1日1枚画像を作成して投稿するつもりのブログ、改め、一日一つの雑学を報告するつもりのブログ。
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「……どうして?」
眉はハの字に下がり、瞳の中は揺らめいて、薄い唇は笑みをかたどったまま、声は穏やかで。ナイトウォーカーの顔にはとても複雑な感情が滲んでいて、僕には彼女の心の内を正確に読み取ることができなかった。
「私と出会って最初のきっかけを得た。《雲を歩き海を呑む放浪者》と出会って理解者と師を同時に得た。夢の某に通い、この《世界》の人間が知れること以上の知識を得た。それはひとえに、英雄になることが君の運命だからではなくて?
色んなものに導かれて、助けられて、君は今ここにいるのでしょう。偶然も重なれば運命になる。君の運命は、君が英雄になることをきっと望んでいる」
僕は首を横に振った。違う、それは僕の望みじゃない。僕の望みは――
「……そういえば、ちゃんと名乗ってませんでした。ナイトウォーカー、僕の名前はトルヴェール・アルシャラールです。春陽と野花の町で生まれ育ちました。剣の腕前は人並みだけど、記憶力の良さには定評があるんです。一度聞いたことは忘れません。あと辛いものが好きで、酸っぱいものが苦手です。趣味は日記を書くことです。もちろん、旅の間もずっとつけていましたよ。見てください、これだけノートがたまってしまった」
あなたと仲良くなりたかった。そのために、まず自己紹介から。そう思っただけだったんだけど、きょとんと困惑していてちょっとかわいかった。
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「……なら、アダムが僕と一緒にいてくれたのは、僕がその『英雄』だと思ったからか?」
ぐっと握る手にさらに力がこもった。爪が食い込んでいるのが分かる。きっとくっきり痕が残っているだろう。
「さて、それはおぬしが決めることだ」
「ぐっ!」
いきなり後頭部を蹴りつけられて、固い甲板とぶつかった額がジンジンと痛んだ。何をするんだと、抗議するためほぼ反射的に顔を上げて、僕は初めてアダムと同じ高さで顔を突き合わせた。
「おぬしが英雄になるというのであれば、今も言った通り手助けしてやろう。だが逆を選んだからといって、べつにおぬしに失望したりはせぬ。我は存外、トルヴェール・アルシャラールという男を気に入っているのでな。それこそ、おぬしが我を釣り上げ、母上殿が作った握り飯を譲ってくれたときからな」
そこで持ってくるエピソードがそれか。なんだかとてもアダムらしくて、少し肩の力が抜けた。
「お前、それ自分が餌付けされただけだって言ってるようなもんだけど、いいのか?」
「美味いは正義だからかまわぬ!」
久しぶりに声に出して笑って、僕は体を起こした。
「僕は、英雄にはなりません」
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ナイトウォ―カーが現れてから、ただの一言も発しなかった連れの名を呼んだ。今の僕には甲板の木目しか見えてないから、アダムがどんな表情をしているのか分からない。でも、笑ってはいないだろう。なにか、痛みや悲しみを堪えるような顔をしているに違いない。
「……アダム。お前はいつも、僕が世界について考えようとするのを止めていたな。僕に何も言おうとしなかったし、知らせようとしなかったな」
「……」
「一番最初に人間にこの茶番劇を勧めた世界一のお調子者、《雲を歩き海を呑む放浪者》。僕は、エアリエルがそれと同じ名前でお前を呼んでいたのを覚えているよ」
「……」
「なあ、アダム。僕は全てを知ったよ。いいかげん、お前のことも教えてくれないか……?」
裸足で甲板を歩いてくる音がして、やがて頭の上に慣れた重みが加わった。
「我から改めることなど何もない。ただの冗談だった、こんなはずではなかったと嘯くには、事はあまりに大きくなりすぎた。今の我はただ、人間を自由へ導く英雄を待っているというナイトウォーカーの考えに共感し、もしも本当にそんな時が来たのなら、我は英雄の傍で手助けするつもりでいるだけのこと。こんなお調子者でも、生きている長さではブロッケンどもにも負けぬ。貸してやれる知恵ぐらいあろう」
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「ええ、そうね。彼を守ってあげることはできなかった。残された家族の慰めと、未来の標として海図だけはなんとか送り届けられたけど」
「……ああ、そうだ。僕はそのおかげで今ここにいる。どうして僕は消されなかったんだ? 僕だって知っていた。この世界がおかしなことを」
「それは君がこの天の火を掲げていたからよ。これは、私が落とした魔法の火。これがブロッケンたちに、君を私だと誤認させた。いくら私が疎まれていても、突然攻撃なんてされないわ」
「……だからひいひいおじいさんは消されてしまった。天の火がなかったから。僕は借りられた。だってフィレモンがそうしろって言ったから。僕はフィレモンを知っていた。夢の中でそう聞いたから。ああ、そうだ、アルディオス、シャンシャリアン、エストアム。僕の知らない名前。人間が住む街の名前。全部、外の世界の街の名前だったんだ。あの夢も、あなたが?」
「それはもしかして、他種族と相席できる夢のことかしら。だとしたら、私は何も知らないわ。その夢については、私も聞きたいぐらい。けど、だから君はこんなにも早く、無事にここに来てくれたのね。やっぱり君は、英雄にふさわしい人なのよ」
英雄。
『おめでとう。君はまたひとつ、英雄の高みへ登った』
仮面の魔術師の台詞がふいに蘇った。
「……アダム」
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けど、そんな意に反して、僕の口は掠れていても震えていても、止まらなかった。
「……じゃあ、あなたはあの日……あの蒼い月の夜、一体何をしにこの《世界》に来て、僕と出会ったんですか?」
「この、夢見る世界で目覚め、英雄となる人を求めて。ここまで来てくれた君は、きっとそれに足る資格を持っている」
僕が今まで見たどんなものよりも美しい微笑みを、ナイトウォーカーは浮かべていた。それがいっそう僕には絶望的だった。心のどこかで予感していたそれを聞いてしまって、僕は船の上でうずくまった。ただ力なく、言葉が口からこぼれるに任せていた。
「……そんな話なら、あのコスモス色の女の子のほうがふさわしかったのに。あの子はイルミナリスに反抗した一族の末裔だったんだ。だから世界の真実を知っていた。それを知らしめようとして、消されてしまった」
「そう、君はそんな子とも出会っていたのね。あの山から出てきてたなんて驚きだわ。彼らは《世界》一の危険分子、悪魔でさえ関わればただではすまないのに」
「……アスキリオさんのひいひいおじいさんだってそうだ。世界の果てはそのまま、《世界》の秘密だった。ならきっと、コスモス色の女の子と同じように」