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江戸前ラノベ支店

わたくし江戸まさひろの小説の置き場です。
ここで公開した作品を、後日「小説家になろう」で公開する場合もあります。

潜夜鬼族狩り 第37回

2021年08月15日 14時10分52秒 | 潜夜鬼族狩り
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切れ味
 
 大江は沙羅の攻撃に押されて、ジリジリと後退していった。
 そして彼は公園に植えられていた樹木の幹に、退路を断たれる。
 
 いや、上手くいけば、この木が活路に変わる。
 彼は木の幹に背を預けて沙羅の次なる攻撃を待った。
 おそらくこれからは、急所への攻撃は無い。

 それは木によって背後への退路を断たれ、更に下は木の根がはっているので足場が悪い。
 このように動きが制限される状況では、攻撃を避けきれないことも有り得る。
 沙羅もそんなことで大江の命を奪ってしまうという結末は、望まないだろう。
 
 それに沙羅も下手に斬撃を繰り出せば、大江の背後にある木に刃を引っかけて、最悪の場合刀身を折ってしまうことにもなりかねない。
 そうなれば、今度は彼女の方が一気に不利になる。
 ここは、適当な攻撃で大江を広い場所に逃がしてから、勝負を仕切り直した方がいい──と、彼女は判断するのではないか。

 大江はそう予測していたのだが、彼女は微塵の躊躇も無く横薙ぎに刀を振るう。
 大江は慌ててその斬撃を回避するが、その背後にあった木はそうもいかない。
 沙羅の放った斬撃は、その木の幹に吸い込まれていき、そして、引っかかることも無くすり抜けた。
 
「!?」
 
 これにはさすがに大江も度肝を抜かれた。
 確かに日本刀の切れ味は、一般人が考えるよりもはるかに鋭い。
 かつて、とあるテレビのバラエティ番組で「日本刀に銃弾を撃ち込んで、どちらが強いのか?」という実験が行われたことがある。

 その結果、刃に正面から打ち込まれた鉛の弾丸が真っ二つに斬り分けられ、しかも刀は全く破損することがなかったという驚くべき切れ味を日本刀は発揮した。
 それほどまでに日本刀は切れるが、人が振るうとなると話は別だ。
 刀を操る技術が無ければ、木はおろか、藁束だって斬ることは難しい。

 だが沙羅の斬撃は、あっさりと太い木の幹を突き抜けた。
 大江は沙羅の刀を操る技術の確かさを、改めて思い知らされた。
 そして──、
 
(なんだぁ……その切れ味は……!?)
 
 ここに来て、初めて刃に対する恐怖心がわいてくる。
 少し刀というものをなめすぎていたと、大江は思った。

 刀ならば、その辺の貧弱な人間の手足を切り落とすことは可能だろう。
 しかし自分ほどの鍛え込まれた筋肉を持つ人間の身体ならばそう簡単には切り裂けはしない──大江にはそんな自負もあったが、どうやらそれは自惚れかもしれない。
 そう思わせるには十分すぎるほどの斬撃を、沙羅は示して見せた。
 
 このことによって、大江の動きが若干大きく──つまり刀の攻撃をより余裕を持って回避しようとするようになった。
 これは慎重になったともとれるが、どちらかと言えば、やはり刀に対する恐怖心の表れだろう。
 
 そしてこれは、沙羅の狙いの内であった。
 刀の威力を見せしめることによって、相手に緊張を生じさせ、その動きを乱す。
 これで先ほどよりも攻めやすくはなった。
 攻めやすくはなったが、予想していたほどには大江の動きは乱れてはいない。
 彼女はその胆力に舌を巻く。
 
(ちいいーっ! 
 じゃあ、これならっ!)
 
