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江戸前ラノベ支店

わたくし江戸まさひろの小説の置き場です。
ここで公開した作品を、後日「小説家になろう」で公開する場合もあります。

潜夜鬼族狩り 第42回。

2021年10月03日 14時31分38秒 | 潜夜鬼族狩り
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裏からの引き抜き
 
「確かに面白そうな話だが……。
 俺が今いる業界は、そう簡単に足抜けできないのはあんたも知っているだろ?」
 
 大江の言う通り、裏の業界からはそう簡単に抜けられるものではない。
 特に昨今では人手不足が深刻なので、その傾向はより顕著だという。
 
 たとえ表であろうが裏であろうが、楽な仕事など有りはしない。
 一見楽そうに見えても、それが法を犯して成り立っている物なら、それなりのリスクや責任がある。
 だが、最近の若者は、そのようなものを背負うのを嫌い、犯罪に近い、あるいはそのものの行為に手を染めたとしても、それを本職として行おうと思う者が少なくなっている。

 いわば裏の業界にも、フリーター志向の者が増えているという訳だ。
 無論、暴対法の改正による規制強化の影響も大きい。
 
 そんな理由もあって、業界の人材不足は深刻化している。
 そして大江ほどの実力がある者なら、壮前でなくても手放したがらないのは当然のことだろう。
 もし、彼が無理に抜けようとすれば、命を狙われる可能性だって十分有り得る。
 しかし、沙羅はあっけらかんと言い放った。
 
「ああ、壮前建設なら、今日限りでこの世から消滅するから、気にすること無いよ」
 
「なっ!? 
 今日限りって、マジで潰す気なのか!?」
 
 大江は度肝を抜かれた。
 確かに沙羅のように化け物じみた実力があれば、単身で壮前建設に乗り込んでいき、構成員全員を病院送りすることも不可能ではない。
 
 だが、それが容易なことだとは、彼には思えなかった。
 確か壮前建設にはサブマシンガン等の強力な火器もあったはずだ。
 いくらなんでも、毎秒何十発の弾丸を撃ち出せるような武器の攻撃を受けて無事でいられる人間などいるはずがない。

 魔法じみた、というか魔法そのものの技を使える沙羅でも、分が悪いだろう。
 そもそも、壮前建設を今日潰すつもりなら、わざわざ出直して壮前側に迎撃の準備を整えさせる理由が分からない。
 何処からか圧力をかけて潰す、というやり方ならばまだ分かる。
 しかしそれは手続き云々で、今日中に動くことは難しいだろう。
 
 事実、下手に圧力をかけて追いつめられた壮前側が、やけっぱちの反撃に出る可能性を考えれば、圧力をかける方にもそれなりの防護策が必要になる。
 いくら沙羅に政府上層部にコネがあっても、そう簡単にことは運ばないはずだ。
 大江がそれを指摘すると、沙羅は出来の良い生徒を持った教師のような表情で頷いた。
 
「うん、普通に圧力をかけたら今日中にことは終わらないし、私だって単身で乗り込むほど無謀でもないよ。
 でも、問題なく今日中に片がつく」
 
 と、沙羅は上着のポケットから、スマホを取り出した。
 よく先ほどの勝負で壊れなかったものだと、ついそんなことに感心している大江の前で、沙羅は誰かを呼び出している。
 
「あ、誓示さん? 待機御苦労様。
 え~と、それでね、例の業者がうちに喧嘩売って来たの。
 うん、そう。
 だから依頼人に害が及ぶ可能性もあるから、今日中に跡形もなくやっちゃって欲しいのよ。
 あ、問題ない? 
 じゃあ、早速お願いしますね。
 今度、御礼に食事でも奢りますから。
 では、頑張って来てくださーい!」
 
