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江戸前ラノベ支店

わたくし江戸まさひろの小説の置き場です。
ここで公開した作品を、後日「小説家になろう」で公開する場合もあります。

潜夜鬼族狩り 第57回。

2022年01月30日 14時08分49秒 | 潜夜鬼族狩り
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一件落着

「ふぅ……」

 刀を鞘に収めた沙羅は、左京に歩み寄った。

「大丈夫かい?」

「そういうあんたは……俺ほどじゃないか」

 ひび程度ではあるとはいえ、骨折の疑いもある左京から比べれば、沙羅のはかすり傷程度である。

「救急車は必要?」

「いや……必要無いが、こんなボロボロの格好じゃあ、電車やバスでは帰れないな」

 2人とも服の所々が破れ、血や泥で汚れている。
 これではタクシーにも拒否されるかもしれない。

「じゃあ、誓示さんに車をまわしてもらおうかな。
 あと、奈緒深さんにも依頼の完了報告をしないと……」

 と、沙羅はスマホを取り出し、電話をかけはじめた。
 よくあの激しい戦闘の中で壊れなかったものだと、左京は感心する。
 そして沙羅の電話が終わった後、左京は疑問を口にした。

「で、あんたはなんなんだ?
 額が光っているように見えたが……」

「聞きにくいことを、ズバッと聞く……」

 沙羅は苦笑するが、その質問を誤魔化すことはしなかった。

「先祖に鬼がいた──。
 ただ、それだけさ」

 沙羅の答えはたったそれだけだったが、それだけで左京は事情を察することができた。
 鬼の血を持つからこそ、彼女は人間離れした力を持ち、そして使うことができる。
 無論、力があるだけならば、必ずしもそれを使う必要は無いのだろうが、それでも彼女の一族が鬼を狩り続けるのは、かつての先祖と同族が犯した罪を、同じ血を持つが故に償おうとしているのだろうか。

 それは鬼狩りを始めた初代に聞かなければ分からないことではあるが、少なくとも沙羅には、償いという意識は無い。
 彼女自身には、鬼として犯した罪など無いのだから当然である。
 ただ、家業だからそれを継いでいるに過ぎない。

 いずれにしても沙羅は、生まれた瞬間に重い宿命を背負わされていた。
 普通に生きようと思えば、それは不可能ではないが、霊的な存在が視えている時点で無視をするのは難しいし、物心が付く前から教え込まれた鬼と戦う術は、簡単に捨てられるものではない。
 それは結局、それまでに費やしてきた時間と、苦行とも言うべき修練を無駄にしてしまうからだ。
 
 ──だから沙羅は、先祖のことを快く思っていないのだ。

 そして今回の事件では、奈緒深とその父も先祖の宿業を背負った形となっている。
 ただ奈緒深は、その先祖の行いによって救われたとも言える。
 あの先祖の霊が何もしなければ、彼女は沙羅に依頼することもなく、いずれは人知れずに鬼に食われることになっただろう。
 しかも対策が遅れた結果、犠牲者数は大きく膨らむことになっていたはずだ。

 故に先祖の件については、単純に割り切れないものがあった。

 それを思うと沙羅は──

(たまには墓参りしてやるかなぁ……)

 という気分にもなる。
 ただ、それは今すぐに行わなければならないことではない。
 彼女にはこれからやらなければならないことが、まだまだあるのだ。

「くっ、久遠さーん!」

 沙羅からの連絡を受けて、奈緒深が駆けつけてきた。

「よかったぁ~。
 無事……ではないみたいですけど、取りあえず生きていてくれて……!」

「うん、私達は……まあすぐに治るさ。
 それよりも問題は奈緒深さんかなぁ……」

「わ、私ですか……?」

 沙羅の言葉に奈緒深はきょとんとする。

「この家に住めると思う……?」

「あ……!」

 奈緒深は沙羅の言葉を理解した。
 彼女の家は、鬼によって一部が破壊されている。
 まあ、被害が大きいのは父親の部屋だけなので、まだ住めることは住めるのだが、こんなことがあった後で一人暮らしは恐ろしい。

