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一件落着
「ふぅ……」
刀を鞘に収めた沙羅は、左京に歩み寄った。
「大丈夫かい?」
「そういうあんたは……俺ほどじゃないか」
ひび程度ではあるとはいえ、骨折の疑いもある左京から比べれば、沙羅のはかすり傷程度である。
「救急車は必要?」
「いや……必要無いが、こんなボロボロの格好じゃあ、電車やバスでは帰れないな」
2人とも服の所々が破れ、血や泥で汚れている。
これではタクシーにも拒否されるかもしれない。
「じゃあ、誓示さんに車をまわしてもらおうかな。
あと、奈緒深さんにも依頼の完了報告をしないと……」
と、沙羅はスマホを取り出し、電話をかけはじめた。
よくあの激しい戦闘の中で壊れなかったものだと、左京は感心する。
そして沙羅の電話が終わった後、左京は疑問を口にした。
「で、あんたはなんなんだ?
額が光っているように見えたが……」
「聞きにくいことを、ズバッと聞く……」
沙羅は苦笑するが、その質問を誤魔化すことはしなかった。
「先祖に鬼がいた──。
ただ、それだけさ」
沙羅の答えはたったそれだけだったが、それだけで左京は事情を察することができた。
鬼の血を持つからこそ、彼女は人間離れした力を持ち、そして使うことができる。
無論、力があるだけならば、必ずしもそれを使う必要は無いのだろうが、それでも彼女の一族が鬼を狩り続けるのは、かつての先祖と同族が犯した罪を、同じ血を持つが故に償おうとしているのだろうか。
それは鬼狩りを始めた初代に聞かなければ分からないことではあるが、少なくとも沙羅には、償いという意識は無い。
彼女自身には、鬼として犯した罪など無いのだから当然である。
ただ、家業だからそれを継いでいるに過ぎない。
いずれにしても沙羅は、生まれた瞬間に重い宿命を背負わされていた。
普通に生きようと思えば、それは不可能ではないが、霊的な存在が視えている時点で無視をするのは難しいし、物心が付く前から教え込まれた鬼と戦う術は、簡単に捨てられるものではない。
それは結局、それまでに費やしてきた時間と、苦行とも言うべき修練を無駄にしてしまうからだ。
──だから沙羅は、先祖のことを快く思っていないのだ。
そして今回の事件では、奈緒深とその父も先祖の宿業を背負った形となっている。
ただ奈緒深は、その先祖の行いによって救われたとも言える。
あの先祖の霊が何もしなければ、彼女は沙羅に依頼することもなく、いずれは人知れずに鬼に食われることになっただろう。
しかも対策が遅れた結果、犠牲者数は大きく膨らむことになっていたはずだ。
故に先祖の件については、単純に割り切れないものがあった。
それを思うと沙羅は──
(たまには墓参りしてやるかなぁ……)
という気分にもなる。
ただ、それは今すぐに行わなければならないことではない。
彼女にはこれからやらなければならないことが、まだまだあるのだ。
「くっ、久遠さーん!」
沙羅からの連絡を受けて、奈緒深が駆けつけてきた。
「よかったぁ~。
無事……ではないみたいですけど、取りあえず生きていてくれて……!」
「うん、私達は……まあすぐに治るさ。
それよりも問題は奈緒深さんかなぁ……」
「わ、私ですか……?」
沙羅の言葉に奈緒深はきょとんとする。
「この家に住めると思う……?」
「あ……!」
奈緒深は沙羅の言葉を理解した。
彼女の家は、鬼によって一部が破壊されている。
まあ、被害が大きいのは父親の部屋だけなので、まだ住めることは住めるのだが、こんなことがあった後で一人暮らしは恐ろしい。
それにこの土地を売る奈緒深としては、破損した家を修理するという選択肢も無いだろう。
むしろ本来ならば、これから解体することを考えなければならない。
仮に家を残すにしても、それはこの土地を買い取る沙羅が判断することだ。
「そうですねぇ……。
引っ越し先が見つかるまで、ホテル暮らしをした方が……。
でも……私には保証人になってくれる人はいないし、物件を見つけるのは難しいかも……」
「じゃあ、住む所が見つかるまで、うちに来なよ」
「えっ……それは……いいのでしょうか?」
「まあ……奈緒深さんには、これから霊視能力の制御方法も教えなければいけないみたいだし、丁度いいんじゃないかな?
