江戸前ラノベ支店

わたくし江戸まさひろの小説の置き場です。
ここで公開した作品を、後日「小説家になろう」で公開する場合もあります。

斬竜剣外伝・赤髪のセシカ-第10回。

2016年05月28日 23時38分41秒 | 斬竜剣
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-魔術師の館-

 翌朝、食事を終えた戦乙女騎士団は宮廷魔術師コグラの研究所へと向かう。
 騎士団の宿営地とは反対側の村外れにあるその研究所は、貴族の別荘をそのまま流用したのか、屋敷の規模はかなりの豪邸である。ただし、その外観はかなり古く、築数十年は経過していると思われた。充分な管理がされていないのか、館の周囲は雑草に覆われており、壁には蔦植物が生い茂ってさえいる。
 それ故に不気味な印象は拭えなかったが、これが魔術師の研究所だと一見しただけで分かる者はほぼ皆無であろう。むしろ廃屋と勘違いする者の方が多そうである。
「これは……面妖な……」
 コグラを庇う筈の立場であったリリィがうっかり口走ってしまい、慌てて口を噤んだ。だが、おそらく他の団員達も同じような反応であろう。彼女達の間でコグラに対する不信感が俄(にわか)に増していく。
 そして、出来ればこのような不気味な屋敷には近付きたくないというのが本音であるに違いない。だから──、
「全員で押しかけても迷惑だろうから、ウチと他2~3人で話を聞きに行こうか。それ以外の者は屋敷の周囲を調べつつ外で待機ね」
 そんなセシカの提案に一同は胸を撫で下ろした。
 しかし、そんな彼女達の中からも最低2人はセシカに同行しなければならない。誰が行くのか、お互いに牽制し合っていたその時、
「それでは私(わたくし)が」
 リリィが名乗りを上げる。自国の宮廷魔術師からの事情聴取を、余所者であるセシカだけには任せておけないということなのだろう。
「そ、それでは私も……」
 続いてリリィに近しい者達が名乗りを上げ、研究所への訪問メンバーはあっさりと決まった。再び胸を撫で下ろす一同である。
 準備が整ったセシカ達は門をくぐり、屋敷の玄関へと辿り着いた。そこでセシカは、かなり強めに扉をノックする。大きな屋敷だ。それくらいでなければ中に音は届かないだろう。
 しかし反応は無い。
「いないのかな……?」
 そしてもう一度、更に強めに扉を叩くが、やはり反応は無かった。不審に思い、セシカは扉を開けて屋敷の中を覗き込む。
「ちょ、ちょっと勝手に!」
 リリィがセシカを窘(たしな)めようとするが、彼女は構わずに中へと踏み込んだ。
「中で倒れていたりしたら、手遅れになるっしょ。コグラ殿ーっ?」
「ですが……!!」
 その時である、踏み込んだセシカの足が見えない何かに触れたような気がした。直後──、
 キャァ──────────ッ!!
 と、女性の叫び声ような音がけたたましく鳴り響く。その音のあまりの大きさに、一同は思わず耳を塞いだ。
「な、何これっ!?」
 セシカ達は戸惑うが、音の止め方も分からず、ただ身構えることしか出来なかった。
 しかし3分ほど経過した頃になって音は唐突に止まり、そして屋敷の奥から人影が現れる。
「何者かね!?」
 少々慌てた様子で現れたのは、ローブを纏い如何にも魔法使いという風貌をした細身の男であった。年の頃は四十代前半くらいだろうか。
 この男がコグラだというのなら、宮廷魔術師をアースガルの宮廷魔術師筆頭にしてシグルーンの後見人であるホズしか知らないセシカは、「意外と若いな?」という印象を持つ。実際、宮廷魔術師に取り立てられるくらいなのだから、それなりの実績を積んできている筈だが、それにしては若い。
 まあ、それを言うなら騎士団長になろうとしているセシカも異例の若さではあるが、魔術に関しては長い研究期間も必要である上に、戦場で前線に出て武功を上げる機会も少ないので、騎士の昇進速度とは単純に比べられない。
「これは失礼した。我々は戦乙女騎士団の者です。この村で起きた事件の調査の為、コグラ様にお話を伺いたく参上いたしました。しかし呼び掛けに反応が無かった為、やむを得ず踏み込んだ所、何らかの魔法を作動させてしまったようだ」
 リリィがセシカを差し置いて名乗りを上げる。あまり騎士らしくないセシカに喋らせるよりは信頼を得られやすいという判断だろう。
「そ、そうでしたか……。今、奥で研究に没頭しておりましてな。来客には気付きませんでした。結果、貴公等に対して盗賊対策に仕掛けた精霊が反応してしまったようで、申し訳ない。」
 リリィの言葉を聞いたコグラは、明らかに動揺したような表情を一瞬浮かべた。そのあからさまに怪しい態度に、セシカ達は疑念を確信に変えつつある。
「そうでしたか……。ともかく、少々お時間をいただけないでしょうか、コグラ様?」
「え、ええ……。それではこちらの応接室へどうぞ……」
 と、何処か嫌々な様子で、コグラはセシカ達を屋敷の奥へと招き入れた。