 沙羅は手早く通話の相手と会話を済ませて、スマホを元のポケットにしまい込んだ。
 
「ど……どこにかけたんだ?」
 
 会話の内容から、かなり不穏なものを感じたのだろう。
 何処か脅えたような大江の問いに、沙羅は不敵な笑みを浮かべた。
 
「うちの最強のところ」
 
「最強って……まさかあんたよりも強いのか?」
 
「うん、私の3倍くらいは」
 
 その答えに大江は一瞬言葉を失った。
 一体具体的に沙羅よりどう3倍強いのかは分からないが、その者が大江の想像を超えるような化け物じみた強さを持つであろうことだけは、なんとなく分かった気がする。
 そんな奴に襲われれば、壮前どころか米軍の一個師団でも勝ち目はないのではなかろうか。
 沙羅の冗談ではなれば……という前提ではあるが。
 
「ったく……ホント、世界は広いなぁ」
 
 そうしみじみと呟く大江に、沙羅は笑う。
 
「うちに来ればもっと広い世界を見せてやるわよ」
 
 確かに、今日沙羅が大江に見せたのは彼女の実力のほんの一部でしかないのだろう。
 まだ見せていない真の実力を含めて、彼女がこれから見せてくれるものがどんなものなのか、それは大江にとって興味深いものだった。
 
「……じゃあ、この大江左京、暫くそちらでお世話になりますわ。
 よろしく」
 
 大江は路面に大の字で寝たまま笑った。
 まだ、身体の自由がきかないほどあちこち痛むが、それよりもなんだかわくわくしてたまらなかった。
 そんな大江の心を表すかのように、彼が見上げた空は雲一つ無く晴れ渡っていた。


 次回へ続く(※更新は不定期。更新した場合はここにリンクを張ります)。

潜夜鬼族狩り 第41回。

2021年09月26日 14時48分39秒 | 潜夜鬼族狩り
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試合に勝って勝負に負ける
 
 唐突に巨大な風船が破裂するような音が周囲に響き渡り、沙羅と大江の身体が空高く舞上げられた。
 
 沙羅は空中で体勢を整えて奇麗に地に着地するが、大江は受け身を取ることもなく、背中からアスファルトの路面に叩きつけられた。 
 そのまま彼は、大の字の姿勢のまま動かない。
 いや、動けないと言った方が正しいか。
 
「痛ぇ……。
 トラックと正面衝突した時と同じような衝撃が、横から来た……。
 一体何やった?」
 
「……トラックと正面衝突したことあるの……?」
 
 沙羅は呆れたような表情で、大江の顔を覗き込んだ。
 
「まあ、大気の精霊にお願いして、圧縮した空気の塊をぶつけてもらったってところかな。
 ホラ、ドラ●もんの道具にあったでしょ? 
 空気砲とかなんとか……」
 
「よく分かんねーよ……」
 
「ま、早い話が魔法を使ったってこと」
 
「そんなの有りか……」
 
 大江は呻いた。
 信じがたい話ではあったが、実際にそれを喰らっている身としては、認める他ない。
 言われてみれば、確かに見えない何かに体当たりされたような感触だった。
 
「でも、本当は使うつもりなんて無かったのよ。
 それを使わせたのは、大したものよ。
 今回は私の反則負けってところかな」
 
「勝ち負けで言えば、俺があんたよりも弱いことは、最初から分かっていただろーが……」
 
 そう、最初っから沙羅が全ての能力を使って戦っていたら、大江は数十秒ももたなかったはずだ。
 彼女が禁じ手を決めていたからこそ、どうにか大江の方が優勢に戦えたのである。
 
