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目 次。
―魔法使いの逆襲―
サリアは大人しくクロスの後についていった。別段ロープ等で手足の自由を奪われてはいない。その気になれば逃げ切れるかどうかは別として、いつでも彼からの逃走を試みることは出来た。しかし、再び遭難するのは懲り懲りだったし、それ以上にどうしてもクロスに逆らう気が湧いてこない。
それは今の彼の姿を見れば無理からぬことであった。
クロスは熊を引きずっていた。どうやら本気で熊鍋にするつもりらしい。熊肉はクセが強いので、肉が苦手な人ならば全く受け付けない場合もあるのだが、それも肉の下処理と調理法次第では美味しく食べられる。……が、問題はそこではない。
クロスが引きずっているのは熊の手足などの断片的なものではなく、先ほど両断された半身であった。半分だけとはいえ、その重量は数百kg以上もあるだろう。それを片手で、しかもやたらと樹木や岩等の障害物が多い森の中で苦もなく引きずっている。並の人間には不可能な芸当であった。
果たしてこれが人間に可能なことなのだろうか、とサリアは思う。まさしく化け物じみた怪力であった。いや、あえて断言しよう、『化け物である』と。
そんなクロスの力をまざまざと見せつけられてしまっては、さしものサリアも敗北を認めざるを得ない。そう、敗北である。自身の納得いかないことに従うのは、彼女にとってかなりの屈辱であった。
(……いつか闇討ちしてやる!)
そう堅く心に誓うサリアであった。そうでもしなければこの場は我慢できそうにない。
やがて盗賊達の隠れ家である洞窟が見えてきたが、そこには明かな異変が生じていた。
「あ……?」
洞窟の入口でクロスの部下達が倒れていたからだ。彼は慌てて部下達に駆け寄ろうとしたが、踏みとどまった。冷静に考えれば何が起きたのかはすぐに分かる。もっとも、部下が全員死んでいるような状態であれば、そこまで冷静になれたかどうか疑問であるが……。遠目に見ても、部下達が致命的な傷を負っている様子は無い。どうやら気絶しているだけらしい。
「まさか……こうも早くに再戦を挑いどんでくるとはな……」
クロスは多少の驚きが入り交じった、しかしそれでいて期待感に満ちた表情を浮かべた。
「え……まさかエルミさんが?」
サリアには信じられなかった。あれだけの重傷を受けた彼がもう自身を助けに来てくれるなどとは……。しかしその半面、心の何処かでは何故か納得出来た。なにせ彼は、この大陸の常識から逸脱しているとも言える魔法使いなのだから。
「……居やがるんだろ? さっさと出てきやがれ!」
クロスは洞窟の中に向けて呼びかけた。すると、洞窟の奥から何者かが歩み寄ってくる。
「!?」
しかし、クロスの予想に反して、洞窟から出てきたのはエルミとは別人だった。そして、彼の混乱に追い打ちを駆けるようなサリアの叫び、
「エルミさんっ」
「何っ!?」
慌ててクロスは振り返る。そこには彼とサリアの間に割り込むように立つエルミの姿があった。クロスが洞窟の内部にいた人物に気を取られている間に忍び寄ったらしい。先ほどクロスがサリアを攫う時に使った手をそのまま流用したようである。
「てめぇ……! 仲間がいたのか……」
「ええ。まあ、今日ここで会えたのは殆ど偶然だったのですけどね」
「大体、何でもう歩き回れる。かなりの重傷を負わせたはずだぜ」
「まあ、治癒魔法も使えますからね。それにしても、いざサリアちゃんを救出に来て見れば、洞窟内にいないのですから焦りましたよ。まあ、ここで待ち伏せしていて正解でしたが……サリアちゃん、あまり無茶しないでくださいよ」
と、エルミはサリアに視線を送った。
「あ……ありがとう、エルミさん」
「まず、お礼なら貴女のペットに言ってください。あの子の案内が無ければ、こんなにも早くここを見つけることなんてできなかったでしょうから。それに、私への礼なら、まずあの男を片付けてからですね」
「キャム!」
虎縞リスネコがエルミの肩から飛び降り、今度はサリアの頭への駆け上った。この小さな友人が自身を助ける為に奔走してくれたという事実に、サリアは思わず涙ぐんだ。