あの眼鏡は、あなたの能力を封じていたものだと思うから。
また同じような眼鏡を作ってもいいんだけど、数年ごとに作り直さなければならなくなるし、結構お金もかかると思う。
どうするのかは、これから考えてみて」
「あっ……そうなんですね」
奈緒深の問題はまだ終わっていない。
彼女が持つ霊視能力とは、もしかしたら一生付き合っていかなければならないかもしれない。
それならばなるべく近くに、万が一の時に対処できる沙羅がいた方がいい。
それか奈緒深自身が、対処できるようになるか──だ。
これからそれを考えていかなければならない。
「それに今は事務員を募集しているから、もしも働きたいのなら、うちへの就職を考えてくれてもいいんだよ?
住み込みってやつだね」
「それはまだ分かりませんけど……。
当面の間は、お世話になることになりそうです。
どうかよろしくお願いします」
と、奈緒深は深々と頭を下げた。
「うん、よろしくね」
沙羅は微笑む。
これから少々慌ただしい日々が続きそうだが、だからこそ退屈はしなくて済むそうだ。
そして暇を見つけて、奈緒深とゲームで遊ぶ──それが楽しみだ。
新しい仲間を加えた新しい生活──面倒事は多いのかもしれないが、それでも心躍るものがあった。
ただ、この人の世に闇があり、そして生と死がある限り、沙羅が戦うべき霊や鬼などの怪異は、決して消えはしないだろう。
今回の事件も、いずれはその数ある戦いの中の1つとして埋もれていくはずだ。
「お、来た!」
沙羅のスマホが鳴った。
どうやら迎えがきたようだ。
「さ、奈緒深さん、左京君、行こうか」
「はい」
「ああ……」
戦いに終わりは見えない。
だけど今は、休息が必要だろう。
沙羅達は、この激しい戦いのあった場所から、去ろうとしていた。
ただ、その時──、
「あ……!」
奈緒深は別れを惜しむように、自宅の方を振り返る。
するとそこから、淡い光がゆらゆらと、空へと昇っていくのが見えた。
「なんだ……ありゃ?」
その光は奈緒深だけではなく、沙羅や左京にも見えたようだ。
しかし見えたのは、光ばかりではない。
「久遠さん……今一瞬、お父さんが見えたような気がしました」
「ああ……もしかしたら、鬼に取り込まれていた魂が、解放されたのかもね」
沙羅には奈緒深の父の姿までは見えなかった。
あの魂は、鬼を抑え込む為の結界に力を注ぎ込みすぎた所為でかなり弱っており、最早人の姿は保つ力を失っていたようだ。
それでも奈緒深には、それが父だと分かったのだろう。
まさに親子の絆がなせる奇跡なのかもしれない。
「久遠さん、父の……魂を救っていただき、ありがとうございました」
奈緒深は深々と頭を下げる。
「いや、それは結果にすぎないからいいよ。
それよりも奈緒深さんを、今まで守ってくれていたのは、あの人だ」
「……はい!」
奈緒深は再び、家の方へと振り返る。
もうそこに光は無い。
それでも、彼女は言わずにはいられなかった。
「今まで、本当にありがとう、お父さん……!」
これが親と子の永遠の別れとなった。
だけどその絆は、途切れることはないだろう。
奈緒深が父の思い出を忘れない限り、きっと──。
人の縁はそういうものだ──と、沙羅は改めて教えられたような気持ちだった。
潜夜鬼族狩り 完
一件落着
「ふぅ……」
刀を鞘に収めた沙羅は、左京に歩み寄った。
「大丈夫かい?」
「そういうあんたは……俺ほどじゃないか」
ひび程度ではあるとはいえ、骨折の疑いもある左京から比べれば、沙羅のはかすり傷程度である。
「救急車は必要?」
「いや……必要無いが、こんなボロボロの格好じゃあ、電車やバスでは帰れないな」
2人とも服の所々が破れ、血や泥で汚れている。
これではタクシーにも拒否されるかもしれない。
「じゃあ、誓示さんに車をまわしてもらおうかな。
あと、奈緒深さんにも依頼の完了報告をしないと……」
と、沙羅はスマホを取り出し、電話をかけはじめた。
よくあの激しい戦闘の中で壊れなかったものだと、左京は感心する。
そして沙羅の電話が終わった後、左京は疑問を口にした。
「で、あんたはなんなんだ?