 それにこの土地を売る奈緒深としては、破損した家を修理するという選択肢も無いだろう。
 むしろ本来ならば、これから解体することを考えなければならない。
 仮に家を残すにしても、それはこの土地を買い取る沙羅が判断することだ。

「そうですねぇ……。
 引っ越し先が見つかるまで、ホテル暮らしをした方が……。
 でも……私には保証人になってくれる人はいないし、物件を見つけるのは難しいかも……」

「じゃあ、住む所が見つかるまで、うちに来なよ」

「えっ……それは……いいのでしょうか?」

「まあ……奈緒深さんには、これから霊視能力の制御方法も教えなければいけないみたいだし、丁度いいんじゃないかな?
 あの眼鏡は、あなたの能力を封じていたものだと思うから。
 また同じような眼鏡を作ってもいいんだけど、数年ごとに作り直さなければならなくなるし、結構お金もかかると思う。
 どうするのかは、これから考えてみて」

「あっ……そうなんですね」

 奈緒深の問題はまだ終わっていない。
 彼女が持つ霊視能力とは、もしかしたら一生付き合っていかなければならないかもしれない。
 それならばなるべく近くに、万が一の時に対処できる沙羅がいた方がいい。
 それか奈緒深自身が、対処できるようになるか──だ。
 これからそれを考えていかなければならない。
 
「それに今は事務員を募集しているから、もしも働きたいのなら、うちへの就職を考えてくれてもいいんだよ?
 住み込みってやつだね」

「それはまだ分かりませんけど……。
 当面の間は、お世話になることになりそうです。
 どうかよろしくお願いします」

 と、奈緒深は深々と頭を下げた。

「うん、よろしくね」

 沙羅は微笑む。
 これから少々慌ただしい日々が続きそうだが、だからこそ退屈はしなくて済むそうだ。
 そして暇を見つけて、奈緒深とゲームで遊ぶ──それが楽しみだ。
 
 新しい仲間を加えた新しい生活──面倒事は多いのかもしれないが、それでも心躍るものがあった。
 ただ、この人の世に闇があり、そして生と死がある限り、沙羅が戦うべき霊や鬼などの怪異は、決して消えはしないだろう。
 今回の事件も、いずれはその数ある戦いの中の1つとして埋もれていくはずだ。

「お、来た!」

 沙羅のスマホが鳴った。
 どうやら迎えがきたようだ。

「さ、奈緒深さん、左京君、行こうか」

「はい」

「ああ……」
 
 戦いに終わりは見えない。
 だけど今は、休息が必要だろう。
 沙羅達は、この激しい戦いのあった場所から、去ろうとしていた。
 ただ、その時──、

「あ……!」

 奈緒深は別れを惜しむように、自宅の方を振り返る。
 するとそこから、淡い光がゆらゆらと、空へと昇っていくのが見えた。

「なんだ……ありゃ?」

 その光は奈緒深だけではなく、沙羅や左京にも見えたようだ。
 しかし見えたのは、光ばかりではない。 

「久遠さん……今一瞬、お父さんが見えたような気がしました」

「ああ……もしかしたら、鬼に取り込まれていた魂が、解放されたのかもね」

 沙羅には奈緒深の父の姿までは見えなかった。
 あの魂は、鬼を抑え込む為の結界に力を注ぎ込みすぎた所為でかなり弱っており、最早人の姿は保つ力を失っていたようだ。
 それでも奈緒深には、それが父だと分かったのだろう。
 まさに親子の絆がなせる奇跡なのかもしれない。