 沙羅の斬撃の動きが変化した。
 いや、もう斬撃ではない。
 刺突──つまり突きだ。

 突きは刀を振るよりもモーションが小さい上に速く、それ故に何処を狙っているのか予想を付けることが難しい。
 その攻撃の質は、どちらかといえば至近距離から銃やボウガンを撃ち込まれるのに近いかもしれない(当然スピードは違うだろうけど)。
 そう考えれば、この攻撃の回避がどれだけ困難なことなのかは、容易に想像できるだろう。
 
 だが、それでも大江はその攻撃をかわした。
 脇腹を浅く斬り裂かれはしたが、動きを阻害するほどの傷ではない。
 沙羅は続けざまに突きを放つが、やはりそれもかすりはしても決定打にはならない。

 若干動きが乱れていてさえこれだ。
 いや、むしろ一旦は乱れた大江の動きが、元に戻り始めている。
 大江は早くも刀に対する恐怖を克服し始めていた。


 次回へ続く(※更新は不定期。更新した場合はここにリンクを張ります)。

潜夜鬼族狩り 第36回

2021年08月08日 14時21分46秒 | 潜夜鬼族狩り
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攻 勢
 
 早くも膠着状態に陥った──沙羅がそう思いかけた瞬間、大江はそれまでの左右に動く軽やかなフットワークから一変して、強引に真っ直ぐ突っ込んできた。
 相手が刀を手にしていることなど全く眼中に無いかのような、思いっきりの良い動きだ。
 大江の巨大な拳が、沙羅の顔面を狙う。
 
 
(か、刀が怖くないんか、この人っ!)
  
 沙羅は思わず度肝を抜かれるが、すぐさま回避動作と、そして反撃動作に移る。
 よほどの武術の達人でなければ、攻撃の動作と防御の動作は同時に行えない。
 だから大江の攻撃の直後には必ず隙が生じ、沙羅はそこを狙ってカウンターを返すつもりだったのだが──、
 
「うわっ!?」
 
 思っていた以上に大江の攻撃が速く、沙羅はそれをかわすだけで精一杯だった。
 しかも、大江の攻撃は一撃では終わらず、次々とパンチを繋げてくる。
 それはボクシングでいう所のジャブの連打のようなものであったが、威力はその辺のボクサーのストレートパンチを上回りそうだ。
 その上で、更に威力の高いフックやストレートを織り交ぜて繰り出されることを考えると、さすがに沙羅もゾッとしない。
 
(こりゃ、受けに回ったらすぐ潰されるかも!)
 
 沙羅は大江が関節技で勝負を決めに来ると予想していたが、これならば打撃技でも十分に勝ちを狙える。
 彼女には自らが剣術家としても、武術家としても達人の域に達しているという自負があるが、しかし大江はそんな彼女を明らかに凌駕する恐るべき身体能力を有していた。
 
「ちっ!」
 
 沙羅は軽く舌打ちして後方に飛び、一旦大江との間合いを広げた。
 が、それは逃げる為ではない。
 反撃の体勢に移行するまでの時間を稼ぐ為だ。

 それには1秒も時間を必要としないが、大江の攻撃の間合いではその僅かな時間さえも防御に注ぎ込まなければ、彼の攻撃を受け流すことはできないのだ。
 彼女は刀を振り上げると、すぐに自ら大江との間合いを詰め直しつつ、斬撃を一閃する。
 しかし、振り下ろされた刃を、大江は軽く身体を捻ってかわした。

 勿論、沙羅の攻撃もそこで終わらない。
 いや、終われない。
 再び大江が攻勢に出れば、彼女は圧倒的に不利な状況へ追い込まれる。
 だから彼女は攻め続けなければならない。
 
 シュンと、素人目にはまさに目にもとまらない斬撃が幾筋も奔る。
 しかしそのことごとくが虚しく空を斬った。
 大江の身をかわす動作は素早く、そして巧みだ。

 とはいえ、さすがの大江も、攻撃に転じる余裕は無い。
 彼には劣るとはいっても、沙羅もまた達人であることには違い無く、その攻撃の鋭さは凡人の追随を許すようなものではない。
 
(でも、全然掴まんないっ! 
 にゃろう……ちょっと殺すつもりでいかないと駄目かぁ?)
 