「うん。それでも、対人戦闘にクイン・●ンサを投入するようなものよ。
 さすがにそれは大人げないでしょ。
 だから私の負け」
 
「……だからたとえの意味が分からん」
 
「ん?  あんたの世代なら、ファーストガン●ムからダブ●ゼーター辺りまでは、好きこのんで観ていたでしょ?
 ちなみに私はアニメチャンネルとかで観たよ」
 
「つーか、趣味が偏りすぎてるんだよ。
 ガン●ムくらいなら分からんでもないが……。
 大体、誤解があるようだが……俺はまだ19だ」
 
 大江の答えに、沙羅はあらゆる活動を停止した。
 彼の言葉の意味を理解するまで、タップリ1分以上かけてからの第一声は、
 
「嘘っ、年下!? 
 もう40歳は過ぎてるのかと、思ってた……」
 
 かなり失礼な物言いだった。
 もっとも、仮に大江が40歳を過ぎていた場合、これまでの沙羅の接し方が目上に対して礼節を尽くしていたかというと、やっぱり失礼だったのだけど。
 
「はぁ~、そうか、あんたもまだ未成年なんだ。
 それでその実力……。
 こんな人材がこんな所に転がっているなんて、世の中広いわ……」
 
 沙羅は感心したように、独りでウンウンと頷いている。
 そして──、
 
「ん~と、大江君っていったっけ? 
 君、うちで働いてみるつもりは無い? 
 君くらいの実力があれば、結構いい働きが期待できそうだし、今日みたいなレベルの勝負をする機会は割とあるから、楽しめると思うよ。
 それにうちで修行すれば、波●拳っぽいのも撃てるようになれるかもしれないしさ。
 格闘バカにはこれ以上ないくらい、美味しい話でしょ?」

 意外な提案をした。

 次回へ続く(※更新は不定期。更新した場合はここにリンクを張ります)。

潜夜鬼族狩り 第40回。

2021年09月12日 13時55分28秒 | 潜夜鬼族狩り
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必殺の技
 
 沙羅は大江が打撃で決めにくるる物だと思っていた。
 事実、彼にはそれだけの実力があるし、今し方の攻撃も少しでも沙羅の反応が遅れていれば、勝負は決まっていただろう。
 
 だから大江が組技に出る可能性を、沙羅は途中から排除していた。
 しかし、この期に及んで彼は組んできた。
 これは完全に裏をかかれたと言ってもいい。
 
「今更組む必要なんて無いと思っていたけど……それをあえてしてくるなんて……」
 
「それが駆け引きってもんだろうが。
 さて、どうする? 
 勝敗は決まったような物だが?」
 
「ヤボなこと言わないでよ。
 勝敗なんてものは、勝負を始める前から決まっていたでしょ? 
 今更やめるくらいなら、最初からやっていないって。
 この際、あんたが気の済むまでやってみな」
 
「……それもそうだな。
 じゃあ、決め技は折角だから、今まで誰にも使ったことがないやつを使ってやるよ」
 
 つまりは危なすぎて、常人相手には使えなかったということだろう。
 
「しかも、俺が編み出したものだから、あんたも初めて経験する技だぜ。
 まともに受ければ確実に死ぬと思うが……死ぬなよ?」
 
「まあ、死にはしないでしょ」
 
 沙羅はそう言うが、実際のところは、彼女にも予想できなかった。
 とにかくこの後に大江がどんな技を繰り出してくるのか、それがか全く想像できない。
 彼は沙羅の奥襟を掴んだまま、それを離そうとはしなかったのだから。
 
 一体この状態から、どのような技がありえるだろうか。
 このまま手首を捻るようにして、襟を絞れば絞め技にはなるかもしれないが、そのようなありきたりな技がくるるとは思えないし、衣服を掴んだ状態から関節技というのも考えにくい。
 
 それに、右手で相手の奥襟を掴むとという少々不自然な体勢からでは、打撃技は全く効果が無いという訳ではないが、本来の力は発揮しにくいだろう。
 
 となると、一番考えられるのは投げ技である。
 具体的にどんな技なのかまでは分からないが、確かに投げ技ならば相当の威力を発揮することができる。
 アスファルトの硬い路面に頭から落とされれば、たとえどんなに丈夫な人間でも高確率で死ぬ。
 
 一応沙羅は、投げ技に対しての受け身は一通りできるが、受け身を取ることができない投げ技というのも存在するので、まずは投げられないようにすることが彼女にとっての一番の課題となる。
 彼女は大江のあらゆる動きに対処できるように身構えた。
 大江も、沙羅の準備が整ったのを確認して動く。
 
「じゃあ、いくぞ」
 
 まず大江は左手で、沙羅の右手を取った。
 これによって、少々変則的ではあるが柔道で組む時の形になった。
 
(やはり投げ技──!)
 