「久遠さん、父の……魂を救っていただき、ありがとうございました」

 奈緒深は深々と頭を下げる。

「いや、それは結果にすぎないからいいよ。
 それよりも奈緒深さんを、今まで守ってくれていたのは、あの人だ」

「……はい!」

 奈緒深は再び、家の方へと振り返る。
 もうそこに光は無い。
 それでも、彼女は言わずにはいられなかった。

「今まで、本当にありがとう、お父さん……!」

 これが親と子の永遠の別れとなった。
 だけどその絆は、途切れることはないだろう。
 奈緒深が父の思い出を忘れない限り、きっと──。

 人の縁はそういうものだ──と、沙羅は改めて教えられたような気持ちだった。



                       潜夜鬼族狩り 完

潜夜鬼族狩り 第56回。

2022年01月23日 14時49分26秒 | 潜夜鬼族狩り
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討 伐

 鬼は追い詰められつつあった。
 鬼が弱い訳ではない。
 並の妖怪の類いならば、沙羅の刀の一撃を受ければ、その時点で消滅していたことだろう。

 その攻撃を、鬼は何度も、何度も受けている。
 それだけでも驚異的な生命力だと言えた。
 しかし今の鬼の能力は、全盛期のものではなかった。
 数百年にも及ぶ封印の中で、弱ったのは封印だけではない。
 やはり鬼の力も、確実に弱体化していたのだ。

 勿論鬼も人を食らい、魂を食らい、そして人の恐怖や憎悪などの負の念を食らえば、その力を取り戻していける。
 先程も奈緒深と左京の恐怖を食らって、その力を多少なりとも取り戻してはいた。
 しかし目の前の沙羅は、鬼に対して少しも恐怖しないどころか、確実にその命を削ってくる。
 その上彼女は、微かに自身と同種の気配を漂わせていたのだ。

 鬼にとって、沙羅の存在は意味が分からなかった。
 人はただ鬼を恐れ、ただ食われるだけの存在であるはずなのに、そんな鬼の認識を沙羅は覆してしまう。
 最早鬼にとって、このような腹の足しにもならぬ戦いを続ける理由が無かった。

 鬼は逃げる機会を窺っている。
 だが──、

「なんだ、逃げるのかい?
 たかが人間を相手に、捕食者様が?
 お前、もう鬼を名乗る資格もなくなるよ?」

 沙羅は煽る。
 言葉が通じた訳でもないのだろうが、鬼はそれを挑発と受け取った。
 だから鬼は、全力で右腕を振るう。

 だが沙羅はその腕を斬り落とした。
 いよいよ鬼は追い詰められたように見えた──が、

「おっ?」

 沙羅が急に後退る。
 そして先程まで沙羅がいた場所を、何か長い物が通り過ぎた。

「なんだ、ありゃあ……!?」

 左京は呻いた。
 彼の視線の先では、鬼の切断された腕の断面から、骨や肉などが飛び出したのだ。
 しかしそれは、元の腕を再生するのではなく、長く伸びて絡み合い、触手のような形状と化した。
 おそらく鬼は、傷を癒やす再生能力を暴走させ、腕を鞭へと変形させたのだ。
 当然その攻撃は、単に腕を振るよりも軌道が複雑となり、見切ることは難しくなるだろう。

「意外と器用な真似をする……!」

 鬼の鞭は複雑に軌道を変え、更に襲いかかってくる。
 正面からきたかと思えば、直角に曲がり、そして背後から襲いかかってくる──という具合に。
 人間ならば反応することすらできないだろう。

 沙羅とて、その攻撃を完全に躱すことはできていなかった。
 沙羅の服の所々が破れ、僅かながらも血も滲んでいる。
 だが、直撃すれば即死しかねない攻撃を、その程度にとどめていた。

