い。ベルヒルデ回避はなんとか間に合ったようだ。
(あれは……かすっただけでもアウトだわ……)
 熱線が直撃した石壁が紅く溶け落ちる溶岩と化すのを見て、さすがにベルヒルデも顔を青く染める。
 それでも、ベルヒルデの試みは成功したと言えるだろう。火蜥蜴はベルヒルデからやや距離をおいて対峙し、その動きを止めたのだ。どうやら彼女の能力を警戒しているようで、迂闊に攻撃を仕掛けてはこない。
 尤も、それはベルヒルデにとっても同じことが言える。彼女にとっては竜の超絶的な攻撃力の高さよりも、その鉄壁とも言える肉体の頑強さの方が問題だった。どうにも有効な攻撃手段が少なく、攻めあぐねている。
(……やっぱり剣で斬ることは、代償無しでは無理ね……。となると……)
 ベルヒルデは思索を巡らせた。
(あの竜を例えるなら、全身を鎧で覆った戦士だわ……)
 その例えは的確だと言えよう。火蜥蜴は正に天然の鎧で身を包んでいる。
 全身を鎧で包まれた重武装の戦士を剣で斬り倒すことは難しい。当たり前だが、剣で鎧ごと敵の肉体を斬り裂ける者は殆ど存在しないからだ。普通なら渾身の力を込めて斬りつけても、相手は無傷なばかりか、逆に剣が使い物にならないくらい破損してしまうのがオチであろう。
 しかし、そんな重武装の敵を倒す為の有効な手段はいくつか存在する。その最も基本的なものは以下の3つの手段だ。『突く』、『叩く』、そして『隙間を狙う』である。
 まず『突く』。元来、武器による刺突攻撃は非常に殺傷力が高い。特に槍類の鋭い先端に、使用者の突進力を一点に集中させて突けば、鉄板すらも、つまり鎧をも突き通すことが可能だ。
 そして、『叩く』。戦槌の類による打撃技は鎧に対して意外と有効な手段で、鎧自体を破壊することができなくとも、その衝撃は確実に内部に届く。特に頭部を狙えば、衝撃によって脳にダメージを与え、気絶させることも不可能ではない。
 最後に『隙間を狙う』は、言うまでもなく鎧の隙間に武器を滑りこませればそれでいい。
 おそらく天然の鎧を身に纏った竜に対しても、これらの手段は少なからず有効であるはずだ。ベルヒルデが騎士団の者達に槍や槌などの武器を使用することを促したのも、これを考慮した上でのことである。
 だが、竜はベルヒルデの予想以上に強大な生物であった。刺突攻撃で竜に致命傷を与えることは難しいであろう。相手が人間であればともかく、竜の巨体に槍の1本や2本が突き刺さったところでそれは竜にとっては軽傷なのではなかろうか。打撃技のダメージならばなおのことだ。
 それでも、これらを複合して用いれば『隙間を狙う』が生きてくる。
(奴の鎧の隙間……。口……は危ないわね、炎吐くし。……となると目か……)
 ベルヒルデの狙うべき敵の弱点は、硬質の皮膚に覆われておらず、なおかつ外部に露出している部位。それは口腔と眼球だけであろう。が、口腔は鋭い牙が並び、その上で火炎息を吐き出す為、危険過ぎて論外だ。
 となれば、残るは眼球である。ここに剣を深々と突き入れることができれば、その傷は竜の脳にまで達し、致命傷と成り得るはずだ。
 だが、高速で動き回る竜の目に剣を突き立てることは、かなり至難の技であろう。しかも刺突攻撃は突進力を剣先に乗せなければ大きな効果は期待できない。つまり通常の斬る攻撃よりも、突進の勢いを殺さずに敵の懐へと深く踏み込む必要があり、その上で突き刺さった剣を引き抜くという、大きな隙となる動作が必要になる。
 それ故に攻撃を回避されたり、一撃でトドメを刺すことができなければ、かなり高い確率で相手の反撃を受ける結果となってしまう。それはそのまま死に繋がりかねなかった。だから反撃することができない状態へと、火蜥蜴を追い込む必要があるのだ。
(まずは頭部へと連続的に打撃を加えて気絶させる……!)