 次回へ続く(※更新は不定期。更新した場合はここにリンクを張ります)。

執筆日記。

2016年05月26日 00時04分56秒 | 日記
 ども、江戸です。リリィの名前については勿論「百合」を意識してはいるのだけれど、実際にその属性が付くのかは謎。今の所セシカにデレる素振りがあんまり無い(笑)。
 なお、リリィの身長は150cmくらいで意外とちっちゃいです。たぶん、竜襲撃時の騎士団の中ではほぼ最年少だったのではないでしょうかねぇ。だからこそ先輩達に庇われて生き残る事が出来たのではないかと……。今も17歳になるかならないかってくらいの年齢のイメージ。
 一方、セシカは25歳くらいのイメージですが、既にちょっと人生に疲れています。

斬竜剣外伝・赤髪のセシカ-第9回。

2016年05月21日 23時27分23秒 | 斬竜剣
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-もう1人の容疑者-

 団員達の表情は一様に硬かった。当然である。先の竜の襲撃に於いて、戦乙女騎士団は壊滅的な被害を受けている。現在の団員の多くは新規に入団した者が殆どで、それはそれだけ人員を補充する必要があったからだ。今回の事件でも、場合によっては再び人員を補充する必要が出てくるという結末になりかねない。
 そう、今ここにいる全員が死亡するという状況もあり得るのだ。
「我々だけでは無理です……。援軍を呼んだ方がいい……」
 そう提案したのはリリィであったが、その言葉は重い。何故ならば、彼女は竜と戦った団員達の中でも数少ない生き残りであるのだから。数多くの仲間の死を見てきた彼女だからこそ、竜という存在の恐ろしさはこの場にいる誰よりも理解しているといえる。
「竜は……竜だけは、我々の力ではどうやっても歯が立たない。あれと戦えるのはベルヒルデお姉様とあの黒い剣士くらいです……」
 と、腕を交差して自身の身体を抱きかかえるように震えるリリィの姿を見て、セシカはそれだけ大きな心の傷を受けながらもなお、未だに騎士を続けている彼女の姿に、自身には無い強さを見た。ベルヒルデ怖さに傭兵を廃業していた自分とは大違いだ──と。
「……って、黒い剣士ってなんなん?」
 セシカはリリィの口から出た聞き慣れない人物について、隣の団員に質問する。
「私も直接見ていないのでよく知らないのですが、あの戦いで襲撃してきた竜を尽く倒した剣士だとか……。ベルヒルデ様のお知り合いだという噂もありますが、正体は謎のままです」
「……どうなっているんだ、あいつの周りは……」
 ベルヒルデ本人だけでも手に負えない存在だったのに、他にもまだ人知の及ばない存在がいる。しかも竜よりも強いという。セシカはこの世界の広さを思い知り、途方に暮れてしまった。
 しかし、セシカの現在の立場は指揮官である。このままぼんやりとはしていられない。
「うん、本当に竜の仕業だとすれば援軍も必要だろうけれど、結論を出すのはまだ早い。他に情報は無いのかな?」
 そう団員達に問うが、彼女達にはこれといった心当たりがないようである。
「本当に小さなことでもいいんよ。田舎の農村では普通は見られないような珍しい建物があるとか、その程度のことでも。何が事件の真相に繋がっているのか分からないからね」