額が光っているように見えたが……」
「聞きにくいことを、ズバッと聞く……」
沙羅は苦笑するが、その質問を誤魔化すことはしなかった。
「先祖に鬼がいた──。
ただ、それだけさ」
沙羅の答えはたったそれだけだったが、それだけで左京は事情を察することができた。
鬼の血を持つからこそ、彼女は人間離れした力を持ち、そして使うことができる。
無論、力があるだけならば、必ずしもそれを使う必要は無いのだろうが、それでも彼女の一族が鬼を狩り続けるのは、かつての先祖と同族が犯した罪を、同じ血を持つが故に償おうとしているのだろうか。
それは鬼狩りを始めた初代に聞かなければ分からないことではあるが、少なくとも沙羅には、償いという意識は無い。
彼女自身には、鬼として犯した罪など無いのだから当然である。
ただ、家業だからそれを継いでいるに過ぎない。
いずれにしても沙羅は、生まれた瞬間に重い宿命を背負わされていた。
普通に生きようと思えば、それは不可能ではないが、霊的な存在が視えている時点で無視をするのは難しいし、物心が付く前から教え込まれた鬼と戦う術は、簡単に捨てられるものではない。
それは結局、それまでに費やしてきた時間と、苦行とも言うべき修練を無駄にしてしまうからだ。
──だから沙羅は、先祖のことを快く思っていないのだ。
そして今回の事件では、奈緒深とその父も先祖の宿業を背負った形となっている。
ただ奈緒深は、その先祖の行いによって救われたとも言える。
あの先祖の霊が何もしなければ、彼女は沙羅に依頼することもなく、いずれは人知れずに鬼に食われることになっただろう。
しかも対策が遅れた結果、犠牲者数は大きく膨らむことになっていたはずだ。
故に先祖の件については、単純に割り切れないものがあった。
それを思うと沙羅は──
(たまには墓参りしてやるかなぁ……)
という気分にもなる。
ただ、それは今すぐに行わなければならないことではない。
彼女にはこれからやらなければならないことが、まだまだあるのだ。
「くっ、久遠さーん!」
沙羅からの連絡を受けて、奈緒深が駆けつけてきた。
「よかったぁ~。
無事……ではないみたいですけど、取りあえず生きていてくれて……!」
「うん、私達は……まあすぐに治るさ。
それよりも問題は奈緒深さんかなぁ……」
「わ、私ですか……?」
沙羅の言葉に奈緒深はきょとんとする。
「この家に住めると思う……?」
「あ……!」
奈緒深は沙羅の言葉を理解した。
彼女の家は、鬼によって一部が破壊されている。
まあ、被害が大きいのは父親の部屋だけなので、まだ住めることは住めるのだが、こんなことがあった後で一人暮らしは恐ろしい。
それにこの土地を売る奈緒深としては、破損した家を修理するという選択肢も無いだろう。
むしろ本来ならば、これから解体することを考えなければならない。
仮に家を残すにしても、それはこの土地を買い取る沙羅が判断することだ。
「そうですねぇ……。
引っ越し先が見つかるまで、ホテル暮らしをした方が……。
でも……私には保証人になってくれる人はいないし、物件を見つけるのは難しいかも……」
「じゃあ、住む所が見つかるまで、うちに来なよ」
「えっ……それは……いいのでしょうか?」
「まあ……奈緒深さんには、これから霊視能力の制御方法も教えなければいけないみたいだし、丁度いいんじゃないかな?