 ベルヒルデは構える。しかしそれは、剣を振る構えとは違う。身体の重心を前に傾けて姿勢を低くし、超高速で駆ける為の構えだ。それを例えるならば、獲物を狙って身を潜める肉食獣のようであった。
「さ~て、そろそろ本気で奥義を出していきます……かっ!」
 その言葉が終わらぬ内からベルヒルデは疾駆した。最早その動きは人間が可能とする領域を超えつつあり、事実、火蜥蜴さえもその動きには殆ど反応できなかった。
「ふんっ!」
 ベルヒルデは火蜥蜴の左側頭部を剣の腹で強く打ち据える。そして今度は、その真裏の右測頭部に剣打を浴びせかけた。しかも、その速度は常軌を逸しており、並の人間ならば、打撃が同時に炸裂したようにしか見えなかったであろう。
 通常、打撃の衝撃は目標の内部では完全に炸裂することはない。衝撃のエネルギーは打撃を加えた面から反対の面に突き抜け、逃げてしまうからだ。それをベルヒルデは、反対側からも打撃を加えて挟みこむことによって、衝撃の殆どを内部で炸裂させて威力を倍増させている。彼女の人間離れしたスピードと、正確に剣を操る卓越した技術があって初めて可能な技だ。
 『封衝乱打』――それがベルヒルデが繰り出した奥義の名である。
 ベルヒルデは更に火蜥蜴の下顎から上顎、前頭部から後頭部という具合に、打撃を2打1セットにして繰り返し叩き込み続けた。
《グガアァァァァァァーッ!!》
 さすがの火蜥蜴もこれには悲鳴を上げ、悶え苦しんだ。だがそれでも、まだ倒れない。これだけ頭部へと集中的に打撃を打ち込まれて脳が揺らされていないはずは無いのだが、それを耐える辺りはさすがは竜と言ったところか。
(早く倒れろっ! 長時間は私の身体の方がもたないっ!)
 内心の焦りを抑えつつ、ベルヒルデは必死で剣を振るった。常人離れしたスピードを殺さず、最も打撃が効果的となる箇所へ剣を打ち込む為には、剣筋を強引かつ急激に変更し、しかも直前に加えた打撃の反動(衝撃)を抑えつつ剣を操る必要がある。それは想像以上に腕の筋肉組織を酷使した。
 長時間この攻撃を繰り返せば、彼女の腕は間違いなく崩壊するであろう。
 しかし、ベルヒルデが火蜥蜴に加えた打撃が50発近くにのぼった頃――、
(よしっ!)
 火蜥蜴は地響きに似た轟音を立ててついに昏倒した。だが、さすがは竜の眷属。ベルヒルデの猛攻を受けてなお意識は未だ保っており、首をもたげた。しかし明らかに動きは鈍く、脳震盪を起こしていることは間違い無い。
(いけるっ!)