「あ……それなら……」
 おずおずと一人の団員が手を挙げた。
「確か宮廷魔術師であるコグラ様の研究所があった筈ですが……」
「…………」
 その報告に、セシカは一瞬停止した。そして、その間に溜めた感情を爆発させるかのように、
「それ、1番怪しいじゃん!?」
 思わず叫んでしまう。
「?」
 そんなセシカの様子に、団員一同はきょとんとした表情をしている。
「いや、魔法を使えば人知れず家畜を運ぶことだって不可能じゃないし、魔法研究の為の実験動物とかにするっていう動機だってあるっしょ!?」
 その指摘に団員達がざわつく。取り分けリリィは激昂したようにセシカに詰め寄った。
「無礼な! 我が国の宮廷魔術師を疑うというのですか!?」
「じゃあ、君達はこの戦乙女騎士団の次の団長であるウチのことを信用している?」
「ぐっ……!」
 セシカに即言い返されて、リリィは言葉に詰まる。そう、セシカが騎士団長になってしまえばその地位は宮廷魔術師と大差ない。まだ正式に団長へ就任していないとはいえ、そんな彼女を「信用できない」と表だって発言することは、まさしく自身が口にした「無礼」である。
 だが実際に、リリィは本心からセシカのことを信用している訳ではない。それは彼女がかつての敵国であるクラサハード出身であるが故だが、宮廷魔術師のコグラとてその出自に隠された物があるのかもしれない。結局、無条件で信用できるほどリリィもコグラとは親しくないのだ。ここは黙るしかなかった。
「何処に所属しているかでその人間の善悪が判断出来たら苦労しないよ……」
 と、苦笑するセシカ。
「ともかく、明日にでもその宮廷魔術師の所へ行って、話を聞いてみようか。竜や魔物の仕業なら、その人の力を借りない訳にはいかないだろうしね」
 その方針に異を唱える団員はいなかった。確かに竜の仕業ならば魔術師の協力は不可欠だろうし、そもそも彼が地元で起きている事件について詳細な報告を本国へと上げていなかった時点で怪しいのも事実だからだ。
 その後、団員達は一部の見張りを残して、翌日に備えて早めに就寝する為に各々(おのおの)のテントへと向かった。
 しかしセシカは、そんな団員達の一人を捕まえて、
「ちょっとお願いしたいことがあるんやけど」
 とある任務を言い渡したのであった。


 次回へ続く(※更新は不定期。更新した場合はここにリンクを張ります)。

執筆日記。

2016年05月18日 23時06分45秒 | 日記
 ども、江戸です。セシカのクラサハード訛りですが、基本的には標準語なのだけれど、語尾に各地の方言やら『のんのんびより』やらと、色々と混じったのがたまに出るイメージ。勿論、本来は日本語で喋っている訳ではないので、実際に聞いてみると違う印象になるかとは思いますがね。たぶんアースガルやクラサハードの言葉は、北欧の言語に近い感じの発音なんじゃないかなぁ。

斬竜剣外伝・赤髪のセシカ-第8回。

2016年05月15日 00時28分37秒 | 斬竜剣
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-見えてきた全容-