あの眼鏡は、あなたの能力を封じていたものだと思うから。
また同じような眼鏡を作ってもいいんだけど、数年ごとに作り直さなければならなくなるし、結構お金もかかると思う。
どうするのかは、これから考えてみて」
「あっ……そうなんですね」
奈緒深の問題はまだ終わっていない。
彼女が持つ霊視能力とは、もしかしたら一生付き合っていかなければならないかもしれない。
それならばなるべく近くに、万が一の時に対処できる沙羅がいた方がいい。
それか奈緒深自身が、対処できるようになるか──だ。
これからそれを考えていかなければならない。
「それに今は事務員を募集しているから、もしも働きたいのなら、うちへの就職を考えてくれてもいいんだよ?
住み込みってやつだね」
「それはまだ分かりませんけど……。
当面の間は、お世話になることになりそうです。
どうかよろしくお願いします」
と、奈緒深は深々と頭を下げた。
「うん、よろしくね」
沙羅は微笑む。
これから少々慌ただしい日々が続きそうだが、だからこそ退屈はしなくて済むそうだ。
そして暇を見つけて、奈緒深とゲームで遊ぶ──それが楽しみだ。
新しい仲間を加えた新しい生活──面倒事は多いのかもしれないが、それでも心躍るものがあった。
ただ、この人の世に闇があり、そして生と死がある限り、沙羅が戦うべき霊や鬼などの怪異は、決して消えはしないだろう。
今回の事件も、いずれはその数ある戦いの中の1つとして埋もれていくはずだ。
「お、来た!」
沙羅のスマホが鳴った。
どうやら迎えがきたようだ。
「さ、奈緒深さん、左京君、行こうか」
「はい」
「ああ……」
戦いに終わりは見えない。
だけど今は、休息が必要だろう。
沙羅達は、この激しい戦いのあった場所から、去ろうとしていた。
ただ、その時──、
「あ……!」
奈緒深は別れを惜しむように、自宅の方を振り返る。
するとそこから、淡い光がゆらゆらと、空へと昇っていくのが見えた。
「なんだ……ありゃ?」
その光は奈緒深だけではなく、沙羅や左京にも見えたようだ。
しかし見えたのは、光ばかりではない。
「久遠さん……今一瞬、お父さんが見えたような気がしました」
「ああ……もしかしたら、鬼に取り込まれていた魂が、解放されたのかもね」
沙羅には奈緒深の父の姿までは見えなかった。
あの魂は、鬼を抑え込む為の結界に力を注ぎ込みすぎた所為でかなり弱っており、最早人の姿は保つ力を失っていたようだ。
それでも奈緒深には、それが父だと分かったのだろう。
まさに親子の絆がなせる奇跡なのかもしれない。
「久遠さん、父の……魂を救っていただき、ありがとうございました」
奈緒深は深々と頭を下げる。
「いや、それは結果にすぎないからいいよ。
それよりも奈緒深さんを、今まで守ってくれていたのは、あの人だ」
「……はい!」
奈緒深は再び、家の方へと振り返る。
もうそこに光は無い。
それでも、彼女は言わずにはいられなかった。
「今まで、本当にありがとう、お父さん……!」
これが親と子の永遠の別れとなった。
だけどその絆は、途切れることはないだろう。
奈緒深が父の思い出を忘れない限り、きっと──。
人の縁はそういうものだ──と、沙羅は改めて教えられたような気持ちだった。
潜夜鬼族狩り 完