「はああぁ────っ!!」
 
 雄叫びを上げる沙羅の額が、より赤く輝く。
 その光は全てを見通しているが如く──。
 事実彼女が、負う傷は減っていった。

 沙羅は一歩、また一歩と鬼に歩み寄って行く。
 鞭を躱し、時には斬り裂きながら、着実に鬼へと近づいてく。
 そんな彼女に気圧されたのか、鬼は後退る。

 そして、威嚇するかのように吠えた。

『グガアアァァァァァ────!!!!』

 だが──、

「ただの虚勢……だな。
 そろそろ消えてもらおうか。
 悪鬼滅殺・破邪斬妖剣──」

 沙羅がそう唱えると、彼女が手にしていた刀の|刃《やいば》が淡く輝く。

『ギッ!』

 鬼は恐怖を感じていた。
 生まれ出でてこの方、恐怖を与える側でしかなかった鬼が、本能的に沙羅を恐れた。
 初めて知った感情に、鬼は身体を硬直させた。

 その隙を、逃す沙羅ではない。

「斬っ!!」

『…………!!』

 沙羅の下段から振り上げた斬撃は、鬼の下腹に突き刺さり、そしてそのまま脳天まで斬り裂く。
 鬼は初めて知った「恐怖」という感情を理解する間も無く、消滅するのだった。


 次回へ続く(※更新は不定期。更新した場合はここにリンクを張ります)。

潜夜鬼族狩り 第55回。

2022年01月16日 13時44分30秒 | 潜夜鬼族狩り
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鬼対──

 左京は、まだ生きていた。
 だが、それは奇跡的なことだと、自分でも思う。
 鬼による攻撃は、左京に直撃こそしていなかったが、それでもかすっただけで肉が裂け、骨が折れる。

 一撃でも直撃を受けていれば、その時点で左京は即死してもおかしくなかった。
 しかも積み重なったダメージで、左京の動きは確実に鈍ってきている。
 このままだと直撃を受けるのは、時間の問題だった。

 鬼が腕を振り上げる。
 そこから振り下ろされるであろう攻撃を、左京は躱せる。
 躱せるはずだが、易々とは言いがたい。

 ましてや反撃は難しいだろう。
 だが──、

「ほいっと」

「!!」

 鬼の振り下ろされた腕を、左京は躱すまでもなかった。
 彼が動かずとも、その腕は彼の身体には届かなかったからだ。
 そして次の瞬間、鬼の腕から大量の血液がまき散らされた。
 駆けつけた沙羅が、手にしていた刀で斬り裂いたのである。

「ちっ、おせーよ!」

「むしろ早いでしょ、東京から駆けつけたんだし」

 沙羅の言う通り、まさにギリギリのタイミングだと言える。
 あと10分遅ければ、左京の命は無くなっていたかもしれない。
 車などの移動では、交通量や信号の関係で10分は誤差の範囲だろうが、実戦の中での10分は長すぎる。
 
「しかし刀とは言え、俺が手も足も出なかった相手へ、簡単にダメージを与えてくれるなぁ……」

「うちは元々、こういう鬼を相手にするのが本業なんよ。
 つまりこの刀は、本来こいつらを斬る為の物なのさ」

「はは……納得だ」

 左京は沙羅の強さの理由を理解した。
 彼女と自分とでは、そもそも想定している敵のレベルが違っていたのだ。
 彼女と強さで並ぶつもりならば、彼も鬼との戦い方を模索していかなければならない。
 
 しかもそれが出発点でしかないのだ。
 現状では頂さえ見えない強さの山の麓に、左京は辿り着いたばかりに過ぎないと言える。

「じゃあ、あんたは後ろの方で見ていなさいな。
 それを見た上で、ついてこれないと思うのなら、辞めるのもしゃーない」

(これが新人研修って訳か。
 どう見てもブラックだが……)

 沙羅の生業は、まさに命懸けの仕事だった。
 この鬼のような存在と頻繁に戦う機会があるのだとしたら、命がいくつあっても足りない。
 だがだからこそ左京は、自身を限界まで試すことができるこの仕事に、挑戦する価値があると感じている。
 そしてこの目の前に立ち塞がった高い壁を乗り越える為に、これからの沙羅の戦いから少しも目を逸らさぬつもりでいた。

 一方鬼は、自身を斬り裂いた沙羅を明確に敵と認識したようだ。
 そして鬼が次に取った行動は、沙羅を警戒して慎重にその動きを見極める──と思いきや、猛然と沙羅へと襲いかかった。

「ふん、怒り狂って暴れるとは、まるで動物だなぁ!」

 沙羅は襲いかかってきた鬼の攻撃を、危なげなく躱していた。
 だが左京はそれを信じられぬ想いで見ていた。

(なんだよ、あの鬼の動き……!
 さっきまでより、全然速ぇじゃねーか……!!
 俺の時は遊んでいたって言うのか……!?)