 沙羅がそう判断した次の瞬間、大江は彼女の予想を超えた動きをする。
 彼女の奥襟を掴んでいた大江の右腕が急に突き出されたのと同時に、肘が曲げられる。
 これによってその肘は、沙羅の喉元に叩き込まれた。

 殆ど密着した状態からの肘打ちだ。
 威力はさほど高くはない。
 だが、喉は人体最大の弱点の一つに数えられる部位である。
 沙羅は一瞬息を詰まらせ、予想外の攻撃を受けたことによる動揺もあって、姿勢を大きく崩しかける。
 
 そのタイミングを見計らって、大江が右脚を沙羅の右脚にかける。
 この時点で沙羅は、大江の技の正体を完全に理解した。
 
(ヤバッ!
 これ、まともに入ったらホントに死ぬ!)
 
 大江の仕掛けてきた技は、柔道で言うところの大外刈りの変形技だ。
 首に打撃を叩き込んで、相手の体勢が崩れたところを押し倒す。
 これでまず間違いなく致命的なダメージが生じる。
 首に入れられた肘で頭が固定されてしまうので、受け身を取ることによって頭を庇うことができないのだ。
 
 つまりこのまま倒れたら、硬いアスファルトの路面に頭を強かに打ち付けることになり、下手をすれば頭蓋骨の骨折程度では済まないだろう。
 また、首にも大江の体重が乗せられた肘が落ちることにもなり、気管を押し潰されてこれまた致命的なダメージとなる。
 
 これは使おうと思えば子供にだって使えるような単純明快な技ながらも、打・投が一体となった恐るべき技であった。
 まさに殺人技と呼ぶに相応しい。
 
「オオオオオオオーッ!!」

 大江の雄叫びと共に、沙羅の足にかけられた彼の足にも力がこもる。
 もし、沙羅が大江ほどではないにしろ、今の倍ほどでも体重があれば、こらえて踏みとどまることもできたかもしれないが、やはり軽い彼女の足は、あっさりと刈られてしまう。
 後方に倒れていく感覚と、首に当てられた肘に増していく大江の体重を感じながら、沙羅は諦観のこもった笑みを浮かべた。
 
(完璧に……負けた)


 次回へ続く(※更新は不定期。更新した場合はここにリンクを張ります)。

潜夜鬼族狩り 第39回。

2021年08月29日 14時42分12秒 | 潜夜鬼族狩り
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勝敗の行方
 
(面白い)
 
 と、大江は笑う。
 
「いくよ」
 
「来な」
 
  沙羅と大江の間合いが、ジリジリとつまっていく。
 一見動いていないように見えて、その実、沙羅はすり足で徐々に間合いをつめていき、攻撃のタイミングを計っていた。
 それが30~40秒ほど続いた後、極端に動きの少ない状況は一変する。
 
 最初に動いたのは沙羅だった。
 力強い踏み込みとともに、一気に刀を振り下ろす。
 それに反応するように、一瞬遅れて大江が動いた。
 
 が、致命的な遅れではない。
 むしろ絶妙のタイミングだった。
 大江は振り下ろされた刀が自らの身体を斬り裂く前に、その刀身を真横から殴りつけて弾いた。
 くるくると刀が宙に円を描くように、回転しながら飛んでいく。
 
