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徒然日誌(旧:1日1コラ)

1日1枚画像を作成して投稿するつもりのブログ、改め、一日一つの雑学を報告するつもりのブログ。

結の月、湖城と天見の町にて 6

2020-04-15 21:16:06 | 小説




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 「同時多発的に更新される瞬間瞬間を書き綴った一冊の本であろう。
 食事ができるまでのうたた寝で見る夢でもいい。
 いやいや、何を言う。目で見て手に触れるものが世界だ。それ以上もそれ以下も、それ以外もあるまい。
 ならば聞こう。風はどうして生まれ、星の光はいつからあって、海はどこへと続いているのか、さあ答(いら)えよ! 人を人たらしめる想像の力を捨てた愚か者どもめ!」
 一瞬沈黙が下りた。朗々とした声に圧倒されたのもあったし、芝居がかった調子に戸惑ったのもある。
 「……えーっと、今のは?」
 「ひいひいじいさんが書いた劇の台詞。ひいひいじいさんは世界中をうろうろしてた自称芸術家で、ひいひいじいさんが書いた日記なんだかおとぎ話なんだかよく分からないものが残ってるんだよ。オレのお気に入りは、ケ・セルの山で雪男を見たときの話」
 「はあっ!? なんっ……そ……っ!」
 つまんでいたお菓子をまき散らしてアダムが叫んだ。
 「汚い! でもケ・セルの山って一年中吹雪いている場所で、人間には立ち入ることすら困難な場所じゃなかったですか?」
 「だから言ってるだろ。日記かおとぎ話かって」
 「あ、そっか……。けどなんだか、嬉しいような気恥ずかしいような、ちょっと変な感じです。僕と似たような人が、他にもいたんですね」
 「ああ、オレもお前の話を聞いてそう思った」


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結の月、湖城と天見の町にて 5

2020-04-14 20:05:09 | 小説





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 「これは、この島に生えてる木の樹液と花の蜜を混ぜて作った油だよ。臭いがキツいから室内では使えねえけど、これにつけた火はどんな風でも雨でも消えないから、特に漁に出る船で使われるんだ」
 「そうなんですね。じゃあ火の番っていうのは」
 「ああ。あの石柱の天辺は窪んでてな。毎朝そこにこの油を足してるんだよ。……で? お前らはなんでこんなとこに来て、あの火に何の用なんだよ?」
 僕は、ナイトウォーカーとの出会いからフィレモンの教えまで、全て話した。アスキリオさんは相づちを打って最後までしっかり聞いてくれた。
 「だからどうか、僕に天の火を下さい! お願いします!」
 金銭とか、何かの対価は求められるだろうと身構えていたけど、意外なことに何も言われなかった。むしろ逆に、頭を下げても何も反応がないから不安になった。
 おそるおそる顔を上げて彼の様子をうかがうと、口元を手でおおって何かを考え込んでいる様子だった。
 「これ、何か言ってはどうだ」
 アダムもそう言ってくれたけど、彼は無言のまま立ち上がり、暖炉の上に飾られていたシンプルな箱を持ってきた。
 「さて思うのだが、《世界》とは何だろう」
 その言葉に、どくんっと心臓が大きく震えた。だってそれは、僕もずっとずっと考えていたことだから。