一方、クロスが剣呑な視線をエルミに送る。
「てめぇ……。俺を片付けるだと? 仲間を連れて来たからっていい気になるなよ」
しかしエルミはそれに動ぜず、ただ手でサリアに離れているようにと合図を送る。
「いえいえ、仲間と2人がかりでなんて卑怯な真似はしませんよ」
「はん、別に強がらなくたっていいんだぜ? 俺相手になら丁度いいハンデだ。卑怯じゃねぇ」
「いえ、卑怯ですね。一応、貴方の後ろにいるのは、十二翼の1人、疾風迅雷の異名を持つクウガさんです。十二翼がたった1人に2人がかりなんて卑怯じゃないですか」
「…………!?」
クロスは驚愕の視線を肩越しに背後へと送った。しかし、そこには既に人影は無い。人が動いた気配など、全く感じられなかったというのに。
「とりあえず、サリアちゃんの安全は確保しましたからね。後は私に任せるということでしょう」
「……まさか、てめぇも……」
クロスは驚愕と狂喜が入り交じった面持ちで呻く。彼の目の前にいるのは永年かけて捜し求め、倒したいと願ってた存在だということが分かったからだ。
「ええ、だから油断していたとはいえ、一般の素人相手に負けたというのは、少々具合が悪いのですよ。貴方を倒して、この十二翼の名についた汚点を拭い取らせてもらいますよ」
エルミは不敵に微笑んだ。その顔には今までの飄々(ひょうひょう)として何処か頼りない雰囲気は微塵も無い。
「まさか……エルミさんが……!?」
サリアも驚きを禁じ得ない。しかし、現在この大陸で使用不可能とされる魔法を扱える彼が、この大陸最強の兵団の中でも精鋭中の精鋭の一員というのも、頷けなくもない話ではあった。
「ハッ……ハハハハハハッ! そうか、てめぇが十二翼か! それじゃあ、1度はてめぇに勝った俺は、既に十二翼に匹敵する実力の持ち主ってことになるなぁ!」
クロスはけたたましく哄笑をあげる。しかし、自身の実力がこの大陸で少なくとも上から12番以内に入ることが実証されたようなものだ、無理もない。
「笑っていられるのも今の内ですけどね。すぐに私に勝ったことは帳消しになりますから……。もう、さきほどのような小手先の芸当は通じませんよ」
「芸?」
エルミの言葉にサリアは小首を傾げた。先ほどのクロスの技が芸などはとても思えない。あれは、まさしく奥義と呼ぶに相応しい技だった。
しかし、エルミの言葉に図星を指されたのか、クロスは目を見開いている。
「あれを見切った……っていうのかよ?」
「ハイ。本来直線上にしか飛ばないはずの烈風刃の衝撃波が、いきなり軌道を変えたのには驚かされましたがね。しかし、糸がかすかに見えましたよ。となると、タネは簡単。剣の先に取り付けた極細かつ高強度の糸を闘気によって鞭のように操り烈風刃に見せかける――まあ、それはそれで素晴らしい技術ではありますけど……しかし、烈風刃と比べると威力が無い。もしあれが本物の烈風刃ならば、直撃を受けた私はさすがに今ここにはいなかったでしょうから」
サリアはクロスを見遣った。渋い彼の表情からエルミの言葉がことごとく図星であったことが知れる。しかし、サリアは彼がインチキ剣士だとはとても思えなかった。先ほどの熊を倒した手並みといい、彼が凄腕の剣士であることは疑いようもない。
「エルミさん気をつけて、あいつ強いよ」
「分かってますよ。……ですよね?」
と、エルミはクロスに問いかけた。
「ああ……。俺はまだ全部見せちゃいないからな。それに、あれを見切られたのは意外だが、だからと言ってかわせるかどうかは話が別だ」
「試して見ますか?」
「臨むところよ!」
その瞬間、クロスは腰に下げた鞘から剣を一気に引き抜いた。そしてすぐさま剣を一閃。衝撃波が――いや、クロスの闘気に操られた糸がエルミに襲いかかる。
例え手品のタネを知っていても、実際に手品師が行うそれを素人が目で確認することは難しい。人を騙す巧妙な仕掛けもさることながら、それを扱うテクニックとスピードも半端では無いのだ。それと同様にクロスの技も、その正体が分かっていてもそう簡単に回避出来る類の物ではないはずだ。事実、エルミも『かすかに』の程度でしか糸を確認していないと言っている。
(とは言え、奴には防御策があることを前提にして技をしかけないとなっ!)