「ぬっ……!」
 
 大江は軽く顔をしかめた。
 そして心なしか沙羅の攻撃をさばく動作にも、余裕が無くなってきている。
 しかし沙羅の動きは、別段速くなってはいない。

 だが、その攻撃の質は明らかに変わっていた。
 彼女は人体の急所を狙い始めたのだ。
 
 これまでは沙羅も大江を殺すつもりはなかったので、首等の致命傷を負わせる危険性のある部位は狙っていなかったのだが、それでは自ずと攻撃のパターンが限定されるし、必然的に大江にも攻撃を読まれやすくなる。
 彼はヒットしても致命傷にはならない部位への攻撃にだけ備えていれば、それで良かったのだ。
 そこで、急所狙いの解禁である。
 当然、沙羅は未だに大江を殺すつもりはないので、急所への攻撃の頻度は少ないし、相手が確実にかわしてくれるという確信を持った上で攻撃を繰り出しているのだが、彼にしてみれば沙羅が何処を狙ってくるのか、その選択肢が増えただけに攻撃の予測がしにくくなる。

 結果、先ほどまでは守る必要がなかった部位を防御する為の動作も必要になってくるので、余裕が無くなるのは当然であった。
 しかし、大江は沙羅のことを卑怯とも非道とも思わない。
 沙羅の急所狙いは、あらゆる手段を尽くさなければ勝ち目がないと、大江の実力を高く評価したが故だ。
 これは彼に対しての最大の讃辞だとも言える。

 だから大江は笑う。
 今状況は劣勢に追い込まれているが、こんなにギリギリの駆け引きはこれまでに無かった。
 やはりこの相手とならば全力を出して戦える──と思う。


 次回へ続く(※更新は不定期。更新した場合はここにリンクを張ります)。

潜夜鬼族狩り 第35回

2021年07月18日 14時23分54秒 | 潜夜鬼族狩り
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勝負の駆け引き
 
 世の中には、ルールがあるからこそ楽しめるものもある。
 たとえ刀を手にしていようが、人を殺せる威力の技が使えようが、これは試合だ。
 
「あのテーブルを割った術みたいなのは、本来人間相手に使う技じゃないから、よっぽどのことがない限りは使わないから安心していいよ。
 対人戦闘にビ●・ザムを投入するようなものだからね。
 さすがにそれは無粋でしょ」
 
「たとえの意味がよく分からんが……そうしてもらいたいな。
 俺もあれだけは本気でどうしようもない。
 未だに何をやられたのか、よく分からんからな」
 
(しかし……人間相手に使う技じゃないって……。
 一体何に対して使う技なんだか……)
 
 大江は頭の隅でそれが引っかかった。
 この勝負が終わって、ちゃんと生きていたら彼女に聞いてみることにしよう。
 もしかしたら、もっと面白そうなことに出会えるかもしれない。
 そんな期待を感じながら、大江は沙羅との間合いをつめていった。
 
 それに対して沙羅は、刀の切っ先を動かして大江の動きを牽制する。
 刀は手首の微妙な動きだけで、かなり大きな動きをすることが可能だ。
 勿論、如何に刀とはいえ、手首はおろか腕の力だけでは、さほど大きな威力は発揮できないので、これはあくまで牽制である。

 しかしそれでも刃物は刃物。
 下手に手を出せば、思わぬ大怪我を負いかねない。
 大江は慎重に間合いを探る。
 
 一方の沙羅も、下手に動けない状態にいた。
 大江の動きを見る限り、彼は打撃主体での攻撃を得意としているように見える。
 だが、彼は間違いなく打撃技での勝利は、考えていないだろう。

 確かに大江の巨躯から繰り出される打撃をまともに受ければ、それだけで華奢な沙羅の生命は危ういかもしれない。
 しかしそれなりの技術と、反射神経と動体視力を持つ者にとっては、打撃の攻撃を避けることは容易だ。
 また、たとえ喰らったとしても、そのダメージを軽減するような受け方もある。

 だから、実力が伯仲していればしているほど、打撃は決定打にはならない。
 それは、多くの打撃系格闘技の試合において、お互いに何十発も打撃を打ち合い、更にいくつものラウンドを重ねてもKOがなかなか出ないことからも明らかだ。
 
 そもそも、一撃必殺も有り得る刀との勝負で、打撃を有効打が出るまで打ち続ける余裕など無い。
 だから大江はどの段階かは定かではないが、必ず組技に出るだろう。
 無論組技とて、それに対処する術は存在するが、打撃のそれよりも高い技術が必要な上に、一度組まれてしまえば反射神経や動体視力も役に立たない。
 純粋な力が物を言う場合も多い。
 