 程なくしてウルル村の外れにある草原へと一行は到着した。
 田舎の農村には騎士団のような集団が宿泊できる施設などあるはずもなく、野営を選択するしかなかった為だ。良家出身のお嬢様が多い戦乙女騎士団員がベッドも無い環境で一夜を過ごすことは、ちょっとした試練となるであろう。
 そんな団員達にセシカは設営の準備を指示した。
 尤も任務が最優先である。テントや食事の準備を担当する者以外は、事件についての聞き込みをする為に村へ行くことになっている。ただ、お嬢様に情報収集能力がどの程度あるのかは疑問なので、庶民出身の団員を中心に人選を行った。
 だが、そのメンバーの中にはセシカはいない。「かつての侵略国であるクラサハードの訛(なま)りがある者が村民と接触する事は好ましくない」というリリィの意見によって、彼女だけは問答無用で野営地に居残ることを強要されたからだ。
 まあ、セシカとしても、その方が気が楽というものであるが。
(ああ……なんだかこういうのも久しぶりやなぁ)
 傭兵時代は野宿が当たり前の生活だったセシカには、むしろ窮屈な騎士団生活よりもこの野営の方が苦にならない。そして、傭兵時代に培った知識が役に立つ環境でもある。
 実際他の団員達は、石を積み上げて簡易的な竈を作ることは勿論、火を起こすことにさえ苦戦している。また、充分に調理器具が揃っていない環境での調理経験がある者も少なく、そんな彼女達にとって、セシカによる助言はかなり助かるものであった。
 これによって、団員達から疎まれていたセシカも、ほんの少しだけ信頼を勝ち得たといってもいい。
 しかし──、
「ひいぃぃぃ、こ、こっちに来ないでぇ!!」
 山奥のであるが故に、人の血を求めて蚊や虻(あぶ)が、食材には蠅が、そして調理に使う火の灯りに誘われて蛾などが無数に集まってくる。騎士とはいえ、団員の多くが十代の女性であり、虫が苦手な者が殆どである。パニック状態になる者も少なくなかった。
 これにはセシカもお手上げである。一応、ある種の香草に虫除けの効果があることは知ってはいるが、生憎周囲には自生していなかったのだからどうしようもない。
 まあ、ここは訓練と割り切って、団員達には虫と大いに触れあい、慣れて貰うしかないだろう。いちいち虫に大騒ぎしていては、今後屋外での任務に支障を来すことにもなりかねないのだから。
 ただ、可能な限り「騒ぐな」と厳命する必要はあった。彼女達の悲鳴によって、家畜を襲う何者かが逃げてしまっては意味が無いのだ。それを考慮すると、追跡任務はセシカ独りで行った方が効率的かもしれない……というのがなんとも情けない話である。
(先が思いやられるん……)
 団員達が悪戦苦闘しつつもなんとか設営作業を終えた頃、情報収集に出掛けていた者達が戻ってきた。そこでセシカは、まず皆で夕食を摂り、その後に報告を受けることにする。
 朝食以来初めての温かい食事である。自然と笑顔になる団員達であったが、一部の団員の表情は硬い。それは全て情報収集に出掛けていた団員達で、この野営地に戻ってきた時と変わらずに沈んだ表情のままだ。
(あ~、こりゃ予想よりも事態が深刻だったか)
 そんなセシカの予想通り、食後に情報収集に出掛けていた者達を代表してリリィが状況を説明すると、他の団員達の顔も暗くなった。
「行方不明になっている家畜は、百数十頭にのぼる」
 どう考えても獣の仕業とは思えない数であった。大規模な群れならば不可能ではないだろうが、それならば住民に目撃されていてもおかしくないし、足跡や食い散らかされた死体などの物証が残っている筈である。
 しかし、それが無い。勿論、人間ならば証拠を消すことも不可能では無いだろうが、牛や馬などの大型の家畜を人力で運ぶことは、数十人単位の集団でもなければこれまた難しい。ましてや家畜自らが余所者の人間に大人しく付き従って行ったとはもっと考えにくい。
 だが、常識を超越した存在である魔物の仕業なのだとしたら有り得ない話ではない。例えば、空中から巨大な魔物が飛来し、一口で無数の家畜を飲み込んで跳び去っていった──という可能性。それならば痕跡も残さずに無数の家畜が消えた理由にも説明がつく。
 そして、そんな魔物の中には──、
「まさか……竜が……」
 1年ほど前にアースガルに壊滅的な被害を与えた、この世で最大最強の存在も含まれているのである。


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