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まずはひとつ、昔話をしよう。僕が旅に出るきっかけにもなった出来事だ。
もう10年以上前のことだ。僕はまだ年の頃、二桁になっていなかったと思う。
世界の辺境、東のド田舎に僕の故郷である[春陽と野花の町]はあった。緑豊かで、月と太陽の動きに従って生活するようなのんびりとした町だ。その裏手には小さな山があった。この山の頂上は、70年の周期で夜に咲くという珍しい花、星影草の群生地になっていて、それを見るために僕はあの日兄さんと父さんに連れられて山を登っていた。
だけど僕は、それがどんな景色だったのかまったく覚えてない。あの日のことを思い出そうとすると、浮かぶのは『彼女』のことだけ。
「君は、この世界の《名前》を知ってる?」
丸くて大きな蒼い月を背に、『彼女』は大ぶりの木の枝に腰掛けていた。
頂上にはまだ着かない。小石と砂に足をとられないように、慎重に僕は山道を歩いていた。そのときずっと伏せていた顔を上げて息を吸ったのは偶然。
そして『彼女』の翡翠色の瞳と目があったのは、偶然を超えた奇跡だったと思っている。
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