 左京には何故沙羅が鬼の攻撃を躱せるのか、理解できなかった。
 鬼の動きは、人間が反応できるものだとは思えない。
 左京も第三者の立場から見ているからそう判断できるのであって、実際に今の鬼と相対した場合は、そんなことを理解する間も無くやられているだろう。

 一方、沙羅の動きは鬼ほど速くはない。
 ただ、鬼の攻撃を紙一重で躱し、そして隙を見て確実に反撃している。
 つまり彼女は、鬼の動きを完全に見切っているということだ。

(何故あの動きが見える……?
 いや、予測している……!?)

 左京はそう推測したが、すぐにそうではないことを知った。
 よく見ると、沙羅の額が赤く光っていた。
 彼女の不自然に長く伸びた、一房の前髪に隠された額が──。

 それは鬼が放つ目の光と、同じだったのだ。

(目……そんな馬鹿な……。
 だが……)

 やはり左京には、それが目だとしか思えなかった。
 つまりこれは、人外の存在対人外の存在の戦いであったのだ。


 次回へ続く(※更新は不定期。更新した場合はここにリンクを張ります)。

潜夜鬼族狩り 第54回。

2022年01月09日 13時49分09秒 | 潜夜鬼族狩り
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鬼に対抗する者

 奈緒深は鬼と突然現れた大男との戦いを、為す術なく見つめていた。
 素人の彼女の目から見ても、男──左京は信じられないほどの達人に見える。
 
 しかし鬼は、その左京よりもはるかに強い。
 このままでは遅いか早いかの違いはあれど、左京は確実に負ける。
 いや、殺される。

 そしてそれは奈緒深も同じだった。
 だけど彼女は、逃げることができずにいる。
 身体が恐怖で竦んで、動けなくなっていたのだ。

 こうなると奈緒深は、ただの足手纏いでしかない。
 でもこの場から逃げ出すことができれば、助けを呼ぶことができる。
 それに左京も庇う者がいなければ、逃げることができる。
 少なくとも彼女がこの場に留まるよりは、ここで死ぬ者が減る可能性は高まる。

 無論、奈緒深らが逃げ後に、鬼が何処かへ行き、そこでどれだけの犠牲者が出るのかは分からないが、それは彼女らが背負うべき責任ではないだろう。

(くっ……!!
 動いてください、私の足……!!)

 奈緒深は足を引きずるように、一歩一歩ゆっくりと後退して行く。
 不思議と鬼から距離が離れるごとに、その速度は上がっていった。
 そして身体はいつの間にか正面を向き、小走りになっている。
 本能的に捕食者から逃げだそうとしているかのように、最早奈緒深の意思とは関係なく身体が動いているかのようだ。

 そもそも夜の闇の中では、何も見えない。
 奈緒深には道が見えている訳では無く、ただ無我夢中で走っているだけだった。
 だからこの小山の上にある家の敷地から、外に出る為の石段に差し掛かると、奈緒深は足を踏み外し、転落しそうになる。

「きゃっ……!」

 奈緒深の身体が斜めに傾いていく。
 長い石段を転げ落ちることは、高いビルの上から転落するのと大差ないダメージを人体に与えるだろう。
 このままでは鬼とは関係なく、彼女の命は無くなる。
 そのことを悔いる間もなく、彼女の身体は倒れていく。

 時間がゆっくりと流れるのを感じるが、奈緒深にはどうすることもできなかった。
 体勢を立て直すには、勢いが付きすぎていたのだ。
 
 その時、奈緒深は父に詫びる。

(ゴメンね、……お父さん)