 しかも刀による攻撃は、密着状態では脅威が半減する。
 先に述べたように、腕の力だけでは刀は真の実力を発揮できない。
 組み付かれて身体の一部だけでも動きを封じられてしまえば、攻撃力は半減したと言っても良いだろう。

 それに下手に相手との密着状態で刀を振るえば、それは自らを傷つけることにもなりかねず、その動きはかなり制限される。
 まあ、相手が刃物を手にしている以上、組みにいった方も決して無傷では済まないだろうが、それでもまともに斬撃を受けるよりは、はるかに安全だ。
 
 そして組み付かれて一番怖いのは関節技だ。
 勿論投げ技や絞め技も怖いが、投げ技は受け身などによってダメージを軽減する術があるし、絞め技も度が過ぎてさえいなければ後遺症も無い。

 だが関節技は、手加減しなければ極めた瞬間に、下手をすれば一生もののダメージを相手に与えることができる。
 テコの原理を用いての関節の破壊──それが関節技である。
 技を成立させるまでには高い技術と駆け引きが必要だが、一度完全に極てしまえば、たとえプロレスラー並みの筋力があろうとも、これから逃れることは難しい。
 
 ましてや沙羅と大江ほどの筋力差があると、技術云々を抜きにして、強引に力だけで関節を極めることも、そして折ることも容易い。
 いや、それ以前に、関節を極める必要さえ無いのかもしれない。
 
 おそらく大江ならば、単純な握力だけで沙羅の腕を骨ごと握り潰すことも可能だろう。
 まさに赤子の手をひねるようなものである。
 そしてそのダメージから短期間で立ち直ることも困難だ。

 だから沙羅が大江に掴まれた瞬間に、勝敗は決まると断言しても良いだろう。
 おそらく大江はそれを狙ってくる。
 それが刀を持つ沙羅に勝つ手段としては、最も確実で安全だと言える。

 他にも絞め技で意識を奪う方法もあるが、これはたとえ沙羅がおちたとしても、ギブアップさえしなければ、ある意味負けていないとも言い張れるので、そんな曖昧な決着よりは、もっとハッキリとした勝敗を大江は望むはずだ。
 
 ただ、問題はどうやって沙羅に近づくか、であるが。
 沙羅も大江に組み付かれた時の危険性はよく理解しているので、彼の接近は絶対に許すつもりは無い。
 彼女は刀で大江を牽制しつつ、間合いを慎重に計り、組み付かれる危険性を感じるほどに間合いがつまれば身を引く。

 それでいて、大江に付け入る為の隙も窺っている。
 しかし、隙らしい隙は、なかなか見つけられなかった。


 次回へ続く(※更新は不定期。更新した場合はここにリンクを張ります)。

潜夜鬼族狩り 第34回

2021年07月11日 14時12分24秒 | 潜夜鬼族狩り
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強者の渇望

 確かに大江も、さきほどの樫元とかいうチンピラに放った蹴りは、かなりの手加減を加えていた。
 そして手加減してなお、一撃で相手の骨を砕き、更に意識までも失わせる。
 本気でやっていれば、確実に殺めていただろう。
 
 つまり大江は素手の状態でも、沙羅の刀と同様の一撃必殺の武器を有していると言っても良い。
 殴打でも蹴りでも、命中さえすれば普通の人間はそれで終わりである。 
 それ故に大江は、これまでに本気で戦ったことが無かった。

 それは普通の人間は弱すぎて、大江の相手にならなかったからだ。
 だから格闘技界に戦う相手を求めたこともあったが、そこにも彼とそこそこ戦える者はいても、互角以上に戦える者はいなかった。
 
 しかも大江が本気を出せば間違いなく勝てる。
 結果、試合に出てもいつも八百長を強いられた。
 勝敗の決まりきっている試合は客にとっては面白くも何ともないので、たとえ勝つにしてもある程度苦戦しているフリを要求される。
 また、高度なテクニックを要する技も素人の客には理解できないので、それらは禁じ手にされて派手で単純な力任せの技ばかりを使わされた。
 
