1日1枚画像を作成して投稿するつもりのブログ、改め、一日一つの雑学を報告するつもりのブログ。
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滔々と、水がうねり、叩きつけられ、落ちる音がどこからか聞こえる。僕たち人間の間で「秘境」と呼ばれるぐらい縁遠く、情報が少ない。それが、湖城と天見の町だった。本当に、遠くまで来たものだ。
冬といえど、さすがにもう朝日は昇っている時刻だった。でもこのあたりはまだ霧が漂っていて白く、薄暗かった。道すがら見えていたぼやけた水平線も、今はまったく見えなかった。
「ぬぅ~。冬の朝の水辺は冷え……ヘッブシッッ!」
「そうだな。父さんたちも風邪とかひいてなければいいけど。今頃母さんの特製団子鍋をつついてるかな」
「それを言うでない! 食いたくなるであろう!」
ポケットの中でアダムが叫んだ。僕の頭か肩に乗っていることが多いアダムも、冬の間は寒いからと鞄やポケットの中に潜る。そして鍋のことは、僕も言ってから少し思った。
ようやく霧が晴れた頃やってきた渡し船に乗って海を進み、見えてきたのは足が付いた皿のような形の奇怪な島だった。足部分に絡繰り仕掛けの滑車があり、それに揺られて皿の上へと昇った。
見たこともない美しい花が足下で咲き誇り、遮るものなく太陽の光と冷たい海風を一身に浴びた。剥き出しの岩が多く、どちらかというと活気があったこれまで訪れた町と比べて、ここはずいぶんとひっそりしていた。
「それにしたって、誰もいないな」
「こうも寒くては、出かける気も失せるであろう」
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(白い皮手袋をはめた燕尾服の仮面の店員が一礼する)
「いらっしゃいませ。当店にご来店いただき、誠にありがとうございます。人間の男性一名様ご案内です」
(無貌の店員、濃紺地に金字で何本かの線が引かれたカードを渡す)
「ただいま店内が非常に混雑しておりまして、お席へのご案内にお時間をいただいておりますが、よろしいでしょうか。
……ありがとうございます。ではこちらの椅子に座ってしばらくお待ちください」
(長針の軌道が小さな扇形を描いた頃、中央の席へ案内される)
「それではただいまから相席の開始とさせていただきます。ごゆっくりどうぞ」
「……はい、こんにちは。私、犬の亜人の一族でナミヅキと言います。今日はよろしくね。私は牧歌と草原の町で二児の母をやってる普通の主婦なんだけど、あなたは?
……二人だけで旅を? 商人とかじゃなくて? 旅行でもなく? あっ、自分探しの旅とか?
……天使に会うため……? えっ、それ、なんていうか、本気? いや、うーん。ていうかそもそも、なんで天使に会いたいなんて思ったの?
……昔会った? そんな馬鹿な、ありえない。天使はこの大地になんていない、というより、いるはずないのよ。何かと見間違えたんじゃないの?
……魔女が教えてくれた? どうして魔女があなたにそんなことを教えるのよ。どんな取引をしたの?