 何に対して謝っているのか、それは奈緒深自身にもよく分からなかったが、今まで父に守られていたことは確かだ。
 たぶんそれを無駄にしてしまうことへの謝罪だ。

 そして奈緒深の足が完全に地面から離れ、落下し始めたその瞬間──、

「おっと、危ない!」

「!?」

 奈緒深の身体は、何者かによって受け止められた。
 しかも石段という不安定な場所にも関わらず、「お姫様抱っこ」で軽々と彼女の身体を抱え上げていたのだ。
 いかに女子の体重が男性と比べて軽い傾向にあるとは言え、それを腕で支えることは、腕力が強いというだけでは難しいだろう。
 それが女性の手による物だとすればなおさらだ。
 しかし彼女は、それを軽々とやってみせた。

「ねえ、大丈夫?」

「く、久遠さん……っ!!」

 奈緒深を受け止めたのは沙羅だった。
 そして彼女は奈緒深を抱えたまま、トントンと石段を登り切った。

「ふ~、ギリギリセーフだったようだね」

「くっ、久遠さんっ、化け物がっ!!
 お、男の人が、知らない男の人が戦っていて……っ!!」

 必死に訴えかける奈緒深を、沙羅は地面に下ろし、そして慰めるように彼女の頭を撫でた。

「うん……なんとなく分かってる。
 ゴメンね……たぶん私の判断ミスだ」

「久遠……さん?」

「たぶんここに封印されていた何かは、とっくに復活していて、それを奈緒深さんのお父さんは、自分の命を使って縛り付けていたんだ。
 だけどそれは一時的なもので……だからあのご先祖の霊は、あなたを逃がそうとしていた……。
 私はそれに気付けなかった。
 本当に申し訳ない。
 今回は依頼料は受け取れないな……」

「いえ、久遠さんはしっかりと働いてくれました!
 今も私の命を救ってくれましたし、今も戦っている人がいます。
 その人を助けてください!
 依頼料を受け取れないというのなら、この新しい依頼をお願いします!」

 沙羅はこの奈緒深の対応に、頭が回るな──と、感心した。
 元より無報酬でもやるつもりだった仕事を、しっかりと報酬が発生する流れへと戻している。
 実際に今ここで料金について押し問答をしても無駄なので、沙羅は奈緒深の提案を受け入れることにした。

「それじゃあ、奈緒深さんは下で待っていて。
 何処か避難できる店とかがあるのなら、そこの方がいいかな。
 スマホは持っている?」

「あ、はい」

「じゃあ、1時間経っても私から連絡が無いようなら、ここに連絡して増援を呼んでね。
 母さんに通じるから」

 と、沙羅は奈緒深に、母の名刺を渡す。
 そして沙羅は奈緒深に背を向けて、今も左京が戦っているであろう場所へと向かう。
 そんな沙羅に向けて奈緒深は呼びかける。

「あのっ、無事に帰ってきてくださいっ!!」

 新たな依頼をしたものの、本当に沙羅があの化け物に勝てるのか、それが奈緒深には不安だった。
 簡単に霊を祓い、暴力団を相手にしてすら臆さない彼女ならば……との信頼感はあるが、それでも不安は尽きなかった。
 しかし沙羅は、

「安心して。
 どうやらこの依頼は、私の本業のようだ」

 と、自信に満ちた口調で答えた。


 次回へ続く(※更新は不定期。更新した場合はここにリンクを張ります)。

潜夜鬼族狩り 第53回。

2021年12月26日 14時26分21秒 | 潜夜鬼族狩り
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超越した存在

 鬼は迫り来る左京に向けて、鋭い爪を指先に生やした手を振り下ろした。
 おそらくその一撃は、羆の前足の一撃をはるかに上回る威力があるだろう。
 直撃を受ければ、普通の人間の身体は原形を保つことができないはずである。

 だがその一撃は、身体能力の高さに頼り切ったもので、テクニックは伴わなかった。
 それならば左京にとって、見切って躱すことは不可能ではない。 
 そして鬼の攻撃を躱した彼は、鬼の足にローキックを入れる。

「グッ!?」

 だが、常人ならば骨をへし折られるような蹴りを受けても、鬼は倒れない。
 むしろ左京の方が、鬼の足の頑強さに驚愕する。

(なんだこの、大木を蹴りつけたような感触は……!?)