 ベルヒルデは顔に喜色を浮かべた。
 今は国の存亡に関わる非常事態だ。いつ死んでもおかしくない死闘の最中だ。しかし、彼女には『竜と互角に戦える』――その事実が嬉しくて堪らない。
(思い起こせば、私が剣を習い始めたのは7つか8つの、今のシグルーンよりもまだ幼い頃だったっけ)
 と、ベルヒルデは過去に想いを馳せる。
 その頃のベルヒルデは軍事などに興味を持ってはいたが、それらを本格的に学んではいなかった。ましてや剣術とは全くの無縁である。そんなベルヒルデが剣の道を志した切っ掛けは、母の死であった。それはその後の彼女の運命を決定付けることとなる。
 当時、アースガルの内政は傍目にはさほど乱れていないように見えたが、如何に善政を領(し)く国家であろうとも、不満分子は必ず生まれるらしい。その中の過激派の一派がベルヒルデの誘拐を企て、人質を盾に自らの主張を通そうとした――表向きにはそう人々の間で認識されている事件が発生した。
 だが、誘拐事件は更に重大な事件の発生によって未遂に終わった。過激派の手から彼女を庇った母グリムヒルトが凶刃に倒れたのだ。
 それが原因でベルヒルデは、母の死を自らの所為だと思い込んだ。
 妻を失った父オウディンの憔悴ぶりは痛々しかった。数年後の彼の死は妻を失ったことと全くの無関係ではなかっただろう。また、普段は無感情な兄バルドルが泣くのをベルヒルデはこの時初めて見た。
 ベルヒルデは父や兄の苦悩の全てが自身の責任だと子供心に感じた。「代わりに私が死ねば良かった」とさえ思った。だが、実際には命を落としたのが母ではなく彼女であったとしても、父や兄は同じように悲しんでくれただろう。
 そして実のところ、ベルヒルデも知り得てはいないが、この事件の真相は最初からグリムヒルトの暗殺が目的であり、彼女を誘(おび)き寄せる為にベルヒルデが狙われたものであった。当時、王政にまで干渉するほど国教会は増長し、そんな教団と結託して貴族は汚職にまみれていた。それらを抑えようとしていた彼女には敵が多く、そんな権力闘争に幼いベルヒルデは理不尽にも巻き込まれたのだ。
 それ故に、ベルヒルデが責めを受けなければならない理由は何1つ無かった。
 だが、幼いベルヒルデにはそれが理解できず、自らを責めた。しかも母を殺めてしまった者は既に重罪に科せられて処刑されていた。その背後にあった教団や貴族の罪状も父が命を削ってまでして突き止め、数年がかりではあったがその殆どが国外に排除された。しかしそれは、ベルヒルデの与り知らぬところで起こったことだ。結局、彼女にとっては償いを求める相手も恨む相手も存在せず、虚しさと悲しみが残るだけだった。
 それに、これから母を知らずに育つであろう、生まれたばかりの妹(シグルーン)には心底済まないとベルヒルデは思う。妹は優しかった母の温もりを記憶に留めることはおろか、永久に知ることができない。母が大好きであったベルヒルデにとって、それは酷く悲しくて寂しいことであるかのように思えた。
 だからベルヒルデは自らを責め続けた。
 しかし、そんな日々の中にありながらも、ベルヒルデは次第に前向きな生き方を模索するようになっていた。自身がいつまでも嘆き悲しみ続けていては、父や兄を始めとする周囲の人間を更に悲しませるだけだということに気が付いたからだ。
 ベルヒルデにはまだ大切な物が――母と同じくらい大切な家族がまだ残されていた。これが彼女の未来の娘とは決定的な差であったと言えよう。その差が似たような境遇に陥ったにも関わらず、双方の生き方を対照的なものにしていた。
 全てを失い復讐の為に強くなろうとしたリザンに対して、ベルヒルデは残された大切な物を護る為に強さを求めたのだ。
 ベルヒルデは自身に力さえあれば母を死なせずに済んだ、少なくともこれから何があっても家族や大切な人々を護ることができるのではないか――そう考えるようになっていた。だから彼女は剣を学び始めたのである。『強くなる』――取り敢えずそれが、幼い彼女にできる数少ない償いの方法であった。
 そして今、ベルヒルデは竜と互角に戦えるまでの力を持つに至った。これだけの力があれば、全てとは言わないまでも大切な者を護ることができる。死なせずに済むことができる。
 ベルヒルデはこれまで打ち込んできた必死の習練が報われたような気がした。並外れた才能に恵まれた彼女であったが、その上で剣術に注ぎ込んだ情熱と重ねた努力は常人の数倍以上だった。それは無駄ではなかったのである。
(でも、まだだ。この竜を完全に倒さなければ誰も助けられない!)
 ベルヒルデは再び表情を引き締め、渾身の力を込めて火蜥蜴の左目に『ラインの黄金』を突き立てた。


 次回へ続く(※更新は不定期。更新した場合はここにリンクを張ります)。
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