……何の見返りもなし? ちょっと、その魔女一体どういうつもりなの。冗談じゃないわ、もしも万が一のことがあったら……」
(犬の亜人はそれからも小声で何事かを言い続けた)
「はぁっ、もういいわ。どうせ上手くいくはずないんだし。けど、親の立場から一言言わしてもらうわ。とんでもない親不孝者よ、君は。ご両親がかわいそうよ。旦那に似てやんちゃになってきたけど、それでも私は自分の子どもたちがかわいくてしかたないわ。君のご両親もきっとそうよ。天使に会う旅なんて馬鹿なことは止めて、故郷に帰って安心させてあげなさいよ」
(犬の亜人が席を立つ)
(少しして無貌の店員が来る)
「人間のお客様、続けての相席をご希望されますか。
……相手の態度が不快だったと。それは大変失礼いたしました。次にお越しの際は、楽しい時間をお過ごしいただけるよう努めさせていただきます」
(無明の黒の中に続く白い螺旋階段を下りる)
「またのご来店をお待ちしております」
―――――「おはようございます。どうかよい夢を」
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灯りは老人の手元にある手提げランプのみ。奥行きの知れないその空間には、ぎっしりと本が詰まっていた。
「これはこれは。久しぶりのお客じゃわい。このような穴蔵にまでいったい何用で?」
磨かれた銀の燭台よりも輝き、最高級の真珠よりも滑らかな白いヒゲと髪を持つこの老人こそが、全てを知るという『赤の書のフィレモン』だった。
「はじめまして。僕はトルヴェール・アルシャラールと言います。夢伝いに、ある方から貴方のことを聞きました。どうか僕に、知恵を授けてください」
世界中に散らばり、時々居場所を移す題名のない赤い表紙の本。その表紙を三回ノックすると、向こうの意思で書斎へ招かれるというのが、フィレモンに会える唯一の方法だった。
「ほう、何を知りたいと言う?」
「天使ナイトウォ―カーに会う方法」
沈黙が下りた。緊張で胃は縮まり、心臓は早鐘のように打ちつけていた。
「……ふむ。さすればか弱く幼い人の子よ。湖城と天見(てんげん)の町を目指すがよい。そして、天の火を借り受けて海に出よ。世界の果てにおぬしの望む全てがある」
「っ! ありがとうございます!」
……気づけば僕は、元の本屋の隅に立っていた。
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そんな物語だった。後味のいい話ではなかったけど、散乱していたピースが全てあるべき姿にはまったような、すっきりとした気分にはなった。
「嘘か真かは知らぬが、ようは創業者の狐がどのようにして極楽湯戯場(サナトリウム)を開いたのかという物語であろう。
魔人のランプの物語が先にあり、狐はそのランプを手に入れて願いを叶えた。
それとも餓え死んだ男の物語が先にあり、狐はどうにかして島を渡り宝を手に入れ、極楽湯戯場を創り、それらしく筋が通った魔人のランプの物語を仕立てた。
ま、どちらであっても我らには関係なきことよ。皆、自分が楽しいと思うものを好めばよい」
「後者だとしたら徹底してるよね。世界中の魔人のランプの物語に共通する要素……岩場の財宝は読んで字の如く、少年の大釜は温泉というふうに。それで実際に人が呼び込めるなら、天晴れな経営戦略って感じか」
……暗い。冷たい。それから、古い時間の匂い。
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朝焼けのルビー、しだれ柳のエメラルド、晴天の庭のクリスタル、花飾りのアメジスト、雨にむせぶサファイア、蒸留酒のトパーズ。山のような美しい宝の前で、一人の男が歓喜に踊っていた。
「やった! これでオレも億万長者だ! そうだ、誰にも見つからないように隠しておこう! そして大陸に戻ったら新しい船を手配してすぐ戻ってくるぞ!」
男はちょうどよい岩場の穴を見つけると、そこへ宝を運んだ。見つかりそうになったときはこう誤摩化した。
『お頭、今あちらで何か物音が』
『では様子を見に行こう』
「なに、風の音でございましょう」
『おお、そうか。では次へ行こう』
『お頭、今あちらで何か物音が』
『では様子を見に行こう』
「なになに、腹の虫の音でございましょう」
『おお、そうか。では次へ行こう』
その男はとある盗賊団の新入りで下っ端で、いなくても気にする者はいなかった。男が全ての宝を岩場へ運び終えたとき、盗賊団は男のことなどすっかり忘れて、船に乗って大陸へ戻っていた。
男は狂わんばかりに叫んだ。岩だらけの島には木の実ひとつなく、沸いてる湯は飲むのに適さない。やがて男は呪詛をまき散らしながら餓え死んだ。
隣に浮かぶ緑豊かな島から、この一部始終を見ていた狐がいた。