「!!」
 
 確かに沙羅の斬撃は何の捻りもない、ただひたすらに真っ直ぐなだけの斬撃であった。
 だが、それだけにその打ちこみの速度は、これまでに彼女が見せた斬撃の比ではない。
 上段から振り下ろすだけの剣筋は、読みやすかったのかもしれないが、大江でなければ反応も許さない速度であった。
 
 しかし、これでも手加減されていることが、大江には分かった。
 この期に及んで、その刃には殺気が込められていなかったからだ。
 おそらくギリギリの所で、致命傷にはならないような力加減で振られた斬撃なのだ。
 
 もしも沙羅が本気で大江を殺すつもりで斬撃を放っていたとしたら、彼はそれを止めることができたかどうか分からない。
 いや、おそらくは反応することすらできなかっただろう。
 今し方の斬撃でさえ、止めるのがようやくだったのだ。

 沙羅は大江が見切れるギリギリの速度を計算して、打ち込んできたようにさえ思えた。
 結局、今の攻防は、大江に沙羅が勝ちを譲ったようなものである。
 実力的には、沙羅の方が上だと証明された。
 
 いや、まだだ。
 まだ大江の攻撃が残っている。
 これを完全に凌いで初めて、沙羅の実力が彼よりも上だと証明される。
 
 沙羅の体勢が崩れる。
 刀を弾かれた時の衝撃で、手首を痛めたのだ。
 その隙をついて大江は、渾身の力を込めた正拳突きを打ち放った。
 
 これはなんの手加減も無い、殺すつもりで放った拳だ。
 普通はかわせるタイミングではない。
 それでも、沙羅ならばどうにかして回避するのではないかという確信が、大江にはあった。
 
 事実、沙羅はゆらりとした動きで身体を捻る。
 まるで振られた大江の腕から巻き起こった空気の流れに、流されたかのような動きだった。
 そして、二人の動きが止まった。
 
「……よくかわしたな」
 
 大江は笑ってそう言った。
 彼の渾身の攻撃をかわした沙羅の反応速度は、称賛するに値する。
 ただ、言葉では称賛するが、彼が笑ったのは別の理由からだ。
 彼のその笑みは、「してやったり」と、勝ち誇ったような笑いだった。
 
「……やられた」
 
 笑う大江に対して、沙羅は渋面とした表情になっていた。
 大江の拳は、沙羅の右頬をかすめて通り過ぎた。
 ダメージは全く無い。
 だが、彼の右手は、沙羅の上着の襟首の辺りを掴んでいる。
 いましがたの攻撃は、沙羅を殴る為ではなく、最初から彼女を掴む為だったのだ。


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潜夜鬼族狩り 第38回。

2021年08月22日 15時11分41秒 | 潜夜鬼族狩り
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戦いの充足

 大江は刀への恐怖を克服し始めていた──それも正しいのかもしれないが、実際には恐怖よりも嬉しさの方が勝ったと言うべきか。
 確かに沙羅の操る刀の切れ味には驚かされたが、その切れ味も確かな技術の上に成り立ったものだ。
 そしてその技術を得る為に注がれた修練と才能が、一体どれほどのものなのかは大江にも想像の域を出ないが、並大抵の物ではないことだけは確かだろう。
 
 おそらく相応の苦行と時間という、小さくない代償を支払った得た技術のはずだ。
 その技術と大江は対等に戦える。
 凌駕しようとさえしている。

 それは己が身につけた技術と、そこに注ぎ込んだ修練と才能が沙羅のそれよりも上回っており、そしてそれが報われていることの証明である。
 これまでの行いは無駄ではなかった──これほど嬉しいことは無い。
 
 大江の目つきが変わる。
 まるで獲物に狙いを定めたような、野獣の目つきに。
 未だに攻めているのは沙羅だが、彼が攻勢に出ようとしていることは沙羅にも直感的に分かった。
 