 だが、そんなものは大江にとっては格闘技でもなんでもない。
 単なる子供の遊び──格闘技ごっこだ。
 そんな格闘技界に嫌気がさして、彼は戦う相手を求めて裏の世界に踏み込んだ。

 しかし、そこにも大江を本気にさせる相手はいなかった。
 勿論、生命の危険を感じるような状況に出逢ったことは何度かあったが、そんな状況下で出逢った敵は例外なく銃器を所持しており、それらの者は銃を手放せば素人以下の格闘センスしか持たない者も少なくはなかった。
 そんな者は、やはり大江にとって本気で相手をする価値が無い。
 動きが素人だから、銃を奪うことは容易かったし、仮に銃弾を受けて倒れても、それならば仕方が無いとも思う。

 それは運が悪かったというだけで、自分が弱い所為ではないからだ。
 銃はその使い方が分からない者が手にしても、人を殺せる強力な武器だ。
 幼児にだって大江を殺せるかもしれない。
 それはもう、格闘技の実力が云々というレベルとは次元が違う。
 
 大江がしたいのは、純然たる力と技の競り合い──真剣勝負だ。
 そしてその相手が今ようやく目の前に現れた。
 
 相手は一撃で人を死に至らしめることができる刀を手にしているが、大江の拳だって一撃で人を殺せる。
 また、2メートルを超える長身を誇る大江には、刀を持つ沙羅と比べてもリーチの差はそれほど不利なものではない。
 条件は一つの例外を除いてはほぼ互角。
 
 後は、どちらの技術が優れているのか、それはこれからの戦いの中で分かってくるだろう。
 大江はボクサーのように軽やかにフットワークを使いながら拳を構える。
 
「……レスリングかと思ったけど、キックボクサー系だった?」
 
「いや、他に空手や柔道とか、主だった物は一通りやっている」
 
「うわ、うちと同系統か。
 ……やりにくそう」
 
「なんだと?」
 
「私のトコも剣術以外に色々やっているよ。
 使えそうな技は一通り取り入れてる」
 
「なるほど、それであの蹴りか。
 お互いに何が飛び出すのか、分からないという訳だな」
 
 大江は楽しげに笑う。
 だが、すぐに大江は表情を引き締めて、生まれて初めての真剣勝負に集中した。
 
 一方沙羅は、大江が刀を持って初めて互角に戦える相手だということを再確認した。
 一般的に「剣道三倍段」という言葉がある。
 武器を持つ剣道と他の素手での武道が互角に戦う為には、三倍の段数が必要という意味であり、それだけ武器を扱う者は強い。
 そして沙羅は、真剣を使いこなすだけあって達人の域だ。
 
 それにも関わらず、沙羅は刀を手にして初めて大江と互角だと認識している。
 つまり、大江の格闘家としての段位は十段とか二十段とか、マンガ等のフィクションの世界でしか見られないようなレベルに達しているということだ。
 
 実際、その巨体からは考えられないほど軽やかにステップを踏む──まるで軽量級のボクサーの如く、いや、それ以上に軽やかな──大江の姿を見ると、沙羅は正直「人間か?」とも思う。
 それほどに大江が強いことは、今対峙している彼の動きと、伝わってくる気迫で分かる。
 もっとも、沙羅が本気を出せば素手でだって十分に戦えるが。
 
 でも、出さない。
 出してしまえば、そこであっという間にゲームは終わりである。
 そんなのは沙羅も大江も望んではいなかった。


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潜夜鬼族狩り 第33回

2021年07月04日 14時55分38秒 | 潜夜鬼族狩り
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幼さ故に許されないこと
 
「あんた……あいつらを本気で斬るつもりだっただろう?
 というか、一人は本当に斬っちまったし。
 命までは取るつもりはなかったようだが、やりすぎじゃないか?
 あいつらはまだ未成年者だぜ?」
 