と、クロスは判断した。先ほど彼が放った糸での攻撃は、途中で軌道を変えなければ確実にエルミにかわされていたであろう。つまり、並の烈風刃程度の技ならば、エルミは完全に見切っており、そして通用しないということだ。それはこの糸による攻撃も同様であるのかもしれない。少なくとも技の正体を知った上で、なんの対抗手段も講じていないとは考えにくい。
(だがな、これはかわせねぇぞ!)
唐突にクロスが操る糸が軌道を変えた。しかも、ただ軌道を変えただけではない。糸はまるで獲物を捕らえる大蛇の如く、螺旋を描きながらエルミの身体に巻き付こうとしていた。闘気――生命力と言い換えてもいいが、本来体内に作用するその力を修練によって体外へ排出し、それを武具などに帯びさせて強化したり、闘気そのものを攻撃の手段とする技術がある。クロスはそれを極限まで鍛え上げ、糸を自在に操る事を可能にしていた。最早それは、魔法と大差ないレベルにまで達しているのかもしれない。
ともかくこれはまずかわせない。と、言うよりも逃げ場が無い。
しかし、エルミはさほど焦りの色を見せなかった。
エルミに襲いかかった糸は、彼の身体に到達する直前に皆弾け、そして千切れとんだ。
「なっ!?」
驚愕するクロス。そんな彼にエルミはのほほんとした口調で告げる。
「この程度の攻撃、魔力による防御の壁……結界を構築すれば別にかわすまでも無いですね」
「そんなのありかっ!?」
「こんなの魔法による戦闘での常識ですよ。100年前ならば転位魔法で逃げるという手段もありましたけどね」
「そういうことを言ってるんじゃねェ! それぐらい俺にだって分かっている! 俺は並の結界で防げるような攻撃をした覚えは無いって言ってるんだよっ!」
「へえ、結界を知っていた? もしかして、貴方は大陸の外から来たのですか?」
「まあな」
クロスは自慢げに胸を張った。確かにこんな辺境の大陸までてわざわざ海を越えやって来たことは凄いのかもしれないが、しかし自慢出来るようなことでもない。多くの人間からは変人扱いされるのが関の山だろう。ましてや、世界征服目的ならばなおさらだ。
だが、大陸の外から来たということは、魔法がどういう物なのかを把握し、そしてその対処の仕方を知っているということでもある。
「それでは、手加減の必要は無いですかね」
「ちょっ!?」
エルミは唐突に掌から無数の光球を撃ち放った。その数、約20発――いや、その数はまだまだ増える。エルミは飽くこと無く光球をクロス目掛けて放ち続けた。

「ちょっと、待て! コラ! おおいっ!」
クロスは必死で光球から逃れようとしていた。信じがたいスピードで光球をかわし、時には剣で叩き落とす。しかし、いかんせん光球の数が多すぎる。対処しきれなかった光球が彼の身体に炸裂し、ダメージを蓄積させて行く。光球の1発1発はさほど威力が高くないようだが、いずれはクロスを戦闘不能に追い込むであろう。
「クッ、この……、ちょっと、待てって!」
クロスの苦悶の声、しかしエルミの攻撃は止(や)まない。
「……スゴイ」
サリアはゴクリと喉をならした。目の前の戦いはあまりにも彼女の持つ常識からかけ離れている。だが、彼女が更に常識ハズレな光景を目の当たりするのはこれからである。
「ちょっと待てって、言ってるだろーがっ!!」
「!?」
突如、クロスを襲う光球の群が一斉に消し飛んだ。恐らく、クロスは糸を操って、いくつもの光球へ同時に攻撃を加えたのであろう。
「……待てって言ってるのが聞こえねーのか……」
クロスは非難めいた言葉をエルミに放った。その呼吸はかなり乱れている。
「待てと言われて、待つ馬鹿はいない、って昔から言うではないですか。それに貴方なら自力でどうにかすると思いましたし」
と、エルミは悪びれた様子もなく言う。
「……ったく、いくら最下級魔法だからって、あれほど連続して撃てる奴は、俺の故郷の大陸でも殆ど見たことが無ぇよ……」
(これが魔法文明全盛の100年前で、更に上級の魔法を連発出来るとしたらと思うとゾッとするぜ……)
クロスは一瞬、畏れるような想いを抱いたたが、