「このっ──!」
 
 若干焦りが入り混じった声と共に、沙羅は渾身の力で刃を突き出す。
 それはまるでは当然のことであるかのように、大江の脇をかすめて突き抜けるが、彼女は止まらない。
 突きからの胴薙ぎ──殆ど触れるようにして脇腹のすぐ横を通り抜けた刃が、再び襲いかかってくるのだ。
 これはまずかわせない。

 勿論、殆ど振ることもできずに相手に当たってしまうので、威力の方は期待できないが、刃を相手の身体に当てることさえできれば、刃を引くだけで大江を戦闘不能にするには十分すぎるほどの傷を負わせられるはずだ。
 
 が、沙羅が刀を振ろうとする前に大江は前に踏み込んだ。沙羅の突き出した刀よりも更に内側へ入られては、刀を振ったところで大江には腕しか当たらない。
 むしろ、ここまで大江の接近を許してしまうと、攻撃よりも防御に専念した方が賢明だ。
 
(読まれていた──!?)
 
 大江は沙羅目掛けて拳を打ち下ろしたが、それはモーションが大きく、「避けて下さい」と言わんばかりのパンチだった。
 そのあからさまに含みのある攻撃に、沙羅は素直にかわして良いものなのかと一瞬躊躇した。
 だが、避けなければ大ダメージは避けられないので、身を捻ってその拳をかわす。
 
「!?」
 
 沙羅の目が驚愕に見開かれた。
 大江の拳は勢いが余ったのか、アスファルトの路面に叩き込まれたのだが、普通なら壊れるのは人の拳の方だろう。
 しかし信じがたいことに、アスファルトの方が割れた。
 
 その威力を見せつけられた沙羅は、跳ねるように後方に退いて刀を構え、そのまま動かなくなる。
 今は攻めようなどとは思えなかった。
 
(やり返された──!)
 
 そう、大江は先ほど沙羅が刀の切れ味を見せつけることによって彼の動きを牽制したのと同様に、今度は自らの拳の破壊力を見せつけることによって、沙羅の動きを牽制したのだ。
 
 しかも、大江は腰を深く落として構えていた。
 まるで渾身の力を込めて、正拳突きを打とうというかのような構えである。
 もっとも、そのしっかりと路面を踏みしめた構えでは、素早い動きは難しい。
 だから沙羅は、大江の身体の何処にでも容易に刀を打ち込むことができるだろう。
 
 だが、生半可な攻撃では、大江の渾身の攻撃を止めることができない。
 おそらくそれは、頭に当たれば頭が跡形もなく吹き飛ぶし、胴に当たれば内臓が全て破裂するだろうというほどの致命的な威力を持った攻撃だろう。
 それを受けない為には、大江が攻撃を繰り出すよりも先に彼を無力化するしかない。
 
 この勝負は殺すか、殺されるかのどちらかという訳だ。
 そして、死を恐れない覚悟か、人を殺めることを躊躇わない覚悟のどちらかが必要になる。
 これは、「その覚悟があるのなら、好きなように攻撃してこい」という、大江の挑発であり挑戦なのだ。

 もしも、その覚悟ができないのなら、ここはもう降参するしかない。
 
「……普通ならここで白ハタだね。
 でも、ここでやめて不完全燃焼ってのも面白くないか……」
 
 沙羅は笑みを浮かべて、刀を上段に構えた。
 渾身の力を込めて刃を振り下ろす、一撃必殺の構え──。
 これは一切の手加減をする余裕など無い──ということを理解した上での、必殺の構えということだろうか。
 
 しかし大江は、沙羅からの殺気を感じることができなかった。
 つまり彼女は、大江を殺さずに倒すつもりだということなのかもしれない。
 一歩間違えば自分が死ぬかもしれないこの状況で、そんなことを考えていられるのは、彼女がよほどの大馬鹿か、それとも自身の実力への自負なのか。

 ともかく、これから先の沙羅の行動は、大江にも予想がつかなかった。


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