 まるで生物を蹴った時の感触ではなかった。
 これでは鍛え抜かれた左京でなければ、蹴った方の足が折れるだろう。
 左京もダメージこそ受けなかったが、打撃による攻撃は効果が無いと悟った。

 とはいえ関節技や投げ技の為に組み合うのは、危険過ぎる。
 おそらくこの鬼に掴み掛かられれば、その部位は一瞬で握りつぶされることだろう。
 無駄だと分かっていても、打撃主体で戦うしかない。

 それでもやりようはある。
 左京は巧みに鬼の攻撃を躱しつつ、打撃を加えていく。
 一見効果が無いように見えるが、それは鬼の油断を誘う為の前振りだ。

 左京の攻撃では自身に対して効果が薄い──と鬼は思ったのか、防御が|疎《おろそ》かになり始めた。
 そこで左京はある一点を狙う。

 左京が打ち据えたのは、鬼の顎だ。
 そこを打たれることで頭蓋骨の中で脳が揺らされ、脳震盪が生じることがある。
 結果、瞬時に意識を奪われるという事象は、プロ格闘技の試合でも希にみられるものだった。
 左京はそれを意識的に狙ったのだ。

 勿論、鬼と人体の構造は違うので、確実に効くとは言えないが、生物である以上は効果がある可能性は高い。
 しかも鬼の頑強な身体を相手に効果を発揮する為には、左京は拳を壊す覚悟で全力の一撃を入れる必要があった。
 
『ガッ……!?』
 
 だが、左京の狙いは外していなかったようで、鬼は大きく体勢を崩した。
 ただし気絶するほどではない。
 しかも左京の右の拳に強い痛みが走る。
 これでは、暫くの間は、本気で殴ることはできないだろう。

(ちっ、やはり人間と同じようにはいかんな……!)

 それでも鬼に隙を作ることができた。
 すかさず左京は、鬼の両目に指を突き入れる。

『ゴアアァ!?』

 いかに頑強な鬼の身体でも、眼球は鍛えることができないだろう。
 左京はその弱点を突いて、鬼の視力を奪った。
 さすがに致命傷には届かないだろうが、これで鬼の動きを大幅に制限することができる。

 しかし──、

「!?」

 鬼は視力を失ってもなお怯まず、すぐに左京に向かって突進を始めた。
 その迷いの無い動きは、左京の位置を完全に把握しているとしか思えない。

(臭い……鼻か!?)

 おそらく鬼は、視覚以外の五感も、野生動物以上に鋭いのだろう。
 だから視覚に頼らなくても、左京の位置を容易に特定できるのだ。

「ちいぃぃっ!!」

 左京は大きく舌打ちしつつ、鬼の突進を受け流そうとした。
 合気柔術の要領で、突進の力を利用して投げ飛ばそうとしたのだ。

「くっ……!!」

 しかし鬼の力が強すぎて、完全に受け流せない。
 鬼を投げ飛ばすことには辛うじて成功したが、左京の腕に鈍い痛みが走る。

(いかんな、これは……。
 ヒビくらい入ったぞ……!!)

 左京は手詰まりを感じていた。
 鬼に対する有効な攻撃方法が思いつかないのだ。
 少なくとも今の彼の実力で、鬼の息の根を止めることは不可能なことに思えた。
 しかも──、

「むっ……!?」

 左京が小さく呻く。
 起き上がった鬼は、目を赤く光らせていた。
 さきほど潰したはずの眼球が、もう再生していたのだ。
 この事実からも、いよいよ左京が鬼を倒す手段は無くなったと言える。

「化け物め……!!」

 左京は毒づくしかなかった。

 次回へ続く(※更新は不定期。更新した場合はここにリンクを張ります)。