「……どうやら、本気になってもいいようだな」
すぐに楽しげな笑みを浮かべた。
「本気ですか……」
「ああ、もうお遊びの小技は捨てるぜ。これからは殺(や)る気で繰り出す大技よ。いくら頑丈な結界だって破壊不可能って訳じゃねーんだからな……」
「まあ、確かに……」
エルミは軽く嘆息した。が、まだまだ余裕はある。
「けっ! その余裕も今の内……だっ!!」
クロスはその台詞も言い終わらない内に、手にしていた剣をエルミ目掛けて投げつけた。
「!?」
思わぬクロスの行動に虚を突かれたエルミは反応が遅れ、剣の直撃こそ受けなかったものの、その体勢を大きく崩す。そこへクロスが迫る。
「小技は捨てたんじゃなかったんですか!?」
「だから、今投げ捨てたろっ!」
次の瞬間、クロスは背負っていた大剣に手をかけた。普通なら背に取り付けた鞘から引き抜けるような長さの刀身では無いのだが、鞘に切れ目が入っており、ある程度剣を抜いてから切れ目に合わせてスライドさせると完全に鞘から抜けた。
だが、引き抜かれた剣は背負うだけでもやっとなのでは? と思えるほど刃渡りが大きく、常人にはとても振り回せるような代物には見えなかった。しかし、クロスはそれを軽々と振り上げた。
「食らえ――――――っ!!」
クロスの剣は一直線にエルミ目掛けて振り下ろされた。しかも、その高速の打ち込みは刀身に衝撃波を纏うほどである。
(本物の烈風刃! いや、これは衝撃波と斬撃を同時に叩き込む烈風刃よりも高度な技、『疾風刃(しっぷうじん)』の変則技ですか!)
エルミはすぐさま結界を形成した。クロスの斬撃はかわせないタイミングではない。しかし、同時に来る衝撃波は地面に炸裂すると同時に周囲に飛び散り、それを避けきることは不可能であろう。だから結界による防御を行う。
だが、正直エルミには結界でクロスの攻撃を完全に防ぎきる自信は無かった。この攻撃は先ほどまでとは威力の桁が明らかに違う。いや、エルミが今までに見てきた、いかなる疾風刃よりも強力だとさえ言ってもいい。果たして結界が持ち堪えられるかどうか、それは一種の賭けだった。
そんなエルミの結界へとクロスの斬撃は叩き降ろされた瞬間――、
ゴッと、最早斬撃から生じたとは思えないような爆音を伴って、衝撃波が周囲に荒れ狂った。
「ひ……!」
サリアは短く悲鳴を上げた。押し寄せる衝撃波に巻き込まれたらとても生命の安全は期待出来そうになかった。その証拠に衝撃波と共にかなり大きめの石も飛んおり、身体に直撃したら内容物が根こそぎ弾け飛びそうな勢いだ。
だが、あわやサリアが衝撃波に巻き込まれようとしたその刹那、何者かが彼女を抱きかかえ、安全な場所まで脱出した。
「いやあぁぁぁ~っ!? 犯されるぅぅぅぅ!?」
それはもういいから……。ともかく、サリアは何が起きたのか把握しきれず、混乱し慌てふためいた。
「助けてもらって人を性犯罪者扱いかよ!?」
そんな非難がましい声を聞いて、サリアはにわかに冷静さを取り戻した。その声に全く聞き覚えが無かったからだ。少なくとも盗賊達ではない。
「あ……えと……確かクウガさん?」
サリアは覆面姿を見て、ようやくそれが何者かを知った。
「あ、あの、助けてくれてありがとうございます。……そのスミマセン」
さすがのサリアも、相手が十二翼という大陸最強の存在を目の前にして、畏(かしこ)まった態度を示した。一方クウガは、さほど気分を害した様子もなく丁重にサリアを地に下ろす。
「まあ、仕事をあいつに押しつけたんだ、これくらいは働かないとな」
と、クウガは呑気な口調で言った。しかし、サリアは慌ててエルミの方へと視線を送った。先ほどのクロスの攻撃を受けて、無事に済んでいるとはとても思えない。
「あ……」
そしてサリアの予想通り、エルミは地面に倒れて――いや、すでに起きあがりかけているが、それはクロスの技を完全に防ぐことができなかったことを物語っている。
一方クロスはエルミが立ち直る前に追撃を仕掛けようとしているのか、再び彼に迫っていた。
次回へ続く(※更新は不定期。更新した場合はここにリンクを張ります)。