「私はむしろ未成年者だから、斬ったんだけど?」
 
「何?」
 
 沙羅の返答に、大江は訝しげに眉根を寄せる。
 
「人間、普通に生きていれば、人の命を奪うことなんか、一生に一度あるかないかよ。
 なのにあいつらは未成年なのに、もう人を死に追いやっているのよ。
 わずか十数年生きただけで人を殺すような危険極まりない奴等なら、腕の一本や二本を斬り落としてやるぐらいの罰を与えてもいいんじゃない?
 むしろそれでも生ぬるいんじゃないかしら」
 
「何だと……? 
 あいつらが殺人だなんて話は聞いたことは無いが……」
 
「でも、私には霊が見えるもの。
 あいつらのことを恨んでいる霊が、その背後に何人も憑いていたわ。
 まあ、直接殺しをしていないのかもしれないし、生き霊も混ざっていたから、まだ死んでない被害者もいるけどね。
 大方、遊び半分で女の子を集団で強姦して、自殺に追い込んだりしたってところじゃないかしら? 
 憑いてるのは若い女の子ばっかりだったし」
 
「……それが本当なら、助けに入らなくてもよかったかな」
 
 大江のその言葉に沙羅は微笑む。
 あのチンピラ達もそうだが、壮前の社長にもやはり彼の犠牲となったと思われる人間の霊が憑いていた。
 他の関係者もみんなそうだ。

 沙羅は壮前建設を潰そうと考えた真意はそこにあるのだが、この大江という男だけは例外である。
 彼には彼を憎悪する霊は一体たりとも憑いてはいない。
 反社会勢力団体に所属をしてはいても、彼の場合は悪行を行うよりも、組織が行う犯罪のいき過ぎを抑えるような役目をしていたのではないだろうか。
 
 そう思ったからこそ、沙羅は彼に刀を預けることもできたのである。
 
「しかし、だからと言って、本当に日本刀で人を斬るかよ……」
 
「うちは治外法権みたいなものだもの。
 まず罪には問われないから平気よ」
 
「それでも本当に人を斬る度胸のあるやつなんか、滅多にいねぇよ。
 ……強いな、色んな意味で。
 京野をやった時だって、あれでも手加減してただろう?」
 
「! あれが手加減だって分かるんだ。
 そんな奴が身内以外にいるとはねぇ……」
 
 沙羅は心底感心したように大江を見る。
 壮前建設で京野という名のチンピラを蹴り倒した時に、確かに彼女は手加減をしていた。
 普通の人間の目から見れば、あれはまさしく「必殺技」──つまり必ず殺す技と呼ぶに相応しいほどのものだっただろう。

 だが、あの技には相手を死に至らしめないようにする為の、手加減が入っている。
 それは二発目の蹴り。
 これもまた普通の人間には、攻撃力を伴った純然たる攻撃のようにしか見えなかったであろうが──、
 
「二発目の蹴りが入らなかったら、京野はあの回転の勢いのまま、頭や首から床に落ちて、下手すれば死んでいた」
 
 大江が言う通り、沙羅は二発目の蹴りを入れることによって、相手の身体が致命的な形で床に落下しないように体勢を変えたのである。
 無論、それは最低限の生命を保障する為だけで、その他の生命に関わらない部位へのダメージは一切考慮していないので、ある意味では全く手加減していないとも言えるが。
 
「そっかぁ、あれがそこまで分かるのか……。
 じゃあ…………私は刀を持ったままでいいよね?
 さすがにあんた相手に素手だと、分が悪そうだし」
 
 と、沙羅は唐突に刀を構えた。
 それに対して大江は、唇の端をニィっと吊り上げる。
 
「別にあいつらを助ける為に、わざわざここに来たんじゃないでしょ? 
 勝負がしたくてたまらないって……まるで飢えた野獣のような目をしているわ」
 
「ああ……勝ち目があるとは思えないが、だからこそ本気でやれると思ってな」
 
「いいね、そういう少年マンガの、ライバルキャラみたいなノリは好きだよ。
 どうせヒマだし付き合ってあげる。
 それにしても本気か……。
 なるほど、あんたと互角にやり合えそうな人って、そこら辺の格闘家でもいなさそうだもんね。
 さっきの蹴りとかも、手加減していたでしょ?」
 
「ああ」
 
 大江は笑う。
 やはり相手も気付いていたか──と。


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