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結の月、湖城と天見の町にて 4

2020-04-13 19:50:05 | 小説





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 ご両親は親族の結婚式に出席するため留守にしているそうだ。かれこれ一人暮らしも三ヶ月目に突入、と言っていた。
 「あなたは行かなかったんですね」
 「嫁いできたお袋の従妹だぜ? ほぼ他人の結婚式なんてなあ……ってかんじ。あとまあ、火の番もあるし」
 アスキリオさんは窓の外へ目を向けた。僕もつられて黄色い火を見上げた。
 「鳴御雷(なるみかづち)……噂では、昔天から降ってきたもので、一度も消えずに燃え続けているらしいですけど、本当なんですか?」
 「天から降ってきたかどうかはオレも与り知らんとこだが、燃え続けてるのはたぶん本当だぜ。ちゃんとタネがあるからな」
 そう言って彼は奥から小さな瓶を持ってくると、覗き込んだ僕らの眼前でフタを開けた。
 「くっっっさ!?」
 「~~~~~~ッッ!?」
 僕は即座に顔を背け、アダムは声も無く鼻を抑えて悶絶した。彼はしてやったりと大口を開けて笑っていた。
 「わははっ! この油が鳴御雷の秘密なんだが、いやー。マジでいい反応してくれるわー」
 「なんなのだそれはっ!? 臭すぎて危うく気を失う、いや、胃も口から飛び出すとこであったぞ!」
 アダムはもはや泣いていたし、僕も必死で深呼吸を繰り返した。


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結の月、湖城と天見の町にて 3

2020-04-12 14:04:54 | 小説






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 目を細めて警戒されたので、慌てて首を振った。そのとき、ひときわ強い風が吹いてきて、僕は思わず口を閉じて全身に力を込めてふんばった。
 「……ま、茶淹れてやるからとりあえず入れよ。話聞くぐらいしててやっから」
 「……ありがとうございます。お世話になります」
 案内された中はそれほど広くなかった。四角い部屋の左右に机と長椅子が2脚ずつ。部屋の突き当たりに大きな暖炉があって、こちらの火は赤く、勢いよく燃えていた。おかげで部屋の空気はじんわりと温かくて、冷えた体に心地良かった。
 でもそれに気づけたのは少しあとだった。なぜなら聖堂に入った瞬間、僕の目を引きつけたのは暖炉の上に嵌められたステンドグラスの窓だったからだ。円形のそれは、白から赤、黄、緑、青のグラデーションで一周し、また白へ戻るように作られていた。外から光が差し込み、床の上でまるで水面のように揺らめいて、互いの色を優しく溶け合わせていた。
 「すげーだろ。オレのひいひいじいさんとそのもう一個前のじいさんが、世界中から拾ってきた硝子や宝石なんかでできてんだ。だから似たように見えて、実は同じ色の破片はねえんだよ。うちで自慢できる唯一のものさ」
 「うむ、たしかに見事であるな」
 外が寒くなくなったから、アダムも顔を出して定位置に収まった。
 お兄さんはアスキリオと名乗った。


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結の月、湖城と天見の町にて 2

2020-04-11 14:26:07 | 小説






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 体温を奪う風に対抗しようと熱い酒を買った店から、動くものを何一つ見ないまま整備された道を歩いた。
 「いや、そもそもここは家が少なすぎるのだ。だから余計に寒々しい。辺鄙な土地と言えば春陽の町もそうであったが、あそこには常に人の声があった。ここも少しは見習ってはどうなのだ。まったく……」
 そのあとは、ポケットの奥にさらに潜ってしまったので聞き取れなかった。僕は顔を上げて、道の先へ視線を飛ばした。青空を背景に、灰色の円柱がまっすぐに立っていた。それ以上に高いものがないから、ここからでもよく見えた。
 その天辺で、鮮やかな黄色い火が煌々と燃えていた。あれこそが、その昔天から降ってきたという大いなる炎の名残火『鳴御雷(なるみかづち)』なのだそうだ。

 鳴御雷の石柱まであと少しというところで、傍の建物から僕と同じ年嵩の青年が出てきた。森を舞う蝶のような綺麗な碧色の髪をしていた。
 「ん? この時期の観光客は珍しいな。聖堂(うち)の見学か?」
 「いえ。僕たちはあっちの、鳴御雷の方に興味があって……。もしかして、あの火の管理はあなたが?」
 「ああ、まあな。けど、あれになんの用だ? たまーに謂れや色が物珍しいからって盗んでいこうとする馬鹿がいてなぁ……」
 「えっ!? いや、そんなつもりは……!」



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